第61話SOLをブチ破れ

「……実は俺、熊野寺を追いかけている時にも見たんだよこのページ。

 当時はもっと過疎ってたはずだけど……まだ続いてたんだな、コレ……」


 三田村はしばらくウェブページをスクロールさせて読み切った後、疲れた風のため息をついた。


「……こういうのを見てるとつくづく思うよ。アンチっていうのは、うらを返せば潜在的せんざいてきなファンの集まりなんだろうな」

「ファン?」

「だってよ、こんな場所にずーっととどまって同じテーマの話を続けてるなんてもうファンだろファン。

 世界中の一流の頭脳が動画サイトやSNSやソシャゲなんかを作って人間どもの限られたアテンションスパン何かに熱中している時間を取り合いっこしている時代にさ、この自称アンチどもはずーっと自分達の貴重な時間をこんなウェブ掲示板に捨てて、似たような話題で盛り上がってるんだぜ?

 これがファンじゃなくてなんだっていうんだ」


 と三田村はそんなことを言いながらも、画面を素早くスクロールさせて文章を読み取っている。

 妙に事情を知っている様子に見える彼を、朝倉は不思議そうに見上げた。


「……そういえば三田村さんって、よく熊野寺の情報に行きついたわよね。いくら不動産屋だからって、顔と声しか知らない人間の情報を普通掴めたりする?」

「ついに気づかれちゃったか。んー、まあ。運がよかったって言うのはあるね」


 と、三田村は昔の怪我けがを思い出すような表情で笑う。


「……湿っぽい話だから言いづらかったんだよね。

 エリカちゃんさ、うーんと前に、ほんの少ししか一緒にいなくても『友達』って言えるようなやつっているよねーみたいな話を俺としたこと、覚えてる?」

「覚えているわ。私と三田村さんが出会って間もない頃のことよね?」

「そそ。で、その時話題に出した俺の『友達』ってのが、熊野寺の作った異世界で出会ったヤツなんだよ。

 彼は異世界ユーテューヴァー騒動で妹を亡くして、熊野寺を個人的に追っていたんだ」

「追っていた……?」

「あんなに大規模に人をさらって殺していたような奴が、誰からも恨みを買っていないわけがないだろ?」


 そう言って三田村は肩をすくめる。


「当時、熊野寺は動画の終盤で、頻繁にオフ会の誘いをかけていた。

 異世界創造魔法のための代償……犠牲者を集めるためだな。

 アイツ、最初はどうも自分のいうことを聞いてくれそうな信者をえさにして、異世界創造魔法を成立させていたみたいなんだよ。

 デスゲームだとかいって殺し合いを強要してさ」

「酷い……」

「うん、酷い話だよね。

 多分だけど、ネットリテラシー皆無の無防備な未成年が何人も犠牲になっているはずだよ。

 今のご時世、素行の悪い未成年が物証も残さず行方不明になる程度の出来事じゃ大した騒ぎにもならないから、自分の手で熊野寺を追い詰めるしかない……ってアイツは言っていたっけなあ。

 すぐに別のやつに殺されちゃったから、そんなに色々話せたわけでもないんだけど……」


 話がそれたね、と、三田村は苦笑する。


「──今更な話をするけど、熊野寺を追っていたのは俺達だけじゃなかったんだよ。このアンチスレにもそういうヤツが何人も潜り込んでいるはずだ。

 最初にさ、おかしいと思わなかった?

 いくらツテのある不動産屋だからって、俺が『顔だけ知っている人間』の住所や名前まで突き止めた話をした時に、そんなの無理だろって」

「……今あらためて考えるとおかしいなって分かるけど、今の今まで気づかなかったわ。

 三田村さん、いっつも化け物めいた働き方をしているし、人並外れたことをやっても『不動産屋だから』のひとことで済ませているから、そんなものなのかと思ってた」

「それなー。俺、話を誤魔化ごまかすときにはいっつもその言葉使ってるからね」


 と、三田村がいたずらっぽく笑う。

 笑顔の真意が読めず、朝倉が不思議そうな顔をすると、三田村はそんな彼女の頭をくしゃっと撫でながら話し始めた。


「──話がさらに横道にそれちゃうから詳細は省くけど、俺は異世界転移先で知り合った……死にかけた人間から、熊野寺の名前を聞いたんだ。

 熊野寺省吾……それが管理者の名前だ、なんとしてもヤツを止めてくれ、って」

「……」

「そのあと、名前を調べてみたらこのアンチスレに行き当たった。

 熊野寺は顔出しで活動していたユーテューヴァーだったから、当時から顔と名前は割れて、さらされていたんだよ。

 それで俺はこのスレッドで名前付きの画像情報が手に入ったもんだから、あとは自分のツテやらなんやらを使って、ヤツの住所を割ったって訳なんだけども」

「へえ」

「たまたま異世界ユーテューヴァー騒動のことを知ってた同業者がいたんだよねー。情報元はソイツの会社の偉い人とかだったかな。あれは運がよかったと今でも思っているよ」


 長々と説明しながらも、三田村はスクロールする手を止めることなくスレッドを読み込み続けている。並列作業が得意なんだ、と朝倉は内心彼の能力の高さに舌を巻いた。


「当時は住所まではバラされてなかったはずだけど……今はバレてるね。あのボロ家が画像付きで晒されてら」

「誰かが執念深く探して、見つけ出したのね」

「そう、ここは元々そういう場所のはずだった。

 異世界転移を信じられない人間と、異世界転移に大切な人間を奪われて熊野寺が憎くて仕方ない人間が、いがみあいつつも結果的に情報交換をしていた場所……の、はずだったんだ。

 それがなーんで、こんな異世界転移志願者の集まりみたいなことになっちまってるんだ? 転移に参加しろって誘ってるみたいじゃん。なにこれ、誰かが工作してんのか??」


 と、言いつつも、三田村はとある書き込みに目を止める。

 本文は何も書かれておらず、ウェブページのリンクだけがはられていた。


「……エリカちゃん、このリンク、クリックした?」

「いいえ。ウイルスとかに感染したら嫌だなと思って、触ってないわ」

「それは正しい判断だけど、今回はクリックしちゃおう。どうもこの書き込みがきっかけで流れが変わったように見えるし。PC壊れたら弁償するよ」


 と、三田村はあっさりリンクを踏んだ。そしてすぐに苦虫を噛み潰したような顔になる。

 リンク先には使い古しのゲーミングPCの画像が貼られていた。


「……マジかよ……熊野寺のPCじゃん。

 一体何でこんなものが外に……って、あー!! なるほど、保管期間を過ぎたか!!」

「保管期間って、なんの?」

「熊野寺の私物の保管期間だよ。

 このゲーミングPCの画像がアップロードされた日って、

 熊野寺の賃貸物件からの強制退去断行日からちょうど一か月経過した日なんだよ」


 三田村は頭をガシガシ掻きながら説明を続ける。


「通常、強制退去によって運び出された貸借人の私物は、執行官が指定する場所に一か月ほど保管されることになっている。保管された荷物は、貸借人が引き取りに来ない場合売却または破棄されることになるんだ」

「へえ。熊野寺の家は酷いゴミ屋敷になっていたって聞くけれど、そんなものでも一か月は保管しなきゃいけないのね」

「そそ、そゆこと。

 熊野寺のあのPC、あのゴミ屋敷の中では唯一マトモな値が付きそうなものだったけど……それを何らかのツテを使って、一か月きっちり経った時にもらい受けた……もしくは買ったんだよ、このアンチスレにいるヤツが。

 おそらくは熊野寺の正体を知っていて、熊野寺のPCを元々明確に狙っていたんだろうな。いくら熊野寺を憎んでいるだろうとは言え、凄い執念だ……いや執念があっても普通ココまで出来るか……?」


 と、三田村は複雑そうな表情で笑った。


「……不完全ながらに話は見えてきたな。

 異世界創造魔法を成立させるための道具が第三者の手に渡ってしまった。

 で、多分夕ちゃんはこのPCを今持っているヤツの手で転移させられた可能性が高いんじゃないの?」

「そうなのかしら……。

 この世界とあちらの世界をつなぐ回路を断ち切る、ってアナタ君は言っていたけれど」

「そのせっかく断ち切ったものを何らかの方法で繋げてしまったんだろうさ。

 もしくは何らかの理由で再びつながってしまった……とかな。

 現実問題夕ちゃんも蒔田さんもこっちの世界にいない以上、そう考えるしかない。

 想像ばかりしていても仕方ないから、このPCの持ち主を直接探して問い詰めるしかないけど……めんどくせえ……」


 と、三田村が疲れた表情で天井を見上げ、朝倉は心配そうにそんな彼の背を叩きつつ、目を伏せる。


「笹野原と蒔田さん、無事かしら……」

「少ししか行動を共にしていない俺でも嫌と言うほど実感したけど、夕ちゃんも蒔田さんも、基本的に根っこが脳筋なんだよなあ……。早めに合流してやらないと、頭脳戦や政治力が必要なところで行き詰って、マジで死んじゃうかもしれない」

「そう簡単には死なないわよ。ほっとくと殺戮さつりくとバグ悪用の限りを尽くして酷い絵面を作り始めるんだから、あの人たち」

「じゃあ逆に安心か。周りのやつを軒並のきなみぶったおしてでも自分たちの安全を確保してくれているといいんだけど……つかほぼ八方ふさがりだよねコレ。どうやって助け出してやればいーんだよ……」




 ☆☆☆




 一方、異世界 (仮)に閉じ込められている最中の笹野原と蒔田は、朝倉が想像していた通りのことになっていた。

 部屋にあるありとあらゆるものを全部ひっくり返して、略奪の限りを尽くしている最中なのだ。

 倫理的には完全にアウトだが、笹野原は解体されかかったのでお互い様だという強引な結論に達した。これからゾンビがたくさんいるおんもに出なければならない以上、物資は多い方がいい。


「外の人たち、何言ってるか分からない人たちもいるんですよね? 異世界語、真面目に勉強しておけばよかったなぁ」

「勉強する機会なんかなかっただろ。

 そういえば、英語を喋るNPCもいなかったな……喋っているヤツがいれば少しは意思疎通が出来たかもしれないのに、残念な話だ」

「蒔田さんは英語出来るんですか? いいなー」

「……文章だけだ。マトモに喋ったことはない。

 エンジニアなんかやっていると、英語で書かれた文献を検索しないといけない機会は山ほどあるからな。"All your base are belong to us."なんて書いてしまう国に生まれても、英語は頑張らねばならん」

「その英語、何か間違っている表現なんですか?」

「……元の世界に戻ったらググってくれ。

 あと君はSNSに服の写真をUPするのが好きなんだったな。T-shitとか間違っても書くなよ。T糞みたいな意味に受け取られるからな」

「ええー!? T-shit、間違ってるんですか!?」


 彼らがばかばかしい会話をしているのはいつものことだ。

 人間らしくあるためにも、どんな時でも気がまぎれる会話をすることは大切だと彼も彼女も思っている。


「……あ、銃みたいなのをみつけました! 非常時用かなあ……なんでこんなところに置いてあるんだろ。被験体が暴れた時に殺す為かなあ」


 笹野原は物騒なことを言いながら、床の隠し戸らしき部分から全長一メートルほどの銃器(仮)を発見した。


「人型の生命体が武器を作るとどんな世界でも似たようなデザインになるもんなんですねえ。

 蒔田さん、これ試し打ちしてみていいですか?」

「……跳弾ちょうだんが怖いからここではよせ。

 というか、今の君の体じゃ反動が強くて使いこなせないんじゃないか?」


 と、蒔田は苦笑交じりに首を振る。そんな彼は飲料(仮)や食料(仮)と一緒に置かれた薬瓶らしきものを大量に発見した。


「……これ、回復薬っぽい雰囲気がないか? 絵単語ピクトグラムで使用法が示されているのがなんともカッコいいな。よし、回復薬かもしれないから、その辺のオッサンにかけて実験してみよう」


 と、言いながら、蒔田は栄養剤程度の大きさをした瓶を次々と開栓し、倒れている人間たちにドボーとぶちまけ始めた。


「蒔田さんが倫理を捨ててる……」

「コイツらは君を分解しようとしていたんだぞ? 倫理的な配慮をする必要性を全く感じない」


 と、肩をすくめる蒔田の様子はあくまで悪びれない。笹野原は苦笑するしかなかった。


「外はゾンビであふれかえっているんでしょう?

 そんな非常時に、この人たちは何のために私を解体しようとしていたんでしょうかねえ……」


 液体のせいで緑色になった人々の顔色や脈をみて、「とりあえず生きているっぽいですね」と言う笹野原を横目で観つつ、蒔田がバールをもって立ち上がる。


「……さて、略奪の限りは尽くしたし、そろそろ行くか」

「あっ、待ってください。さっき自分が買ったショッパーを見つけたんです。この中に入ってるドレスと靴に着替えてもいいですか?」


 と、言いながら、笹野原は恥ずかしそうに自分の姿をみおろした。

 さすがに男性物のジャケット一枚とはだしでフラフラするわけにはいかない。

「それは助かる」と蒔田が苦笑交じりに頷いて背を向けると、笹野原は大急ぎで着替え始めた。


「すみません蒔田さん。こんな、いつゾンビが乱入してくるか分からない状態で」

「その心配はしなくていい。

 探索中に気付いたことなんだが、どうもこの世界はゾンビが暴れまわってる区画とゾンビが入ってこない区画が明確に分かれているみたいなんだ。

 この建物にはゾンビは入ってこないから、ゆっくり着替えても問題ない」

「……ゾンビが入ってこない? 変な話ですね。ゾンビの知能は虫レベルのはずですよ? 入っていい場所と入ってはいけない場所の区別なんて、つくはずがないのに」

「さあな。どうせ魔法の力か何かだろ」

「魔法の力って説明が便利良すぎて推理が何もできないのが嫌すぎますねえ~」


 笹野原は苦笑しながら着替えを終える。

「どうですか?」と笹野原が意気揚々(いきようよう)と蒔田に問えば「ヒールが高すぎて心配だ」と彼は渋い顔になった。


「大丈夫ですよ。ゾンビゲーのヒロインは血と臓物ぞうもつが飛び散る悪路あくろを9センチヒールで駆け回ることが出来るんです」


 ほがらかに笑って言いながら、笹野原は今の自分でも扱えそうなハンマーを手に取った。


「さて、蒔田さんのPCは行方不明だし、PCが見つかったところでちゃんと帰ることが出来るかなんてわかったもんじゃありません。

 が、とにかく出来ることをやっていくしかありませんね。

 というわけで、いざ尋常に……ハンマータイム!!」



 と、叫びながら、笹野原は回復薬で意識を取り戻して逃げようとしている男性の進路上にハンマーを投げつけた。目の前にハンマーを投げつけられた男性は悲鳴をあげて尻餅をついた。





【後書き】

本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介


■ ハンマータイム

 70年代にイギリスの某連続殺人鬼が女性をハンマーで殴り殺す際に決まってこう言った……という経緯で有名になった、あまりに物騒すぎる言葉。

 それを踏まえて、今でもハンマーで化け物をボコボコに殺すゲームで使われることがあるセリフである。笹野原は現代っ子のゲームっ子なので本来のアカン語源を知らずに使っている。多分ゲーム実況動画などを通じて知ったパターンだ。


 ちなみにSOLはShit Out of Luck(運の尽き)の略語。海外ゲームプレイヤーとチャットで会話をするとたまに出てくる。かもしれない。

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