第6話 探索の開始

 ブチィという嫌な音が響いた。


 すでにここにおびき寄せるだけでも二人が犠牲となっている。ボスが叫んだ。


「急げ! 装填できたやつから放つんだ!」


 若いながらも良く通る声をかき消すかのように身体を拘束している罠が切れる音が続く。


 ゼクスもアーチャーもあれを見て、小さい、と言った。あの巨体を見てだ。


 そんなん、信じられるか。


 死んだのは俺と同時期に開拓村へやってきたやつだった。二人ともに農業なんてしたこともなく、それでいて手に職なんてなかったから覇追い屋になったようなもんだった。こんなにバカでかくても土地が余っているわけではない。農業ができるやつがそう言うのを理解できた奴だけが土地をもらうことができた。


 村長をボスと呼んでいるのは心の中でだけだった。そんなボスの下唇から血が滴った。ボスがこの時点では何もできないという歯がゆさに打ちのめされているというのは十分に理解できる。だが、この時点を作ることができるのはボスだけで、ゼクスもそれを知っていたからこそサイトを村長とした。そうでなければ年下の男を心の中でボスなんて呼ぶわけがない。


「撃てぇ!」


 言われるまでもなくクロスボウに装填した矢を放った。ここまでこの重量物を運んできたのはこのためであり、どう考えても刃が通りそうにもないあの獣に対して唯一効果がありそうな武器だった。


「刺さっている、落ち着けサイト」

「ゼクス! バリスタはまだか!?」

「準備できたぞ!」

「さっさと撃て!」


 人間技とは思えない速さで組み立てられたバリスタから矢が飛ぶ。かつて三体の覇獣を討伐したのがこのバリスタという武器なのだという。しかし、これは馬車でしか移動させることができず、組み立てにはかなりの時間がかかるのが明白だった。改良に改良を重ねて、ようやくこの速さでは使い物にならないとボスが叫んでいたのを聞いたことがあるが、そのバリスタの矢が巨体の首筋に刺さるのをみて、周囲の覇追い屋からは歓声が上がった。


「気を抜くな!」


 他に四器のクロスボウが罠を囲むように地面に設置してある。そのうちの一つを使っている俺は、歓声を聞きながらも油断することなんてできなかった。俺はこれからサイトのことをボスと、口にだして言おうと思った。




 ***




 開拓村に帰り、最初にしたことは双角馬の馬車の改良だった。輸送をなんとかしなければ、あのベースキャンプが活かされない。せめて、数か月はなんの問題もなくあそこで生活することで腰を据えて新天地を探すことができるのだと思う。


「できればこの開拓村の近くに双角馬の牧場が欲しいくらいなんだが」

「サイト、そりゃ無理ってもんだぜ」


 アーチャーの指摘はもっともだろう。牧場なんて空から発見されやすいものがあればそれは覇獣の絶好の狩場になってしまう。村の近くに覇獣をおびき寄せるなんてことにもつながりかねない。


「繁殖させない限り、安定した供給にはならないだろう」

「なんでそんなに双角馬にこだわるんだ」

「他の馬で行き来できるような場所っていうのはダメだ」


 頭の中では王都の理不尽な生活というのが思い出されていた。貴族が民衆から搾取しかしないこの世界で、フロンティアが名前の通りにフロンティアになった場合にどのような事が起こるのか。そして、その時に大多数に攻められたとして対抗策があるのだろうか。


「力をつけるまでは、双角馬の馬車でしか行き来ができない秘境でなければならない」

「力って?」


 アーチャーの問いには答えなかった。これが俺の頭でひねり出した回答の一つであって、現実味はあると思う。これを聞いてゼクスは俺を村長にすると言い出した。


「それよりも、さすがに道中を少し整備しなければならない。あれでは物資の運搬に支障をきたしすぎる」


 矛盾しているようだけど、念には念を入れるしかないと思う。何かあった時に逃げる先としても、西のベースキャンプは有用なはずだった。



 次にベースキャンプに向かうのは数日後であった。道を整備するための道具も持って向かう。前回、おいて来た道具の分は荷物が減っていた。それでも荷台の馬車はゆっくりとしか動くことはできない。ガタガタとありえない高低差を乗り越えながらも、双角馬は一向を輸送した。




「一台は開拓村とここを往復してもらって物資の運搬をしてもらう。最終的にここのベースキャンプでも色んな物を作らなくちゃならないからな」


 三人の新人の覇追い屋は開拓村との往復を役割とした。ベースキャンプに残るのは五人である。


「四人か三人で組んでこの周囲の探索と地図の作成。俺はここのベースキャンプでできる事をするよ」


 この二年間、簡単な食事くらいなら作ることができるようになった。他にも探索にいった者たちの装備の点検に新たな道具の作成、最終的には炉を作り上げて武器なども作る必要がありそうだった。


「まあ、妥当だな。おい、最初はマルスとライがここに残れ」


 ゼクスはマルスとライという新人の覇追い屋を指名した。それにアーチャーを含んだ四人が探索を受け持つ。


 ベースキャンプに選んだ土地は崖と小さな洞窟の傍だった。空から覇獣が来たとしても見つかりにくいのは間違いない。崖に寄り添うにように小さな小屋を建てた。その上には樹が生えているために、これも空からでは見つけることはできないだろう。小屋の前には前回来た時に掘った井戸、そして物資の多くは洞窟の中に隠した。寝泊まりは小屋の中でする。そのためにベッドを作る事から始めようと思う。


「馬小屋と、家具と……ああ、やることはいっぱいだな」



 覇獣を狩る。そしてその先に自分たちの村をつくる。途方もない事をしているというのは分かった。

 まずは探索を始める彼らの装備の点検からだ。


 できることから。それしかない。

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