第24話そもそもハッカーって自分で名乗る日本人いねーから
深夜。自宅のパソコン机に向かったまま寝落ちしていた青年、
そんな中、現在進行形で着信を知らせるアンドロイドの5インチ液晶画面だけが、机の上で光っている。
「……朝倉、から……?」
と、蒔田はひとりごちた。
朝倉 江里華(あさくら えりか)。
異世界で知り合った仲がいいんだか悪いんだか、どちらかというとやや悪いくらいの関係性の人間だ。
蒔田が異世界で朝倉を縛ったり脅したり(注:じゃっかんの
あの時は蒔田的に必要だと思ったからそうしたのだが、朝倉からは普通に怖がられている。……一応、セラを異世界から救出するための
(しかし、どんなに協力してくれる人間が現れたところで、セラを助けるための手がかりが見つからなければ意味はない……。ここまで無茶をしていても見つからないとは……クソッ)
蒔田は、セラに借りがあると思っている。
異世界の道案内もしてもらったし、なにより明るい彼女の振る舞いに、精神的な面でかなり救われたからだ。
そんな人間を見捨てるようなまねはしたくないし、なにより、あんな馬鹿げた異世界を作り上げた人間を、道義的な意味で
だが……寝不足になるほど調べても、調べても、出てくる情報はばかげた
もしこれらの話を頭から信じるならば、蒔田はエンジニアから魔法使いにでもクラスチェンジして、異世界異能力バトルにでものりださねばならないし、そもそもその魔法使いになる方法も分からないという、完全に終わっている状況なのだった。
頼みの綱であるセラのスマホからも、ロクなデータが出てきていない。
『無題』のアプリの心臓部はサーバー側にあるらしく、こちらから情報を探れるような状態ではない。
(ひょっとしたら、もう
そんなことを考えながら、蒔田は机の上に置いていた眼鏡をかけて、閉め切っていた
カーテンを開けた途端に、部屋の中に街灯の明かりや自動車のヘッドライトが照明代わりに差し込んでくる。窓がかなり大きいので、明かりはこれで十分だった。
机の上に目を戻す。
そこにはまだ通話しろとばかりに震え続けているスマホがあった。
電話が苦手な蒔田は思わず顔をしかめる。
できれば着信が終わった後にメッセージで「寝ていて出られなかった。どうした?」とでも返信したかったのだが……ここまでしつこい様子を見ると、出ないわけにもいかないだろう。
(そもそもなんで朝倉が俺の電話番号を……って、そうか。チャットアプリのIDを交換したんだったか……)
最近の若い奴はほぼ初対面の人間に平気で電話をかけるんだなあなどと年寄り臭いことを考えながら、蒔田はようやく通話ボタンをタップした。
「朝倉、どうした? ……。……はあ? 来られるならすぐにでも来てほしいって……どこにだ。こんな時間だぞ、何を考えている?」
蒔田は思わず首を傾げる。
電波はしっかりあるのだが、周囲の騒音がひどく、電話越しの声が聞き取りにくい。地上から救急車やパトカーのサイレン、酔っ払い同士の
██通りから███通り沿いに進んだところにある五階建てマンションの最上階に、彼は住んでいた。
貴重品は常に身につけているし、家には寝るために帰っているようなものなので、平民の蒔田としてはこれで十分なのである。
「……待て。もう一度言ってくれ。どこに来いって?」
朝倉から告げられた建物名があまりに
今電話越しに聞こえた建物名は、蒔田の聞き間違いでなければ、設計・
つまり
平民が……というか、カタギが住む場所じゃない。
……ちなみになんでそんな情報を蒔田が知っているのかというと、「あのタワマン、ピカピカしてて超カッコよくない?」「セレブ向けって感じだよね! バラエティ番組の撮影場所にも使われたんだって! ちょっと悪いセレブ男子に連れ込まれてみたーい!」などという会話を、会社の女子社員たちがゲラゲラ笑いながらしていたからなのであるが……。
そんな怪しげな場所に、深夜に来いと……?
「会議室? コンシェルジュに言えば分かる? いや……そんなことをいきなり言われても……」
蒔田は大窓にたまった
深夜なのに妙に明るい紫色の空と雲、うずたかく連なる
「まさかとは思うが……あの建物に今から行けと……?」
☆
――ということで、視点は私、朝倉江里華へと戻る。
「お前は一体何を考えているんだ!!」
会議室に入り込んできたやいなや蒔田が開口一番に口にしたのは、その言葉だった。
そう、このタワーマンションには会議室まであるのだ。
会議室というのは、こういう場所に住むビジネスマンには必須の共用設備なのだろうか。これはタワマンとしては普通なのだろうか。平民の私にはよくわからない。
「何をって……何も考えてないわよ。『とにかく早くした方がいい』って
私は肩をすくめながら、そう言ってやるしかなかった。
「ていうか電話しておいてなんだけど、本当にすぐ来てくれるなんて私は思っていなかったわよ。凄いわ蒔田さん。足が速いのね。本当にすごいわー」
「うるさい!」
蒔田はかなり急いできたのだろう、ボロボロの体に眼鏡とグレーのジャケットをかろうじてひっかけているいでたちだった。息が完全に上がっている。本当に東新宿から走って来たのか……凄いな。
「よりによってこんな場所に深夜に人を呼び出す奴があるか! ウチの女子社員たちがここをなんて呼んでいるか知ってるか? 『シンジュクスゴイカタギジャナイタワー』だぞ!?
こんなところに呼び出されるくらいなら、区役所横のルノ×ールにでも呼び出される方がまだ心の準備が出来るだけ心臓に優しいだろうが!!」
「だははっ、お兄さん分かってるねえ~」
あそこロクな商談してないからな、と、言いながら、三田村が私と蒔田の間に割って入ってきた。
「……で、誰なんだ、お前は。言っておくがこの女を騙してもなんの旨味もないぞ? 詐欺目的なら他を当たるんだな」
失礼なことを言いながら、蒔田は三田村をジロリと見やる。
明らかに
「明らかにカタギじゃない見た目をしているが……なぜ俺をここに呼び出した?
あの『異世界』と一体どんな関係だ」
「おっと、これは失礼。
私は三田村 京伍と申しまして、この近辺の不動産売買を取り扱っております。いわゆる売買仲介というやつですね。
もしこの近辺に売却予定の物件をお持ちでしたり、または物件を購入したいというお話がございましたら、是非とも
「えっ? あ、ああ……ゲーム開発をやっている蒔田です……どうも……」
いきなりビジネスマンモードで名刺を差し出された蒔田は、少し
そんな蒔田とは対照的に、完全に
その様子を見て、なぜかビクリと反応する蒔田。
なんだろう……後ろ暗いことでもあるのだろうか、と、私が思わず首を
「え? 蒔田って、アンタ、ひょっとして……あ、あ、……あぁーーっ!! 」
まるで小学校以来の知人を思い出したような顔で、三田村が突然大声を上げた。その声を受けて反射的に後ずさろうとした蒔田の肩を、三田村がガッシと両手で
「俺知ってるよ! あんた、ゲームというゲームをクラックして荒稼ぎしてた天才ハッカーだろ!? 昔、同年代にこんなのいるんだーってめっちゃ憧れてました!! すげー、本物だー!! いや、エリカちゃんから話を聞いた時点ではまあまあコンピュータ方面に明るい人なのかなとは思ってたけど、まさか蒔田さんだったとは思わなかったよー」
三田村は一気にそうまくしたてた。
先ほどまでのわっるい不動産屋の顔はどこへやら、すっかりゲーム好きの少年の顔になっている。
私はあっけにとられたきもちで三田村の顔を見上げ、ついで、私と同じくあっけにとられている蒔田の方に目を転じた。私と蒔田の間に流れる、微妙すぎる沈黙。
「……」
「……」
「……えっと……天才ハッカー、さん?」
「半笑いで言わないでくれ……本当に心がえぐれる……」
そう言って顔を手で
……まあ、当たり前だと思う。
私だって過去にやってた乙女ゲーブログの読者が急に目の前に現れて色々言ってきたとしても、
いまいち話の流れがよくわかっていなかった私に向かって、三田村はニッと少年のような表情で笑い、丁寧に説明してくれた。
「笑うなって、この人は本当に凄い人なんだよ。
『メガデモ』っていう映像作品のジャンルがあってさ、決められた小さい容量の中にグラフィックも音楽も詰め込まないといけないんだけど、蒔田さんはそれが超得意な人なんだ。そもそもメガデモっていうのは元々クラックしたゲームに『これは俺がクラックしたんだぜ』ってサイン代わりに入れていたものが始まりなんだけど……いやー本当、蒔田さんはあの直後に炎上さえしなきゃ、ずっとそっち方面の第一線の人だったんじゃないかな? ていうか今ゲーム開発会社にいたんですね。そっかー」
「……そこまで知っている人にこんな場所で会うとは思わなかった……。
その、ネットには書かないでもらえると助かる……いや、助かります……」
めちゃくちゃな勢いで褒められた蒔田さんは、
「おっしゃる通り、一度派手に炎上している身ですので……」
「ははっ、もちろんですとも。こういう商売は信用第一ですからね」
三田村はすっと少年からビジネスマンの顔に戻ったかと思うと、話の流れを変えようとしてかパンと大きく手を叩いた。
「……こんな非常識な時間に呼び出してしまったことについては、非常に申し訳ありませんでした。ですが、まずは頭を切り替えて、お互いの持っている情報のすり合わせをさせて頂いてもよろしいでしょうかね。正直時間はかなり無いですが、話し合う時間もないってほどではない」
と、言いながら、彼は会議室の机に行儀悪く座る。
「……まず、俺はあの社畜地獄……あんたらが異世界って呼んでいる場所に、少なくとも五回は行っている。それから……『管理者』と全く同じ人相の男を、こっちの世界で知っている」
「なんだと!?」
蒔田が思わず身を乗り出した。それを三田村は片手を突き出して止める。
そしてニッと片頬を上げて笑いながら、
「……まあ、直接の知り合いじゃないんだけどね? 知り合いの別の不動産会社に勤めてるヤツから流れてきた情報なんだ。
いやあ、こういう時に人脈が広いと便利なんだよね。あの『管理者』ってやつ、あっちの世界で神様みたいに振る舞ってたろ? 俺を散々ひどい目に遭ったから、実在するなら一発殴りたいって気持ちで探してたんだけども……」
そう言いながら、三田村は自分のスマホをスーツから取り出して、一枚の隠し撮りらしい顔写真のデータを私たちに見せた。それは、以前蒔田に見せてもらった顔写真と全く同じ顔だった。
「……熊野寺 省吾(くまのでら しょうご)。
まあ名前なんかどうでもいい。俺たちにとっては『管理者』って名前の方が馴染みやすいだろ? コイツは2013年の春以降姿を見せなくなり、今年2017年に入って口座の金が尽き、家賃の引き落としが出来ていないという状態になっている」
そう言いながら、三田村はすうっとガラの悪い笑みを見せる。
「……滞納期間は3,4か月なんてものじゃない。もう5か月近く経っている。俺たち不動産にとっては大悪人もいいところだな。3か月未満じゃ裁判所が強制退去を認めてくれるわけもないが、すでに5か月、だ。
加えて原因不明の異音、異臭も出ているから迷惑防止条例にも引っかかっている。費用が掛かるからと大家は嫌がっていたが、これはもう出て行って貰うしかないという話になった」
「……強制退去か」
「そ。そゆこと」
蒔田の言葉に、三田村はフフンと笑う。
「こっちも商売でやってるんだ、
「……それは、いつ?」
私は思わず声を上げた。なんとなく話の流れが掴めて来たからだ。三田村がこうも焦って蒔田と連絡を取ろうとした理由……たった一つしか思いつかない。
三田村は私の方を見て、ふっと悪い笑顔から何とも言えない苦い笑顔になり、
「……それが、『明日の夕方だ』ってさっき担当に聞いたら返事が返ってきてさ。
つまり、明日以降『管理者』の手がかりは一切俺たちの手の届かないところに行ってしまう。……ね? 時間、全然ないだろ?」
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