第2話 覇獣狩り

 覇獣を狩るという事は並大抵のことではない。今までそれを誰一人としてなし得なかったからかこそ、覇獣は生態系の頂点なのだ。だが、サイトは言う。


「できないわけじゃないというのは分かった。あとはそれをどれだけ確実にするかが問題なだけだ」


 この青年に見えている世界は何なのだろうかと、村の人々は思ったに違いない。そしてその青年を見出したゼクスすらもが常人の考えではないのだろうと思われていた。


「ゼクス、据置型大型弩砲バリスタの軽量化が必要だ」

「軽量化って? どのくらいだ?」

「むしろこっちが聞いている。どれくらいならば持ち歩ける?」


 持ち歩く? 何を言っているのだと聞き返した者はいなかった。すでに、誰しもが想像の外で会話をされていたのに気づいていたからである。


「戦うとなれば、せいぜい……」


 具体的な重さを提示してゼクスは周りを見渡す。他の覇追い屋が自分と同じくらいの重さを持てるかどうかというのが若干心配になったからだった。生き残った覇追い屋と新たに加わった者の中ではゼクスがもっとも体格がいい。


「じゃあ、全員でそれを同じくらいの重さの物が持てるように訓練していろ」


 撃つ時は地面に据え置く。移動は肩に担ぐのが理想だと言う。サイトはそれだけいうと自分の工房へと戻っていく。あの工房はもともとは村の共同で使う場所であったのだが、サイトが来てからというもの、サイトの個人工房へと変わってしまっている。

 数日前からサイトはその工房でなにやら行っているようだった。常に覇獣の素材を用いて何かしら作っているサイトだったが、かなり大掛かりな物を作っているようである。骨や毛を組み合わせて作るとしかわからなかったそれがだと分かるまでにはかなりの日数が費やされた。


「何で、こんなものを?」


 アーチャーの質問にサイトはぶっきらぼうに答えた。


「次の覇獣を狩る」

「は?」

「また、覇獣は来る。今度はこちらから狩るんだ」


 ゼクスですらその発想に追い付かなかった。覇獣を狩ったばかりの村で、さらに覇獣を狩ることを考えていたのはサイトだけだっただろう。ゼクスを始めとして、他の覇追い屋と村人は次に来る覇獣の事をできるだけ考えないように過ごしていた。それがいつか来ることを知っておきながら。



 かつてのゼフの生息域から遠く離れた場所に次の覇獣を確認したのはそれから数か月も経ってからの事だった。村にやってきた覇追い屋を勧誘して人数を増やし、徐々に捜索の範囲を広げたために時間がかかるのはしょうがなかった。アーチャーは、内心では見つからなくてもよいとすら思っていたほどである。


 地図を作成し、罠を設置し、数週間かけてサイトは覇獣を討伐した。最終的に小型軽量化された据置型大型弩砲バリスタクロスボウと名を変えてサイトを除く全員がそれを担いで歩いたのである。罠に足をからめとられて動きが鈍った所に数箇所から飛んでくる矢が突き刺さり、覇獣は倒れた。クロスボウの矢は、確かに覇獣の皮を貫いたのだった。


「これからだ、これが始まりなんだ」


 犠牲がなかったわけではない。新しく参加した覇追い屋から二人が覇獣によって帰らぬ人と成り果てていた。それでも、新たな覇獣を狩ったというのは村人たちを勇気づけ、安心を提供するには十分だった。


 だが、サイトはこれっぽっちも安心なんかしていなかったに違いない。

 ある日、サイトはゼクスとアーチャーを呼び出すとこう言った。


「そろそろ、王都で騒ぎになる頃だ。覇獣狩りが出たってな」


 サイトたちが討伐したゼフとクリムゾンの素材を使った道具はかなりの高値で売れた。だが、それは所詮はイペルギアの物価の高値であり王候貴族が競うように買い叩く王都のそれではない。

 もし王都のオークションなどに出そうものなら何十倍という値がついたことだろう。だからこそ、イペルギアで買ったそれを王都に持っていく者が出るに違いない。さらには王都であればその道具が衰弱した死骸からではなく、狩った個体からはぎ取った素材でできていると気付く者が出るかもしれなかった。


 もし、覇獣を狩った者が特定されたら……。かつてゼクスたちが王都でできるだけ目立たないように行動していた理由は明白である。

 そして、この人口の少ないフロンティアの村に軍隊でも来ようものなら、対抗する手段などないのである。


「覇獣を狩るための技術は、外にわたしてはならない。だから、奥地にもう一つ村を作るんだ」


 その行き来は双角馬がなければならず、さらには覇獣の生息域と言われる領域を通ることで、王都からの人間が寄り付けなくする。サイトの提案はそれだった。


「たしかに、覇獣よりも人の方が対処しづらい。しかし、サイト。いつからそんな事を考えてたんだ?」


 ゼクスからしても、アーチャーからしても、サイトが何かに焦っているように見えた。ここにつれて来られたばかりの彼と、変わりすぎなのである。

 村の将来を任せるには、まだ若すぎたかとゼクスは後悔したが、この発案はゼクスではできないものだった。後手に回ってから村を移動しても駄目なのである。


「覇追い屋の……いや、覇獣狩りの村を作ろう」


 ただ、サイトの目の奥にある輝きが、ゼクスとアーチャーを押し止めた。歴史的瞬間に立ち会ったのではないかと、アーチャーは思った。

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