第3話 青年の器
未開の土地というのはそこを移動するだけでもかなりの労力を使うものである。
「どこまで行けばいい?」
「俺たちじゃなければ行けないほど、遠く」
ゼクスの問いに対してサイトは明確に答えた。この土地に不慣れな者は到達できず、さらには自分たちは生活するために行き来できなければならない。
開拓村には日に日に人が増えていた。それはこの村に人が集まっているという噂が出回っているらしいのである。イペルギア周辺でも、住む場所がなければさらに西へと向かう必要がある。そんな時にこの村の噂を聞けば、藁にでもすがりたい移民たちが集まってくるのだ。許容できる人口を越えるのは時間の問題だった。
奥地へ開拓村を広げる。それが彼らにしてやれる唯一の道であり、サイトの希望に沿うものだった。覇追い屋を中心として、奥地へ新たな開拓村を作る人員は構成された。
新たに覇追い屋に加わった者の中に、マルスという若者がいた。年の頃はサイトよりは若干上ではあるのだが、ゼクスやアーチャーの比べると若造という言葉がしっくりくるほどである。過去を語りたがらない彼は、ゼフとクリムゾンが討伐された翌月に、開拓村へと姿を現し、そのまま定住するようになった。
***
「サイトが付いて来る必要があったのか?」
「バリスタとボウガンの整備が必要だろうと思ったんだが」
「こっちとしては安全な場所にいて欲しいんだよ」
「アーチャー…」
何をいまさら、とサイトは呟いた。これまでどれだけの修羅場を皆で潜り抜けてきたと思っているのだろうか。それのほとんどが死と隣り合わせだった。そもそも、フロンティアは常に死を身近に感じる場所なのである。
「ベースキャンプの設営もしなきゃな」
サイトは双角馬の馬車の幌から顔を出した。この辺りくらいまでならば強化した双角馬の馬車で来ることができる。ただ、強化したとはいえ乗り心地が良いわけではないので旅慣れた者でもなければ音を上げてしまうような道中だった。
「新しく、村を作るか……」
「サイトにとっては初めてだな。俺たちはゼクス様についてきた時にほとんど何もなかった村をある程度住めるようにした経験がある」
「あの頃とは、目的が違う……」
覇獣を狩る拠点となる村の設営だった。今までの覇獣から逃れてひっそりと暮らす村とは違う。ここまでの道のりを整備するかどうかも考えなければならない。覇獣を狩り、それで作り上げた物を売る必要も出てくるだろう。その輸送というのは必ず必要なものだった。だが、誰でも通ることのできる道を作るわけにはいかない。
「マルスがベースキャンプとして絶好だという場所を見つけている。今日中にはそこまで行けるだろう」
まだ日差しは高かったが、それでもこの馬車の速度が速いわけではない。それほどの悪路を通るために馬車の車軸が壊れかねないのである。いつでも修理ができるようにはしてあったが、目的地に着くまでの行程には何があるか予想もつかなかった。
「この辺りに覇獣の目撃は?」
「全くないな。この前討伐したばかりだし」
サイトの不安は現実のものとはならず、双角馬の馬車は予定されたキャンプ設営地に日が暮れる前にたどり着いた。
簡単なテントと携帯食で作ったスープは、それでもここまでやってきた男たちの心をなごませた。
「よし、とにかく今日は休め。酒も飲もう」
ゼクスの言葉に皆が盛り上がる。これから始まる苦労を考えると、今日くらいはいいのかもしれない。サイトは酒は飲まずにずっとスープの入った器を握りしめていた。明日から忙しくなる。それは確実だった。
「ボス、ちょっといいかい?」
そんなサイトの所に酒を持ってやってきたのはマルスだった。その手には緑がかった石が握られていた。この大柄な覇追い屋はサイトのことをボスと最初に呼びだした人間だった。
「これ、見たこともない鉱物なんでボスに知らせておこうと思って」
「なんだ、これ」
手にした鉱物はサイトが今までにみたこともないものだった。覇獣の素材を使って装備を作るにはかなり質の良い道具が必要になる。そのためにサイトが昔いた工房では様々な金属を使うことも多かった。道具は自作するのが当たり前であり、鉱物にも詳しくなる。そんな工房でほぼ一人前として働いていたサイトが知らない鉱物、フロンティアにはまだまだ謎が多い。
「やたら掘るのに苦労した。それだけ硬い」
「加工できるかどうかは分からないけど……」
マルスの言う通り硬い鉱物である。溶鉱炉で取り出してみたい限りは分からないが、質の良い金属が取れそうだった。
「たくさん、ありそうか?」
「そこまで多いわけじゃないが、一定量はあるんじゃないかと思う」
ベースキャンプからさほど離れていない場所で採掘できるのだという。開拓村に持ち帰ってする事が増えた。
今日みたいな行程を往復するようになればいくら双角馬の馬車が頑丈だといってもすぐに壊れてしまうだろう。ある程度は道中の整備が必要になるかもしれない。必要以上に整備してしまうと目的から外れてしまうが、それにしたってひどすぎるとサイトは思った。
それに、この場所はベースキャンプとしては適しているが、村をつくるとなれば物足りない。せいぜいが中継地点としてちょっとした建物を建てるくらいだろう。どうせならばそれなりの人口を住まわせることのできる場所に村を作りたかった。
翌日、ベースキャンプの設営が始まった。最低限の生活ができるようにしなければならない。
「ここは気候が良いから建物もそこまで頑丈なものにしなくてもいいだろう」
「しかし、覇獣が襲ってきたらどうするんだ?」
「覇獣が襲ってきたらいくら建物が頑丈でも同じだろう」
覇追い屋の討論は尽きることがない。サイトはここのベースキャンプに簡易的な道具整備のための炉を作るかどうかを悩んでいた。
「この場所はどうだ?」
サイトが悩んでいるのをみてゼクスが声をかける。サイトはゼクスもまた、ここはベースキャンプであって村を開拓する場所ではないと考えていると思った。
「中継地点としてはいいが」
「飛ぶ覇獣を発見しづらく、襲撃は受けやすいか?」
鬱蒼とした森林の中からでは、覇獣が飛んでいるのは視認しづらい。だが、サイトが考えているのはそこではなかった。
「いや、ここでは子供を育てられない」
子供を育てる。それが村として、ゆくゆくは国として機能していく根本なのだとサイトは言った。こんな少年といってもいい若者がそんな言葉を吐くなど、ゼクスはのけぞるしかなかった。何がこの青年をそんな風にしてしまったのだと考えて、その原因を作ったのは自分だと気付いた時点でゼクスは考えるのをやめた。
「防衛施設はあとから作ればいい。ここならば子供達を育てられる、そんな場所を作ろう」
やはり、サイトを村長にして良かった。ゼクスは器の違いというのはあるのだなと感じる。それはかつて国に反乱を起こそうとした領主を彷彿とさせるものだったからだ。
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