第45話朝倉エリカの回想

 さて、私は危険を承知でゾンビゲーの世界に突入することで、無限マシンガンを筆頭とした武器や物資を手に入れることが出来た。

 私は次の目的地である、オトメゲー(無難なファンタジーモノその1)の世界に飛ぶ。


(……うー、頭痛い……。別のゲームの世界に移動するときって、こんな感じなんだ……)

 

 ほんの一瞬、上下左右の感覚さえも分からなくなるくらいグラっときたが、すぐに立ち直って頭を振り、周囲を見る。

 ──事前に指定しておいた通り、セーブポイントであるヒロインの自室にやってくることが出来たみたいだ。

 そんなことを私が考えていると、いきなり目の前が暗くなった。


「アンタは何考えてんだ……っ!!」


 低く押し殺したような声と共に、いきなり見知らぬ男に胸ぐらをつかまれたのだ。

 ……いや、見知らぬってほどでもないか。

 外見こそ変わっているが、中身は十中八九悪漢イケメン不動産屋の三田村さんだ。


「……一応確認しますけど、三田村さんですよね?」


 私が胸ぐらをつかまれつつ首をかしげると、男は不思議そうな顔になりながらも頷いた。


「あ? そうだよ、三田村さんだよ。不動産屋の三田村京伍ですよ。

 アンタはナース服姿ってことは、中身は看護師の夕ちゃんなんだよね? 妙にちっちゃいけど」


 と、男は……三田村さんは首をかしげる。

 私は小柄な美少女の姿になっていて、向こうは格ゲーのキャラクターのような何かになっている。

 ……現実での姿を知っているだけに、お互いに妙な気持ちになっていた。


「えーと、そうですね。ナース服は成り行きで着ることになっただけですけと、その通りですよ。中身は笹野原 夕です」

「そっか、無事でよかったよ。

 ……なー、夕ちゃんさあ、不動産屋の俺から主導権ぶんどって、こんな異世界まで巻き込んでくれたのはいい度胸だし、大したグリップ力だとは思うよ?

 だけどさあ、最初にアンタだけが危ない場所に行くなんて話は聞いてな」

「で、朝倉さんはどこですか?」

「人の話はちゃんと聞こうな!?」


 と、ツッコミを入れた三田村さんは、ハアと脱力ぎみのため息をつきつつ私から手を離し、部屋の隅にあるベッドを指さした。


「……あそこだよ。ベッドの上。

 こっちきてから、ずっと気を失ったままなんだよね……」


 と、先ほどまでの獰猛どうもうな様子はどこへやら、すっかり心配そうな顔になっている。

 朝倉さんは前回と同じ、悪役令嬢エリザベートの姿で眠っていた。


「エリザベさんまた寝てるんですか……前もこっちの世界に転移した直後、かなり長い間気絶してたんですよねえ……」

「そんな話初めて聞くけどな。

 うーん……それだけエリカちゃんは疲れが溜まってるってことなのかなあ。元の姿のエリカちゃんて本当に華奢で、妖精みたいなんだもんよ」


 三田村さんはそう言いながら、ベッドの横に腰掛ける。

 彼はふーっと長いため息をつきながら、メルヘンなしつらえの天井を見上げていた。


「……しかし、過労死寸前まで行かなくてもこの世界に入れる日が来るなんて、思ってもみなかったなあ。

 いつもは『あ、死ぬな』ってタイミングで寝落ちしたかと思ったら次の瞬間には異世界で、ハーイ、他の社畜との殺し合い始まりー……みたいな流れだったんだけども」


 そう言って、彼は天井から私の方へと視線を転じた。


「……でも今のこの世界って、俺たちしかいないんだろ?」

「そうですね」

「で、この世界を維持いじするために殺し合う必要もないと。すげー変な気持ちだわ……」

「私もです。『代償』のために私の核の力は全部使い切っちゃったし、異世界創造魔法を行使するための事前準備は死ぬほど大変でしたけど……でも、転移自体はスルっとうまく行っちゃったので驚いています」


 私はそう言いながら頷いて、話を続ける。


「管理者の端末側からステータスをいじれば、結構あっさり行けましたね。

 転移させたい人間の居場所と、名前と、転移させたい時間を指定してフォームに入力するだけでしたもん」

「で、帰る時間も指定済みか……管理者権限で無題のアプリとやらをいじると随分とやりたい放題出来るんだなあ」

「ですねえ……こっちの世界に持ち込めなかったのが残念です」

「俺たちが元の世界に戻れるようにも指定済みなんだよな?」

「はい。大体一日半後……月曜の早朝に戻る予定です。

 ……管理者の端末から元の世界に帰すように指定出来るのは、『核』を除いた普通の人間だけというルールみたいでした。『核』はこの異世界に転移した瞬間にこの世界と深く同化してしまうから、戻りたくても戻れないんでしょうね」


 そう言って、私は小さく笑う。……前回の異世界転移では、私の体は『核』として信じられないほど強化されていた。その現象と引き換えに元の世界に戻れなくなっていたのだ。


「……で、蒔田さんは今たぶん『管理者』ってことになってるんだよな? なんであの人は戻れないんだ? 元管理者の熊野寺は自由に行き来していたよな?」


 そう言って三田村さんはあたまをかく。私は苦い顔になるしかなかった。


「あまり考えたくはありませんが、末期の熊野寺さんみたいに化け物状態になっているのかもしれませんね。そうでなくても、何か事情があって戻れない状態になっているのだと思います。

 蒔田さんを見つけ出して、戻れない理由を取り除くことが出来ればいいんですけど……」

「……この一日半のうちに、それをやらないといけないわけだな。

 そうでないと、帰還時間が来ても彼だけは元の世界に帰還できないことになる」

「そういうことです」


 と、私はうなずきながらも、部屋の奥にある革張りの椅子に座る。

 ベッドのかたわらには例の少年もいた。いや……少年ではない。今は桃色のドレスを着た美しい女性の姿になっている。異世界の水先案内人、『アナタ』だ。


「……私はもう力を使い果たして『核』ではないから、電子端末は持ち込むことは出来ませんでした。異世界間の移動は、異世界や魔法の記憶を取り戻しつつあるアナタ君頼みになります」

「なるほどねえ。

 んじゃ、さっきの喧嘩は水に流して、まあよろしく頼むよアナタ君……いや、アナタ君って呼ぶのも変な気持ちだな。お前それ、何のゲームのキャラクターなの?」


 と、三田村さんは首をかしげる。だが、アナタは力なく首を振るばかりだった。


「……実は、僕には分からないんだ。これはクマノが好きだったキャラクターらしいけど……」


 そう言いながら、少年はふっと目を伏せる。


「今のこの異世界のルールは、ほとんどクマノが整えなおしたものだからね。……『核』抜きの異世界創造魔法を進めるなんて久しぶりだ。クマノなしでどこまでやれるかな……」

「大丈夫だよ、君にとっては最初に戻った感じだもの」

「そうだね……うん、きっとそうだ」


 私と少年がそんな話をしている間も、三田村さんは心配げに朝倉さんの様子を見ている。ひょっとして、三十分ずっとこんな感じだったんだろうか?


「……三田村さん、嫌なら来なくていいって言ったのに、なんだかんだ言いながら結局私たちについてきてくれたのは、要は朝倉さんが心配なんですよね? ひょっとしなくても、かなり好きなんでしょ?」


 私はそう言って首をかしげる。


「……。……まあね。ていうか俺、そんなにわかりやすい?」


 三田村さんはバツが悪そうに頬をかいた。

 今の彼は現実世界の彼とは違って、青い髪を一つにくくり、妙に鍛えられた外見をしている。格闘ゲームのキャラクターだろうか? ごつい割りに整った顔立ちなので、腐女子人気が高そうだと思った。


「三田村さんは滅茶苦茶分かりやすいですよ。どう見ても惚れてるなって感じです」

「そっかー、分かりやすいかー……」


 と、三田村さんがガックリと肩を落としたのが不思議で、私は思わず首を傾げた。


「そんなに隠したいんですか?

 三田村さん、いかにもモテそうだし、女の子には不自由していないんでしょう? さっさと告白して付き合っちゃえばいいのに。ダメならダメで次に行けばいいだけと違いますか?」

「……マトモに女の子を好きになったのって、エリカちゃんが初めてなんだよ……」


 と、三田村さんが聞こえるか聞こえないかってレベルの声でボソっという。


「それで、他にこんな子いないだろって思うと何もできなくなっちゃってさーあー」

「なるほど、それで玉砕ぎょくさいするのが怖いってやつですか。なんかひと昔前の少女漫画の王子様みたいな設定ですねえ」

「うるさい、設定いうな。ていうか一発でコトの本質を言い当てないでほしいな……」


 三田村さんはそう言って、パシリと私の額を軽く叩いたが、不意にふっとまた心配そうな方に戻る。


「……ところで俺、あんまり詳しくないんだけどさ、保育士さんって、かなり過酷な仕事なの?」

「大変なのは大変だって聞いたことがありますよ。

 友達もやっているので少しだけ知っていますけど、チームでやるとはいえ、子供と遊ぶのは体力使うし、日誌と連絡帳記入で昼休みは全部潰れるし、業務外の居残りで計画表?とか各種イベント準備やらなきゃいけないらしくて」


 と、言いつつ、私は首を傾げた。


「……ただ、過労死するレベルが当たり前とは聞いたことがないんですよ……。人間関係のキツさやお給料の低さはよく取沙汰されるけど、過労死するほど弱るなんて聞いたことがなくて。だってそこまで弱っていたら、あぶなっかしい低月齢の子どもたちをちゃんとみられないでしょう」

「それ言ったら看護師もそうじゃない? 死にかけるほど弱ってたら患者さんなんか見られないって」

「う。それはそうなんですけど……」


 私は三田村さんのツッコミを肯定するしかない。


「そうなんですけど……看護師はちょいちょい死んでいるのが現状です。ストレッチャーで仮眠をとってる間に死んじゃった事件なんかが有名ですね。ただ、保育士さんでそういうニュースは見聞きしたことがありません。

 で、それを踏まえたうえで、気になっていることがあるんです。

 朝倉さん、最初の自己紹介では『小学校教諭の免許は持っている』って言ってたんです」

「へえ?」


 三田村さんが首をかしげて続きを促す。


「ほら、小学校の先生はたまーにだけど、過労死しちゃうような話も聞くじゃないですか。ひょっとしたらそっちで参っちゃった後に、保育士さんを始めたのかーって」

「あー、なるほど。26歳だって言ってたから年齢的な辻褄つじつまは合うのか。本当のところはどうだかわからないけれども」

「……まあ、大体その通りよ」

「うわあ、起きてたのかよエリカちゃん!?」


 三田村さんがおもいきりのけぞった。


「まあね」


 と、朝倉さんは少しバツが悪そうな表情でベッドから起き上がる。

 ――銀髪ツインデールの釣り目がちな少女の姿は、普段の朝倉さんの強気そうな姿と、なんとなくだが印象が似ていた。


「声をかけるタイミングがつかめなかったのよ……その、悪く思わないでよね。

 まあここまでなれ合っちゃったんだもの。今更隠すつもりもないから、教えてあげるわ」


 そう言って、朝倉さんはベッドの上に座り直した。そうして小さなため息をつきながら、


「……新卒で入った小学校が、かなり度を越したブラックだったのよ。持ち帰り仕事は毎日あって、23時に帰った後もずっと片づけていたことを覚えているわ。プリントの丸付けを全部済ませて、次の日の授業の組み立てたりしているうちに日付が変わるの。夏休みも若手は『自主的』に毎日出勤するのが当然で、クーラー無しの職員室で死にそうになっていたわ。

 子どもたちは可愛かったけど仕事が楽しいとは思えなくて、ご飯も喉を通らなくって、一日一日、一か月一か月が死ぬほど重かったわ。

 だけど、体調を崩しながらも学校に通いぬいて、なんとか二年は頑張ったの。

 私にとっての一度目の異世界転移があったのは、2014年の春……ちょうど、小学校を辞める直前にあたるころね。きっと、色々と限界が来ていたんだと思うわ」


 そう言って、朝倉さんはため息をついた。


「……それで、少しだけ休んだ後、知り合いのツテで塾講師をやっていたのよね。

 だけど、そこも結構酷い環境でね。人間関係がギスギスしていた上に、時間外の準備や手伝いがやっぱり多くて、それでも短期間で辞めたくはなかったから、結構無茶をして働いていたの。そうして二年くらい経った、2016年の秋。二度目の異世界転移があったの」

「……壮絶そうぜつですね」

「別によくある話よ、この程度」


 私の言葉に朝倉さんは苦笑交じりに首を振る。


「それで……そのあとまた色々あって、今の保育園に転職したのよね。

 子供たちは可愛いし、施設長も同僚もなんだかんだ良い人たちだし、今の仕事は凄く楽しいわ。

 書類仕事はまあまああるし、居残り仕事も多いけど……正直言って、今までよりは労働時間は少ないはずなの。新卒の頃の私だったら、きっと難なくやれたと思うわ。……それなのに」


 と、朝倉さんは目を伏せる。


「……それなのに、頻繁ひんぱんに体調を崩しちゃうのよね。肺炎で一週間とか、インフルエンザで一週間とか。本当、ワンシーズンに一、二回は入院してるんじゃないのってくらい」

「無理がたたっちゃったんだなあ……」


 と、三田村さんが痛ましそうな様子で朝倉さんを見ている。

 「いっそ俺がやしなうのに!」とでも言いたげな様子だ。……いや、本当にそう思っているのかどうかは知らないけど。私の勝手なアテレコだけど。


 朝倉さんは話を続ける。


「……で、三度目に死にかけたのが、笹野原や三田村さんと出会った異世界転移が起きたタイミングに当たるってわけね。つまり2017年の秋。

 あの日は……熱は別になかったんだけど、唇は青いし息は苦しいし、指先は全然動かないしで……ああ死ぬかもなーとは思っていたのよね。

 それでも無理矢理書類仕事をやっているうちに意識が落ちて、気が付いたら案の定異世界だったっていうわけ」

「エリカちゃん、なんで書類やっちゃったんだよ、無理するなよー……」


 と、三田村さんがガックリ肩を落として嘆いているが、彼は人のことを言えた立場ではないだろう。


「三田村さんだって合計五回この世界に来ているじゃないですか。つまりそれだけ死にかけてたってことでしょう?」

「う……夕ちゃんだって人のことは言えねえだろ。この異世界に呼ばれちゃってる時点で過労死寸前の社畜だったってことはバレてんだよ?」

「私は初犯ですからまだ引き返せます。ワーカーホリック十年選手の三田村さんとは違います」

「さすがに十年は働いてねえよ! 俺まだ二十八だし!?」


 ツッコミを入れる三田村さんを見て、朝倉さんがぷっと笑う。そして小さく息を吐きながら話をつづけた。


「……っていう感じで、私は年の割に結構転職しているわけよ。同年代の他の子に比べて、結構出遅れちゃったと思うわ。

 それで、もう二度とマトモに働けない体になっちゃってるんじゃないか、って考えるのが怖くて、ずっと無茶をし続けるのが習慣づいているんだと思う。

 ……周りにも心配されていたけど、それでも止められなかったの。昔よりずっと弱くなってしまった自分を、認めたくなくて」


 そう言って、朝倉さんは少しだけ声を詰まらせる。

 ──昔つらかった話ではなく、いまつらい話をしているからだろう。

 この人は治るみこみもない傷をずっと抱えて、歩き続けてきたのだろうから。


「私はきっと、働き続けている限り何度でもこの異世界に戻ってきてしまうんじゃないかって気がしているの。

 だから今回でケリをつけたい、って思って貴女に付いてきた……ってワケ。もちろん、蒔田さんを助けたいって気持ちもあるけれどね?」


 そう言って朝倉さんは微笑する。普段ぶっきらぼうな彼女にしては珍しい、穏やかで優しい感じの笑顔だった。


「……さて、話が過ぎたわね。まずは乙女ゲーの世界を壊して回るんだっけ?」


 そう言って朝倉さんはベッドから降りて、立ち上がる。


「壊したいというか、なんとかクラッシュバグを起こしたいんです」


 私はそう答えながら立ち上がった。三田村さんは座り込んだまま何事か真剣に考えている。

 一体何を考えているんだろう、と私が思っていると、朝倉さんが不意にいたずらっぽい笑みを浮かべながらこう言ってきた。


「私、ここのゲームなら隠しアイテムの惚れ薬連打で最速で大団円だいだんえんエンドにまで持っていけるわよ。どう? 一か所にイケメンを集めて、一気に叩かない?」


 ……なんか怖いこと言ってる。

 あっけに取られている私の横で、今度は不意に三田村さんが立ち上がった。


「……って、ちょちょ! ちょっと待ってエリカちゃん!」

「え? なによ」

「俺、どうしても君に確認しておきたいことがある!

 その……夕ちゃんと俺がしていた話、どのへんから聞いてたの?」


 三田村さんのせっぱつまったその言葉に、朝倉さんは目を見開き……ついで、なぜかじわりとほほを赤らめて目をそらした。


「えっと、その……」


 私が首をかしげている目の前で、朝倉さんは両手で自分の顔を覆う。


「……割と、最初から……」

「最初からかよ!!」


 三田村さんが膝から崩れ落ち、「だから悪く思わないでって言ったじゃない……」と、朝倉さんが小さくつぶやいているのが聞こえた。


(……ん? あ、つまり三田村さんが朝倉さんのことが好きだってこと、朝倉さんにバレちゃったのか!!)


 私は一拍いっぱく遅れる形で、事態の急展開に気が付いたのだった。

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