第80話朝倉の反撃と推理

 そんな話をしているうちに、展望プールに地獄の軍勢たちが戻ってきた。

 その中には例の神父の姿もある。


 地獄の軍勢のうちの誰かがライトのスイッチや制御盤せいぎょばんのある管理室に入り込んだようで、にわかにプールのジャグジーが作動したり、水中が紫電色に光ったり、落ち着いた色調の間接照明群の電源も入るなどした。


「おい、この建物にはもう俺たち以外の生存者はいないぞ」


 と、神父が三田村と朝倉のそばに来て言う。


「生きている人間どもはあの警備員の老人が外に誘導して……レーズン女? 泣いているのか?」

「その呼び方なんなのよ……」


 朝倉は三田村から体を離した。

 まだ少しだけしゃくりあげてはいるものの、いつも通りの気丈きじょうさが戻っている。


「……久しぶりね、人狼さん。お腹はもう平気なの?」

「もちろんだ。

 酷い目にはわされたが、われらは代償の力が供給され続ける限り不死身だからな」

「ああ、なんだか三田村さんが今そんな説明をしていたわね。

 じゃあ今から誰かがあなたのことをタコ殴りにして体のパーツというパーツをバラバラにしても、魔力とやらを注げば元通りになるってこと?」

「いやそれは普通に死ぬ」


 神父は即座に首を振った。


「せいぜい下痢死からの復活くらいが精一杯だ。せめて体のパーツはそろっていないと」

「じゃあ不死身でもなんでもないわよ。話を盛らないでよね」


 朝倉はため息を付きながら、周囲の様子を見回した。


「……さっきの三田村さんの話を考えてみると、危険にさらされている子どもたちはいなかった……って考えていいのかしらね。そういう意味ではもう安心していいのかしら」

「あー、それも説明した方がいいな。

 一人だけいた。危ないから帰らせて、警備員の爺さんに任せてある」


 一応写真を撮っておいたけど、誰だか分かる?と言いながら、三田村は自分のスマホを朝倉に見せる。


「……マキちゃんね」


 朝倉はため息を付いた。


「一番心配していたのよ。たくさん人間関係を作ることは苦手にしていたはずなのに、妙に沢山の『友達』に囲まれていたから」

「証拠写真づくりのために利用されていたんだろうな」


 三田村はため息をつく。


「このマキちゃんって子を使って他の子どもたちを集めていたんだろうな。

 玖珂……クガルか。どっちでもいいけど、女の子たちの話をかんたんに聞いた限り、アイツは社会的に孤立した人間を狙って接触していたみたいだ。そのほうが言うことを聞きやすいだろうし、異世界にさらうにしても足がつきにくいからだろうな。マキちゃんとやらはそういうのに捕まってしまったってわけだ」

「クズね」

「そうだね。ごくありふれたタイプのクズだ」


 三田村は静かに同意する。


「一応連絡先は控えておいたよ。後日連絡したいならするといい」


 朝倉はそれにうなずきながら、静かに周囲を見回した。明かりがついたおかげで周囲の様子をはっきりを見渡すことが出来る状態になっている。


「……あの男子更衣室の方。血糊でべったりの足跡があるわね。少し調べてみましょうか」

「あ、待って一緒に俺も行く」

「だーめ。三田村さんはいったん休みよ。

 ……今日一日どれだけ働きづくだったと思っているの。三田村さんはもう少し休まないと駄目。ていうか寝てなさい」

「駄目だよ、一人にさせられない」

「ここにどれだけ味方がいると思ってるの? 良いから休みなさい。今しか休めないかもしれないのよ?」


 朝倉が呆れ混じりに言うが、三田村は一歩も惹かない。


「……何かあったらどうするつもりなんだよ。駄目だ、行かせられない」

「寝てなさい」

「やだ」

「だから寝てなさい、って……これじゃまた水掛け論ね。ちょっとこっち来なさい」

「へ?」


 朝倉はするりと三田村の腕を抱きしめたかと思うと、そのまま彼をぐいと引っ張って、女子更衣室に引きずり込んだ。

 意図をつかみかねた彼は、何度も首をかしげながらもなすがままになって更衣室に消える。


「……は? ……え?

 ちょっ……エリカちゃん、こんな時に一体……ウワアアアアー!?」


 と、展望プールに、某スー○ァミの名作ゲーム・セプ△ントリオンさながらの絶叫が響いた。

 ことのなりゆきを見守っていた地獄の軍勢達がビクリと肩を揺らす。

 ……その後、女子更衣室のドアの向こうからなにかものが落ちる音だとかぶつかる音のような音が聞こえていたが、それ以降は物音一つしなくなった。

 あまりに異様な出来事を受けて、展望プールに集まっていた地獄の軍勢たちが異世界語で軽くどよめく。


 ……詳細は省略するが、好奇心に抗えず引き戸を開けて中を見てしまったベゾスが「うわっ、最悪だなアイツら」と言いたげな顔をして、ドアの向こうをいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもそしてまたいつまでも凝視していたことだけは明記めいきしたい。

 多分ジェ○ガでもしていたのだろう。この非常時に。


 それから少しの時間が経ったが、割とすぐに朝倉は出てきた。怯えを含んだ目で朝倉を見る神父に、彼女は苦笑してみせる。


「……あの人、長椅子の上であっさり意識を手放したわよ。しばらく寝かせておきましょう。

 三田村さんは私のことばっかり心配してくれているけど、あの人自身だって文字通り死ぬまで無理しちゃう人だから放っておけないのよね。

 ……あんなボロボロな状態で『まだ動ける』って自分で思い込んでる方が危険だっていうのに……。


 とりあえず、探索を再開しないとね。

 神父さん、少し説明と案内をお願いしてもいいかしr」

「触るなケダモノォー!!!!」

「はあ!?」


 朝倉がポンと神父の肩に触れた途端に、神父は彼女の手を弾き返した。しかしすぐに申し訳無さそうな顔になる。


「……いやその、失礼した。

 お前に触れられると生命力が取られる感じがするというか、死にそうな感じになるというか、決して先ほどまでのお前を見て恐れをなしたからでは決してないぞ」

「あー、洞ってやつね。

 というか、私は別に大したことしてないわよ。たまには仕返しも必要よ、仕返しも」

「……それは……お前の基準がおかしいと思う……」

「かもしれないわね。

 夢小説と乙女ゲーばっかりに浸ってきた喪女生活を送っていると、その辺の感覚が完全に狂っちゃうのよねえ。まあ、こんな話はどうでもいいわ」


朝倉はため息を付き、周囲で生ぬるい顔をしている地獄の軍勢たちに向かってこういった。


「ここに来るまでに転がっていたっていうイケメン達の死体を連れてきてくれる?」







「……やっぱりそうなのね……」


 床に並べられたイケメンたちを見て、朝倉はつぶやいた。

 死体をみることなどめったに無い恐怖体験のはずだが、すでに異常事態の連続に巻き込まれた後である朝倉はそんな感覚も麻痺しつつある。


「全部笹野原が前回の異世界転移用に攻略していたゲームのキャラクターと外見の特徴が一致してるわ。

 ……でも変ね」

「変、とは?」


 と、神父が聞く。朝倉はそれにうなずきながら、


「……コイツ、ドナルドっていうんだけど、前回の異世界転移では体がペラペラだったはずなのよ。

 折り紙にしたりマシンガンで穴だらけにしたりしたの。最後には皆で都市を焼いたわ」

「私の村だけでは飽き足らず、他の場所でもそんなことをやっていたのか? お前たちは本当に酷い奴だな」

「どうとでも言いなさい。

 ……あの時に手段を選んでいたら、蒔田さんを救うことは出来なかったわ。酷い奴呼ばわりされることになっても受け入れるしかないと私個人は思っているの。

 昔の私は曲がったことが大嫌いな優等生で、こんなふうに自分が間違ったことをする可能性なんて考えることさえ嫌だった。……だけど……今のわたしはそうじゃないもの。

 そうでなきゃ、三田村さんと今みたいな関係になる覚悟だって出来なかったわ」


 朝倉はそう言い置いて、この話はおしまいだとばかりに首を振る。


「……話がずれたわね。

 とにかく、このドナルドは『変』なのよ。

 蘇生した……ってところまではさっきのあなたの説明で納得できるけど……」

「なるほど、ペラペラだったのに今は立体的な体になっている、という現象は確かにおかしいな。

 ペラペラのままではクガルが動かすことができなかった……ということか」


 と、言いながら、神父は死体の様子を検分している。


「もっと情報がほしいな。他になにか気づいたことはあるか?」

「うーん、そうねえ……ああコイツ。錆助。この人も変だったわ。私のことを『ミミ子』って呼んでいたの」

「ミミ子? レーズン女はミミ子という名前なのか?」

「違うに決まっているでしょう。……この錆助、多分私のことをゲームのヒロインと勘違いしていたんだと思う。

 なんというか……錆助もドナルドも、神父さんや地獄の軍勢たちより扱いきれていない感じがしない? どこか不完全な部分があるというか、操りきれていない感じがするというか……」

「なるほど……操りきれていないという言葉は言い得て妙かもしれないな。我々はレギスの魔術によって作られたものであるし」


 神父が頷きながら説明した。


「基本的に、魔術師同士で魔獣を共有するのは難しいんだ。

 その上、あのクガルとかいう魔術師は『レギスと同族だが年上で先輩だ』と言っていた。

 年齢が違っていれば使う魔術も多少違うだろう。

 自分の知らない魔術式に縛られた魔獣を操るのは大変だったはずだ。……どおりで我々も『ただ動きを止められるだけ』で済んだわけだな。

 あの男、魔力の消費も気にしていたのかもしれないが、そもそも大量の魔獣の魔術式を書き換える余裕はなかったのかもしれないぞ」

「この場所は今代償の力で溢れているんでしょう? イチから魔獣を作ればいいじゃない。自分が操りやすいように」

「設計図もなしにか? 代償の力は溢れているとはいえ無限にあるわけではないのだぞ」


 と、神父は首を振った。


「そんなコストの掛かることを気楽に試すわけには行かない状況だったのではないかと思う。

 基本的に、アイツは力を浪費することを恐れていた。だからこそお前やレーズン男の腹を刺した行動だけがよくわからんのだが……」

「人を自分の手で傷つければ傷つけただけ刑期が伸びて、自由になるための魔力がもっと必要になってしまうわけだものね。

 こっちが気絶している間にお腹を刺すなんて、酷いことしてくれるわ」


 朝倉はそう言って、自分の右側腹部に軽く触れる。


「回復アイテムがなかったら私も三田村さんもどうなっていたかわからないわ。内臓が飛び出したりしなくて本当に良かった……っていうか、ふたりとも同じ場所刺されてるのよね。肝臓のあたり?」


 何が目的だったのかしら、と渋い顔をしている朝倉の腹を、神父はしばらく見つめていた。

 そしてふっと、何かに気がついた顔をする。


「……そうか、第二臓器だ」

「なにそれ」

「異世界の人間にも、お前たちの世界の人間にも、肉眼不可視の臓器が存在す……お前まで私をそんな目で見るな! あるものはあるんだよ!!」


 胡散臭いものを観るような目で見つめる朝倉の視線を受け止めきれず、神父が半ギレ気味に叫んだ。


「本当にあるんだ、信じてくれ! ちょうど肝臓のある位置にあるんだ。

 魔術を使ったり、魔術の影響を受けたりするために必要な器官といったらいいのだろうか……」

「なるほど、肉眼不可視ってのはよくわからないけれど、とりあえず私や三田村さんが刺された場所と一致するわね」

「ああ。魔術紋を見たいのなら別に体を傷つけなくても出来るんだが。

 だがそうではなくて、わざわざ魔術師クガルが自分の手でお前たちの第二臓器を狙ってきたことを考えると……」


 神父はしばらく考えた後、口を開いた。


「……多分、魔術式を書く必要があったんだと思う。

 人間の血を使って魔術式を書く古代魔法があるんだ。探しものか、探しびとを見つけるための魔術だ」

「探し人……たとえばレギス君のことを探していたとか?」

「彼はもう無理だ。

 あの魔術師は前回の異世界転移の際に、自分の身を犠牲にして異世界同士の道を断っていただろう?

 今は文字通りのバラバラ死体になっていて、つなぎ合わせて再生することさえ不可能なレベルで体が散逸しているはずだ。

 クガルに蘇生させたい魔獣か人間なんかがいるとして、丸ごと死体が残っている必要があるな。当然、今生きているなにかを探している可能性もあるが」

「探しもの、ねえ……そういえばクガルはそんな事を言ってたんだっけ」


 朝倉は目を瞬きながら考える。なんとなく、三田村と二人でドラマの謎について推理しあっているときを思い出した。二人ともそういう考察が好きなのだ。


「その、人間の血っていうのは、なんで必要なの?」

「ヒト・モノ・コトと接触していた情報が、第二臓器に記録されているからだ。我々魔獣や魔術師が探しものをするときにはその情報を使う。

 体に傷をつけなくても情報を読み取ることが出来るはずだが、古い魔術では人間の血を使わなければ不可能だったとされている。昔の魔術は言語ロゴス式で、魔法陣を書かねば成立しないものも多い」

「……そのへんはよくわからないけれど、」


 朝倉は軽く頭を抱えながら言う。


「つまり、私の第二臓器中の情報だけでは不十分で、三田村さんの第二臓器中の情報を合わせれば得られるような『さがしものの情報があった』ってことでいいのかしら?」

「ぬ」


 神父は目を見開いた。


「そうか、そういうことか……そう考えればわざわざ階段下までヤツが降りてきた辻褄が合うな。レーズン女だけの情報では足りなかったんだ」

「ふーん。とはいっても、ヒト・モノ・コトねえ……。

 私と三田村さんが接触したことがあって、死体でも生きていてもいいけれど、レギスくんの牢獄かクガルの牢獄にいそうな存在……」


 と、言って、朝倉は自分の記憶に目を凝らすように目を細める。


「……蒔田さん、笹野原……。……あとは熊野寺……ってところ……?」












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