第2話銃、病原菌(というかゾンビ)、あと取って付けたようなイケメン要素
ドアの外は、もちろん見慣れたナースステーション……ではなかった。
どんよりとくもった空が広がる
(……! いや、『ある』! この場所、来たことがある!)
私は思わず目を見開いた。
桐生君はそんな私の手を引いたまま「走るぞ!」と叫ぶやいなや、私の返事も待たずに走り出してしまう。
「まって……!!」
私は叫んだ。
睡眠不足で食事もロクにとっていない体で、
いきなり全力疾走なんてしたら死んでしまう!
そんな風に思ったのだが、体が妙に軽かった。
さっきまで死にそうだったのが嘘のような、すがすがしい気分だった。
(走れる……あんなに寝不足だったはずなのに……)
内心何度も首をかしげる。まるで魔法みたいな怪現象だ。
走りながら、もう一度周囲を見回してみた。
細い
壁に沢山取り付けられている汚れ切った室外機や、外れかかった雨どい……。
思わず後ろをふりかえれば、
ゾンビたちがヨタヨタしつつ小走りで追いかけてきているところだった。
もし私たちが足を止めれば、ものの十数秒で追い付かれてしまうだろう。
(さすがにバールで一回殴っただけじゃ倒せなかったのね……)
状況は何もわからないが、あのゾンビたちを倒さないと考える時間もない。
私は冷静になるよう自分自身に言い聞かせながら、もう一度周囲を見た。
――やはりここは、初めて来た場所ではない。
地形というか……『マップ』にとても見覚えがある。
(……ここ、ゲームの世界だ……)
鳥肌が立った。
この世界は、昔やっていた『デッドマンズ・コンフリクト3(1998年発売・コンシューマーゲーム)』のステージそのままだ。
ゾンビウイルスに汚染されてしまった街・コンフィシティからの脱出を目指す、純日本産・ゾンビゲームの世界……。
『
ここはデッドマンズ・コンフリクト3が始まる最初のステージだ。
画面の美しさはかなり上がっているが、間違いない。
もう少し進んだ場所に、次のステージ『
(ゾンビから逃げられない細い道が続くから、初心者は苦労するエリアなんだよね……)
私も昔は散々道に迷い、ゾンビに追われ、食われまくり、苦しみながら地形を覚えていったのものだった。
そのおかげで、このあたりの地形は完全に
(……あれ? この道の先は……)
私は目を
三つに分かれた道の真ん中を、桐生くんが進もうとしている。
「駄目だ」と思った。
慌てて桐生くんの手を引っ張って引き留める。
「っと! どうした!?」
戸惑いながらも私を見おろす桐生君。
「駄目です桐生く……いや、桐生さん! そっちは行き止まりなんです!」
「こっちなんです!」と、私は桐生さんの手を引いて、『左の道』を走り出した。立ち入り禁止の黄色いテープでふさがれている。
「むしろそっちが行き止まりなんじゃないか?
テープで入れないようにされているが……」
「本来ならクリア二週目から行けるようになる場所なんです!
テープは……破りましょう!」
「破る!?」
『KEEP OUT』と黒いヘルベチカフォントでプリントされた黄色い立ち入り禁止テープは、ゲーム中では絶対に破ることが出来ない。
クリア二週目になってからでないと通れないように設定されているからだ。
主人公が何度ぶつかろうと、ナイフで切りかかろうと、本来ならば、絶対にこのテープは破れない。
「てやあああっ!!」
だけど、ゲームキャラクターのような制約のない私たちなら、
あっさりと引きちぎることが出来た。
「君は、一体……?」
と、桐生さんがたずねてくるが、答える余裕はない。
ビリバリベリ、と何重にも張られたテープを五秒ほどで
――ゲームなんて、ここ半年はまったくやっていない。
家に帰っては寝ているだけで、スマホでSNSさえ
だけど……体は覚えていた。
私の体は、このゲームをやりこんだことを覚えていた!
「セラちゃん、俺もやってみたが、この世界の窓は開けられなくて」
「この窓だけは特別なんです!」
そういうなり、私は壁沿いにあった大窓の
『セラちゃん』と呼ばれたことに違和感を持つが、そんなことより大窓だ。
立て付けが悪いのか、引っ張っても押してもなかなか開かない。
仕方なく桐生さんの持っていたバールをうばい、窓にガンガンたたきつけた。
……バール、初めて持つけどめっちゃ重い。
「うわあああああっ!!」
「……君は動物園から逃げ出したゴリラかなにかか……?」
桐生さんがどん引きしてつぶやいているが、気にしない。
ゾンビゲームをやりこんでいてよかった。
アホほど攻略情報を調べておいて本当によかった。
半年間仕事で潰れていようとも、全くゲームをしておらずとも、
ゲーマーとしての脳が、『ここを覚えておけばトク』という情報だけはしっかりと覚えてくれていたのだから!
「これで中に入れます! 割れたガラスにだけは気を付けて!」
そういいながらも窓から無理やり部屋の中に入り込み、
記憶を頼りにボロボロの部屋の中を突き進むと……あった!
ダイニングチェアに座っているオッチャンの死体(ゲームでは無臭のCGテクスチャでした)と、オッチャンがにぎりしめている無限マシンガン!!
私は銃をオッチャンから奪い取り、
(これは私が凶暴な異常者だからそうしたのではなく、ゲーム中でもこうしないと主人公がオッチャンに食われてゲームオーバーになるからしたのである。念のため補足)
マシンガン、初めて持つけどめっちゃ重い。
「大人しく死ねええー!!」
「……一体何なんだこの生き物は……」
と、桐生さんが私を見て呆然とつぶやいているらしき気配がするが、
気にしている余裕はない。
「……マズい! ゾンビどもが追いかけてきやがった!」
と、桐生さんが
私がニヤリと笑ったのはほぼ同時のことだった。
「想定通りです! ここで皆殺しにしましょう!!」
私はスカートをひるがえす。
そして、こちらに向かってくるゾンビの群れに向かってマシンガンを構えなおした。
――タタンッ。
音だけを聞けばあっさりとした発射音。
正確に眉間を射抜かれたゾンビその一はあっさりその場に崩れ落ちる。
無限マシンガンを使用した上でのバーストモード+ヘッドショット、これでポイントが二倍になる! ゲームではの話ですが!!
そんなことを考えながら、私はマシンガンを構えなおし、すぐさま次のゾンビも撃った。ゾンビの殺し方は体が覚えているので何も考える必要はない。
「本当に何なんだこの生き物は……」
あまりに私が遠慮なく殺すので、桐生さんがどん引きを超えた謎の表情になっていた。
「こういう時に油断をしてはいけないんですよ、桐生さん。
ゾンビの中には妙に汚いヤツがいるんです。
死んだフリをしてプレイヤーに襲い掛かろうとするような……
銃をおろした私は死体を蹴り上げて、踏みつけて、
死んだふりをしているゾンビがいないか確認する。
桐生さんが、
「グロし……」
と、キャラにそぐわぬネットスラングっぽいものを発しているが気にしない。
「グロくてあたりまえじゃないですかゾンビなんだから。
このシリーズのゾンビは、倒れた後に出血していなければ『死んだフリ』をしています。
『死んだフリ』をしているゾンビに不用意に近づくと、襲われるので、気をつけてくださいね」
私はそんなことを説明しつつも、周囲が完全に
そして、
「……。……あっ、と。
その、桐生さん!! 大丈夫です、これでもう安全ですよ!!」
ゲーム脳の魔法がとけてマトモな人間に戻った私は、
真顔でこちらを見つめている桐生さん相手に笑顔を浮かべて見せるしかなかった。
【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介(たまに人物以外も略)】
■ ウェブ小説じゃあるまいに
一話終盤で桐生が口走ったセリフ。ウェブ小説とは巨大掲示板や個人HP、専用プラットフォームなどを通じて書き手が直接読み手に届けるスタイルの小説のことである。
書き手が編集者ナシに本能のままに書きなぐり、そのままアップロードすることが多い。そのため、書き手の欲求や抱えている痛み、とがりすぎて人から理解されにくい趣味、口にすれば多くの人にドン引かれるような価値観などがそのままむき出しになっているケースも多いが、ファンはむしろそこを愛していたりする(していない時もある)。桐生が
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