ショウネンエーガ A Playing With Himself

太湖仙貝

ショウネンエーガ A Playing With Himself

 この世に鬼がいるとは思わない。

 鬼とは、あくまでも人間が作った概念であり、故に人間にしか通用できないものである。強いて言うならば、鬼のような人間がいるみたいなことしか言えないだろう。存在自体があやふやなのに、まるで実在しているものとして扱うのも、人間しかできないことだろう。

 「そうさ。まさにその通りだ。君も君で、ようやくそれなりに思想を持つ人間になったわけだね。それなりだけど。おめでとう、千葉くん」

 鬼の存在について意見を述べるだけで思考が持っていると判断するのは本当に良いのかな。

 「どうだろう。冒頭から神様がいるか否かについて議論する場面を書く小説家とやらの輩に比べると、確かに大差がないかもしれんが、それでも、千葉くん、自分が何をやっているかを知ること、否、分かることが、何よりも大事だよ。それさえできれば、もう立派な人間だ」

 むやみに具体的すぎる喩えをし、皮肉さえ聞こえるような物言いはともかくとして、佐賀、佐賀ツヨシ、お前が俺を呼び出すのは戯言を言うためではないだろう。そういう巫山戯た人間に観えるだが、こういうことでわざわざ人を見に行くようなタイプではないことはわかってるぜ。とっくの昔からなぁ。 

 「これはこれは、ものすごい偏見されたようだね。別に気にしていないけれど。ってわけで、閑話休題、話に戻ろう」

 ああ。望むところだ。

 「鬼が死んだ」


 「鬼が死んだというものの、当然のところ本当の鬼であるわけがあるまい。鬼には死ぬことなんかない。生きているものではないから。

 「それはともかく。

 「まだ覚えているのかな、小6の頃、クラスで流行ったやつ。

 「そう。鬼ごっこだ。特に目新しい遊びでもないし、我々の世代ではむしろ古臭いと言っても良いほどのゲームだ。

 「なのに流行っていた。テレビゲームや漫画とか、そういう小学生の間でもっと流行るようなもんよりも。そこらへんの事情について、千葉くん、君は当然よく知っているはずだ。

 「へえ、知らないだ。あっ、わりぃわりぃ、僕が悪かった。君は途中で転校して来たから、誰かから教えない限り、知らないのは当然ってわけだ。歳を取るとこうなるね。

 「全然そう見えない?はっはー、千葉くんって、意外と褒め上手だね。知らなかった。

 「まさか。君を揶揄うつもりなんか、これっぽっちもないさ。短気なとこは相変わらずのようだ。 

 「話を続けよう。

 「鬼ごっこほどルールの単純なゲームは、そうそうないと思う。鬼を一人選び、そして鬼から逃げ出す。鬼に捕まえれば鬼の勝ちになり、捕まえられた者は次の鬼になる。ついでに豆知識だが、中国でこのゲームでの鬼が警察で、人間は皆泥棒だ。面白いだろう?

 「カンカンになるなよ。鬼になったら、警察を呼ぶぞ?なんの役も立たないだろうけれど。

 「くだらない?まあ、そういうならそうだ。世の中に面白いことは多いけど、それと同じくらい下らんことがあるのは、宇宙の法則だよ。さらに述べれば、面白いことが少ない方が人間の感覚に逆らうまい、故に下らないことの方が多いのは人間にとって好都合だ。

 「ちっ、待ってよ!わかったわかった、ちゃんと話すから戻せ!

 「警察と泥棒とやらの話をするのは別に巫山戯ているわけではない。

 「ゲームの本質、もといゲームの原理やルールが変わらなくても、名前だけさえ変えてみれば、プレーヤたちにとって十分に面白みがある場合もあると言いたいんだ。そして、鬼の反対が人間であると同じく、警察さえ決めれば、捕まる相手が泥棒になるのもおかしくはない。なんなら怪盗と言っても良いと思うんだ。一層かっこよくなるし。名前を変えるの、ほら、僕らのときもそうだったんだろう。

 「さあ、思い出して。

 「思い出したのか?

 「そう。僕らの時は、こうだった。

 「人間の方は人間のままで、肝心要たる鬼が

 

 「少年Aと呼ぶんだ。

 「誰一人人間を捕まえず、ただただ鬼のままで小学校を卒業した彼が、つい先日、死んだんだ。


 少年A。

 少女Qとか、犯人Eとか、容疑者Uとか、そういう類の名称と同じ。単なる呼称に過ぎず、誰でもなれる。そこらへんの石ゴロだって、保護者Sと言える。名前には、いろんな意味を持つかもしれないが、それくらいの意味しか持たないだろう。そして、その名称で価値を決めつけるのも、甚だ馬鹿馬鹿しく思える。

 気分が悪い。腹立たしい。ムカツク。

 訳がわからないから。

 訳がわからないから、理解する努力が要る。それでも理解できないなら、なおさら訳がわからなくなり、ますますムカツク。

 吐き気がする。

 鬼の対立は人間だということは理解できる。化け物とやら幽霊や宇宙人とかだって人間の対立にはなれる。その場合追う方が変わることもあるだろうが。

 警察の対立が泥棒だって、合理的だと思う。強盗だって変態だってストーカだってその位置に居られるし。

 だがしかし。しかしながら。

 少年Aは一体全体どういう経緯で人間の対立になるのは到底理解不能だ。

 訳が、わからない。

 その少年Aが、死んだと、いきなり告げられても。

 

 とかを考える途端、目の当たりに鬼が現れた。

 ツノが生えた、金棒を持つ鬼が。


 「走れ!」と叫びながら、佐賀が俺の腕を掴み、前方を向けて猛ダッシュする。

 あまりにも突然の出来事で、反応ができない。

 反応するまでの時間さえ、与えられていない。

 言われるままに走り出すしかない。

 向かう先が、井野川という名の川である。名前を言っても行ったことのない人間にとって単なる地名に過ぎないから、細長く水路として言った方がより表現として適切だと思う。

 「佐賀」

 「いいから黙って走れ!」

 「はあ……」

 真剣な顔をする彼を見るのは初めてだから、かなり深刻なことだろう。

 というか、大事件だ。

 黄昏時に道中に鬼が現すことも。男子高生二人が夕日に向かって手を繋ぎ、それから川に沿いて走り出すことも。

 絵面的にはとても表現し難いほどの光景である。まさに、鬼が笑うような有様だ。

 こんな時で余計に下らぬことを考えるなんて、我ながらかなり太い神経を持っているようだ。

 運動神経も同じなら良いなと願いたいところだ。

 「す、すまん。俺、片腹が痛いけど」

 よくよく考えてみれば運動神経にあまり関係なさそう。

 「笑う場合か!もうすぐ着くんだからとりあえず我慢しろ!」

 冗談を言う気力があるから、対応範囲内のことであるだろう。

 振り返ってみ……

 「振り返るな!」と、いきなり制止された。「振り返ったら、もう二度と戻さん!」

 微笑ましいセリフだ。

 振り返さなくても、戻れるものが果たしてこの世にあるのかな。

 小説じゃなくて助かった。小説であっても、俺が書いたものでないことだけで幸いと思う。

 読者に笑われるのはまっぴらだ。

 片腹が痛いほどな。


 「よし。着いたぞ」佐賀の声が上から伝えてくる。

 「だったら離せ。さっさと、疾く疾くと」

 「はいはいはいはい」と、ルパン三世みたいな口調で喋る佐賀が俺を地面に戻した。

 情けないどころか、トラウマになるほどに体験だった。

 鬼と遭遇することよりも。

 できるなら今すぐ忘れたい。

 「何を勝手に凹んでるんだい?ちばチー」

 「誤解を招くような言い方をするな」

 「ちゅばくんって意外と軽いね。体重だけじゃなくて」

 「人の名前を変な擬音語に変えるな。失礼だろう」

 「水臭いこと言うね、チュッパ」

 殴ろうかな。この爽やかな顔面を。手が痛くなるわり、ストレス発散には効果的だと思う。

 「で、何で逃げ出したんだい?」と、意地悪く笑う佐賀が。

 「?何でって?」首を傾げる俺。「お前はひょっとして、何かを見えたわけじゃ……」

 「僕なら、浮気相手と今の彼氏が一緒にこっちに向かうのは見たので」

 「いろんな意味でクズだな。お前」いろんな意味で激しいキャラになっている。世の中に本当にこういうクズがいるねと感心したいところだ。俺のような付き合いの少ない人間だって会えるもんだから、相当に溢れているのだろう、この世が。クズで。

 「彼らのことを、邪魔したくないんだから。事実、もともと彼らは恋人同士なんだから、その関係の耐久性のテストとして中へ入ったわけさ。邪魔したらクズと呼んでも構わんが、両方とも僕に恋をしたから、邪魔というか、むしろ良いことをしたような気分だ。両方ともにもっと好きになれるような人がこの世にいるのを教えることさ」

 冗談だとわかってもやはりムカつく。冗談でない可能性を想像もしたくない。

 「潔い物言いをしてもお前がクズである事実は変わらない。もうお前の私生活の話はどうでも良い。俺が逃げ出したのはお前が走れとかを叫んだからだろう」

 「クズの言いなりにならないのは常識の中の常識なのでは?」

 「腕も掴んでるし」

 「強引に引いたら済む話だろう」

 「……」

 複雑な気分だ。

 返す言葉はない事実がわかっても、イライラが止まらない。

 「チュッパくんって、もしかして、最初からお姫抱っこされることがあると、予測していた?」

 

 人間は都合の良いことしか覚えられない生き物である。

 そして、都合の良いことなら何でも忘れられる。

 例えば。

 「そういや、佐賀って、昔顔がこんなに膨らんでるでしだっけ?しかも片方しかないぜ。そして赤いぞ。早いうちに歯医者に見せた方が良いぞ、よし今すぐ行こう。知り合いの歯医者さんがいるから、案内してあげるさ」

 「そこはお構いなく、住所さえ教えてくれれば、後ほど自分で行けるから」

 「そっか」

 何を例えようとしているだっけ?まったく、歳を取るとこうなるね。

 「君は、何かを目撃したわけだね」と、己の老化を嘆くところ、思い出すべきことが指摘された。「妖怪変化とか、神様や仙人とか、怪獣やエイリアンとか」彼は左手で腫れた顔を触れながら、「鬼とか」と言った。

 「鬼……」鸚鵡返しをする。俺が、鬼を、否、鬼らしきものを、この目で目撃した。

 「もう一度確認するけど、佐賀、お前には見えなかったのか?今までのこの流れ、どう考えても訳の分からぬドッキリにしか考えられんぞ」

 「ふん」彼が背を見せる。「そう考えても結構。君はそれで納得できるなら」

 「だって鬼がいるはずがないだろう」

 「直々に見えたのに?」

 「顔が人間のものだ」俺が云う。違和感の正体が掴んだような気分である。

 「誰の?」

 「分かるはずあるか」

 「本当にそうなのかい?」

 「そうであるに決まって……いや待って」俺は近くにある蛇口をひね、水で顔を洗う。冷たい感触が顔に当たることで冷静になる。

 「ふん。何かを思い出したようだ」

 ああ。

 人間って、本当に都合の良いことしか覚えられない生き物だ。

 都合の良いことなら何だって忘れられる。

 その忘れられた分を、こんなにも簡単に思い出せる俺が、人間以下に違いない。

 「一つ聞きたいことがある」俺は顔を上げ、再び佐賀の方へ視線を向く。

 「良いとも」彼がヘラヘラのままで、こっちを見る。「聞こうじゃないか、いくらでも」

 「いや、一つだけで十分だ」俺が云う。「どうして少年Aにしたんだ。人間の正反対を。わけがわからない」


 

 「質問にはなってないね、それ」佐賀が歯を見せて笑った、

 「自ら答えを喋ったんじゃないか」

 と。


 唐突だが、アリの話をしよう。特に詳しいわけではないが。

 アリが、虫の中で稀にある社会性を持っているタイプである。その行動における単純性と、分布範囲の広さなどを含めて、人間は彼らを観察する。観察という行為で、人間は情報を得、それをさらに整理することで思考する。結果的には世界や自分への理解を深める一方、知らないことも続々と増えていくのも確かである。

 が。

 アリの話をするのは、そういう知性的な話をするためではない。人間は知性を持つ所以他の動物と区別をつけるのだが、それ以前やはり動物である。

 言い換えれば、野生的。

 裏を返せば、残忍的。

 その表現が最も著しき、もとい、簡単明瞭なるところは、他ならぬ、子供たちにある。無意識に虫や小動物とかを踏むとか、そういう程度の話ではない。それだけなら残忍とかは言うまい。ただの自然であるから。

 残忍というのは、そういうことに面白みを見出し、それから意図的に繰り返すことだ。ただただ繰り返し、何を生み出すことがない。そして、行為における結果が同じだとしても、そこに意思を伴うだけで本質が変わる。

 そのことで、悪になる。

 そして、鬼になる。

 人間の面をしている鬼に。ツノがなくとも、赤い肌がなくとも、長いキバがなくとも、金棒を持たなくとも。

 鬼である。

 子どもの場合、餓鬼と呼ぶべきだろう。

 餓鬼には、まともな訳なんかいらない。面白いと感じるだけで理由として充分だ。

 人を追うことだけで進行するゲームも、たまに新聞に載せた意味のない名付けをゲームの中に入れるのも。

 わけなんか最初からいらねぇんだ。

 

 俺も、最初から何も忘れていない。

 「伊賀……」俺が呟く。

 謝りたいが、謝れない。

 それをいう資格が、俺にはないから。

 

 小六の話だった。

 親の仕事関係で、この町へやってきた。当然のこと、転校生という形で伊野川小学校の六年D組に入った。初めてのことではないから、新鮮味もなければ面白みもない。

 なにせ、そこに自分が決められることが、何一つもないから。授業の内容も、周りにいる人間との関係も、何もかも。将来なんかもかなり遠い話だから、将来の自分に任せれば良いと思う、それだけの話だ。

 クラスに入っても、誰とも喋っていない。どうせもうすぐ卒業するだし、無理にして関係を築くのも必要ではないと考えていた。それでも、親に『友達を作ったの』と問われるたび、何人もいるよと答えるだけだった。歳に合わない考えと、自覚していたから。言っちゃったら余計に面倒なことになるので、誰にでも言わないようにした。

 だからこのクラスに入っても、誰と喋ることもなかった。せいぜい会うたび、挨拶をするくらいのことだった。故に、クラスにいる皆の顔や性格くらいは何となく把握していた。

 クラスの中で、最も目立つものは二人がいる。

 微妙な時点で転入した俺がもちろんなかの一人である。

 もう一人は、伊賀だった。少年Aとは、鬼役の別名で、誰でもなれるわけだが、少なくとも、俺が転校しにきた以来、他に少年Aになる者が、誰一人もいない。

 だから彼が少年Aそのものと言っても間違っていないだろう。

 彼が伊賀という名を乗るのと同じく。

 少年Aは、正義の象徴ではなかった。人間のゲームだから、人間が正義でなければなるまい。

 故に少年Aは悪になった。恐ろしき存在に、避けるべし存在に。

 成られた。

 具体的にどういう成り立ちで伊賀を鬼役にさせたのかは知らない。俺が転入する前の話だし、興味がなかったのも、主たる原因になるが。でも何となく想像できる。

 彼は、何の意見も言わなかった。あるいは、意見を述べたとしても、彼は一人しかない、いわゆる少数派だから。

 数の多寡やサイズの大小だけで物事を判断するのは、ガキの十八番だ。否定していないだけで同意と看做し、否定しているのにあえて無視する。時には否定をしたことだけで敵として認識する、そういう自分勝手な生き物である。

 大人はどうだろう。大人の世界に入るまでは、わからない。

 それはともかく。

 友達と歩調を合わせるため無理矢理ゲームに参加し、それから鬼、もとい少年Aになることで友達から疎遠され、挙げ句の果て、孤立されたままで小学校生活の終わりを迎えたのであった。

 伊賀は、一体どういう気持ちで卒業してたんだろう。

 彼と話したことは、まだ一度もない。

 話したいとも、思っていない。

 何もせず、見て見ぬ振りをしている俺が、彼と話す資格があるとは思わない。

 鬼でなし俺は、人でなしでもあった。

 それでも、自惚れたる偽善者に、なりたくないから。

 

 

 

 もうすぐ真っ暗になる。

 かすかの振動を感じる。また地震か。

 「聞かされてるわけでもないが、おまけとして説明してあげよう。いやむしろ、説明しなきゃいけない事態だから聞いてくれて」佐賀が言う。

 地面の揺れがだんだん激しくなる。

 「いや、もう説明する必要がなさそうだ」と急にヘラヘラするのを止め、俺の後ろの方向へ指をさす。

 俺は振り返る。後ろを見る。

 件の鬼らしきものが、そこにいた。

 さっきよりずっと大きい様で。鬼というより、巨人と言った方がより適切。

 巨人化とした鬼が、こっち向かって歩いている。

 「つうわけで、あれをこのまま放置するわけにはいくまい」

 「どういうわけだ。ちゃんと説明しろ」

 「いやはや、こう見ても僕、かなり臆病者なんだから、もう怖くて怖くて、今の所、絶賛ビビ中だ。まともに話せないほど」

 「ペラペラ喋ってるんじゃねえかよ。恐怖を感じながらここまで流暢に話すやついるもんか」

 「失禁失禁」

 「失敬をより失敬な言い方にするな。俺が王様ならお前が死刑だ」

 「ってわけで、後はよろしく」と、佐賀はその場で倒れた。

 硬直の状態で。

 ズボンがすげえ濡れてるし。

 いるもんね。恐怖を感じながら流暢に話せるやつって。

 失敬失敬。

 少年漫画なら、今は主人公が仲間を背負い、それから一旦撤退しながら策を練るところ。ようは戦いまでの準備である。あるいは、仲間が死んで、主人公に闘志を与え、怒りや悲しみによって体内に潜めていた能力が覚醒され、それから直接敵を倒すパタンもある。

 残念ながら、これは漫画ではない。

 俺には必殺技とかもなければ、大事な仲間もいない。心に刻むほど大事な思い出もないし、性格に難の特徴もない。

 故に主人公になる素質なんかあるまい。人並みなんだから。


 巨鬼が一歩一歩と、こっちに接近している。

 俺は佐賀を背負い、反対の方向へ移動する。

 風が強くなった。

 ここまで現実味のない現実もあるものね。

 よくよく考えてみれば、悲しい現実でもある。特に悲しい要素、何一つもないが。

 俺が間も無く、死ぬのだろう。

 何も持たずに、この世にやって来て。それから、何も持たぬまま、この世から去ることになるだろう。

 思い出せる人は一人もいない。話したい人間は一人もいない。

 特にやりたいこともない。

 好きな人がいるが、やはり彼女のために生き残ようとは思わない。そんなに好きってわけでもないかもしれない。どうでも良いやつ一人が減ったところで彼女の生活にも何の変化も起こらないだろう。

 もしあるなら、良いことであってほしい。俺なんかに好かれることが悪いことだとしたら。

 中学二年生ならともかく。高校生活を始まるばっかりの俺がこういう話をすると、やはり滑稽さを感じずにはいられない。俺にふさわしい格好悪さだ。

 まさに鬼に金棒。

 

 ……

 !

 閃きが頭に現すところ、顔に何かが当たった。姿勢を調整し、左手でそれを取る。

 空中に舞う新聞紙だった。

 そこに並べている活字に視線を向けたところ、さっきの閃きが、より明晰たるものになった。

 形が、定着した。


 俺は佐賀を近くにある芝生に置いた。

 そして巨人の方向へ、足を運び始める。

 前に向かって、進み始める。

 前進する。

 

 神様よ。もし俺に来世があるなら、人間になりたくない。

 人間にならんといけないなら、そこらへんに眠ってる馬鹿のような人間が良い。

 

 そっちの馬鹿馬鹿しさは、こっちよりずっと清々しいから。

 


10

 下校時間だ。

 古びた遊びをしているガキが何人いる。

 微笑ましい光景だ。

 

 鬼ごっこ。

 鬼の役目が一人の人間を捕まえること。

 人間のすべきことは、最後まで、ちゃんと人間のままでいられること。

 足掻いても、不様でも、最後まで生き残る。それが最大かつ最終なる目的。

 追われるのは心地よくない、故に不自由を感じる。追うのは相対的には楽に見えるので、自由のように見える。

 人間が、鬼から逃げ出さなきゃならないと同じく、鬼は人間を追うしかない。人間はどこへ逃げても良いが、鬼は逃げ出したものの後にしか走れない。この視点から見ると、人間は自由、鬼は不自由。

 人間になりたいから人間になるのは無理だと同じく、鬼になりたいから鬼になれるはずがない。両方とも、自らに課された使命を果たさなきゃいけない。これが自然淘汰というもので、これが宇宙真理ということである。

 果たして、本当にこうであるのだろうか。

 ゲームに結果を求めるなら、それはそうかもしれない。が、結果とは、終わるのことで、この前の全てが台無しにし、リセットするというわけである。結果、つまるところ、鬼が人間になり、誰か一人が鬼になるという結末は、ルールが変わらない限り、必ず迎えることになる。

 結果に求めようとするのは、現実にいるときの癖だ。

 楽しむためのゲームが、楽しめなくなる。

 楽しめないゲームが、現実とはどれくらいの差があるのだろう。リトライというシステムがあるだけで、むしろ現実より一層鬱陶しくなるだろう。

 それでも。

 どちらも悪くない。

 どちらでも良い。

 自らの存続ができれば、どっちだって構わない。追う方も、追われる方も。理由はいらない。

 強いていうなら、少年であることかもしれない。

 少年であるからこそ、馬鹿げなことをさりげなくできる。どんな理不尽なことであっても、少年という理由だけで正当化できる。それが、世間で言う若さ、あるいは、青春の価値だろう。

 なら、大人になっても青春を謳歌している人々が、心のどこかで、まだ一人の少年が住んでいるかもしれない。

 どんなわけのわからない存在でも、受け入れられる柔軟な存在。

 ときに激しく、どうしようも無くあほくさくなる。

 

 夕日がどうでも良いと思う人が、夕日が綺麗と思う人と、同じくらい人間らしい。

 

 そろそろ出るところかな。

 会えたらまずこう質問してみよう。

 天邪鬼にとっちゃ、最適な質問かもしれない。


 

 『君、鬼がいると思うかい?』

 

 と。

 

  

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