背番号十番

月の輪熊

二番手投手

 真夏の炎天下の中、俺はマウンドに上がる。塁は全て埋まっている。


 球場全体がまるで嵐の前の静けさのように鳴りを潜めている。


「ここで、二番手投手の俺に出番か」

 意外と冷静な自分に驚いてはいる。


 準備投球を投げ終えマウンドを軽く均しながら、ふと一塁側の味方ベンチに視線をやる。


 そこには先ほどまで投げていたエースが、痛々しい姿でこちらを見ている。


「あとは頼んだぞ!」

 エースの声が聞こえる。


 本当なら最後まで投げていたいはずなんだよな。


 ここまでの戦い、地方予選から全国大会決勝のあとアウト一つまでエースが投げ続けてきた。

 それが一塁の交錯プレーによる不慮の事故での交代。


 俺はエースに頷き返す。任せろと。


 そして、近づいてきたキャッチャーが、

「こんな場面での出番だ。とにかく全力で投げてこいよ」

 と、俺の胸をキャッチャーミットで叩き戻っていく。


「ああ、わかってる」

 俺の三年間の全てを出す。


 各々のポジションにつき、主審の手が上がる。


「プレイ」


 投球動作に入る中、俺の頭に高校三年間の思い出が浮かぶ。


 高校に入ってから、練習試合では何度も登板したが公式戦では初登板。


 常に俺の前には、絶対的エースのお前がいた。


 エースに追いつき追い抜きたい思いを持ち続け練習してきた。


 それでもエースのお前には追いつけなかった。


 高校最後の夏、貰った背番号は二桁背番号の十番。


 貰った背番号は十番だったが、俺はそれを誇りに思っている。


 常に俺の前にいてくれたエースがいるからだ。


 エースはチームメイト達に、

「目指せ、全国優勝」

 と、チームを鼓舞し続け盛り上げてきた。


 チームメイト達も、エースの気持ちに応えるために、必死に練習しここまできた。


 だからこそ、俺もエースの気持ちに応えたい。


 俺の持ち味は直球。思いっきり腕を振る。


「ボール」

 初球は僅かに外に外れてボール。


 さすが名門校の四番。この場面でも冷静に見ているな。

 だが、俺は負けられない。


 一球一球力を込めて投げる。



 カウントは進み、ツーボールツーストライク。



 変化球を混ぜながら投げているがなかなか打ち取れない。


 冷静に際どいところはカットし、ファールにする技術。ボール球には手を出さない。


 だからエースの凄さがわかる。力ある打者相手に、この大会を抑えて来たのだから。交代するまで点を取られていない。強打を誇るチームからも無失点で抑えた。


 今俺が対峙している打者さえも、ここまで抑えていた。


「ふぅー」

 暑いな。


 俺はまだまだ力が残っているはずなのに疲れが出ている。これが公式戦なんだな。


 十球目。


 しまった!!


 キーン!!


「頼む!!切れてくれ!!」


 打った方向を見つめる。

 打球はグングンとスタンドに伸びていく。



「ファール!!」

 線審の声が上がる。

 球場はため息とどよめきが起こる。



 危うくホームランか。風のおかげで命拾いをした。


ロジンバッグを手に取り、心を落ち着かせる。


冷静に冷静に。俺は出来る。絶対に打ち取る。


ロジンバッグを地面に置き、キャッチャーを見る。サインに頷き投球動作に入る。


「☆○♪£$$££*」

俺自身何を言っているか分からない、叫び声を上げ、全力で投げた。


ボールはバットに当たらずキャッチャーマットの中に収まる。


「ストラーイク!!バッタアウト」

主審の大きなジェスチャーが目に飛び込んできた。


そして球場全体が震え上がる。


俺は小さく拳を握りしめる。

終わった。勝った。勝ったんだー!!


チームメイトがマウンドに駆けつけてくる。エースはベンチからゆっくり歩いてくる。


暑い暑い夏。

終わりを告げるサイレン。

ああ夢は叶った。

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背番号十番 月の輪熊 @Yata-garasu-11

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