第4話You have been warned.

 やっていこうと決めたからにはやっていくしかない。

 日本の夜景を日々うみだしている限界社畜としては当然の心がけだ。

 そんなわけで私たちは雑談もそこそこに切り上げて、

 すぐに今後の方針を固める実務的な話に入った。


「このステージ『繁華街ダウンタウン』ですべてのアイテムを回収したら、

 次のステージ『住宅街アップタウン』にあるセーフハウスへと急ぎましょう」


 周囲を見回しながら私が言う。


「セーフハウスは、少なくとも普通のステージよりは安全です」

「『普通のステージよりは』? もってまわったような言い方だな。

 セーフハウスも完全に安全ではないということか?」


 桐生さんの言葉に、私は肩をすくめるしかない。


「残念ですがそうです。

 このゲーム、時間がたてばたつほどゾンビが増殖して、

 安全な場所も減って、ゲームクリアが困難になっていくんです。

 セーフハウスも、最初の数日は安全なんですけど……」

「いずれゾンビに侵食しんしょくされるか」

「はい」


 私はうなずいた。


「ゲーム開始から二、三日たつと、ランダムでゾンビによる不定期ふていきな襲撃が始まります。

 さらに七日経つと、倒しきれないほどのゾンビが湧いてくるムービーシーンが始まって、強制的にゲームオーバーになってしまうんです。


 撃退すればまた少しの間は安全になるかもしれません。

 でも……多分無限に敵が沸いてきて撃退は無理でしょうね。

 ゲームオーバー時のゾンビの襲撃はなんとかなるとは考えない方がいいです」


 そんな会話をしているうちに、大窓の場所まで戻ってきた。

 既にゾンビが二、三体集まってきていたので、

 無限マシンガンの餌食えじきにする。


「わはははは、死人ゾンビは死ねえええ!」

「……その、聞きにくいことを聞くんだが、君はアレか?

 快楽殺人的なものに興味があるアレか?」

「失礼な。そんな欲求はありませんよ。

 日常生活でたまりたまった鬱憤うっぷんを、

 ゾンビにぶつけるのが好きなだけです」

「それだけの理由で、こんなにいい笑顔でゾンビを殺す人間がいるとはなあ」


 桐生さんがバールをブラブラさせながら、

 手持ち無沙汰ぶさたな様子でそういった。


「まさかこのレベルのゾンビゲー廃人と道中をご一緒できるとは思っていなかった」

「そうです私はゾンビゲー廃人なんです! だから桐生さんは大船に乗った気持ちでいてくださいね。大丈夫だいじょーぶ!

 ちょっと怖いこともあるかもしれないけど、最後はきっとなんとかなります!」

「……その能天気さも逆に心強いよ。

 君に会うまでは、あまりに八方ふさがりで、絶望的な出来事が起こりすぎていた」


 桐生さんが私につられた風に苦笑する。そしてフッとその表情をくもらせながら、


「……にしても、ゲームで出来ていたからといって現実でも銃器を扱える……というのは変な話だな」

「そうですか?」

「そうだろう。

 銃器なんて、素人には使いこなせない武器ナンバーワンじゃないのか?

 銃を撃った衝撃で人間が吹っ飛んでいる動画が、よくネットに上がっているぞ」

「……そう言われてみればそうですね。私、どうして使えるんだろう?」


 そんな話をしてるうちにも、路地裏ろじうらにゾンビは次々といてきた。

 舞い散る血しぶき。踊る肉片。やっぱりゾンビゲーは楽しい。

 日本人はもっとゾンビを殺すべきだ。

 ストレス解消になって、国民全体のQOLが爆上がりするに違いない。


「わはははは、死ね! みんな死ねー!!」

「……暴力を楽しむのはどうかと思うが、正直本当に心強いよ」


  桐生さんが感嘆かんたんのため息をつく。


「俺もゲームはやる方だったんだが、ゾンビゲーは専門外でな。

 こんなに正解の道が分かりづらい地形だとは……俺一人だと多分死んでいたな、これは」


 桐生さんが路地裏エリアを見回していると、

 道の向こうからゾンビがまた一体やってくる。私はポンと手を叩いた。


「……そうだ!

 マシンガンがあるから大丈夫だとは思うけど、

 一応生身の状態も『検証』しておきましょうか」

「……検証?」


 と、嫌な予感がしているらしい桐生さんの問いには答えずに、

 私はマシンガンを桐生さんに押し付け、単身ゾンビに向かって突っ込んでいく。


「おい……セラちゃん!?」


 桐生さんが叫んでいるが、問題ない。

 ゾンビとの数十秒の格闘ののち、

 私はゾンビの腹部に思い切り手を突っ込んで中身を引き抜いた。


「……モツを抜いただと!?」


 桐生さんの大声がすべてを物語っている。

 あまり詳細を書くと「グロすぎる!」と色んな人から怒られそうな気がするので、描写は省略させていただこう。

 とにかく、私はモツを抜いたのだ。


「セラちゃん、一体何を考えているんだ君は!!」

「レベル1ですね」

「レベル1!?」

「今、ゾンビのモツを抜くのに一分くらいかかりました。

 レベルがMAXだと一瞬で抜けるんですけど、

 一分以上かかったということは、

 どうやらこの『セラ・ハーヴィー』の体は今レベル1みたいです」


  血まみれの手をブンブン振りながら、私は肩をすくめてみせる。


「そんなことを知るために、あんなに危ないことを……」


 桐生さんが疲れたようなため息をついているが、

 正直ゾンビゲーじゃスタンダードな殺し方だと思う。


「驚きすぎですよ、桐生さん。……というか」

「なんだ?」

「私、普段はちゃん付けされるようなキャラじゃないんで、

 なんだかくすぐったいです。呼び捨てでいいですよ」


 私は桐生さんにそう頼んだ。


「わかった、そうする。

 ……しかし今更だが、初対面の異性を下の名前で呼び捨てって変な感じがするな」

「でもハーヴィーって言いづらくないですか?

 ゲーム中でセラの名字なんてほとんど出てこないから、

ハーヴィーって呼ばれても私気づけないかもしれませんよ」

「そういう問題があるか……」


 と、桐生さんは難しい顔をして考えこむ。そしてため息をついて首をふった。


「……やっぱりセラでいいか。お互いに実名で呼ぶっていうのも気まずいしな」

「ですね。その方がいいです。

 実際の私はセラみたいにちっちゃくて可愛らしくないですし、これで実名はちょっと」


 私が苦笑しながら言うと、桐生さんも私と似たような苦笑を浮かべる。


「大部分の人間は二次元のキャラと比較できるような外見じゃないと思うぞ。

 ……実際の俺も、こんなド派手なクジャクみたいな見た目じゃないからな」

「クジャクて。虹夢ファンの私に向かってなんてこと言うんですか。

 私は桐生さん推しじゃないから大丈夫ですけど、

 本物の桐生総一郎ファンの前でそんなこと言ったら殺されかねないですよ?」

「ああ、知っている。

 彼女らは虹夢ファンの中でも一番多数派な上に、過激な子も多いからな」

「……」

「……」

「……ん?」


 と、私が首をかしげたのと、

 桐生さんがサッと私から目をそらし、

 真顔のまま自分の口を手で押さえたのはほぼ同時のことだった。

 その姿を見て、私はますます首をかしげる。


「桐生さん……『虹夢高校☆ファンタジア』は、

 海浜幕張のゲームイベントでみただけなんですよね?」

「……」

「桐生さ」

「あーっとセラっっ!!

 ……俺は、君に、大事なことを言い忘れていた!」


 と、桐生さんがめちゃめちゃ強引に話題を変えてきた。

 

「さっきモツぬきをした君を見て思ったことなんだがな、

 もう絶対に、あんな死に急ぐような真似をするんじゃない!」

「死に急ぐような真似……?

 私はゾンビゲー廃人ですよ。

 ゾンビゲー廃人はゾンビのモツを抜いたくらいじゃ死にません」

「死にませんだと?

 この世界はゲームのようには見えるが、

 ゲームとまったく同じというわけじゃないんだぞ」


 桐生さんの目は真剣だった。


「さっきは運よく無事だっただけだ。

……この世界はゲームじゃない。

 君の命は、残機は、一機だけだと考えるんだ」

「それは……そうですね。ごめんなさい」

「分かってくれたらならいい」


 そんな話をしながら歩いている間に、次の敵がやって来た。



「……あ。感染バチが来ました」

「妙にデカいハチの群れだな」

「デカいですよねえ、燃えますよねえ。

 ゲームで見た敵が生で見られるなんて感激です。

 これからはああいう敵がどんどん出てきますよ。

動的どうてきに強くなっていく敵』を倒していく楽しさが、このゲームの売りなんです……って、うわあっ!?」


 私は思わず声を上げた。

 桐生さんがさっと走っていったかと思うと、

 その場にいた蜂をあっという間にすべて叩き落してしまったからだ。


「桐生さん……強いんですね……」

「運動は得意だった」


 運動が得意だった……で、済むレベルではないと思うが……。


 思わず感嘆の息を吐きながらも、私はマシンガンを構えなおした。

 しかし、加勢しようとした私を制止したのは当の桐生さんだ。


「ちょっと待ってくれセラ。

 今の君の話を聞いて気になったんだが、『動的に強くなっていく敵』……っていうのはどういうことだ?

 俺は君と会うまでは普通のゾンビにしか遭遇していなかったんだが……」

「え? ああ、それは桐生さんがゾンビをほとんど、

 というか全く殺していなかったせいです。

 このゲーム、ゾンビを殺せば殺すほど強い敵が『ザコ』として現れて、

 それを倒していく快感を味わうことが出来る仕様なんですよ」

「……ジーティー██みたいだな」

「楽しいですよ。

 強大な敵を倒していけばいくほどより強い敵がザコとして登場して、

 難易度は跳ね上がり、そういえば今思い出したんですけど、

 そういうことをしていると最終的にはセーフハウスも全く安全じゃなくなってしまったりして」

「んん!? それはかなりヤバい話じゃないか!?

 今敵を倒しすぎちゃマズいってことだろう!!」

「……」

「……。……」

「……。……あ」

「今気づいたな?」

「今気づきました」

「うっかりしてしまったんだな?」

「うっかりしてしまいました……すみません。

 仕事の時はミスがないように気を張ってるんですけど、今は、何か、久しぶりのゲームを昔と同じようにやるノリで動いてしまっていて……」


 私は青ざめた。

 倒せば倒すほど強い敵が出て来るのだから、

 今は何も考えずに敵を倒し続けるわけにはいかないのに……。


「……困りました。

 強い敵が湧きすぎても困るんですけど、

 ゾンビを倒さなさ過ぎてもレベルが上がらなくて、

 たまに運悪く強敵が出たときにかなり苦労するんですよ」

「逃げ続けるわけにもいかないのか……分かった。

 俺も積極的に敵を倒すようにするから、

 君はマシンガンで敵を倒しすぎないようにした方がいい。

 分担して倒せばレベルの上がりすぎは防ぐことが出来るはずだ」


 そんなことを話し合いながらも、私と桐生さんはずんずん歩き、

 感染バチ達を殺していく。

 周囲に集まってきた敵を見回しながら、私はため息をついた。

「このゲームのことは任せてくれ」と言ったのにこの体たらくだ……本当に情けない。

 だが、桐生さんは「そんなに落ち込むな」と、

 蜂をぶちのめしていない方の手で私の肩を叩いてくれる。


「君のさっきのモツ抜きで、君自身のレベルは上がりすぎていないということが分かっている。

 問題が悪化する前に気づくことが出来たんだから上出来だ。

 それに、まだ状況はそんなに絶望的でもないぞ」

「……え?」

「俺一人では迷子になったままゾンビに食われていただろうが、

 君のおかげでゲームの仕様が細かく把握できるようになった。俺一人では出来なかったことが、君のいる今なら出来る。

 ……このゲームが始まる場所、って、今からでも行けるか?」

「え? 途中の経路が変わって苦労するかもしれませんが、多分行けます」

「それじゃあ、バイタルウォッチとスマホ、

 大事な二つのアイテムを回収したら、そこまで案内してくれないか」

「なにをするつもりなんです?」


 顔を上げて問いかける私に、桐生さんはニッと笑みを浮かべて見せる。



「――このゲームの『わく』から出るんだ」




【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】


 ■ 桐生さん

 慎重な性格の腕力バカ。絶望的な状況の中でかなり追いつめられていたのだが、ゾンビゲーオタクが大喜びでゾンビを殺しまくっている姿を見たので今は落ち着いており、巨大蜂をバールでホームランする余裕まで見せている。管理職なので若者の多少のミスではうろたえない。

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