第5話 再会と助言

「大丈夫だ、手紙は出した。…よし、いくぞ」


 自身の鼓動が明らかに制御できていなかったが、サイトは工房の扉を開いた。

 予想できる光景というのはいくつかあったが、もっとも予想通りに親方がそこで作業をしていた。だが、その後の光景はサイトの予想外である。親方は扉から入ってきたサイトを凝視した。


「お、おや…親方……」

「サイト……か?」


 親方が作業中に手を止めることは少ない。少なくともサイトの記憶の中にあるのは数回だけだった。しかし、その親方の手が完全に止まってこちらを見つめていた。その感情を読み取る冷静さはサイトにはない。


「……すいませんでした」

「親御さん所に顔を出したのか?」

「いえ、まだ……」


 拳骨が飛んできた。それを確認しながらもサイトは歯を食いしばって目を閉じるしかしなかった。二年ぶりに出会った最初の言葉がそれである。そして頭の痛みとともに帰ってきたという実感があり、サイトは嬉しくて笑ってしまった。まだ、十九になったばかりの青年なのである。


「まずは親御さんのところに挨拶に行くのが先だろうが」


 言われて初めて気づく。生きていることを示すために手紙のやり取りはしていた。だが、この二年間に王都に帰ることはなかったのだ。


「すみません、親方。この後に行きます」

「いい、それよりも体は大丈夫か? 飯は食っているんだろうな?」


 今は殴られた頭以外に悪いところはないと思ったが、それを口に出すわけにはいかない。サイトは無言で頷くしかなかった。




 ***




「もういい、あんたはフロンティアでサイトを守ってくれたんだろう。生きて帰してくれたことに関しては感謝しとる」

「全て俺が悪いんです。そして、サイトがいたからこそ、俺たちは生きている。こいつは俺たちの命の恩人なんです」


 この場面だけ見れば親方はゼクスのことを許したと思うのだろうが、すでに一発殴られたゼクスの頬はかなり腫れあがっている。反対側はサイトの父親のために残しておくと親方は言ったので、あとで殴られるのだろう。


「覇追い屋から手紙をもらった時にはずいぶんと驚いたもんだ」


 フロンティアに来た覇追い屋の一人に手紙を託した。信頼できるかどうかを見極めるために覇獣を狩ったことを手紙に書いたのは随分とあとの話である。それまではなんとか生きているとか、目的があるけどまだ話せないだとか、途中で誰かに読まれても問題のないことしか書くことはできなかった。

 まさか抜覇毛一本でそんな重要な手紙を持たされているとは、その覇追い屋も思わなかっただろう。


「帰るならそう言え」

「……すみません」


 サイトはゆっくりと背嚢の中身を取り出した。それはフロンティアでサイトたちが狩った覇獣の素材を加工したものである。加工してしまえば随分と体積は少なくなる。フロンティアにその加工ができる者がいなかったからこそ、覇追い屋は命をかけて取ってきた素材を王都にまで持ち込むのだった。

 サイトは自分の加工したものを親方に差し出した。無言でそれを受け取った親方は仕事の顔に戻る。


「まあ、いいだろう」


 ずいぶんとゆっくりその素材を眺めまわした親方はそうつぶやいた。そこでサイトは一人の少年がすぐ近くで親方とサイトたちを眺めているのに気付いた。褐色の肌に黒色の髪と目、年の頃は十数歳といったところだろう。この場でこの話を聞いている時点で親方の弟子に違いなかった。サイトがいなくなってから親方は新たな弟子をとったのだろう。

 弟弟子とでもいうべきその少年に対して、サイトは少しだけ嫉妬を覚えたがすぐにそれを打ち消した。


「それにそっちのやつの鎧を見てれば分かる」


 親方はゼクスの方を見た。ゼクスの鎧は覇獣の革で作られている。それもクリムゾンの素材を使用した紅色のものだった。そんな覇獣の素材を見たこともなければ加工したこともない親方ではあるのだが、サイトの作品の出来というのを見抜けないわけではない。

 すでにサイトは親方から免許皆伝をもらってもおかしくない腕前と成長していた。


「それで、親方に相談があって帰ってきたんです」

「なんだ、言ってみろ」


 サイトは背嚢から鉱石と、自分で作り上げた緑色の鉈を取り出した。


「これはフロンティアで手に入れた鉱石なんですが、切れ味は覇獣の革をも切れるほどで……でも、その加工が難しいのです」

「なるほどな……」


 親方はたいして驚きもせずにその鉱石とサイトが作り上げた鉈を見比べた。


「耐久力がまるでない、それでいて切れ味は鋭い」

「これは今のお前の腕では手に負えん」


 鉱石を突き返すと親方は言った。腕前を認めるような発言をした後ではあるが、それは覇獣の素材の加工についてである。純粋な金属の取り扱いに関しても超一流かどうかは別の話であった。


 それでも、覇獣の素材を加工できるということは金属の加工も一流でなければならない。加工に専門の道具が必要となるし、その作成から管理は自分たちでやらなければならないからだ。そんなサイトですら扱えないという金属。


「これは真銀だ」

「真銀……」

「この辺りではほとんど手に入らん。加工の技術も随分前に廃れたといわれているほどの金属でな。俺も見たのはもう数十年も前だ」


 そんな鉱石がフロンティアには存在したのである。加工の技術自体は廃れていると言ったが、親方はなんてことのないように言った。


「芯と刃の部分にだけこいつを使い、周囲を硬い鉱物で覆う。そんな作り方をするらしい」


 師匠の受け売りだがな、と親方は言った。


 


 ***




 久々の王都だった。サイトはを持ってきた覇獣の素材を全て親方に押し付けると、またフロンティアに戻ることを告げた。親方は短く、そうかとだけ言った。


 家族の家へともどったサイトは二年ぶりに様々なことを話した。王都を出た時はまだ十六歳である。二年と半年の分の愛情をサイトは感じた。


 もちろん、家族はこのまま王都に残るようにと説得しようとする。


「自分がどこまでできるのか試したいんだ」


 最後は父親がサイトの味方となってくれた。そのかわり、年に一度はかならず顔を出す事、それを条件としてさいとはまたフロンティアへと旅立ったのである。



「それで、その真銀はどう加工する気なんだ?」

「試してみるしかないよ」


 真銀の鉱石を握り、サイトは答える。言葉が少なくなったときのサイトは何かを決心した時なのだろうとゼクスは思った。



 双角馬は何よりも早くサイトをフロンティアへ連れ戻した。

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