第47話かりそめの世界を片っ端から火の海にしてあの人を引きずり出す

【ケース1:人狼系乙女ゲーム】



 ──夜だった。

 青白い光を放つ三日月が、黒い雲の間からのぞいている。

 そんな不気味な空の下、深い森に閉ざされた小さな田舎街のはずれに、古い教会が建っていた。


 その教会の一室では、今まさに時計のかねの音がひびいており、零時の到来とうらいを告げている。

 鐘が鳴り終わるタイミングを狙いすまして、教会の神父が宣言した。いかにも生真面目そうな、やや年若い神父だった。


「──私たちの中に、人狼がまぎれ込んでいる」


 神父は数名の男女が椅子に座っている前に立っていた。

 誰もが怯え、あるいは怒りをにじませた顔で座っている。顔に浮かんでいる感情は様々だが、誰もが一様に疲れ切っていた。

 それらの顔をひとつひとつ見回しながら、神父は真剣な様子で言葉をつづける。


「……人狼は人を食らうが、同時に人に化けることが出来る……と、私は召命しょうめい前に聞いたことがある。

 私とて、村の仲間を……君たちをうたがうような真似まねはしたくない。

 だが、昨日はデボラ、今朝はアンジー……すでにこの村では、おびただしい人数の死者が出てしまっている」



 その言葉に、男女のうちのあるものは静かに頷き、あるものは悲痛な表情で目を閉じた。

 神父はため息をつきながら、思い切ったように口を開く。


「……生き残った私たちのうち、誰かが人狼になりかわっているとしか考えられない状況なんだ。誰か、疑わしいものを見たというやつはいるか? 告発の言葉も、今なら私は受け入れる用意があるぞ」

「おい、お互いに疑い合えって言うのか!? 俺は絶対に御免だぞ! 俺は人狼なんかじゃないし、人を疑うような真似もしない!!」


 一人の若者が椅子からダンと立ち上がり、怒りにのどをはり上げる。見るからに整った顔立ちの若者だった。


「私だって違うわ、人間よ!!」


 別の少女がヒステリックにそう叫ぶ。……こちらは何故か妙に影が薄い。というか、ここにいる村人の男たちはもれなく美形だし、女はどうにも影が薄い……言い方を変えると、モブ臭かった。

 そんな彼らは互いの顔を不安げに見かわし、告発の言葉を警戒している。

 部屋にはなんとも険悪な、はりつめたような空気が流れていた。



 さあ今こそ、人狼ゲームの始まりである。

 この小さな村の教会の一室で、血を血で洗う心理戦が……。



「──始まらねえよォ!!」


 という謎の男の怒号どごうと共に、木製のドアが破壊された。

 ダダダダダ、というけたたましい銃声と共に、ドアが穴だらけになったのだ。……それがマシンガンの発する音であるという知識は、村人の中の誰も持っていない。


「きゃああああっ!」

「な、なんだなんだ!?」


 村人たちは悲鳴を上げて硬直する。

 ドアの残骸ざんがいをダンと蹴破けやぶって中に突入したのは、マシンガンを構えた三田村だった。

 そして三田村に続いて部屋に入り込んでくる二人の少女たち。



「はーいレーズンです、レーズンの試食会ですよー」


 黒髪の少女と銀髪ツインテールの少女……笹野原と朝倉だった。彼女らは大量の袋入りのレーズンを抱えている。

 いきなり現れた謎の人物たちを前に、神父は思わず立ち上がった。


「き、君たちっ!! いったいこんな時間に、何者なん……もぐうっ」

「はーいレーズンを食べましょうねー」


 笹野原は神父の言葉を聞かず、神父の口にずぶっと目いっぱいのレーズンを突っ込んだ。

(ちなみにこのレーズンは笹野原がゾンビゲーの病院の売店で入手したものである)


「お……おいしい……」

「そうですよね、レーズンはおいしいですよねえ。さあ、ほかの方も食べてくださいー」


 神父が大人しくレーズンを飲み込んだのを確認して、笹野原はほかの村人たちにもレーズンをすすめていく。

 笹野原たちが怪しすぎるので中には逃げようとする者もいたが、それは三田村の剛腕によって防がれた。


「……ねえ。私たち、一体何でこんなことしてるの?」


 嫌がる村人の口に無理やりレーズンを突っ込みながら、朝倉が笹野原に尋ねる。

 笹野原は新しいレーズンパックを開きながらそれに答えた。


「イヌ科の生き物にとってレーズンは毒なんですよ。しかも、玉ねぎなんかよりもかなり早く中毒症状が出るんです。

 なので、明日の朝までに下痢げりを起こしているか死んでいるかしている人間が、人狼であると判断して問題ありません」

「な、なるほど」

「なるほどねえ」


 神父と朝倉が同時に納得の声を上げた。

 笹野原は説明を続ける。


「このゲームの住民たちはちゃんと人間っぽい形をしているでしょう? だから、ちょっと手の込んだ方法でゲームのルールを壊してみようと思ったんです。

 人狼ゲームをやらせるまえに人狼を特定してしまったら、それはバグになるんじゃないかなーって思って」

「なるほどねえ……でも、この程度のルール破壊で大きなバグが起きるかしら」

「ちょっと起きないような気もするんですよねえ。まあ起きなかったら……」

「起きなかったら?」

「また村を焼きましょう」


 なんでもない風に笹野原はそう言った。


 ――数時間後、神父が止まらない下痢を起こして人狼だったことが発覚した。

 ついでに村は全焼した。




 THE END


 終了の原因:『レーズン中毒、および火災』




 ☆




【ケース2:ファンタジー系学園乙女ゲーム】



 ──少女は今年で十五になり、今日、中学を卒業する。


 彼女は『小さなころから魔物に好かれやすい』という、不思議な体質を持っていた。

 小さなころから目に見えない妖怪や魔物に付きまとわれ続け、親からもほとんど見捨てられているような少女だった。


 ……彼女は、誰とも恋愛などしたくなかった。


 普通に中学を卒業し、高校に進学して、ごく普通に就職するという夢を持っていた。

 ……しかし、この世界は……このゲームはそれを許してくれない。

 ここは乙女ゲームの世界なのだから。



「そなたはの妻となるのだ」


 人気のない校舎の裏手で、端正な顔立ちを持った青年が少女を追い詰めている。


 ……彼こそが、彼女に不幸を与えた元凶だった。


 彼の名は魔物の王。

 生後間もない彼女を『将来の妻にしよう』と見初みそめた彼は、少女の体に魔の刻印こくいんを与えた。その刻印のせいで、少女は魔物を引き寄せ続けてしまうのだ。

 いくらイケメンであるとはいえ、少女としては絶対に結ばれたくない相手である。


「やめて、離して!!」


 少女は必死に魔物の王から逃れようとするが、それは決してかなわない。


 ──そう、これはバッドエンディング。


 中学卒業までに誰も選ばなかったばつ

 攻略キャラクターのうちだれかを選びさえすれば、少女はそのキャラクターとともに魔物の王を倒し、刻印からも解放されるはずだった。

 ……しかし、少女はそうしようとはしなかった。恋愛したくなかったのだ。

 攻略キャラクターたちは誰もかれもが、少女を『魔王と戦うための道具』としてしか見ていない。それが嫌だった。


 キャラクターバランスをミスった乙女ゲー(や、逆ハーレム小説)にありがちな現象である。

 ……攻略キャラクター全員、顔がいいだけのクズだったのだ。


「……さあ、魔の刻印を仕上げるとしよう」


 魔王は少女の顎をクイと持ち上げて、勝利を確信した笑みを浮かべる。


「刻印を仕上げれば最後、お前は私の妻となり、永遠に魔界から出られない体になるのだ……フハハハハ」

「いやっ、離して……離して! いやああああーっ!」



 と、少女が絹を裂いたような悲鳴を上げる。


 ……その時である。


 ピピィーッ! とけたたましいホイッスルの音が周囲に響き渡る。

 何事かと魔王が振り返ると、そこには血に濡れたホイッスル(なぜか攻略キャラクターである体育教師の名前が書かれている)をくわえた、一人の黒髪少女が立っていた。

 もちろん笹野原である。


「その汚い手を離しなさい、魔物の王! 十五歳の女の子との婚姻こんいんは日本の法律違反ですよ!

 大人しく手を引いて! ……引かないなら、あなたの命もありませんよ!!」

「なんだとお? ……というか、あなた『も』とな?」


 と、魔王は一瞬けげんそうな顔をした後に、牙を見せて威嚇する。だが、笹野原は一歩も引く様子がない。


 彼女の後ろにはうんざりした顔の三田村がマシンガンを構えて立っているが、これはいい加減濃厚すぎる乙女ゲーの世界に飽きてきているからだろう。

 そのさらに後ろに立っている朝倉やアナタは、何でもなさそうな顔をしているが。


「ふ、愚かだな人間よ。予が人間如きに殺されるわけが……ぐああああっ!!」


 悲鳴と共に、校舎裏にマシンガンの銃声が響き渡る。

 こうして、魔王はマシンガンの餌食となって命を散らし、少女は普通に中学を卒業した。


「……ていうかさ、マシンガン持ってるのも銃刀法違反じゅうとうほういはんじゃないの? 魔王のこと言えないわよ私たち」


 と、朝倉が呆れた表情で笹野原を見る。

 ちなみに攻略キャラクターの皆さんをみなごろしにしたのは三田村の仕事である。


「まあー、その辺は気にしない気にしない。

 さーて、バッドエンドをぶち破ってみたけれど、バグったかなあ。早くクラッシュバグ起きないかなあ」


 そんなことをいいながら、笹野原は周囲を見回している。


 ──バグらしいバグが起こらなかったので、しばらくしてから校舎は火の海に包まれた。



 THE END


 終了の原因:『法令順守ほうれいじゅんしゅ、および火災』




 ☆




【ケース3:不動産風(?)ファンタジー系乙女ゲーム】



「なー……これ、いつまでやらなきゃならないんだ?」


 西洋ファンタジー風の美しい街並みの中、三田村は心底飽き飽きした表情でマシンガンをおろしたかと思うと、どっかと床に座り込んだ。


「いい加減さ、シリアルキラーの真似事にも飽きてきたよ。

 ゲームのルールを壊して回るんじゃなくて、もっと別の方法を試した方がいいんじゃねえの?」


 その言葉に首を振ったのは、桃色ドレスのアナタである。


「いや……ササノのやっていることは正しいと思う。

 この世界中に張り巡らされた異世界創造魔法の術式じゅつしきに、破綻はたんが生まれているのをこの肌で感じるよ。もう少し壊せば……あるいは……」

「『あるいは』じゃ話になんないよー、結果を出そうぜ、結果をさーあー」


 三田村はそう言ってため息をついたあと、残り物のレーズンを口に放り込んだ。


「うーん……この世界を壊しても駄目だったら、他の方法も考えてみますかねえ」


 笹野原はそう言って頬を掻いた。


「でも、この『ドキアリ』の世界では三田村さんに頑張ってほしいんですよ」

「俺? なんで?」

「ここ、不動産業界をモチーフにした乙女ゲームなんです」

「はああ? そんなのあるの?」


 三田村はあからさまに胡散臭い話を聞いたような顔をしたが、笹野原は大まじめな顔で頷いた。


「あるんですよ、そんなのが。

 不動産屋さんって、医者や任侠にんきょう系ほどじゃないけど、なぜか一定の需要があるんです。恋愛小説でもちょろっと見かけるくらいですよ。

 それで、このゲームはその需要を狙った乙女ゲームなんです。不動産屋要素だけじゃなくて任侠要素も入れることで、ファン全体の数を増やす工夫もされています」

「へえええ、なるほどねえ」


 と、三田村は分かったような分かってないような顔をしつつも、笹野原の話を聞いている。

 笹野原は軽くうなずいたあと、話を続ける。


「ただ、このゲーム、調査不足で不動産関係の設定がヌルいとも言われているんですよね。

 乙女ゲーだからしかたないんですけど、せっかくある任侠設定もちょっと微妙だったりとかもして」

「……本業が不動産屋の俺に、そのヌルい部分を探してバグを起こせと?」

「そういうことです」

「んー……ちょっとよく分かんねえけど、探してみるかねえ。

 そこらへんをぐるっと回って、住民の話でも聞いてみるわ。すぐ戻るから、皆はその辺で休んでいてー」


 と、三田村はそう言って立ち上がり、片手をヒラヒラさせながらその場を後にしていった。


 そして、それからしばらくの時間が経った。


 ……。


 ……。……結構な、時間が経った。


「……帰ってきませんね」

「どうしたのかしら、あの人」


 笹野原の言葉に、朝倉も不安そうな顔になった。仕方ないので、三人で三田村の行方を探すことにする。

 三田村はすぐに見つかった。

 というか……滅茶苦茶なことになっていた。


「バグらせられそうな仕様を見つけて適当にバグらせておいてください」と信じて送り出したはずの三田村が……大してやる気もなさそうな様子で出発したはずの三田村が……なぜか、この乙女ゲームの大手不動産屋のバックヤードで働いて(?)いたのだ。

 しかも、攻略キャラクターが全員そろっている。

 本来は敵対しあって世界中に散らばっているはずなのに、なぜか全員そろっている。訳が分からなかった。




「──『僕はもう駄目です』じゃねえんだよ。そこは死んでも売りますだろ。売る気ねえなら辞めちまえ。売れもしねえし売る気もねえヤツにしがみつかれるのが、こっちは一番迷惑なんだよ」


「おい、お前、ちょっと来い。……なにちんたら客と世間話してんだよ。自分のノルマ分かってるんだろ? 冷やかしを相手にしてるヒマがお前にあんのか? ないよな?

 さっきの客、さっさとぶっ殺してこい(著者注:不動産業界で『買わせろ』という意味。詳細は専門書参照のこと)よ。……いつまで突っ立ってるんださっさと客のところに戻れ!」


「は? お前、何でこんな物件勧めてるんだよ。

 勤務先は記入してもらっただろ? 口調に余裕がないだろ? じゃあアセット(資産)も大体想像つくよな? ……はあ!? 分かんねーのかよ不動産屋のくせに! どう見ても金持ってねえだろあの客は! 紹介できる物件がねえよ、さっさと適当に切り上げろ!」


「あのな、いくらノルマに足りねえからって焦って客をおびえさせてんじゃねえ! 宅建も持ってねえ民法も知らねえどうしようもねえ鳥頭だなてめえはよォ! 北関東されてえのか!?(著者注:主に関東エリアの不動産業界で使われている用語で、『あなたを殺害します』という意味。実際に前橋市で起きた事件が起源)」



 ……といった様子で、三田村がイケメンたちをどなり散らかしている。

 そしてイケメンたちは……なぜか、じゃっかん嬉しそうにしている。




「一体なんですかこの地獄は……」


 裏口から店の様子をのぞいていた笹野原が、唖然としながらそうつぶやく。


「私にも全然わからないわ。なにやってるの、あの人」


 朝倉は完全にあきれ顔になっている。

 しばらく二人並んで三田村を見ていると、三田村の方が彼女たちに気付いた。

 彼は「あっ」と声を上げた後、バツが悪そうに目をそらす。


「……ご、ごめん。なんか、どこから説明したらいいか……」

「本当ですよ。一体何が起きたんですか説明してくださいよ三田村さん」

「ええと、この店には本当に何の気なしにフラっと入ったんだけど、そしたら中で働いてる連中が不動産屋とは思えないほどちょっと酷くて……」


 と、三田村は恥ずかしそうな様子で頭を掻いている。


「で、色々ツッコミを入れていたら、なぜかあがめられてしまって……いつのまにかここの連中に俺が不動産の神だってことにされてしまい……よくわからないうちに色んな奴が集まってきて、自分もここで働くとか言い出して……なんか、俺も気分が乗っちゃって……」


 三田村の声量はだんだん尻すぼみになっていく。

 にわかには信じられない話なので、笹野原はしばらくの間固まった。


「……な、なるほど。この短時間でこの世界の教祖になっちゃったんですか……凄いですね……」


 と、笹野原は乾いた笑顔で言うしかない。

 彼女がチラリと朝倉の方を見てみると、朝倉は呆れとも苦笑ともつかない表情を浮かべていた。


「……ひょっとして朝倉さん、こういう人平気なタイプです?」

「は? 何が?」

「いや、三田村さん、めちゃくちゃ信者を怒鳴り散らかしていたじゃないですか」

「あー……仕事って、そう言うものじゃないの?

 真剣にさとすときは怒鳴ることもあるじゃない。私もバックヤードで後輩に怒鳴ったことがあるし、逆に怒鳴られることもあるけど……普通じゃない?」

「あ。あー……なるほど」


 仕事でもオフでも怒鳴ったことのない笹野原にその理屈はよくわからなかったが、とりあえず三田村も朝倉も似た者同士らしいということはよくわかった。

 仕事でつぶれた印象が強かったせいでなんとなく気が弱いような気がしていたが、朝倉はむしろ気が強い方だったのだ。


「いつも話してるとつくづく思うんだけど、エリカちゃんは意外と気が強いんだよねえ。

 俺そういうとこもほーんと好……」


 き、と、言いかけて、三田村は即座に激しく咳払いをして明後日の方向を向いた。

 朝倉は朝倉で、顔を真っ赤にしつつも聞こえなかった振りをしている。

 そんな彼らを見て笹野原は思わず苦笑しながらも、気を取り直して三田村に向き直った。


「……えー。三田村さん、話を戻しますけど、どうですかね。バグらせられそうです?」

「あー……それなんだけどさ、正直この世界はバグらせる余地がないというか……設定がスッカスカで話にならない。燃やすしかないね」


 顔を赤くしていたはずの三田村は、あっさり真顔になって断言した。


 こうして世界は火の海に包まれた……。


 ……と、思ったら、唐突に世界がブツリと真っ暗闇に包まれる。




 THE ΩND


 終了の原因:"縲惹ク榊虚逕」縺ョ逾槭↓隕区昏縺ヲ繧峨l縺溘?"


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