第71話乙女ゲー迷路で追いかけっこ

 

「あはははははははっ!!」


 と、イケメンは朝倉を抱きかかえた格好のまま、ヒョロヒョロとは思えないほどの凄まじい健脚けんきゃくぶりを発揮して走り去っていく。

 しかも高笑いのおまけ付きだ。いかにもヤンデレじみた目にふさわしい、イカれた笑い声を上げている。


「あはっ、はっ、あははははははははげーっほげほげほげほ!!」

「なんなんだよ一体っ!」


 三田村は舌打ちしつつも追う。

 朝倉は必死に抵抗しているようだったが、イケメンもとい鳳翔院錆助君に手刀を叩きつけられると、瞬く間に静かになった。……どうやら気絶させられたようだ。死んだなどとは三田村は間違っても思いたくない。


「待ちやがれ!」


 三田村は舌打ちしつつも即座そくざに追いかけようとしたが、鯖助君が走り去った先を見て思わずギョッと立ち止まった。



 ──ゾンビだ。




「はあぁああぁぁあっ!!??」


 三田村は思わずあんぐり口を開け、すぐにそれどころじゃないと気がついて、エントランス入り口に駆け寄り、転がっていたハンマーを手に取った。

 彼がハンマーを片手中段に構えてふりかえると、ゾンビは五、六体ほどのろのろと近づいてくるところだ。

 イケメンは既に非常用階段の入り口から階段エリアに出てしまっている。

 カンカンカンという足音が聞こえる消えていく方向からして、おそらく地下ではなく上へ向かっていったと思われた。


(クソっ、はやくエリカちゃんを取り返さないといけないのに障害物ゾンビとか……!)


 三田村は慌てたが、すぐに動くことは出来なかった。ゾンビが今この瞬間もポロポロと非常用階段入り口から出てきていたからだ。


(マジかよ……非常階段側はゾンビだらけってことか!?)


 ゾンビ達は鳳翔院錆助君がこちら側に入るために非常出口のドアを開けた拍子ひょうしに、エントランスエリアに出てきてしまったものと思われた。ゾンビはぽつりぽつりと現れ、瞬く間に十体になる。


(くそっ……なんだよこれ。つまり階段のあたりはゾンビでいっぱいってことか!? ハンマーだけじゃこの数はいくらなんでも……)


 と、三田村が歯噛みしていた、その時だった。

 目の前にいたゾンビたちが、次々と血を吹き出して倒れていった。


「なんだあ!?」


 と、唖然とする三田村の前に、またたく間に赤い血だまりが出来る。ゾンビ達が銃で撃たれて死んだのだと、三田村は一拍遅れて理解した。

 それをギュッと白いスニーカーで踏み締めて現れたのは……三田村の全く知らない人物である。



「誰だ? アンタ……」


 三田村がつぶやくがその人物は何も言わない。極度に無口なようだ。


 ──彼はいかにもモブ臭い、ひょろ長く神経質そうな白人男性だった。

 白いパーカーに洗いざらしのジーンズといういでたちで、白い抱っこ紐のような装備に物資を目一杯詰め込み、『∞( 無限マーク)』の印がついたマシンガンをたずさえている。ゾンビは彼が倒したのだ。

 男は三田村の質問に答えることなく、無言のままグッと「いいね!」と言いたげに親指を立てた。


「え……えええ……?」


 三田村は困惑する。


 ──白人男性はかつてセラもとい笹野原がザッカーバーグと名付けた初期の地獄の軍勢の一人だったのだが、三田村がそれを知るはずもない。


 彼は無言のまま三田村に無限マシンガンを手渡すとまた「いいね!」と言わんばかりに親指を立てた。


「俺に……これを使えって?」


 また「いいね!」が返ってくる。

 三田村はマシンガンを受け取りつつ礼を言った。


「分かった、凄く助かるよ、ありがとう。アンタもついてきてくれるか?

 ……あー、分かった。無口なんだなアンタ。でもついてきてくれるのは本当に助かるよ」


 白人男性は何も言わなかったがいかにも付いてくる気満々な様子になったので、三田村は勝手に話を進めて礼を言った。ハンマーは白人男性のアイテムボックスもとい抱っこ紐の中に収納する。



「行こう……エリカちゃんが危ない」



 言うなり三田村は走り出し、ザックもとい白人男性もそれに続く。


「──階段で団子だんごになってんじゃねえぞ、退きやがれ死体ども!!」


 と、三田村は転がり込むように非常用出口に突入し、かつて乙女ゲー世界で存分に振るったマシンガンをまた乱射し、階段で上の階を目指した。




 ☆




 あきらかに一刻いっこく猶予ゆうよもない。


 そう判断した三田村は、ゾンビを殺しつつ二階に移動すると、躊躇ちゅうちょすることなく片っ端からドアというドアを開けようとした……が、一番はじめの『201』とプレートに刻印されたドアからして開かなかった。


「あぁ!? なんだよ、鍵か? 時間がないってのに……!」


 マシンガンで鍵を壊しても良いのかもしれないが、万が一中に朝倉がいたらと思うと弾が貫通した時が怖い。跳弾ちょうだんで三田村自身が怪我を負う可能性だってある。

 思わず三田村が舌打ちすると、ザックが彼の肩をポンポンと叩いた。


「あ? なに」


 と、三田村がふりかえると、彼は真顔のまま新しい武器を差し出している。抱っこ紐型アイテムボックスに入っていたらしい。


「……あ? ああ、ありがとう。

 そうだな。こんな緊急事態だし……指定侵入工具を使わないテはないよなぁ!!」


 言うなり三田村はザックから『バール』を受け取ると、住居系トラブルに慣れた不動産屋ならではの鮮やかさで固く閉ざされていたドアをガコンっとこじ開けた。


「──ははっ。玖珂に汚すなとか言われたけど、もうそれどころじゃねーなぁ」


 三田村は半ば投げやりに笑いつつ、ドアの中を確認する。


 暗がりの中にいたのは、現実世界人とおぼしき年若い女性と、先ほどとは別の種類のゲーム風味のイケメンだった。


 黒いベストにボーダーのニット、腰から下げたシルバーチェーンという、一昔前のチャラめの生放送主のような格好をしていた彼は、何故か両手いっぱいにクリームパンを持っていた。だが、三田村を見るや否やクリームパンを全部投げ捨てて殴りかかってくる。


「おおっと、させねぇよ!」


 お、三田村は突っ込んできた彼の前髪をひっ掴み、そのまま彼に向かって力任せの頭突きを食らわせる。



 ……あっという間に雌雄は決した。

 イケメンが泡を吹いて崩れ落ちると、それを見ていた女性はブルブルと震えて、三田村に向かって命乞いを始める。


「きゃあああっ! 殺さないで! 殺さないで、殺さないでえええええっ!!」

「あああーっ、違う違う違う、俺そういう犯罪者的なアレじゃないから!」

「ひーん!!」

「だーかーらー大丈夫! 大丈夫だから! お姉さん、カームダウン!! あとほらティッシュ、鼻水拭いて」


 三田村は慌てて自分が危険ではないと説明する。そしてなるべく焦りや苛立ちを抑えた声で女性に尋ねた。


「……なぁアンタ、一体何が起きたんだ? ひょっとして玖珂とかいうクソヤローと何か関係が」

「びええええんっ!!」

「やっぱあるのか……んのクソ野郎がっ!!」


 三田村が苛立ちを抑えきれずにバールで壁を殴りつけると、女性は本格的に怯えて火がついたように泣き出してしまった。三田村の外見が胡散臭すぎるのがいけない。


「ああっとごめん、本当にごめん。君に当たったわけじゃないんだって……」


 ……どう考えてもマトモな説明が出来そうもなくなってしまった女を見て、三田村は自分がミスをしてしまったことに気づく。



(参ったな……これじゃ状況は聞き出せないか。しかし本当、一体どうすればいいんだ?)


 バベルタワー西新宿の概要を思い出しながら、三田村は思わず眉をひそめる。


(この建物はたしか28階建てで、居住スペースは3階から26階までで確かワンフロアあたり3、5戸の賃貸住宅が入っていた……はずだ。

 そんな部屋という部屋を全部ドアを破って見て回って、中に敵がいたら倒して人間がいたら可能な限り助けて回って……28階の展望ラウンジとその下にある展望プールも探すとなると……いや、無理じゃないか?

 エリカちゃんが『惨殺エンド』とかいうのに巻き込まれる前に、あの子を見つけられるのか……?)



 三田村が絶望的な結論に至りかけたその時に、また肩をポンと叩かれる。

  後ろを振り返ると、ザックがいた。

 彼は「いいね!」と親指をたてたあと、自分の背後をついと指差す。


 ……いつの間にか、新しい白人男性が増えていた。


(白人ばっかだな、さっきから味方になってくれるのは……)


 三田村は思わず乾いた笑い声をあげる。

 彼は笹野原がオルテガと名付けた要救助NPCだったが、例によって例のごとく、三田村にそんなことが分かるはずもない。


(……ん? 待てよ。白人多かったなあのゲーム、って台詞を、前にどこかで聞いたような……)


 三田村は、不意にかつて蒔田から聞いた話を思い出した。


 ──デドコン3の世界には要救助者と呼ばれるNPCたちがおり、シーツを使って彼らの持てる荷物の量を増やしてアイテムボックスとして活用していたと……。


「……アンタ達まさか、『地獄の軍勢』とかいう連中か?」


  三田村が言うと、ザックは初めて笑顔を見せて頷いた。

 その後ろにいたオルテガも男っぷりのいい笑みを浮かべながら頷いている。ちなみにオルテガは恰幅かっぷくの良いオッサンだった。彼はにんまり笑った後、組んでいた腕を腰に当ててこう言った。



「***異世界語***」

「……ごめん、俺そっちの言葉全然なんだわ」



 三田村は苦笑まじりに首を振る。

 だが、先程からザッカーバーグと会話が出来ているあたり、彼ら要救助NPCが三田村の言葉を理解していることは明らかだった。

 そんなことを考えているうちに、別の名もなき地獄の軍勢の一人が、非常口から出てきたゾンビを殴り殺しつつやってくる。彼はベランダのように張り出した場所からゾンビをエントランスに向かって突き落とすと、「次の命令をくれ」と言わんばかりにこちらに駆け寄ってきた。


「***異世界語***」

「よく分かんねえけど……協力してくれるっぽいな」


 どうやら彼らはゾンビと同じく、人間である三田村の気配を察知してやって来ているようだった。



(なるほど、この場所にあふれかえっているのは敵ばかりじゃないってことか……だったら)



 三田村は頭の中で素早く考えをまとめると、焦る心を抑え、意を決して口を開いた。



「……お前達を男と見込んで頼みがある。

 俺はエリカちゃんを……あー、大事な人を探しに行かないといけない。

 だがこの建物は部屋が多すぎるし、何よりエリカちゃんが殺されるまであまり時間はないと思う。皆で手分けして探そう……頼む。協力してくれ」


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