第36話  転がる石達・Ⅱ (没36)

       『転 が る 石 達・Ⅱ』          (没36)

 先日、僕はついに三十年ぶりに!、かつての『恋人達』に会ってきた。

 高校生の時に一方的に好きになって二十代の前半でやっと会えるチャンスが来たのに、どうしても乗り越えられない障壁の為に初めての出会いは実現しなかった(その後、僕は新しい恋に落ちて昔の恋人の事は殆ど忘れてしまった)。それから月日が流れて、今度は確実に出会えると分かった時には僕の方の都合が悪かったりして出会いは中々叶わなかった。ところが、どうにか父親としての役目も終わって少しだけ自由時間を持てるようになったこの頃、漸く『恋人達』に会えるチャンスが巡ってきた。もしかしたら今回が出会える最後の機会かも知れないと分かれば、是が非でも会いに行かなければ・・と僕は意を決した。出会いの早朝、遥か数百キロの道程を思い出の曲が一杯つまったCDと共に僕は車を走らせて『恋人達』に会いに行った。

 不慣れな都会で迷い子にならないように、と会う予定の一時間以上も前から僕は過ぎ去った青春時代のあれこれを思いだしながら、刻々と迫る時にはやる心を抑えていた。

 (一体『恋人達』は、どんな言葉で僕を迎えてくれるのだろうか?)

 僕は初めて交わす生のコミュニケーションにわくわくしていた。そして出会いの瞬間、大好きな「安ヘロイン」のイントロが流れて『恋人達』が現れた途端、僕の心は眼の前にいる目ざわりなあまたの恋敵を蹴散らして僕だけの恋人の下に駆けよっていた。それから二時間、時々つぶやく僕を尻目に『恋人達』は「安酒場の女達」や「悪魔」に変身しては懐かしい仕草で過ぎ去った日々の一つ一つを饒舌に語り、僕は漸く出会えた『恋人達』に目を細めつつ束の間のデートに酔いしれた。そして再び、大好きな「見かけ倒しの操り人形」でアンコールが終わると相変わらず鳴り止まない手拍子の中で現実に立ち返った僕は小さな溜め息をついた。

 僕は車を置いて出たホテルに戻り、階上の静かなラウンジで先刻まで続いた夢のデートを思い返しながら、見果てぬ憧憬が漸く叶った余韻に乾杯した。そして既に帰りの車中から、かつての名曲を聴く度に様々なシーンがフラッシュバックのように重なり合って僕の脳裏を駆け巡り、桃源で遊んだ思い出を反すうしている。確かに『恋人達』は齢をとり、得意のパフォーマンスも今一つ精彩を欠いた嫌いは否めないものの、還暦を迎えた年齢で二時間もステージ中を『転がり』続けて僕を魅了したパワーに、反骨精神こそ若さを保つ秘訣、と〝転び続ける石頭男〟はうそぶく。 

 心の中で生きていた恋人達が永遠の友情を信じるかけがえのない親友達にすり替わった時、僕の小さな吐息は姿を変えて大きな喜悦に昇華した。そして死ぬまで『転がり』続けるはずの『石達』に、次回はもっと間近に会うことができるよう願っている。

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没価値男の甘辛コラム 没価値男 @botsukachiotoko

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