第5話呪いのアプリじゃねえんだから

 桐生さんはドヤ顔で「このゲームの枠から出る」と私に宣言したものの、

 その言葉が一体どういう意味なのか、私にはイマイチ分からなかった。


 目的は少し変わった ……らしい。


 だが、進む方向は変わらないようだ。

 だから、とにもかくにも私達は、ゲームのステージの逆走を続ける。


 敵を少しだけ倒しながら、

 回復アイテムの薬草・薬品を回収して、スマホを落とした地点に戻ってきた。


「よかった、あった~!」


 いとしのアンド█イドと感動の再会だ。

 私は路上に落ちていたスマホに駆け寄った。


「君がいた部屋に続いていたはずのドアは開かなくなっているな……。

 さっきは確かに開いたんだが」


 スマホの動作チェックをしている私の横で、

 桐生さんはリネン室(?)へと続いていたはずのドアを調べている。


 ……そんな彼のスーツのポケットには、

 先ほどひろった回復アイテムの薬瓶や薬草がギチギチに詰まっていた。

 見た目的にかなりダサいことになっている。

 でも、ゲームのようなアイテムボックスがないのだから仕方ない。

(アイテムボックスというのはゲーム中で拾ったアイテムを格納する謎空間。これがあると主人公が基本手ぶらでいられるのでとても楽。念のために補足)


 ちなみに私のワンピースにはポケットが全くないので、

 今のところ拾ったアイテムは全部桐生さんのポケットに突っ込んでいる。


(アイテムボックス、欲しいなあ。何かで代用できないかなあ……)


 と、私が物思いに沈んでいると、ガインと大きな音が響いた。


「――ダメだ。バールでドアをこじ開けようとしても開かない」


  バールを持った手をブンと振りながら、桐生さんは悔しそうに歯ぎしりをした。


「あの部屋、俺たちが出た後すぐに消されたのかもしれないな。

 ……ところで、スマホは大丈夫そうか?」

「あ、はい。なんだか見覚えのないアプリが入っているけど、

 問題なく動きます」

「見覚えのないアプリだあ?」


 桐生さんが嫌そうな顔をしながら振り向いた。

 私は桐生さんにスマホのメニュー画面を見せる。

 桐生さんは目をすがめ、「これか?」と画面の中の一つのアプリを指さした。


 ……それだけが異様な雰囲気だったから、すぐに『これだ』と分かったのだろう。


「……『無題』?」

「っていうアプリ名みたいですね」

「劣化した適当な画像がアイコンになっているな」

「製作者の意図が見えませんね……。

 なんでこの画像にしたんだろう……」

「こんな適当で見栄えも悪い名前とアイコンのアプリ……どこからきたんだ?

 どこかのウェブサイトで何か変なものを踏みでもしたか?」

「踏みませんよ、失礼な!

 私はいつもちゃんとしたサイトを見ています!」

「嘘だ、俺は信じないぞ。

 一般人はいつもそう言いながら、とんでもないサイトを踏んでいるんだ」


 桐生さんは苦々しい顔になっていた。

 しかし私だってしぶい顔になるしかない。

 なにせ最近はまともにスマホを開いてさえいないのだ。

 覚えがないものは覚えがない。


(……変なものねえ……)


 私は首をかしげて考える。

 そしてあることを思い出して、バッと顔を上げた。


「──そうだ! 変なものは踏んでないけど、変なことは起きました!」

「……変なこと?」

「私のスマホ、この世界に来る前にいきなり黒い画面になったかと思うと、

 勝手にどんどん文字が入力されちゃったんです。

 その時に何かを勝手にインストールされちゃったみたいなんですよ」

「……は?」

「パスワードが入力されるところだってばっちり見たんですよ!

 だからきっと、きっとですよ?

 この変なアプリはその時にアプリストアを経由せずにインストールされちゃった超やばいアプリなのかなあって」

「はああ~〜っ!!??」


 桐生さんが素っ頓狂な声を上げた。

 ……多分技術的に到底あり得ないことなのだろう。


「う……そ、そんなにあり得ないことなんですか……?」

「うーん……あり得ない。

 あり得ないといえばあり得ないんだが……。

 まぁ、既に俺たちはそれ以上にあり得ないことに巻き込まれているわけだし?

 アン█ロイドにはシェルスクリプト書けるアプリはあるし?

 脱獄ジェイルブレイクされた端末ならそんな操作も可能なの……か、も、し・れ・な・い・けど……」


 桐生さん、凄く嫌そうに言っている。

 ……そこまであり得ないことを私は言ってしまったのか……。


「……そうだ。

 桐生さんの推理の材料になるかどうかは分かりませんが、

 私はスマホのパスワードを自分の生年月日にしているんですよ」

「は?」

「あと、長いパスワードを要求された時には大体自分の本名と誕生日を組み合わせた簡単なやつにしています。

 だからロックを破ろうと思えば簡単に敗れたと思うんですよ」

「あ……?」

「やだなぁ、全然普通ですよ。

 危ないことなんか起きたことないし、

 せいぜい友達が私のスマホのパスワードロックを解除してスタンプを贈りまくるイタズラをしてたくらいだし……」

「……あのな現代っ子。

 君はよく分かっていないのかもしれないが、

 こいつは金銭も扱えてしまう機械なんだぞ?」


 と、桐生さんは頭痛を抑えるような仕草をしながら言葉を続ける。


「いくらなんでも危なすぎる。もっと慎重しんちょうになってくれ」

「はーい、分かりました。以後気を付けまー……わぶっ!」

「表情にさっきみたいな真剣さが足りないぞ。し・ん・ちょ・う・に・な・れ!」

「ええーっ」

「……というか今だ。今すぐにパスコードを変更しろ。すぐ変えろ。危なっかしくて見ていられん」

「ええええーっ」


 桐生さんの言葉に、私は思わず渋い顔になってしまう。

 想像しただけで面倒臭すぎたのだ。

 私の顔をみて何をさかに勘付いたのか、桐生さんも胡乱うろんそうな顔になる。


「……なんだ? どうしてそんなに反抗的な顔を」

「あぁーっと! ゾンビだ、ゾンビが来ました!

 私、可及的速かきゅうてきすみやかにアイツらを殺さなきゃ!!」


 と、私はバッと桐生さんの手から逃れてマシンガンを構えて、

 路地裏の向こうからやってきたゾンビを瞬殺した。

 そんな私の首根っこを桐生さんが慌てて掴み、引き戻す。


「こら、殺しすぎるな!

 たかだかパスコードを変えるだけだろ!? なんでそんなに嫌がるんだ!」

「絶対にイヤです! 面倒くさいの大っっっ嫌い!

 仕事以外でめんどくさい事なんて絶対にしたくないです!!」

「たかか6桁のパスコードを作って覚えるだけだろうが!」

「それが嫌なんですよ!

 プライベートではもう頑張りたくない……一文字たりとも新しいことなんて覚えたくないんですっ!」

「ワガママ言うな! ほら『設定』をタッ……タップするだけだろ!

 大人しくタップしろやあーー!!」

「いやだあー!!」


 ……と、私は激しく抵抗したが、

 桐生さんはあっという間にわたしをマウントポジションで押さえ込んだかと思うと、

 片手で私にスマホを操作させようとし、もう片方の手でやってくるゾンビをはじき殺すという器用な真似に出始めた。

 ……凄い、片手なのにちゃんとゾンビを撃退できている。

 やっぱりこの人ちょっとおかしい。


「ぐっ!」


 それでもやはり片手では苦しかったらしく、桐生さんは苛立たしげに頭を振りながら立ち上がった。


「……やはりこのあたりじゃ落ち着いて話せないな……」

「そうですよ! パスワード変更なんかあとあと!

 それと、殺すのは極力控えようとはしていますけど、

 どうしても殺すしかないからレベルもじわじわ上がっちゃってるし……」


 私はそんなことを言いながら、命からがら桐生さんから逃れて起き上がる。


「こんなところ、長居は無用です。さっさと目的地に向かいましょう」

「だろうな……時に、なあ、セラ。

 道の向こうからやってきているゾンビの群れとあのデカいの二体はなんだ?」


 嫌そうに路地の向こうをみやる桐生さんにつられ、私も同じ方向を見る。


「こんな遠くからでもめちゃくちゃデカいってことが分かるレベルだぞ?」

「え? ……うわっ! ミノタウロスとゾンビ戦車ですね。

 ロクな準備もないのにあいつらが出てきちゃうとは……運が悪かったなぁ」

「ミノタウロス? 戦車? え、これってそういう?

 幻獣とか魔界からの軍勢を倒すファンタジー系ゲームなのか……??」


 桐生さんが困惑している。


「失礼な。

 デドコンはれっきとしたゾンビゲーですよ。

 ちょいちょい世界観から逸脱いつだつした敵も出ますけども……」

「ちょいちょいって言えるレベルか? アレ……」


 そういいながら、桐生さんが胡乱うろんなまなざしを強キャラ二体に向ける。

 ちょっとした建物位の大きさはある二足歩行の牛人間と、

 入口から触手がうねうねと顔を出している戦車……。


 ……確かにゾンビゲーを名乗るのはちょっと苦しいモンスター二体がいた。


「ええと、ゾンビ戦車は確か、軍用戦車が乗務員ごとゾンビ系モンスターに乗っ取られてゾンビ側に寝返った、みたいな設定だったような気がします」


 私はマシンガンで遠方のゾンビを何体か倒しながら、桐生さんを振り返った。


「で、ミノタウロスは製薬会社から逃げ出した可哀想な牛のなれの果て……みたいな設定だったかなぁ。

 どちらも『かなり強い』敵です。

 調子に乗ってハイペースでレベルを上げすぎたプレイヤーの前に稀に出てくる、

 いわゆるお仕置きキャラなんですけど……いやあ、懐かしいメンツですねえ」

「言ってる場合か?

 あいつらがいる方向に行かなきゃ、目的地にたどり着くことが出来ないんだぞ……いやもう、やるしかないのか」


 桐生さんはため息をつきながらバールを構えなおしている。正直かなり心強い。

 私のレベルを上げすぎないために、先ほどから嫌々ながらゾンビを倒してくれているのだ。


「いや、でも桐生さんは動かないでください、私がやります。

 本来はグレネードランチャーとか使いまくって倒さなきゃいけないやつらなんだけど……手持ちがないからどうしようかな……」


 私はしぶい顔をするしかない。

 なんてったって私たちは『序盤じょばんのエリアに向かって』進んでいかなくてはならないのだ。

 強い武器なんて、当分は手に入らない。

 道を進めば敵はどうしても倒さなければいけないし、

 倒せばレベルはどうしても上がってしまう。

 なのに、大した武器は手に入らないというこの状況……。


(参ったなぁ。

 序盤からステージを逆走するなんてはじめてだから、調子が狂っちゃってるよ……)


 ここは大きな『賭け』をしてみるしかない。

 危険だけど、ほかに名案も思い浮かばないし。


「……ゲームだったらリセットしてやり直しているところなんだけどなあ。

 でも、ゾンビ戦車の後ろに敵が密集しているから、なんとかやれるかも……」

「セラ、さっきから君は何をゴチャゴチャ言っているんだ?」

「ええと、桐生さん。ちょっと危ないので可能な限り離れていてください」

「あ? 待て、俺に出来ることは?」

「……手伝ってもらいたいのは山々なんですけど、

 アイツら、今の私たちじゃ倒せないくらい強いんです。

 ですからここは、彼らの動きをのパターンを理解している私がおとりになって、

 同士討ちを狙うしかないと思います」


 苦い顔で言う私に、桐生さんも心配顔になる。


「君がおとりになるって……いくら何でも危なすぎないか」

「ですが、他に方法がありません。

 同士討ちが成功して戦車から煙が出始めたら、援護をお願いします。それまでは後ろの方にいてください」

「……分かった。無理そうだったらすぐに戻ってくるんだぞ」

「了解」


 桐生さんの声を背に、私は路地向こうの敵の群れに突っ込んでいく。




【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】


■ セラのスマホ

 今時めずらしいア█ドロイド。古いけど普通に使える。イン████ムやツィ████ター(現エッ█ス)、ダウンロードしただけでやっていないソシャゲだけでなく、昔自分が運営していたブログへのリンクも貼ってあるらしい。

 セラは情弱なのでパスコードもパスワードもガバガバのガバ太郎です。

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