第8話死戦

「ちょっ、どうしてあんなに集まってくるかなぁ!?」


 私たちがボケっと突っ立ってお話ししていたせいだろうか、

 ワラワラとゾンビたちが集まってきた。

 ざっと見て三十体ほど。

 ぱっと見普通のゾンビだが、動きが素早く、凶暴だ。

 先ほどまでの普通のゾンビとは少し違う。

『やや強い』に分類される『暴化ゾンビ』たちの群れだった。


 地獄の軍勢たちが頑張って応戦してはいるが……。

 正直言って、丸太や鉄パイプレベルの武器ではたかが知れている。

 序盤のステージなので大した武器が手に入らず、

 ポリバケツや粗大ごみを武器として持たせているヤツもいる始末なのだ。


厄介やっかいだな……。

 地獄の軍勢が敵を防いでくれる落ち着いた状態でバグ探しをしたかったんだが……」


 桐生さんが苦い顔になる。


「セラ、ダメ元で聞くが、あいつらを一時的に足止めできるようなアイデアはあるか?」

「うーん、そうですねえ……」


 私はじわじわと押し寄せてくる暴化ゾンビの群れを見つめながら、

 あごに手をあてて考えた。


「……。……あれはちょっと……無理、ですねえ……」

「状況は絶望的ということか」


 苦い顔をする桐生さんに、私は厳しい表情で頷き返す。


「厳しいです。

 ……ですが、ここで絶望する理由もありません」


 そう言って私がマシンガンを構えなおすと、桐生さんが不思議そうな顔をした。

 私はそれに笑顔を返しながら、


「こういう時は、カラ元気でも出したほうがマシですよ。

 チャンスが見えるまで喰らいつきましょう」

「……そうだな。諦めるのはまだ早いか!」


 なす術なしだけど戦うしかないと答えた私に、桐生さんはなぜか元気付けられたような笑顔を浮かべる。

 私は不思議に思って目を瞬いたが、すぐに目の前の戦闘に注周した。


 ──こうして厄介な戦闘が始まる。


 私はマシンガンを構え、桐生さんはバールで応戦する。

 地獄の軍勢……もとい要救助者たちは、一度体力がゼロになると生き返らない。 そして、これから落ち着いた状態でバグ探しをしなければならない都合上、

 頑張ってレベル上げをした軍勢たちの数を減らしてしまうわけにはいかない。

 だから、私は自分のレベルが上がってしまうことを覚悟して戦った。


(確実に殺す!!)


 私は一体一体に狙いをつけ、確実にゾンビを倒していく。

 ……が、やはりこっちが少し不利な状況だ。

 私も桐生さんも地獄の軍勢を守るようにして戦っているため、

 どうしてもゾンビを倒すスピードが遅くなっている。

 そのすきに、一体、二体とゾンビの増援が湧いてきている。

 滅茶苦茶な数で増えているわけではないが、このままだとじわじわと数で押されてしまうだろう。


 そして……ニック。


 このゲームの主人公のはずのニック。彼がエラいことになっている。



「うわっ、ニックがAスタンスのままゾンビたちに押し出されてるぞ!」


 と、バールでゾンビの横っつらをひっぱたいていた桐生さんがぎょっとした声を出した。


 ……そうなのだ。


 さきほどから駐車場の中央に棒立ちになっていたはずのニックが、

 Aスタンスのままゾンビにガンガンタックルをかまされたり、

 ガリガリかじられたりしているのだ。

 しかしさすがはこのゲームの主人公。

 タックルされようがかじられようが、傷一つついていない。

 生真面目そうな無表情も変わらない。

 ……ていうか、あれもバグってるんじゃないの?


(でもマズい、あのままじゃ……ニックの体力が……)


 私は焦った。

 ゾンビに攻撃されているのだから、ニックは間違いなくダメージを負っている。

 このゲームのような謎世界の中、主人公であるニックがダメージを受け続け、HP(たいりょく)が底をつけば……一体どうなってしまうのだろう?


「ニック!」


 私は叫ぶ。

 助けなければ! ……いや、無理だ。

 私も桐生さんもゾンビの数を減らすので手いっぱいで、ニックをどうこうできる余裕はない!

 そもそもゲーム開始時点のニックはレベル『 1 』のカスだ。

 ゾンビに三回くらい噛まれたら死ぬ。


 つまり、今のニックは多分もう……!


「ニーック!!」


 私は叫んだ。

 手遅れだとわかっていつつも叫んだ。

 群がるゾンビどもになすがままになっているニック。

 最終的にはゾンビになぎ倒され、Aスタンスのままコテンと地面に転がるニック。

 そのままゾンビにとばされ、コロコロと転がされていくニック……。

 体力が(多分)マイナスになり、横倒しにされても無表情&Aスタンスを貫くニック……。


 ……凄い。おとこだ。


 ポーズはブティックのマネキンばりに間抜けだけど、

 死してなおAスタンスをつらぬいている姿はタフでストイックな戦士のようだ。



「――ん? あ! アイツ、使えるんじゃないか!?」


 横倒しになったニックを見て、桐生さんがパチンと指を鳴らした。


「セラ、ニックの周辺のゾンビを片付けてくれ!」

「え? ……わ、分かりました!」


 私は首をかしげつつ、ヘッドショットと制圧射撃の小技を駆使しまくって、

 桐生さんに言われたとおりにした。

 ニックの周囲が一瞬だけど安全になる。


「――よしっ!」


 と、桐生さんは笑みを刻むと、すぐさまニックのそばに滑り込み、

 横転おうてんしたニックを横抱きにかかえた。

 一連の動きは目で追いきれないくらいはやい。


 桐生さんはニックを抱きかかえたまま走り、少し離れたところにあった横転トラックの上にニックをそっと立たせる。


 そうすると……とても奇妙なことが起こった。

 ただゾンビどもの攻撃を受けることしかできなかったはずのニックが、

 棒立ちのマネキンにすぎなかったニックが、

 立派にゾンビをおびき寄せる誘蛾灯ゆうがとうとして機能してしまっているのだ!

 トラックの上に立っているからゾンビはニックに攻撃をすることは出来ない。

 ひたすらゾンビを集め続けてくれている。


「えええっ!? なにあれ凄いです!!」

「ははっ、狙い通りだ!

 アイツにはカカシからゾンビホイホイにジョブチェンジしておいてもらおう!」


 と、びっくりするほどキラキラした笑顔でアイデアの成功を宣言する桐生さん。

 このゲームの主役をゾンビホイホイ扱いするのはあんまりだとは思うが……確かに、かなり楽になった。

 もちろんニックだけではなく、私たちの方に向かってくるゾンビもいる。

 でも、この程度なら十分対応できる数である。余裕で倒せた。


(ニックはちょっとかわいそうだけど、確かに活路は……活路は見えた!)


 これならイケると私は気を取り直した。

 今残っている問題は……『一か所にとどまり続けている以上、永遠に敵が湧いてここに集まってくる』というものだ。

 だが、それの対策に関しては私に考えがあった。


「……桐生さん!! 私もいいことを思いつきましたよ!」


 マシンガンを連射しながらも、私は声を張り上げた。


「何だって!?」

「ゾンビの体力をギリギリまで削って、地獄の軍勢のレベル上げのためのエサになってもらうんです!」

「……なるほど!

 ゾンビのトドメを地獄の軍勢たちに刺してもらうということか?」

「そうです、そういうことです!

 さっきまでは数が多すぎてそんなことをする余裕もなかったけど……この程度なら、できます!」


 ゾンビの大部分はトラックの上に突っ立っているニックに夢中で手を伸ばしている。

 私たちよりもニックの方が彼らにとって近いからだ。

 こちらに向かってくるのはせいぜい五、六体。

 そいつらを倒すと、ニックに群がっているゾンビの群れからまた一、二体ほど離れてこちらに向かってやってくるようだ。


(よし。この程度のゾンビなら……)


 この程度なら、私がゾンビどもの残り体力を計算して、ゾンビをギリギリまで弱らせる……ということもできる。これは私がゾンビゲー廃人だからこそできる芸当だろう。


 そして、弱ったゾンビの最後のトドメだけを地獄の軍勢に刺してもらえば、

 少し時間はかかるけれど、こんな序盤で地獄の軍勢たちを一気に最強レベルにまでアップさせられることも可能なのだ!(時間はかかるけど!!)


「――なるほど、無限に湧いてくるゾンビを利用した無限レベル上げ機構が出来たのか!」


 銃声とゾンビのうめき声が響く中、桐生さんが興奮した様子で叫んだ。


「セラ、君は凄いな……絶望的な状況だと思っていたんだが、即興そっきょうでこんな仕掛けを考え出すとは!」

「えへへ、もっと褒めて下さい!

 そんなことより桐生さん、ここは私に任せて、例の方法でバグっている場所を探してください!

 ……あ、そうだ、頭をぶつけすぎて死ぬのが心配ですから、これを!」


 私は自分の前腕近位に巻き付けていたバイタルウォッチを外し、桐生さんに投げ渡した。桐生さんがそれをはっしと受け取る。


「そのバイタルウォッチ、自分の手首に巻いてみてください!」


 敵から目を離さないまま、私は叫んだ。


「壁に頭をぶつけるたびにそれで自分の残り体力を確認すれば、体力がゼロになる前に薬草を使えると思います!」

「分かった……ん?

 待て、腕に巻いてみたが……これはどうやって体力を確認すればいいんだ?」


 桐生さんが戸惑った風の声を上げる。


「心電図みたいなのが出ているだけで、何をどう読めばいいのかさっぱりわからんぞ」

「色で見分けてください!

 その心電図っぽいものが緑色だったら体力満タン、黄色だったら注意信号、赤だったら超危険信号です!」

「あーっ、またそういうデザインのゲームか!」


 桐生さんは叫んだ。


「すまないセラ、俺は色覚異常持ちで、緑と赤の区別がつかない人間なんだ!

 ほかの見分け方は!?」

「……あ、そうでしたか、すみません!

 ええと、心電図っぽい線がぐちゃぐちゃになればなるほどヤバいので、線の乱れ方を気を付けてみてください!」

「分かった、その方法でやってみる!」


 ――日本人の中で先天色覚異常を持つ人の割合は、

 男性が約5パーセント、女性が0.2パーセントといわれている。

 桐生さんがそれであったとしても全く不思議なことではない。

 日常生活で不便な思いをすることが多いことから、クリエイターやデザイナーをこころざす人も多いと聞いていたが……桐生さんもそのタイプの人だったのだろうか?


(なるほど。

 外見だけはゲームのキャラクターになっているけれど、身体能力は元の世界の体と同じ状態を引き継いでいるのね……私の体もそうなのかしら?

 なんか変なことが起きていたような気がするけれど……)


 頭の中にひっかかりをおぼえつつも、私は的確にマシンガンを連射していく。

 体力ゲージなんてものはこのゲームにはないけれど、各敵の強さは体で覚えこんでいる。

 どれだけ撃てば、どの敵を倒せるか……私は完全に把握している。


(バグの検証は桐生さんにしかできないけど、こっちは私にしかできない仕事ね)


 そう思いながら、マシンガンを撃ち続ける。

「あと一回撃てば死ぬ」と思えるところで攻撃をやめ、ほかの敵の体力を削っていく。

 その敵も「あと一回撃てば死ぬ」というというところまで追いやって、また別に狙いを定めて撃つ。


 弱り切った暴化ゾンビにとどめを刺すのは、

 地獄の軍勢、もとい要救助者のみんなの仕事だ。

 ゾンビにとどめを刺すごとに、彼らがみるみる強くなっていっていた。

 丸めた漫画雑誌やピコピコハンマーなどというオモチャみたいな武器を使って、

 ゾンビをどんどん倒している。



 ――少しすると、私の狙い通りに妙な均衡きんこう状態が生まれた。



 ゾンビはステージの奥からポロポロと湧いてくるが、

 私や桐生さんよりも、近くにいるニックに吸い寄せられていく。

 時折ニックから私たちにターゲットを移したゾンビたちを、

 地獄の軍勢たちが十人がかりでタコ殴りにして倒す。

 私がマシンガンで何かしなくても、

 地獄の軍勢たちだけでゾンビの猛攻もうこうを防ぐことが出来るようになっていた。

 私や桐生さんのレベルはほとんど上がっていないから、

 これ以上強い敵が出てくる心配もない。

 強くなった地獄の軍勢たちは安心して弱い者いじめとレベルアップ作業が出来る。


(よかった……放っておいても何とかなりそう。後は勝手に自分たちのレベルを上げていてもらおうかな)


 いちおうは一安心だ。

 はーっ、と、私はようやく安堵あんどのため息をつくことができた。

 やりすぎるとお仕置き強キャラが出てくるかも……と思ったが、もう出ていた。


(あらら、戦車とミノタウロスが通路の向こうで渋滞を起こしている……)


 ここに来るまでの道が細すぎて通れないみたいだ。

 本来はこんな序盤で出てくるはずの敵ではないし、仕方がないと言える現象だろう。

 通路を無理矢理通ろうとして戦車が暴れるたび、ミノタウロスがバックブラストを受けて大ダメージを負っているのが見えた。


(……あれは放っておけばいいか。

 地獄の軍勢のレベルが最大まで上がれば、あんなのはもう敵じゃないし。

 私や桐生さんのレベルは大して上がっていないから、あれ以上の強キャラは出ないはずだし)


 そんなことを考えてから、私は桐生さんの方へ向かう。

 桐生さんはものすごい勢いで壁にぶつかり続け……その体は、ぶつかるたびに半分以上壁の中にめり込んでいた。





【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】


■ ニック

 デドコン3の本来の主人公。記憶を都合よく失っている系の、ホラゲーによくいるタイプの青年。

 中高時代のセラはニックを使い倒してあらゆる形でゲームをクリアし、その様子やゲーム内の仕様を詳細に自分のブログに記していた。

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