第62話お互いに恋愛偏差値が低い
笹野原にハンマータイムされて尻もちをついた男は、樽のような胴をしたつぶらな目を持つ中年男性だった。
「畜生なんだって俺がこんな目にっ!
俺はしがない中年男性だぞ!?
全裸でもないし危険行動に走っているわけでもない、名もなき男性の俺に何のうらみがあるっていうんいだっ、いだだだだっ!」
ふくよかな肉付きのせいだろうか、彼は尻もちをついた衝撃からはすぐに立ち直ったものの、運動やケンカのたぐいは苦手なようだ。
あっという間に蒔田に取り押さえられ、床に組み伏せられてしまう。
「お前、一番立ち直るのが早かったな……全員均等に回復薬をかけたのに、なぜお前だけが意識を取り戻したんだ?」
「ああ!? 何を当たり前なことを……貴様のそのナリ、魔術にうといその口ぶり……さては異世界の蛮族だな? ええい蛮族め、誰に向かって口をきい」
と、中年男性が言いかけた時、蒔田が片手で彼のアゴを掴んでキュッと締め上げる。
「ンアーッ! たいたい(痛い痛い)!!」
「……聞こえなかったのか? この子をバラバラにしてどうするつもりだったのかと聞いている」
「ああ? さっきと質問の内容が違いだいいだいいだい(痛い痛い痛い)!!」
最初は反抗的だった男は蒔田の手の力が強まるとあっさり涙目になった。
どこか憎めない雰囲気のある男だが、彼は無責任にワーワー騒ぐ一方で尋問が進む気配はない。
笹野原は、蒔田が無言のまま静かにキレて相手の人体を破壊しそうになっている気配を感じた。なので慌てて止めに入った。
「蒔田さん落ち着いてください!
本人が日本語で名もなきおっさんだって言ったんだからもういいじゃないですか!
放っておいて先に行きましょう……って、日本語? なんでこの人も日本語喋れるの??」
「アレだろ? どうせ魔法の力か何かだろ?」
蒔田はあっさり切り捨てる。
「そんなことよりコイツは君をバラバラにしようとしていたんだ。体を多少傷つけてでも、目的は吐かせておいた方がいい」
と、蒔田は男に対する殺意を隠そうともせずにアゴをギリギリ締め上げた。
「尋問が必要だ」と言っているくせに、喋るためには一二を争う大事な部分に危害を加えている辺り、どう見ても完全に冷静さを失っている。
「だっ、駄目です蒔田さん! そんなアワアワしている人を相手に人としての一線を踏み越えては!」
「夕……人間をバラバラにしようとするやつなんかとの対話は不可能だ。
必要なのは尋問で、俺にはちゃんとそれができる。
大丈夫だ、俺は冷静だ。エブリシングオウサムってやつだ、こういうのは英語で"Just according to keikaku."っていうんだぜ? 俺は英語に詳しいんだ」
「そんな変な喋り方をしている人の一体どこが冷静なんですか、落ち着いてくださいーっ!!」
と、彼女は必死になって止めるも、蒔田はいっかな聞きやしない。
相手はどう見ても運動能力ゼロで殺意さえも見当たらないのに、これはやりすぎだ。
笹野原はわたわたあわてつつ、周囲にサッと視線を走らせて、先ほどの中年男性以外の人々が気絶したままなのを確認した。そしてどうやら周囲は安全らしいと判断した後に、
(年上のくせに危なっかしいんだから!)
……と、顔を真っ赤にしながら蒔田に駆け寄ってしゃがみこんで、彼の首元に手を回して顔を近づける。
戸惑った様子の蒔田と目が合ったが、躊躇している余裕はなかった。
彼女は蒔田の後頭部に両手を添えて、彼の顔に自分の顔を押し付ける。
彼女が何をしたのかというと、キスだった。
何年か前に彼女がユーテューヴで見た、酔って暴れている人間の鎮め方がこれだったのだ。動画でやってたのは男と男だったが。大変残念なことではあるが、思い出せたのがそんな動画しかなかったんだから仕方ない。
……ようやく唇が離れた時には、二人とも顔を真っ赤にしてしまっていた。
「……そ、その、謝りませんからね……」
両手で顔をあおぎながら、笹野原が不貞腐れた風のため息をつく。
「何を言っても止まらなかった蒔田さんがいけないんです。
蒔田さん、一度キレたら止まらないとか、一体どこのチンピラで」
「キス」
「え?」
「今、キス、した」
蒔田は目を見開いたまま、子どものような口ぶりで今しがた自分がされたことを口にする。
「……だ、だって、蒔田さんがキレちゃったのが悪いんじゃないですか! エリザベートさんを尋問しようとした時の比じゃないくらいに怖かったから……」
と言い訳しつつ、彼女は罪悪感のようなものをおぼえたので、思わす彼から目を逸らす。
「だから謝らないって言ったでしょう?
……蒔田さんがいきなり取り返しのつかないことをしようとするからいけないんです。第一、さっき似たようなことを蒔田さんだってしたくせに……」
だからこのはなしもうおしまい、と笹野原は真っ赤になって首を振った後、キッと騒ぎの原因であった中年男性をにらみつけた。
……すると、いつのまにやら男性はまた逃げようとしているのだった。
蒔田は即座に立ち上がって駆けだして、鉄の戸を開けようとしていた男性に延髄斬り(プロレス技の一種であり、蹴り技)をお見舞いする。
「ウゥッ!!」
痛そうなうめきごえをあげて、その場に崩れ落ちる中年男性。
「夕、回復薬を頼む」
「あ、はい」
手術室のようなやりとりの後、蒔田の手によって中年男性にドボドボ回復薬がかけられる。
男性はすぐに意識を取り戻した。
何故だか分からないがシクシクと泣いている。
「……ふざけるなよ、お前ら本当にふざけるなよ……相思相愛でよかったじゃないか……私なんかほっといてくれよ……本当にただの名もなきオッサンなんだからあああ……」
「一体なんなんだこの情緒不安定なオッサンは……」
蒔田はため息をついた。彼が少しだけ冷静さを取り戻したのを見て、笹野原もほっと息をつく。
彼女は周囲を見回して、ふっと何かを思いついたように表情を明るくした。
「そうだ。SIR█……じゃない、さっきのあの女の子に聞いてみましょうよ。質問したら答えてくれるかも」
笹野原がそう言って少女のいる方に目をやると、中年男性もつられて同じ方向を見て、そしてぎょっとした顔をした。
「……うわっ、人がいたのか! 気づかなかったぞ!」
「いたんですよー。やっぱり異世界の人から見ても相当存在感が薄いんですね、この子……。
ねえ、このおじさんが一体誰なのかおしえてくれませんか?」
笹野原の問いを受けて、少女はしばらく中年男性を凝視した。そうかと思うとニッコリと笑みを浮かべて、
「……同定が完了しました。■■■研究所 解剖研究部門長 イ20ン氏 です」
「機械みたいな反応じゃねえかなんだよコイツ! 超こええよ!!」
中年男性は立ち上がり、「信じられん……一体どうしてこんなことに……」と声を震わせながら、少女をまじまじと観察し始める。
そんな彼を見やりながら蒔田がつぶやく。
「……他のやつらが目を覚ます気配はないな。あのオッサンだけが特別か」
「ですね。最初の部分はちょっと聞き取れなかったけど、研究所の部門長って肩書でしたし、要人なのかもしれません。偉い人ほど魔法の力で体が強化されているのかも」
「あー、ゲームやアニメやウェブ小説にありがちな謎のバフ効果なー」
そんな雑談を彼を彼女がやっていると、「おい」と中年男性が声を上げる。
男性は顔を真っ白にして、なぜか少し震えてもいるようだった。
「……気が変わった。私を君たちと同行させてほしい」
「え? いきなりどうしてそんなことを言うんです?」
「その、ええと、言い忘れたが、私はアツアツのカップルを見守るのが大好きなんだ。君たちのことをぜひ見守らせてくれ。リア充万歳」
「いきなり嘘くせえこと言い出したぞこのオッサン」
「本当だ、信じてくれ!
本当に私はカップルを見るのが好きで……そ、そうだ、私はこれ以上減り続ける物資を見ながら救助を待つのはうんざりなんだ!
これでもバードモンキーを撃ちまくる魔獣銃撃会では三位を取ったこともある魔銃の名手だぞ!? どうだ、足手まといにはならんぞ!!」
この言葉には、蒔田も笹野原も戸惑った顔を見せる。
二人は額を突き合わせて、男性には聞こえないように小声で相談を始めた。
「……ど、どうしますか蒔田さん」
「どうしたものかな……無意味に協力的過ぎて逆に怪しいように見えるが」
「ですよね、ですよね?? ゲームだったらいかにも終盤で正体を現して裏切りそうなおじさんですよ」
「しかし銃が使える人間もいた方がいいんじゃないか? 俺達ではこの世界の銃は使いこなせんだろう」
「でも信用できないですよー……あのおじさん。
あ、じゃあおじさん! それじゃあ最初の質問にだけ答えてくれますか?
なんで私をバラバラにしようとしたんです? あと解剖研究所ってなんです?」
と、笹野原が声を大きくして問いかけると、中年男性もとい研究員は真面目な顔でこう答えた。
「……解剖研究所と言うのは、核の解剖を行うことによってフリー魔力エネルギーの可能性について研究する国立機関だ。
で、外は腐った死体の化け物が一杯で、我々はこの研究施設に閉じ込められていたので、われわれ研究員は特にやることもなく、施設のすぐ外に転がっていた人体……つまり君を拾ってバラバラにしようとしていたというわけだな」
「……私、そんな理由でバラバラにされかけていたんですか……」
「極限状態に追いやられた人間というのは大体そういうものだろう?」
中年男性は鼻を鳴らす。
「どんなに外に出るな人と接するなと言われたって仕事はせにゃならんし生活もせねばならん。異常事態が起きたからといって、みながいきなり防空壕に駆け込んで安全だと分かるまで出てこないで過ごす、みたいなのは現実には無理なわけだしな。
外部との連絡も途絶えてどうしようもなかったんだ。人間性を保つためにも通常業務をやるしかないだろう」
「やるしかないわけがないだろう! 本当にロクでもない人間達だな!!」
……などという会話はあったものの、結局、二人は男性の同行も受け入れることとなった。
☆
不気味な解剖室など長居は無用だ。
しょうもない雑談もそこそこに、一行はすぐに外へ出る道へと進み始める。
妙に薄暗い照明がぽつぽつと
「……いかにもって感じの裏口ですね……蒔田さんはここから入ってきたんですか?」
「ああ」
「なるほど。ここを開けたら、外はもうゾンビ天国だったりします?」
「そうだな、数は結構いたと思う。この施設の研究員たちが脱出を諦めたレベルだからな……」
とにかく薄暗い、早く出たい……そんな気持ちにさせられる場所だな、と笹野原は思った。公的な施設にしては、妙なしつらえだと思う。まるで客人を歓迎していない。
──さて。今、二人の目の前には、こじんまりとした
笹野原と蒔田は渋い顔でその扉を見つめており、少し離れたところでは白い髪の少女がぼんやりとした様子で立っていた。……本当に、この少女は存在感が薄い。笹野原としては本当に人間なのかと疑ってしまう。人形だってもっと存在感があるだろう。
「……あの、蒔田さん。すぐに外に飛び出すのは怖いので、ちょっとだけドアをガチャっと開けてすぐに閉めて、外の様子を見てみていいですか?」
「ああ、どうぞ」
「よし……じゃあ、開けますね」
そう言うなり、笹野原はガチャリと扉を開ける。
──ドアを開けた瞬間に彼女の目に飛び込んできたのは、目に痛いほどの青空だった。
「……」
笹野原は地上に広がる景色、人影、それ以外の影をすべて確認したのち……思わずといった様子で目を閉じて、口を
「どうした、
無言で頭を抱えてしまった笹野原の様子を見て、蒔田が不思議そうに首をかしげる。
軽く頭を振りながら、笹野原が説明した。
「……『デンジャラス・デイブ3:BFE』」
「は?」
「……2012年発売……最悪です……」
「デンジャラス・デイブ?
なんだその海外の子供向けの絵本のタイトルみたいな安直なネーミングは」
「バカゲーの皮を被った超高難易度・ド鬼畜ゾンビシューターです。
今の景色、ゾンビの特徴、空をフヨフヨ飛んでいたゾンビヘリ……間違いないです……」
「……外の世界に広がっているのは、デンジャラス・デイブ3のステージだと思われます。
ステージがひたすらだだっ広く、ねらって打ちにくい遠距離攻撃系の敵も多いうえに、近づかれたらおしまいなタイプの自爆型ゾンビ『トッコウ』がアホみたいに湧いて走り寄ってくるゲームです。ワーって叫びながら四方八方から駆け寄ってくるんですよ。ウケますよね。ウケませんけど」
と、笹野原は半ばなげやりに笑いなら話を続ける。
「何が起きているのかはわかりませんが、異世界創造魔法が使われた時と同じくゲームのステージが外に広がっている状態ですね」
「なるほど……なんとなくそんな気がしていたが、確かにそれは厄介だな」
「そうなんです。
この世界の銃を本当に使いこなせるかどうかもわからず、蒔田さんのバール頼みの今の私たちにとって、あまりに危険な設定しかないゲームなんです。
ちなみにこのゲーム、あまりに難易度が高くてダルいしゾンビがゾンビっぽくなかったので、私は中盤でコントローラを放り投げちゃいました」
「君がやらないゾンビゲームなんてこの世にあったんだな」
「美学に反するゾンビは殺さない主義なんです。でもどうしよう……こんなの死んじゃうよお……」
と、呟いて、笹野原は座り込んだままガクリとうつむいた。
その体は
そんな彼女の姿を見て何を思ったのか、蒔田は彼女の
「大丈夫……何とかなる」
と、彼女の
それから、
笹野原が打ちひしがれた表情のまま蒔田を見上げると、なぜか少しほっとしたような表情をしている彼と目が合った。
「……あの、蒔田さん。私の話、聞いてました? 状況は絶望的だって言ったんですけど」
「ああ、ちゃんと聞いていた。
……よく考えたら、君も普通の女の子なんだよな。当たり前のことなのに、気づいていなかった」
「そうですよ。
笹野原が少し
「……君は忘れているかもしれないが、俺の君に対する印象は、いきなり何の説明もなく
「……そうですね、そうでした……」
笹野原は思わず遠い目になってしまう。
「あれも間違いなく素の私です。初対面の時からゲーム脳全開でやっちゃっていましたねえ……」
「動物園から逃げ出したゴリラかヒグマかなんかだと思った」
「そこまで頼りにされていたんですか。ゲーマー
「褒めてない、褒めてないぞ」
と、今度は蒔田が遠い場所を見るような顔になった。
──笹野原は確かに蒔田と出会った当初、初対面の他人から見たらドン引きされること間違いナシな暴れっぷりを見せていた。
そんな
「君も普通の女の子なんだと思うと、少し安心した。いや、こんなことを言うのは君に対して失礼なことなのかもしれないが」
「蒔田さん……」
「大丈夫だ、俺がなんとかしてみせる。それでなんともならなかったらこの世界に定住しよう」
「それはしませんけど、でも、ありがとうございます」
目を潤ませる笹野原。彼と彼女の間になんだかいい感じの空気が流れる。
「……君たちは、自分たちの置かれている状況が分かっとるのか……?」
そして、そんな二人を見て、重いため息をついている者がいる。もちろんさっき仲間にした研究員だ。この様子だと「アツアツカップルを見守るのが好き」という彼の言葉は完全に嘘だろう。そしてその隣には例の存在感の希薄な少女。
同行者を一人増やして、彼と彼女の旅は続く。
【後書き】
本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介
■ デンジャラス・デイブ
『シリ◯スサム』と『Dangerous Dave』のダブルパロネタ。両方分かった人は気づいた人は凄い&いったいどうしてこんなところでこんな小説を読んでいるんですか……。
Dangerous Daveとは若き日の天才ジョン・D・カーマック (当時20歳)が作ったPC版・マ×オの丸パクりゲー(海外ではファンゲームという名称で定着しているジャンル)のタイトル名である。当時のカーマックはPC上で△リオのステージ構成、ジャンプやダッシュの挙動を再現してみせた挙句、×▲堂に「ねえねえ再現できたよ! このゲームの骨組みを使ってPC版の△リオ作らない!?」と売り込もうとチャレンジしたが、自社ハードで子供向けゲームを作ることにしか興味がなかった当時の×▲堂から完全に無視されてしまった……という悲しい逸話がある。(後にカーマックはWolfenstein 3D、DOOMなどを制作し、FPSというゲームジャンルの始祖にして神と呼ばれるに至った。ちなみにファンゲームクリエイターが大出世した例としては、去年ソ×ックマ△アを公式からリリースしたクリスチアン・ホワイトヘッドなどが挙げられる)
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