‪バールナース~こじらせナースの異世界チートはゾンビゲーのち身バレ。ところにより恋になるでしょう。~

threehyphens

ゾンビゲー編

第1話スマホがアレして異世界に迷い込むよくあるやつ

 私は二十三歳の新人看護師。

 おしまいの限界病棟に勤務している。

 元々はゾンビゲーと乙女ゲーの廃人だったが、

 もし今この場でゲームをやれと言われたら、


「私に死ねって言うんですか!」


 と、激怒してしまうレベルで疲れきっている本物の限界社畜だ。

 本物の限界社畜というやつは、帰宅時にワンルームのルームまで足を踏み入れることができない。

 玄関先でボディタオルで体を拭き、ドライシャンプーを使い、食事や着替え、歯磨きなども済ませてしまう。


(それ以上のことをやろうとすると睡眠時間が四時間になるし、病棟の汚れを自室に入れたくないし……)

 

 私はあくびをかみ殺してため息をつく。

 ここはナースステーション。

 ポーン、ポーン、と、患者さんの状態をモニタリングするテレメータの発する音が規則的に響いている。

 今の私はステーションのパソコンを使って、今日一日の看護記録かんごきろくを書いていた。


(早く終わらせなきゃ……でも頭が全然回らないよ……)


 場所は█宿。時刻は深夜。

 夜景の見える限界病棟げんかいびょうとう


(最近なんにもやっていないな……。

 ゲームも無理だし、友達とも遊ぶ元気もないし、そもそもスマホを開く気力もないし……)


 そんなことを考えながら、ポケットにくくり付けた腕時計に目をやれば、時刻は十二時半。


(眠いわけだ……)


 私は頭を振り、時計から顔を上げる。

 こんな時間でも日勤の人間は誰も帰っていない。


(ここはそういう職場なんだよなあ)


 みんな何かの準備をしているか、看護記録をPCでカタカタ打ち込んでいる。


 私はため息一つついて、ナースステーションの向こう側に目を向ける。


 虹色のネオンサインに、ずらりと並ぶ大量のオフィスビルの窓明り。

 いつ見ても非現実的なくらい綺麗で、まるで異世界のような光景。


 ……こんなに夜はけているのに、街は眠る気配がない。


 ここから見える明かりの数だけ、人々はまだ眠りもせず起きている。


(█宿の夜景って、私たち社畜が命を削って作っているものだったんだなあ。

 こんなきらびやかな世界を維持するために、人々は今日も使い潰されているのか……)


 なんて、疲れすぎた私が詩人みたいなことを考えはじめた次の瞬間に、その夜景が一瞬ドクリと嫌な感じに揺らいだ。


(変だな)


 慌てて頭を軽く振ると、視界はすぐに元に戻る。

 ホッとため息をつきながらも、私は苦い顔をして胸を押さえた。


(体調、ここ最近よくないんだよな)


 それを上の人に相談しても「今が頑張り時だよ」と流されるので、体調が悪くても我慢するしかない状態だ。

 ため息をつきながら記録仕事を再開していると……ふいに、死んだ目で夜勤をこなしていた主任さんが、急に慌てた様子で駆け寄ってきた。



「――――看護部の巡回よッ! リネン室の方に隠れて隠れてッ!」


 主任は小さくそう叫んだかと思うと、私の肩をガッとつかんで立ち上がらせた。

 私が「え?」と思う間もなく、主任は私をナースステーションの奥にあるリネン室(洗濯に出す衣類やシーツが押し込んである倉庫のような場所のことだ)に押し込んだ。

 真っ暗な部屋の中。

 私はしばらく目をぱちくりさせた後、ため息をつく。


(……またか……)


 この病棟ではよくあることだった。

『新人に残業をさせている』と看護部の偉い人たちにバレると怒られるから、主任は新人である私を奥の部屋に隠したのだ。


(こんな病院でも、病院全体では残業撲滅ざんぎょうぼくめつをめざしているし、『新人に残業はやらせていない』ってことになってるもんね)


 だから、看護部の巡回が来るたびに、こうやって私たち新人は人目につかないところに隠されるのだった。


(それはいいけど……病院のパソコン、十分以上操作しないと、ログアウトして書きかけのデータも消えちゃうんだよなあ……)


 つまり、記録の書き直しになる。

 一時超えコース決定だ……と、思わずため息をついてしゃがみこんだ。

 こうなったらドアが開くまで寝て待つしかない。

 私がぐったりと目を閉じていると、今度はポケットから妙な振動を感じた。



(……今、着信あった? スマホは電源を切っていたはずだけど……)


 不審ふしんに思いながらポケットの中のスマホを見ると、

 真っ暗な画面に妙な文字が浮かび上がっていた。


(……んー、これは……英語……?)


 英語だと思うのだが、記号も多くてよくわからない。

 真っ暗な画面は「電源が入っているな」と分かる程度に光っており、緑色の英文が沢山表示されているのが分かった。


(……スマホが壊れた? 操作できない)


 首をかしげながらスマホを見ていると、……え? え? ちょっと待って?

 その緑の文字はすごいスピードでどんどん入力されていき、

 読もうとしたはしから文字が流れて見えなくなってしまっているではないか!



「……え!?」


 私は思わず声を上げる。

 そして慌てて自分の口を押えた。外には巡回中の看護部の偉い人がいる。今声を出すのはまずい。


(えっ……え。え!? こわっ! なにコレなにコレ!!)


 憂鬱ゆううつな日常の風景が一転、SFめいた非日常のはじまりだ。


(sudo……スド? 何それ? apt?? ██? install……インストール? え? 何を? ちょっとちょっとちょっとぉ!! 勝手に私のスマホに変なのインストールしないでえ! パスワードを求められたっぽいけど……え、それも入力しちゃう!?)


 目を見開いて固まっている私の目の前で、今度はパスワードっぽいものが勝手に●●●●●……と入力されていく。


(なにこれ魔法? ハッキング?)


 と、アワアワしている私をよそに、今度はガチャンとドアが乱暴に開けられて……何者かが部屋に飛び込んできたのだった。




☆☆☆




「今度はセラ!?

 ウェブ小説じゃあるまいに、一体どうなってるんだこの場所は!!」


 飛び込んでくるなりそう叫んだのは、

 この世のものとは思えないほど美しい……というか、この世に居ちゃいけない種類のイケメンだった。


「桐生君!?」


 青年は私の姿を見てかなり驚いているが、私の方もびっくりだ。

 何しろ彼は、間違いなく架空かくうの存在……人気乙女ゲー『虹夢高校☆ファンタジア(2014年リリース・ソシャゲ)』のキャラクター、桐生君だったからだ。

(乙女ゲームというのは、各種男性との恋愛を楽しむ女性向けレトロゲームのことである。念のため補足)



 桐生総一郎きりゅうそういちろう



 黒目黒髪の美貌びぼうを持ち、飄々ひょうひょうとした雰囲気を持つ黒幕タイプのスーツ青年だ。

 ゲームを進めるためのヒントを教えてくれる、お助けキャラクターだった。

 あまりに頼りになりすぎるので、人気ランキングでは常に一位。


 ……が、なんと彼は『隠し攻略キャラ』。


 つまり、ほかの登場人物たちをすべて攻略し終えないと攻略できないキャラクターなのだった。


 乙女プレイヤーたちは愛しの桐生君にたどり着くために、

 大して興味のない他キャラクターを舌打ち交じりに攻略しなければならなかった……。

 というのは、どうでもいい話だが。



「話はあとだ!

 とにかく、あのゾンビどもを振り切るぞ!」


 桐生君はそう叫ぶやいなや、私の肩をガッとつかんで立ち上がらせる。


「動けるか!?」

「えーと、今すごく眠いので、多分む」

「寝不足かよ! それなら俺の後ろに隠れろ!」

「あ……はいっ!!」


 桐生君の見た目にも驚いたが、口調にもギョッとしてしまった。

 本来の桐生総一郎は、こんなにハキハキ喋るタイプではなかったはずなのに。


(変なの。まるで桐生君の体の中に別の人間が入っているみたい……)


 ――ん?


 ――というか、今この人『あのゾンビども』って言った?


「え? ……えええええっ!?」


 私がさけび声を上げたのと、

 桐生君がその辺に転がっていたバールをひろってゾンビたちを殴りつけたのは、ほぼ同時のことだった。


 舞い散る血しぶき。

 ……と、血以外の各種浸出液しんしゅつえき


 たかがバールの一振りで、あーうー言いながらふっ飛ばされるゾンビたち。

 桐生君は、倒れたゾンビたちを容赦なく蹴とばして道を作った。

 かと思うと私の手首を乱暴にひっつかみ、そのままドアの外に飛び出していく。


(暴力の腕が見事すぎる……。

 桐生君って、こんな昭和のケンカギャグ漫画の不良みたいなことする人だっけ?)


 私は内心首をかしげながらも、桐生君と共に外に出た。




【本編を読み進めるうえで何の参考にもならない登場人物紹介(たまに人物以外も紹介する)】


■ 主人公

 超過勤務で死にかけていた新人看護師。ゾンビゲーについて語らせるとラブフ █ █トムのイントロ部分より長いことになるが、今はどう考えてもそれどころではない。

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