第46話冒涜的オトメゲェーアドベンチャーという名のただの地獄絵図


 みわたった青空の下、目にもあやな西洋ファンタジー風の街が広がっている。

 ここは名もなき乙女ゲームの世界。

 淡い桃色、黄色、水色などのパステルカラーを基調きちょうとしたメルヘンな街並の、平和で平穏な空間のはずだった。


 ……が、しかし。


 そんな、現実にはありえないレベルで可愛らしい世界の中に、なぜかマシンガンの銃声がひびき渡っている。



「――オラオラオラ死ね! みんな死ね!! みんなコイツと同じ目にわせてやるからなぁ!!」


 ……死ね、とは、このメルヘンな世界になんとも不似合いなセリフであった。

 そんな物騒ぶっそうなことを叫びながらも、

 やや長めの青い髪を一つにくくった男が、∞(無限)マークの刻まれたマシンガンを片手に暴れまわっているのが見える。

 彼はもう片方の手に、イケメン抱き枕カバー(?)のような絵のついた紙らしきものを持っていた。

 紙にはマシンガンでやられたらしきボコボコの穴が開いている。

「コイツと同じ目に」とは、この抱き枕カバー(…?)と同じ目に遭わせてやる、という意味だろうか……。


 そんな恐怖のマシンガン男から、わーわー言いながら逃げまどっているのは、妙に体がペラペラした……そう、まるで抱き枕カバーについた絵のような外見をした街の住民たちである。



 ──ここは名もなき乙女ゲームの世界。基本は2D立ち絵で成立する世界なのだ。


 住んでいる人間はみな、抱き枕カバーについた絵のごときペラペラ2Dの立ち絵姿をしているのである。

 ……ワールドマップは立体なのに、どうして人間だけ平面なのかはわからないが……。



「ちょっと三田村さん! マシンガンで大虐殺だいぎゃくさつするのは仕方ないとして、私のしを特売チラシみたいにヒラヒラさせないでくれる!?」


 ……と、銀髪ツインテールの少女が怒りくるい、

 ぴょんぴょん飛んで青い髪の男からなんとか自分の推し(訳:お気に入りキャラクターのこと。この場合は青い髪の男……三田村が持っている抱き枕風のイケメンのこと)を奪い返そうとしている。

 だが、青い髪の男はマシンガンを乱射したまま、一向に少女に取り合おうとはしない。

 ちなみに青い髪の男もツインテ少女も、この世界の住民たちと違って、立体的な体を持っていた。


「ぜってーやだ! だってこの男、エリカちゃんのお気に入りなんでしょ!?

 んじゃ敵だよ、俺の敵だ。もういっそ綺麗なゴミ箱の形とかに折っちゃうもんねー!」

「はあっ!? 馬鹿じゃないの?

 推しっていったって、あくまで仮想のゲームキャラクターよ?

 二次元相手に張り合わないでよ、みっともな……ていうか、なんでそんなに折り紙うまいのよ!!」


 ……石畳いしだたみの床にしゃがみこんで巨大折り紙を始めてしまった男に対して、銀髪ツインテの少女があきれた目を向けている。



 ──その向こうでは、黒髪の少女と大人びた金髪の女性が、淡々(たんたん)とした様子で、事の推移すいいを見守っていた。

 黒髪の少女は妙にだぼついたナース服を着ていて、金髪の女性は桃色のドレスをまとっている。

 この二人も、オトメゲーの住民たちと違って立体的な体を持っていた。



「……まさかこのゲームの世界の人間がペラペラだとは思いませんでしたね……もっと血みどろになるかと思っていたんだけど、計算外の出来事が続くなあ。

 ところでどう? アナタ君。この世界、そろそろ壊れそう?」


 少女はそう言いながら、風になびく黒髪をうるさそうにおさえつつ、周囲の様子を見回している。

 隣に立つ桃色ドレスの女性は目を閉じたまま口を開き、


「……全然だめだね。まだ破壊ぶりが足りない。

 アンタは前回クマノを引きずり出したような形で世界にひずみを作って、管理者を呼び出したいんでしょ?

 それなら駄目だ。まだ足りない。もっと容赦なく壊さないと、管理者は引きずり出せないよ。

 ここをとことん壊しても駄目なら……あきらめて別の世界に移動して、破壊活動を続けるしかないかもね」


 と、首を振る。その口ぶりに少女はため息をついた。


「そうかー……こんなに頑張ってもまだ蒔田さんにとどかないのかー……。

 あっという間に消えてしまう世界の住民たちとは言え、みょうに人間っぽいし、あんまり傷つけたくないんだけどなあ……」

「それなら、もうやめる?」

「……」

「全部諦めたら、アンタは手を汚さなくて済むし、心も痛まないのではないの?」


 という桃色ドレスの言葉に少女は一瞬辛そうに目を伏せ、下唇を噛んだ。

 ──だがすぐにキッとまなじりを決して、迷いを振り払うように首を振る。


「いいえ……私が助けたいのはあくまで蒔田さんだもの。

 あの人を助ける為なら手段をえらぶつもりはないし、しっぺ返しは全部受けるつもりでいるわ。

 ……で、アナタ君、別の世界に移動するための『代償』はまだ残ってる?」

「大丈夫」

「分かったわ。

 ……それじゃあ三田村さん! ちょっと街に火をはなちましょう! ここを炎上させても駄目なら、破壊を中断して別の世界に移動します!」

「はいよー」


 と、黒髪の少女の声に応じて、折り紙を終えた青い髪の男が立ち上がった。

 少女は彼に対してうなずいたあと、折り紙をもって呆然としている銀髪ツインテ少女に目を向ける。


「……で、エリカさん。

 エリカさんは私と一緒に、別のバグを探しましょう。

 どうしようかな……二人同時に恋愛対象キャラクターを攻略でもしてみますかねえ。

 ……ていうか、エリカさんはなにやってるんです?」

「ドナルドが妙にクオリティの高いゴミ箱にされてしまったわ……」


 銀髪少女は何とも言えない表情のまま座り込んで、完成度の高いゴミ箱をめつすがめつながめている。


「ドナルド? ……って、ああ。エリカさんの推しキャラか。

 三田村さんも大人げないですよねえ。エリカさんに『誰が好きなの?』って推しキャラを聞いたかと思ったら、そいつだけを念入りにマシンガンではちの巣にしちゃうんだもん」

「いや、なんか、悪乗わるのりしてあおっちゃった私も悪かったし……」

「煽ったんかい。まあ三田村さんも、自分の気持ちをエリカさんに知られてしまった後ですしねえ。結構気が動転どうてんしているんじゃないですか?」

「気持ち……」

「そうですよ。エリカさん……どうするんです?」

「……」

「……できれば、真面目にお返事を考えておいた方がいいですよ」


 黒髪の少女は真剣な様子でそう言ったかと思うと、話題を変えるようにパンと手を叩いた。


「じゃあエリカさん、行きましょう。ほらー、折り紙のしわを伸ばそうとなんかしなくていいから、立ってください。

 私はオルテガを攻略してくるので、エリカさんはベゾス様を攻略してくださいね」

「はーい。……あーあ、どうせ攻略するならドナルドが良かったなあ」


 そう言いながら、ツインテ少女はため息交じりに立ち上がる。それを見て黒髪少女は苦笑しながらも、


「そのドナルドはしわくちゃの穴だらけなのでもう無理ですよ。ベゾス様で我慢してください」


 と、肩をすくめ、二人並んで歩きだす。


「私ベゾスって、ナヨナヨしてて嫌いなのよねえ」

「はいはい、それでオルテガも優しいばっかりで気が弱いから嫌いなんですよね?

 ドナルドみたいに表面上は優しいけど実はメチャクチャ悪辣あくらつなのが好きなんでしょう。

 ていうかまんま三田村さんじゃないですか、そのゴミ箱」

「……うるさいわよ」

「いっそオッケーしちゃえばいいのにー」

「うるさいわよ。三田村さんはもうその話題に触れようとしないんだから、私も触れないであげるのが優しさってものでしょうが」

「そうかなー」


 ……と、やいのやいのと言い合いながら少女たちはその場を去り、しばらくして、街のそこらかしこでゲームクリアを告げるセンチなエンディングテーマが流れ出した。少し遅れてどこからともなく町全体へと火の手が上がりはじめる。

 住民たちはあまり悲壮感のない様子でわーわー騒ぎ、ヒラヒラと逃げまどっていた。

 恐ろしい風景のはずなのだが、妙に間抜けな景色にも見える、世にも不思議な場面である。

 桃色ドレスの女性は何をするでもなく、ただじっと世界の変わっていく様を見つめていた。



 ──……さて。


 今更過ぎる注釈ちゅうしゃくだが、ツインテ少女は朝倉エリカ、黒髪少女は笹野原夕、そして青い髪の男の中身は三田村京伍である。


 彼らの現在のミッションはゲームの世界の破壊……というより、この世界を成り立たせているシステムを根本から崩すことにあった。

 すべては現在行方不明になっている(ただし、異世界上のステータスは『管理者』であると判明している)蒔田を引きずり出すためである。


 そう。彼らの蒔田を救う旅、混乱極まる世界破壊の旅は、まだ始まったばかりなのであった……。


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