第7話地獄の軍勢(構成人員十名まで)の爆誕



「――セラ、止まってくれ。妙なのがいる」


 しょうもない会話をしながらも先を急いでいると、

 桐生さんがバッと片手を上げて私を制止した。


「あれは一体なんなんだ?」

「あー、あれはー……」


 私はすうっと目をすがめた。

 私たちの目線の先には、不自然な人だかりがある。


 人だかり……というか、ゾンビだかり?


 先ほどからゾンビに襲われるのを待っているとしか思えないくらいボケっと突っ立っている中年男性一名と、その周囲で男性を襲うこともなく、お行儀よく直立しているゾンビ三体である。

 呼吸をしているっぽいユラユラした動きは見せているけれど、

 襲い掛かったり歩こうとしたりするようなそぶりはない。

 何あれ?


「うーん……。

 全員びっくりするくらい直立不動ちょくりつふどうですね……。

 ひょっとして、ゾンビに襲われる予定の一般人NPC(ノンプレイヤーキャラクター)と、NPCを襲う予定のゾンビ三体じゃないでしょうか」

「ああ、君がさっき言ってたやつか」

「ですです。このゲーム、道すがらちょいちょいゾンビに襲われている人間を助けることが出来るんですよ。

 要救助者、って呼ばれているんですけども」


 そういって、私は直立不動の人の群れを指さして見せる。


「あの中年男性も、そういう要救助者のうちの一人だったと思います。

 ゲームプレイ中はいっつもあの場所でゾンビに襲われているオジサンですもん。

 でも、あんな風に棒立ちになっている姿は初めて見ました。バグかなあ」

「フラグが立っていないんじゃないか?」


 そういいながら、桐生さんはバールを持ったまま器用に腕を組む。


「俺たちはいわば、『正規ルートを逆走』している状態なんだろ?

 あのゾンビたちは、

 主人公が『正規ルートから』一定距離まで近づくと、あのNPCを襲い始めるように設定されているんじゃないのか?」

「あー、なるほど、そういうことかあ」

「断言はできんぞ。そうかもしれないってだけだ」

「いや、きっと桐生さんの考え方であってますよ」


 桐生さんって妙に慎重な喋り方をする人だよなあと思いながら、私はマシンガンを構える。


「……まあ、襲ってこないなら好都合です。やっちゃいましょう」

「おい、殺しすぎは控えた方がいい」

「でも、あのおじさんは助けたいので」


 私はそう言って、手早くゾンビたちを片付けた。

 そして、棒立ちになっていたNPC(多分)のオジサンに近づく。

 一連の様子を見ていた桐生さんが首を傾げた。


「オッサン、英語でお礼らしきものを言ってるな」

「コンフィ・シティの公用語は英語ですからね。

 うーん、これはゲームの通りのお礼メッセージ……正真正銘しょうしんしょうめい、要救助者のNPCですね」


 私はにんまり笑いながら、オジサンの周囲を走ってみたり、遠くに行ってみたりする。

 するとオジサンはつかず離れずの距離でついてきた。

 基本的に無表情だけど、立ち止まるとたまに疲れたように首を振ったり、おびえたように周囲を見回したりしている。


 ……ゲームの通りだ。


 私が走るとまた無表情になって、つかず離れずの距離でついてくる。

 道路に落ちていたコンクリート片を手渡すと、

 オジサンは少しだけりりしい顔になって、コンクリート片を振り回し始めた。


「――うん、大丈夫! ゲーム通りです。

 これで『地獄の軍勢』結成への第一歩が踏み出せましたね!」

「は?」


 桐生さんが素っ頓狂な声を上げる。


「このごく普通のオジサンが……地獄の軍勢……?」

「……」


  私たちの間に妙な沈黙が流れた。


「……だ、だから、まだ第一歩なんですって!」


  私は我にかえり、慌てて沈黙を取りつくろった。


「このゲーム、救助したNPCは主人公についてくるようになるんです。

 そして武器を持たせて戦わせることもできるんですよ!

 これからどんどん人を救助して、どんどん仲間に加えていけば、地獄の軍勢が完成するって寸法すんぽうなんです!」

「本当に大丈夫か?

 このオジサン、見るからに戦闘経験のなさそうな一般人だぞ」


 桐生さんがオジサンのNPCを指さして言う。

 ……確かにオジサンはやせ形で、戦闘は得意ではなさそだ。


「戦わせれば戦わせるほどレベルが上がるから問題ありません。

 ゲームじゃ五人までしか連れることができなかったけど、ここではどんどん増やせるんじゃないかなあ……五人いるだけでも大助かりだけど、増やせたら本当に地獄の軍勢の完成ですねえ……」


 私がうっとりと将来の地獄の軍勢計画に思いをはせている横で、

 桐生さんはしばらく何とも言えない顔になり、オジサンと私を交互に見ていた。


 ――が、やがて何かを思いついたように目を見開き、パチンと指を鳴らす。


「……よし。おれも良いことを思いついたぞ」

「え?」

「これからはこの地獄の軍勢を『アイテムボックス』として使用するんだ」

「アイテムボックス?」


 私が目をまばたいて首をかしげると、桐生さんはニヤリと片頬を上げて笑って見せた。


「俺の服にもポケットがついていたが、コイツにも……ほらみてみろ。パンツスタイルのやつにはもれなく両サイドと尻の部分にポケットがある。

 ここにありったけの薬草を詰めておけば、こいつらは『歩くアイテム保管庫』として活用できるんじゃないか?」

「え、えぇ~」


 つまり、全員が桐生さんばりにポケットに物を詰め込みまくるという寸法すんぽうだ。

 絵づらがあまりに残念すぎるので、私はおもわず抗議の声を上げてしまった。

 だが、桐生さんは私の意見を待つそぶりもなく、

 泥まみれの根っこ付き薬草をNPCのポケットに詰め込んでいった。


「いくらなんでも見た目が酷すぎやしませんか……」

「酷かろうがなんだろうが、使えたらなんだっていいだろう。

 ……というか、君はいつまで自分のスマホを握りしめているつもりなんだ?」


 そう言って、桐生さんは助けたばかりのNPCを指差した。


「君の服にはポケットがないんだろう?

 アイツの適当なポケットにでも仕舞っておくといい」

「このおじさん……万が一死んだら体ごと消えちゃうから、スマホは預けたくないです」


 私はスマホを握りしめたまま、プルプルと首を振る。

 桐生さんはそれを見て頷いた。


「じゃあ俺の空いたポケットを使うといい。スマホを貸してくれ」

「助かります。いざというときには投げ渡してくださいね」

「もちろん」


 そんな話をしながらも、私たちは先に進む。

 道すがら出会う棒立ちのNPCをゾンビの魔の手から救出していった。

 顔色の悪い白人女性、機嫌の悪そうな中年白人男性、ヒョロヒョロでオタクっぽい白人男性……白人多いなこのゲーム。


「……どうせすぐにゾンビにやられて死んじゃいますけど、区別をつけるために軍勢たちに名前を付けておきましょうか。

 えーと、左からベ×ス、ゲ▽ツ、ジョブ○、バフェ□ト、ザッカー〇ーグ……」

「君は大金持ちに恨みでもあるのか?」


 バイタルウォッチのある場所まで、あと少し。

 会話は止まることがない……というより、

 私たちは意識してくだらない会話を続けていた。

 そうした方がこのホラーめいた現実の中でも気がまぎれると考えたからだし、

 実際それはとても上手くいっていたからだ。


 ――そう、気がまぎれる。

 こんな異常な世界でも、人間らしくあることは大切だ。


 私たちは走りつつもゾンビに襲われている人たちを見ると立ち止まり、どんどん助けていった。

 そして彼らに鉄パイプやハンマーなどを武器を持たせ、

 ゾンビとの戦闘経験も積ませていく。……順調だ。


「十人を超えると付いてこなくなりましたね……」


 お礼を言ったきりその場で棒立ちになり付いてこなくなったNPCを見ながら、私は寂しくつぶやいた。


「俺と君がプレイヤーキャラだとみなされているのかな。

 プレイヤーキャラ一人につき五人しか連れていくことができないという計算か」

「そういえば、このゲームの主人公はどこにいるんでしょう」


 と、言いながら、私はなんとなく周囲を見回す。


「ゲームスタート地点で会えますかね……」


 そんな話をしながら歩いていると、

 路上にあからさまに怪しい時計が転がっていた。


「あ! あれがバイタル・ウォッチですよ」

「なんで路上に落ちてるんだ……」

「さあ。ゲームじゃ必ずこの場所に落ちているんですけど、なんで落ちているかなんて考えたことなかったなあ」


 そんなことを言いながら、私はバイタル・ウォッチを拾い上げる。


「時間がないから、使用するのは後にしましょう。とりあえず先を急がないと」


 そういいながら、私は自分の前腕の二の腕に近い部分にバイタル・ウォッチを巻きつける。

 医学的には前腕近位ぜんわんきんいと呼ばれる場所だ。


「……なんでそんな変なところに付けるんだ?」

「えっ? だって、不衛生ふえいせいじゃないですか。

 腕時計を手首に付けるのって、汚いんですよ」

「えっ?」

「えっ?」


 ……医療職とエンジニアの常識のへだたりを感じつつも、

 まずはバイタル・ウォッチ入手に成功。







 ようやく私たちはゲームがスタートするエリアにたどり着いた。

 車八台程度は駐車できる程度の広さの駐車場だ。

 周囲はコンクリートのへいで囲まれており、

 黒煙を上げた壊れた自動車や、横転したトラックなどが転がっている。

 そしてそこには二体ほどのゾンビがいた。

 本来ならば、彼らは冒頭で主人公を襲う予定のゾンビたちだ。

 しかし……ゲーム開始の指示が出ていないからだろうか、

 棒立ちになったまま動こうとしない。


「ああっ!」


 そして私は、その駐車場の中央で驚くべきものを発見した。

 棒立ちになって……いや、微妙に手を上げた姿勢で固まっている、この『ゲームの主人公』だ。


「あれ、ニックですよ! ニックがいる!」


 私は叫び声をあげ、駐車場の中央にいた『それ』に駆け寄った。

 地獄の軍勢(十人程度)たちは思い思いの武器を持って、

 その場に棒立ちになったゾンビを一方的にバコバコ殺している。


「ニック……ゲームイベントで見たことがあるな。このゲームの主人公か」

「一体どうして……?

 ニックがM☆Dの初期状態みたいな姿勢になってる」

「☆MD? ……これはAスタンスっていうポーズだぞ」


 桐生さんが首を振って私の誤情報を訂正した。


「これ……どうしたらいいんでしょう?

 自分からは動かないですね、ニック……」


 私はニックをつかんで押したり引いたりしながら、うーんと考え込んで言った。


「ふん、ただのカカシですな」


 桐生さんはドヤ顔で訳のわからないことを言っている。

 多分ネットスラングかなにかだろう。

 しばらくの間、ニックは重さを感じさせない様子でスルスル押されたり引かれたりした。

 人というか……これじゃ物体だ。


「まあ、コイツはこのままでいいんじゃないか?

 コイツをここで放っておけば、あらゆる厄介なイベントフラグが立つことを防ぐことが出来る可能性があるぞ」


 桐生さんが肩をすくめながらそう言った。


「えーと、それはつまり、ボス戦とかを起こさずに済むってことですか?

 そううまくいくかなあ……」

「分からん。

 現に俺たちは主人公と同様、街の住民を助けて自分の手下に出来ているわけだしな……俺たちがイベントのフラグを踏めば、俺達でも通常のゲーム通りのボス戦を起こしてしまう可能性もある」


 その辺は検証してみないと分からない。

 と、桐生さんは顎に手を当てながら言う。

 私はコクリとうなずいて……不意に思い出したことがあったので、

 今度は小首をかしげていった。


「そうだ桐生さん。

 約束通り『ゲームが始まる場所』に案内しましたよ?

 ここからゲームの枠の外に出られるんですよね」

「ああそうだ。前にバグ検証動画で見たきりだから記憶がぼんやりしているが……めげずに探せば絶対に見つかる種類のものだから、たぶん大丈夫だと思う」

「探す?」

「ああ」


 桐生さんは頷きながら駐車場の奥へと歩いていき……そこで突然、何度もジャンプして壁に頭をぶつけはじめた。


「痛い!!」

「当たり前ですよ桐生さん! なにやってるんですか!?」


 頭を押さえてその場にしゃがみこむ桐生さん。


「いや、物理エンジンがバグっているところを探したくて……」

「バグってるところ?」

「ああ。バグっている所は

『ジャンプする前に立っている場所』

 と、

『ジャンプして壁に弾かれた後に立っている場所』

 がズレているんだ」


 桐生さんは痛みに顔をしかめながら、それでも丁寧に説明してくれる。


「バグっている場所で壁に向かってジャンプを繰り返せば、だんだん体が壁の向こうへめり込んでいくんだ。そして最終的には……」

「壁の外に出られる、ってことですか……」


 そんなバグ技があったとは。


「そういえばそんなバグがあるってことは私も自分の攻略ブログに書いた記憶があります。

 ……でも、そんなどう考えても途中で痛みに負けちゃいそうなバグ発見技を試そうとしていたなんて……」

「……」

「桐生さんって、ものすごい人だとは思うんですけど、

 ひょっとしてものすごい馬鹿でもありますか……?」

「……うるさいぞ……」


 私が色んな意味で静かに驚いていると、

 今度は駐車場の出口付近から叫び声が聞こえてきた。


「えっ……なに!?」


 私と桐生さんが振り返ると、そこでは……。


(うわ……わわ、大変だ!!)


 地獄の軍勢(十人程度)が、自動的に湧いてくる強ザコの群れにやられている!!



【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】


■ ドゥゥム

 アメリカ人のアラサーorアラフォーホイホイな、銃でバケモノを殺しまくる系のレトロPCゲーム。

 FPS(ファーストパーソン・シューター)というジャンルを代表するゲームタイトルである。

筋肉モリモリの主人公のオッサンが大量の銃火器をぶっぱなし、地獄から湧いてくる醜悪な化け物共(地獄の軍勢とも地獄の勢力とも翻訳されている)をひたすらブッ殺す……という勢いのありすぎるシナリオのゲームだ。

 本作は血や肉塊が容赦なく飛び散る描写が満載であり、これがグロければグロいほど “Cool!”であり愉快であるとされていた当時のアメリカン悪ガキ文化圏の子供達および大きな子供達のハートを鷲掴みに。1000万本超の販売記録を叩き出した。ありとあらゆるゲーム機はもちろん、携帯電話や関数電卓に至るまで移植版が登場し、ゲーム外でも映画版や小説版など展開は多岐に渡った。

 リアリティにこだわった容赦のないゴア表現は、当時から今に至るまで批判の目にも晒され続けており、けしからん暴力ゲームといえば真っ先に名前が上がる程である。だが、長く多くの人々に愛されているゲームでもあり、ユーザによって様々な拡張データの制作が行われ、ドゥゥムクローンと呼ばれる亜種も多く作られた。技術的にもゲーム史的にも、大変重要な位置にあるゲームである。

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