第70話タワマンに閉じ込められて

 エントランスにもエレベーターホールにも人の気配は全くない。

 エレベーターの中にいる朝倉と三田村の二人だけだった。

 彼らはまだ二人とも、ドアが開いたままのエレベーターの中にいる。

 ドアをる、複数のボタンを同時に押すなど、ありとあらゆる思い付きを実践じっせんして、異様な挙動をしたエレベーターを何とかして元に戻そうと奮闘していた。


「……くそっ! 駄目か」


 ガン、と三田村は金属製の扉を蹴りつけた後に吐き捨てた。

 先程さきほどまでの彼はまるで借金の取り立て屋かという勢いで壁をり続けていたが、エレベーターはウンともスンとも言わなかったのだ。


「三田村さん、本当にそういうガラの悪い感じの動きが良く似合うわよね……」

「褒めてくれてありがと」

「今のは褒め言葉じゃないわよ」


 と、朝倉が苦笑まじりにいうと、三田村が少しおどけた風に笑う。だが彼はすぐに真面目な顔になって、いまいましげな様子でエレベーターに取り付けられたモニタを睨みあげた。


「にしても、駄目だねこりゃ。蹴ろうが叩こうが、どのボタン押してみようが全然動かねーわ」

「ねえ、三田村さん。やっぱりここから出ない?

 エレベーターの扉は空いているのだし、ここにいてもラチがあかないわよ、多分」


 朝倉は三田村の気が済んだタイミングを見計みはからってそういった。

 嫌だけど仕方ないかもな、と三田村が消極的な同意を見せる。そして彼は隣に立つ朝倉をみおろしながら、


「前にさあ、蒔田さんと夕ちゃんと君と俺とで飲んだことあったじゃん? 一度だけだけど」

「あー、あったわねえ。生還記念の打ち上げ」


 と、朝倉は直前の異世界騒動のことを思い出しながら頷いた。


「それがどうかしたの?」

「あの時にさ、蒔田さんから簡単にコトのあらましを聞いたの覚えてないかな」

「コトのあらまし……異世界転移騒動の?」

「そそ。夕ちゃんは最初、とある夜に残業隠しのために病院のリネン室に押し込められていたんだよね。

 で、蒔田さんはそんな彼女がいる現実世界のリネン室に繋がったドアを開けて、夕ちゃんを見つけ出したんだって。

 そして彼女の手を引っ張り上げて、彼女と一緒に迫り来るゾンビの群れからの逃避行を始めた……と」

「そうだったかしら……あの打ち上げは仕事終わりの時だったし、ちょっとお酒入ってたし、あんまり詳しいことは覚えていないのよね」


 と、朝倉が難しい顔をして首をかしげると、三田村は力強く頷いた。


「そうだったんだって。俺、酔ってる最中でも聞いた話はあんまり忘れないから覚えてるんだもん。

 ……で、そうやって二人は『現実世界のリネン室』から『デドコン3を模した世界』に迷い込んだんだけど、一度出たら最後、リネン室へと繋がっていた扉は一度閉まったら二度と開かなかった……って言ってたんだよ。蒔田さんがバールで何度殴りつけても開かなかったって……おかしいよね」

「金属製のドアでしょう? 普通じゃない?」

「いや、変だよ。

 だって蒔田さんはその後いろいろ起きた後、ゾンビウイルスのワクチンを探すぞーってなったときに、『破壊不能オブジェクトになったはずの金属製のドアをバール一発でこじ開けた』んだよ?」

「……私そんなことがあったなんて知らないわ」

「君が先に俺がいた世界に移動した後に起きたことなんじゃないかな。

 それにしても、変だろ? 同じような強度のドアなのに、一方は開けられて、一方は無理なんてことがあるか?

 多分最初の現実世界のリネン室に繋がっていた方のドアは、一度閉めたらもう二度とあかないものだったんじゃないかな。物理的な方法ではもう二度と開けられないようなものなんだと思う」



 三田村は外の様子を注意深く観察しながら話を続ける。


「……でさ。俺たちも今、似たような状況にあると思わない? 運が悪いとこのエレベーターも、俺たちが外に出たら最後、ガシャーンって閉まって二度と開かなくなる可能性があるぞ」

「まってまって三田村さん。今エレベーターの外に広がっているのはゲームの世界でもなんでもないわよ?」


 朝倉が慌てて首を振りながら、ひたいおさえて口を開く。


「エレベーターの外はタワマンのエントランスによく似た別世界みたいだけど……これと例の異世界騒動が、同じものだっていうの?」

「同じだよ。間違いない。……だって他に考えられる?

 俺、君らと一緒に行動した時を含めると、少なくとも6回は異世界転移? とかいうのをしちゃってるもん。だからこそ言える。間違いない。

 空気というか……雰囲気だけで分かっちゃうんだよ。ここはもう、俺たちがさっきまでいたバベルタワー西新宿じゃない」


 三田村はそう結論付けつつも、ため息をついて頭をいた。


「……って言ってもまぁしゃーねーな。出よう。このままじゃラチがあかねえし。

 念のため、ドアが閉まらないようにこのパンフレットラックでも挟んどこっと」


 あっさりエレベーターから出た三田村は、外に出たところにあった金属製のパンフレットラックを入り口にガンと置いた。


「効果あるかしら……」

「何もしないよりマシだって。……良かった、このドア、今のところはすぐには閉まる様子はないな。

 あーあとこのスチール製の四角いゴミ箱も、ドアが閉まらないように置いておこう」


 ガン、と二個目の障害物がエレベーターの扉と扉の間に設置された。

 朝倉は周囲を見回しながら、エレベーターホールを出てエントランスの中に立つ。

 ……彼女にとっては、やはり違和感はあまり感じられなかった。


 ──先ほど見た時と寸分すんぶん変わらない、シャンパンベージュと茶色と黒を基調とした、広々とした高級感のある空間だ。

 三、四階分もある吹き抜けがあるあたり、富豪向けという雰囲気がいやというほど伝わってくる。吹き抜けから見える二階や三階らしき空間に誰もいないのを確認しながら、朝倉は入り口付近のガラス戸に近づいた。


「うーん、何なのかしらね。外は車も走っているし、街並みもさっきまでのと変わらない気がするけれど……」


 朝倉は大きなガラス戸の前に立って、外の様子を観察する。


「雨が降っているわね。さっきまで一度止んでいたはずだけれど、元々今夜は降ったり止んだりするって予報だったし……特に異常な天気になっているとは思えない。

 景色だっておんなじよ?」

「あーほんとだ。都庁も興○ビルもこっから見えるねえ」


 朝倉の隣に立った三田村が、ガラスに額をつけて目を細め、外の様子をうかがい見る。


「車、は……うーん、確かに走っているなあ。だけど自動ドアは俺たちに反応して開く気配もないし、自力でこじ開けるのも難しい……って感じか。

 あーあ、人来ねえかなあ。退勤ピーク時間はとっくに過ぎてるし、この時間に西新宿なんかに残ってるのはオフィスビルに缶詰めお泊りコースの社畜も多いし、厳しいかもしれないな……って、あ!来た!!」


 そう言うなり、三田村はたまたまガラス戸の至近距離を横切っていったサラリーマンに向かってガンガンとガラス戸を叩いてみた。

 だがサラリーマンはそのまま素知らぬ顔で歩き去っていく。


「……嘘だろ。こっちに視線さえ寄越よこさなかったぞ……。俺たちが見えてねえのか」

「イヤホンつけてたんじゃない?」

「つけてなかった……と思う。いや、もう一回人が来たら同じことをやってみるか」


 だけどその前に、と言って、三田村は朝倉にガラス戸から離れるように言うと、コンシェルジュ詰所の奥からハンマーを持ってきた。



「三田村さん? まさか……」


 という朝倉の問いかけに答えることなく、三田村はハンマーを思い切りガラス戸に叩きつけた。

 ──ごっ、と硬いもの同士をぶつけたような重い音がしたものの、ガラス戸は割れるどころか傷一つつかなかった。

 三田村は何も言わず数分ほどドアを殴りつけていたが、やがて諦めた風に首を振ってハンマーを床に投げた。


「……駄目だ、割れるきざしさえないや。

 いくら防犯ガラスとはいえ何分も殴っていたら普通は割れるし、割れなくても防犯サイレンの一つくらい鳴って警備員でも来るかと思ったけど……本当に何にも起きねえな。あ、ちなみに、常駐しているはずのコンシェルジュは詰所にいなかったよ。俺たちだけしかいないみたいだ」

「閉じ込められた、ってことね」

「多分ね」


 三田村は疲れた息を吐きながらそう結論づけた。


「こっから見える道路の案内標識は日本語なのに、ここのエントランスにあったチラシや詰所のマニュアルなんかは俺たちの読めない謎言語に変わっている。

 現実世界と異世界モドキの切れ目はココにもあるってことか……」


  ココ、と言いながら三田村はガラス戸に手をついた。

 

「そうみたいね」


 朝倉は三田村の言葉に同意しつつも、これからどうしたらいいのだろうかと途方に暮れた。


(この建物にはもう住民はいないのかしら……だとしても、22階の子供達の安否が気になるわ。階段か何かで行けないかしら……)


 そんなことを考えていると、朝倉の体がふわりと浮いた。


「え?」


 朝倉は思わず顔を上げる。一瞬三田村に抱き上げられたのかと思ったが……違った。


「な……っ……!」


 朝倉は目を見開いた。目の覚めるような超細身のイケメンが、自分の体を横抱きにしていたからだ。

 異変に気がついた三田村が振り返り、すぐに対応しようとする。


「エリカちゃん!」


 だが三田村の手が朝倉をつかむ前に、イケメンは大きく後ろに飛びすさって、キラキラと花が舞い散るような笑顔を口元に浮かべた。


 ──だがその目は、賞味期限切れの魚の干物ひもののように死んでいる。


「…… そんな、鳳翔院ほうしょういん錆助じゃない!!なぜコイツがこんな所に……!!」

「はあ? さびすけ!?」

「乙女ゲーの登場人物よ! え?どういうこと? このゲームはデドコン3なんかと一緒で、笹野原の一番最初の攻略済みゲームリストに載っていた筈だけれど……」

「ええええ、一度使ったゲームの世界はもう使えないとかいう話じゃなかったか!?」

 


 困惑する三田村と朝倉をよそに、目が死んだイケメンは朝倉の耳元に唇を寄せてこう言った。


「やっと捕まえたよミミ子……最初からこうすればよかったんだね。もう二度と離さないよ……ずっと一緒にいよう」

「このセリフは……マズい、惨殺エンドに突入した時のセリフだわ!!」

「惨殺エンド? 恋愛ゲームなんだよね!?」


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