第3話『どうせ助からない』世界の中で

 

 久しぶりにゲーム脳全開でゾンビを殺しまくった。

 爽快感もあるけれど、

『人だったものを殺してしまった』という罪悪感もガッツリある。


(ゲームの中なら平気なのに。

 実際にゾンビを殺すのは予想以上にキッツいよ……)


 私はため息を付きながら、マシンガンを壁に立てかけ、

 オッチャンが座っていた椅子……の、隣にあった椅子に座り込む。


(一体なんでこんなことに……)


 と考えながら、ふと目の前の机を見る。

 ゲームで何度も見た覚えのあるかぎが置いてあった。


(せっかくだし、もらっていこう)


 私がカギを手に取ると、

 それを見ていた桐生さんがとまどいがちに首を傾げた。


「セラ……ちゃん。そのカギは?」

「あるととっても便利なカギです。

 私の服にはポケットがないから……桐生さんが持っていてください。

 というか、さっきから一体何なんですか? セラちゃんって」


 私がそういうと、桐生さんはなんとも複雑そうな顔で私を見ていた。


「……君に自覚があるのかどうかは分からないが、

 今の君の見た目は『デッドマンズ・コンフリクト2』のヒロイン、セラ・ハーヴィーそのものだ」

「え」

「ゾンビゲーはやったことがないが、

 デドコンは海浜幕張かいひんまくはりでやってるゲームイベントで見たことがあるから知ってる」

「……マジですか……」


 我ながら間抜けな返答だとはおもったが、そう返すしかなかった。


 私は自分の手を見て、足元も見る。

 愛らしいミントグリーンのサンドレスを着た、白く長いあしが見えた。

 くすんだ青みを帯びた長い黒髪も、

 ピンク色の爪がのった、すんなりとした小さい手も見える。


 ……どうみても私の体ではない。

 

 ゲーム世界のショッピングモールでゾンビの大群に襲われ、少女らしくとまどいながらも現実離れした速度でゾンビ殺しに目覚めていった、通称『デドコン界のワンマンアーミー』セラ・ハーヴィーさんの体だ。


「……うそ……」


 と、つぶやきながら、私は軽く頭を振る。酷く気分が悪かった。


「どういうことなの……」

「その様子から察するに、君もいきなり『現実世界』から『こちら』に引き込まれた、普通の人間みたいだな」

「……だと思います。

 私はさっきまで某病院の限界病棟でサービス残業中だった、しがない新人看護師ですよ」


 私はそう言って、顔を上げる。


「あの、桐生さん。ここは夢、なんですよね? 夢の中でこんな話をするのも変ですけど」

「夢だったらいいとは俺も思っているんだがな」


 と、桐生さんは視線を落とす。

 その口調はまるで悪い病状説明ムンテラを伝えようとするお医者さんのようだ。

 苦しそうでありつつも、相手の心をおもいやって淡々と振舞おうとしている声。


「だが、これは多分夢ではない。

 ……ここまで具体的で息切れもする夢、あると思うか?」


 彼に静かな目線を向けられて、私は首を振るしかなかった。


「そんな夢はない、と、思います。

 でも、ゾンビなんて現実にいるわけがないし、この場所自体もおかしいし、全部ですよ。そもそも私、いつどうやってこの体で……この世界に……」


 話しているうちに、気分がどんどん悪くなってくる。

 気分の悪さで平常心を失いかけた、その時、



「……浮世うきよはどこも大変なんだな。君も残業中だったとは」


 私の混乱を察したのかどうかは分からないが、

 桐生さんが小さく苦笑しながら私の肩を叩いた。手があたたかい。


「俺もさっきまで仕事をしていた。ゲームを作る仕事で会社に缶詰めにされて、社員総出のデバッグ作業に参加していたんだ」

「……」

「デバッグっていうのは、作ったゲームを色んな方法でプレイして、

 バグがないかを確認する作業のことだな」


 桐生さんが説明してくれる。


「シナリオもなにも分かり切ってるゲームを何周もするのは重労働でな。

 ほかの社員のフォローも任されているから、本当に死にそうだった。

 一瞬寝落ちして目を覚ましたら、こんな訳の分からない世界に閉じ込められてしまっていた」

「そうだったんですか」

「ああ。……というわけで、こんなイケメンの顔で言うのも申し訳ないが、

 俺の中身は三十歳の、ゲーム開発会社の疲れたエンジニアのオッサンだ。

 君と同じ、あっちの世界の人間だよ」


 と、冗談めかした口調で言われたので、私は思わず笑ってしまった。

 優しい人だと思った。

 なんとなく生真面目で不器用そうな人だとも。


「……というか桐生さん。

 三十歳はまだオッサンじゃないですよ。

 三十歳でオッサンを自称したら、四十代五十代の本物のオッサンたちが総立ちになって怒りますよ」

「そう言って貰えると有難いが、君も三十になればわかる。

 散々若手から高齢者呼ばわりされるから、逆にオッサンを名乗らないとやってられなくなるんだ」

「そんな過酷な世界があるんですか……その超派手な見た目からは想像もつかないです。

 あ、ちなみに桐生さん、今自分が何のキャラクターになっているか知っています?」

「桐生総一郎だろ?

 その……開発者向けイベントで見たことがあるから知っている」

「なるほど」


 私が笑うと、桐生さんも笑った。

 お互いに中身は仕事と生活に疲れた現代人だと分かっているのに、

 その現実とはかけ離れたゲームキャラの姿で会話をしているのがなんだかおかしい。


「笑顔が戻ってきたな……よかった。

 君まで助けられなかったらどうしようかと思っていたんだが」

「……『君まで』?

 さっきまで誰かと一緒だったんですか?」

「ああ」


 桐生さんが笑みを消して苦い顔になる。

 

「さっきの俺は、ようやく見つけた仲間をゾンビに食われて失った直後だった」

「食われて、って」

「彼は状況が分かるうちにだんだんと冷静さを失ってしまって、ゾンビの群れの中を素手で突破しようとしてしまった」

「……そんな、なんでそんなゾンビ映画の助からない人間がやりがちな行動を」

「俺にも分からん。

『どうせ助からない』とかなんとか言っていたが……。

 人間は混乱が極まると、案外ばかげた行為に走ってしまうものなのかもな」


 桐生さんは目を伏せてため息をつく。そして私に真剣な目を向けた。


「……だから君はどうか、気を強く持ってくれ。

 この世界から無事に出ることだけを考えよう。だから、……」


 桐生さんの声が遠くなっていく。

 私はじんわりと嫌な予感が広がる胸を押さえた。


(私と同じようにここに迷い込んで、死んだ人がいるんだ。

 しかも、死ぬ直前に「どうせ助からない」って言ったって……何か知っていたのかな……)


 ゾンビの死体のせいで生臭い部屋の中に、しんと沈黙が下りた。

 ……が、私はふと『とある事実』を思い出し、

 ハッと立ち上がってマシンガンを持ち直した。

 桐生さんが慌てる。


「セラちゃん、気持ちは分かるがもう少し待ってくれ。

 その武器があれば安全だろ? 状況整理がてら、もう少しここで話を」

「話をしたいのは山々なんですけど、大事なことを思い出したんです。

 このゲーム、『セーフハウス』っていう場所以外は全く安全じゃないんです」

「安全じゃない?」


 桐生さんが真剣な顔になった。


「……つまり、そのセーフハウスという場所以外ではどこにいても敵がこちらに向かってどんどんやってくるってことか?」

「そういうことです」


 私は苦い顔で頷いた。


「しかも同じ場所に立ち止まっていればいるほど、

 集まってくる敵の数は増えていくという仕様です」

「もしここが本当にゲームの世界だったら、処理落ちしそうな話だな……」


 桐生さんが思い切り顔をしかめた。

 ゲームクリエイターだからだろうか、察しが早いのでとても助かる。


「なるほど、君が慌てる理由は分かった。

 確かにこれ以上ここにいるのは危険だな。

 敵を集めすぎないためには、動き続けていなくてはならないということか……」

「そうなんです。

 だから一刻も早くセーフハウスにたどり着かないと、いや、その前に……」


 私は言葉を止めて、頭をフル回転させて考える。


 ……このゲームのマップはなにがどうなっていた?


 この近くに重要なアイテムは落ちていなかったか……?



「……セーフハウスに行く前に、回収しなければいけないものが二つあります」


 口早に説明しながら、私は出口へ向かって歩き出した。


「さっきの部屋に落としてしまった私の『スマホ』と、

 ステージの序盤のエリアに落ちている『バイタルウォッチ』です」

「バイタルウォッチ?」

「はい。どっちも私たちがこのゲームの世界を安全に進んでいくためには絶対に必要なアイテムだと思うんです。

 ……桐生さん、ひょっとしてデドコンシリーズを本当に全くやったことがないんですか?」


 という私の問いに桐生さんは肩をすくめる。


「ない。ゾンビゲーは趣味じゃないんだ。ゲーム自体は色々やる方なんだが」

「そうでしたか。

 ええと、バイタルウォッチっていうのはこのゲームに出てくる時計型の機械ガジェット……って説明すればいいのかなあ。

 要は腕に付けられるステータス画面(操作キャラクターの健康状態が分かる画面)みたいなものだったんですよ」


 そういって、私は自分の左手首を自分でつかんで桐生さんに見せる。


「腕を見ると残り体力とか、今の時間とか、そういう簡単な情報が分かるようになっていたんです。

『デドコン3』で実験的に取り入れられた仕様で、

 ファンからは不評でしたが、

 今のこの世界では多分あったほうが便利だと思うんです」

「なるほど……ダイエジェティックUIってやつだな」


 桐生さんが納得した風に頷いた。


「そのバイタルウォッチとやらは、確かに今の俺達に必要なアイテムのようだ。

 ……しかしスマホは?

 わざわざ危険をおかしてまで取りに行く必要があるか?」

「スマホは絶対必要です。

 私がここに来たきっかけはスマホの暴走だったんですよ。

 重要なキーアイテムである可能性が高いでしょう?」

「スマホの暴走……?」

「詳細はおいおい話します」


 話を聞きたがっている様子の桐生さんに対して、私は首を振って見せる。


「今はとにかく先を急がないと。

 ちなみに桐生さん、自分のスマホは?」

「ない」


 桐生さんは肩をすくめる。


「残業中に机に突っ伏して仮眠をとっていたんだが……。

 目を覚ましたらこの世界であおむけに寝ていたんだ。

 スマホは多分、弊社へいしゃの机の上だろうな」

「なるほど。なら、ひとまず私のスマホを回収しましょう」

「ああ」

「その次にバイタルウォッチを」

「そうだな」


 やるべきことは定まった。


 まずは、私のスマホの回収。


 次に、バイタルウォッチの回収。


 ……バイタルウォッチはこのゲームの最序盤さいじょばんで手に入るアイテムだ。

 その一方で、今の私たちがいる場所は、このゲームの最序盤のステージ『繁華街ダウンタウン』の終盤しゅうばんにあたる。

 だから、これからの私たちは、ゲームのステージを『逆走』して最序盤のエリアをめざしていくことになる。


 ――……『どうせ助からない』……。


 桐生さんが行動を共にした人が言っていたという言葉が、ふと私の脳裏をよぎる。

 私は思わず目線を落とした。


 ……だけど、落ち込んでいるような余裕はない。


 私たちが立ち止まり続けていれば、

 このゲームの中ではあっという間に敵が増えて死んでしまう。

 私は嫌な予感を振り払うように頭を振って、笑って、こう言った。


「状況はなにひとつ分からないし、元の世界に戻る方法も分からないけど……やっていきましょう。やっていくしかありません」



【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介】


■ セラ

 本名不明の新人ナース。看護師業界において根暗のオタバレは死を意味すると思っており、本人は必死になって「明るく可愛い女の子」を演じようとしている。

 言動はフワフワしておりプライベートではうっかりミスも多い一方で、コンテンツの消化スピードが異様に速く、それにプラスしてゲームのかなり細かい設定までやたら覚えていたりするタイプの『元気な人』。

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