第44話突撃☆隣でも何でもないところにある異世界~季節のゾンビとマシンガンをそえて~
──おおん、とビル風が吹き抜ける音が聞こえる。
あおむけになって気を失っていた私は、その音が聞こえた
「……って、てて……」
目を開けた瞬間に頭痛とめまいのようなものを感じたので、私は思わず顔をしかめた。
一瞬、上下左右の方向感覚さえなくなって混乱しかけたが、すぐに立ち直り、その場から起き上がる。
軽く頭を振って
──割れたガラス窓、
(よかった……事前に入力しておいた世界に、私だけ移動できたみたい)
ほかの人たち……三田村さんと、朝倉さん、それから一時共闘関係になっている異世界人のアナタ君も、安全な世界に転移しているはずだ。
説得しても説得しても折れようとしない三田村さんにしびれを切らして、「本当に大丈夫だから! 無理だったとしても私以外は無事に帰れるから!」と言いくるめてなかば無理やり全員で転移してしまったから、多分彼は今頃かなり怒っているはずだろうけれど。
(たぶん三田村さんは、本気で私を思いとどまらせたかったんだよね……こんなに危ない異世界探検だもの。反対するのも無理はないけど)
周囲をきょろきょろと見回しながら、そんなことを考える。
ちなみに、ここは人気ゾンビゲー『デッドマンズ・コンフリクト3-New Translation-』の世界である。
ちなみに、このゲームは最初に私が迷い込んだゲーム『デッドマンズ・コンフリクト3』とは別のゲームだ。基本的な筋書きや所々のステージの仕様は似ているが、『
デドコン3の舞台はアメリカのようなどこかの国だったが、デドコン3NTの舞台は日本……というか、明らかに都内某所をモデルにした世界である(製作チームが取材に割ける予算があまりなかったらしい)。
このデドコン3NTは私が大学二年だったころに発売されたゲームで、当時の私はゾンビゲーに興味を失っていたので、結果的に、私の攻略ブログにこのゲームが
(そして、だからこそ、今日はこの世界に来ることが出来た……)
なんてことを考えながら、私は地面に転がっていた鉄パイプを手に取った。
そうして崩壊したコンクリートジャングルの中を歩き始める。
──異世界創造魔法の都合上、私が中高時代に攻略して調べ尽くしたゲームの世界には、もう二度と行くことが出来ない(少なくとも、私個人にはもう出来ない)。
このゲームが残っていてよかった。
このゲームを今まで遊ばなくてよかった。
そのおかげで、私はこのゲームを……この世界を攻略するきっかけに出来るのだから。
(乙女ゲームの世界じゃ武器なんか手に入らないから、こっちで集める必要があるんだよね。
待っててきりゅ……じゃない、蒔田さん。今助けに行きますから!)
そんなことを考えながら歩いているうちに、道の向こうからパラパラとゾンビが湧いてきた。
私はキッと表情を引き締める。
そして鉄パイプを大きく振りかぶ……って、戦うことは出来ないので、ゾンビとゾンビの間をすり抜けて、タッと勢いよく走り出した。
本来の自分の体より、背が低いように感じる。また美少女ゲームキャラクター『セラ・ハーヴィー』の体に変わっているのだろう。
──外見はセラに代わっているが、今の私には、ゾンビとやり合えるような戦闘能力はない。
ここに来るために『核』としての力をほとんど使い尽くし、『核』に与えられたはずの権限さえも持っていないからだ。
つまり、今の私は完全に生身の人間なのである。
『笹野原 夕』と同じ身体能力しか持っていないのに、鉄パイプごときでゾンビと戦うなんて、どう考えたって駄目だ。無理だ。ノーだ。冗談抜きで本当に死ぬ。
「……っく!」
足元のガレキに
パリピ大学生時代に友達と馬鹿みたいに高いヒールを
(三十分後に三田村さんたちと同じ世界に転移するように設定しておいたから……あと三十分。あと三十分で、やるべきことは全部やらないと!)
崩壊したビル群の中を、目的地めがけてひたすら走る。
ゾンビに囲まれるのを防ぐためにも、私は走り続けなければならなかった。
私に向かって走り込んできたゾンビを
それをポケットに突っ込もうとして……舌打ちした。
忘れていた、セラ・ハーヴィーの服にはポケットが付いていないんだった!
(何かポケットのある服、服……!)
慌てて周囲を見回すと、ブルブル震えてビルとビルの間の小道に立ち尽くしているどこかのクリニック勤務っぽい看護師さん(注:要救助NPCです)を発見した。
(やったああああああ! ナース服なら絶対ポケットがついてるよおおおお!!)
私はナースを小道の間から引きずりだしつつ(救助したと判定されたらしくナースからお礼を言われたが、返事をしている暇はない)、
NPCなので当然反応はないが、なんとなく申し訳ない気持ちになってしまう。
(ごめんなさい名もなき看護師さん……手段を選んでいるヒマがないので、貴女の服、貰います!!)
心の中で合掌しつつ、
「……よーし! ポケットとハンドガンゲットォォー!」
ちょっとダボついたナース服を着て、私は思わずガッツポーズをとった。
NPCを裸にしておくのはちょっと可哀想なので、私が着ていたサンドレスを彼女に着せる。
……ちょっとキツそうだ。ごめんね。(セラは十五歳くらいの小柄な女の子なので、標準体型の成人女性よりも服のサイズが小さいのである)
ゾンビに囲まれてしまう前に私が走り出すと、なぜかナースもついてきてしまった。
要救助NPCなので、当然といえば当然のことかもしれない(セーブポイントであるセーフハウスまでついてくるシステムになっているのだ)。
私は少し迷ったが、ナースにハンドガンを渡しておいた。
ただの一般人にすぎない私よりも、このゲームの住民である彼女の方が、きっとこれをうまく使えるだろう(このナースはレベル1、2のカスだろうから、そこまでアテには出来ないが)。
ビル群の根本で、地下街で、歩道橋で、襲いくるゾンビたちをすり抜けながら、しばらく二人して走りつづける。
走っているうちに息切れが苦しくなって、何度も足を止めそうになったが、今は絶対に立ち止まれなかった。
ビル群の向こう、灰色と茶色を足して薄めたような色合いをした空の向こうに、必要以上に巨大な太陽が浮かんでいるのが見える。
空気中のほこりを反射させて輝く太陽は、ぞっとするほど美しかったが、それをゆっくり眺めている暇は今の私にはない。
道すがら、例によって例のごとく路上に落ちていたバイタル・ウォッチも回収する。
別になくても困らないが、時間を計測したり、残り体力を計測するのに便利な道具なので、持って行った方がいいと思った。
バイタルウォッチを装着すると、鉄パイプでどこぞの大病院のガラス窓を割って中に突入し(本当は中盤以降に入れるはずのステージです)、中にあった注射セットや各種医療機器・武器、売店にあったおやつなどをガンガン
さすがに待ちきれなくなったのでベッドのシーツをひっぺがして、シーツにモノを全部包んで
……我ながらなんという自由ぶり。ゲームの世界じゃなかったら、とっくに銃殺されているだろう。
(いそがなきゃ。これだけ物資があれば十分かも知らないけれど時間内に『アレ』は手に入れたいし……)
……と、気持ちは
道すがら、脈絡もなく落ちている医薬品(回復アイテム)や薬草を拾い、片っ端からポケットに突っ込んでいく。
(普通の街じゃ絶対に落ちてないものが色々と都合よく落ちてるよなあ……ゲームの世界だから当たり前なんだけど。
それにしても、まるで子供に見捨てられたオモチャみたいだ)
私はガレキとガラクタが延々と散らばる道路を横目に見ながら、ふとそんなことを考えた。
ランダムに散乱する破壊の
(多分保育士の仕事って、子供たちが散らかしたおもちゃを片付けても片付けてもまた散らかされて終わらないんだろうなあ。エリカさんも大変だ)
なんてことを考えながら、自分の仕事はどうだろうか、と考えてみる。
傷ついた人を手伝って、見送って、手伝って、見送って……いくら続けても終わらない仕事を、私もしている。
私はそのことを承知の上で看護師を目指したけれど、まさかあそこまでの激務に潰されるとは思っていなかった。
(五時間寝たら五時には起床&出勤して病棟に入り、ポンコツPCで受け持ち患者さんのデータを調べて、
それが終わったらその日一日のお薬のチェック&点滴薬のセッティングを開始。
夜勤帯との引き継ぎを終えれば、病棟を走りっぱなしの仕事が始めるんだから、水を飲む時間も、トイレに行くヒマさえもなかった。
若手も先輩も、五分。
酷いときは三十秒……休憩室に飛び込んで、おにぎりを口に詰め込めるだけ詰め込んで、口元をモグモグさせながらナースステーションに戻り、記録の続きや午後の報告会の準備をする……って毎日だもんなあ)
更にこれにプラスして、無給の時間外労働が勤務時間と同じくらいある。
夜ご飯はいつも仕事を終えた深夜近くになるのに、食欲は全くわかなかった。
まるで銃で撃たれたのに「痛くない……」って困惑するゾンビなりかけ人間のようだ。多分仕事でおかしくなって、色んな感覚がなくなっていた。
『修業期間だから』という先生たちの言葉を信じて、業務と業務外の仕事をこなして日々をやり過ごしつつ、上司や先輩、同期が次々と心折れて辞めていくのを目の前で見ていた。
……そうこうしているうちに仕事を処理して自分の生存を維持するので精一杯になって、自分がどうするのか、どうしたいのかも分からなくなりながら、ジリジリ体力を消耗し続ける日々を過ごしていたような気がする。
言い方は悪いが、考えることを完全にやめて、ただ働きながら死ぬのを待っていたような毎日だった。
(……この戦いが全部終わったら、激務を言い訳にしたりせずに、ちゃんと考えないと。自分はこれからどうするのか、どうしたいのか……)
辞めるにしても、続けるにしても、一度ちゃんと考えなければならないのだろう。
仕事で人の負の感情を受け止め続けるのが辛くなって、夜はお酒の力で自分の脳機能を止めている日が多かったけど、たまには飲まない日も作らないといけないかもしれない。
(……っと、あった。目的地!)
走り続けているうちに、運命の分かれ道にたどり着いた。
桐生さんとかつて『デドコン3』でたどり着いた道路とまったく同じ仕様の道だ。
正規ルートは真ん中だが、今回の私は勿論左に用事がある。『立入禁止』の黄色いテープが縦横無尽に貼られた通路だ。
私はすぐにベリベリテープを
「大丈夫。この道、本当は通れるんだよ。本来はゲームの二周目以降に行ける道なんだけどね」
……返事はなかったが、彼女は追ってきたゾンビをショットガンで追い払ってくれた。
テープを剥がし終わり、先を急ぐ。
立て付けの悪い窓を無理やり開けて入った民家の中に……それはあった。
──無限マシンガン。
部屋の奥の座椅子に座り込んだ死体が、大事そうに抱きしめている武器の名前だ。
あれが今の私に使えるかどうかは……正直言って分からない。だけど残弾数を気にしなくていいこの武器が、一番持って行きたかった武器なのだ。最悪三田村さんあたりに使ってもらうことになるかもしれないけれど。
私はふと、今までにきた道を振り返る。
ナースは追いかけてくるゾンビを追い払うので手一杯なので、こちらの加勢にはなれそうもない。
「……ふーっ……」
私は深く息を吸い込んで、それを吐き出して、ふたたび無限マシンガンを抱いた死体に
……あの死体は本当は死体ではないことを、私は最初から知っている。
あれは無限マシンガンを奪った瞬間に襲いかかってくるゾンビだ。
時間がないので、鉄パイプを片手に持ちながら、もう片方の手で手早くマシンガンを奪いにかかる。
マシンガンを奪った瞬間にゾンビが目を開けて、ぐわっと襲いかかってきた。
「……くっ!!」
ドン、とゾンビの頭に鉄パイプを槍のように打ち込んだが、やはり女の細腕の……それも片腕ではまったくビクともしない。そりゃそうだ。
「でもお願い、死んでっ! 死んでくださいっ!!」
私は奪ったマシンガンを部屋の奥に放りながら、両手で鉄パイプを構えてゾンビの頭に叩きつけた。少しだけゾンビの動きが止まるが、すぐにまた動き出し、私の足に噛み付こうとしてくる。
「きゃあっ!」
私は慌てて後ろに飛びずさりながら、ゾンビの頭に鉄パイプをガンガンと何度も振り下ろした。
……やがて外骨格が割れて急所が露出する嫌な感触がしたので、いっそ気絶したいような気持ちになりつつも、急所に向かって鉄パイプを振り下ろした。
「……っ、終わった……」
荒い息を繰り返しながら、私はへたりとその場に座り込んだ。
心臓がうるさいくらいにドキドキしている。やはり生身の人間にはゾンビ殺しは荷が重すぎる。蒔田さん、どれだけ規格外の強人だったの……。
いっそ床に倒れたいような気持ちになりながらも、私が後ろを振り返ると、ゾンビの追っ手を片付け終えたナースがこちらにやってくるところだった。
「……ありがとう」
私はぜーはー言いながらも笑う。
ナースは予定外に出来た仲間だったが、彼女無しには無限マシンガンを手に入れられなかったかもしれないくらい心強い仲間だった。
私はふらつく体でなんとか立ち上がりつつ、部屋の奥のマシンガンを手に取った。
手に入った……今の私にはマトモに使いこなせないであろう、無限マシンガン。
久しぶりに待つけど、やっぱりめっちゃ重かった。
すぐに手荷物を確認して、バイタルウォッチも確認する。……時間ジャストだった。
バイタルウォッチは現実の世界の時間と同期して時間を刻んでいるので、転移前に現在時刻を確認しておけば『転移からどれだけ時間が経ったか』が分かるのだ。
不意に背後からうめき声が聞こえた。振り返ると、窓から追っ手のゾンビがわらわらやってくるところだった。
自分はもう間も無く消えてしまうから、問題ない。
だけどこのままでは、彼女が……ナースがゾンビの群れに押し切られて死んでしまう。
ナースは再びショットガンを構えているが、残弾がもうあまりないはずだ。自分と一緒に連れて行くことは、魔法の仕様上不可能でもある。
それでも私には関係ない……関係ないはずだったが、私はこう叫ばずにはいられなかった。
「……ねえ。
天井にあるシャンデリアめがけてその銃を撃てば、シャンデリアが落ちて、ゾンビが全滅するムービーが始まるよ! 生き残りたかったら何も考えず私を信じて……戦って!」
生きて、と、私は叫んだ。
私の言葉に、うつろな目をして立っていただけのナースは、不意に弾かれたように顔を上げたかと思うと……頷いた。信じられないことだ。あってはならないことだった。彼女はただのNPCのハズで、意志などほとんどないはずなのに。
私は驚いて息を飲もうとしたが、その前に意識が途切れてしまう。……時間切れだった。
めまいにもにた
──絶望的な状況でも、戦って欲しかった。生きようとして欲しかった。それは蒔田さんに対して抱いている気持ちと全く同じものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます