第35話  転がる石達 (没35)

      『 転 が る 石 達 』            (没35)

 私は今、青春時代の憧憬(ゆめ)の一つに向かって疾走している。

 私の切り抜き帳に、七二年十二月の新聞記事がある。『ザ・ローリング・ストーンズ』という英国のロック・バンドが初の日本公演を行う事になり、その入場券を手に入れる為に段ボール箱で徹夜する若者達の写真も載っている。最終的に私のロックは『ビートルズとストーンズ』の二大グループによって頂点を極めたが、どちらも出会ったのは高校生の頃だった為に、メロディーが綺麗で歌詞も平易なビートルズに比べると、リズム重視で歌詞が難解なストーンズを正しく理解できたのは大学生になってからだった。(確かに後期のビートルズも難解な歌詞を書いたけど、それはJ・P間の軋轢が生む心の闇のせいで、普通の高校生が使う辞書には載ってない単語や俗語を歌詞にちりばめて比喩表現を試みたストーンズの難解さとは異なる)

 ビートルズが日本公演を行うと知った時、小心者の私は受験勉強の呪縛から逃れることができずに、行きたい気持ちを強引に噛み殺した(爾来私がビートルズのコンサートに行く夢は永遠に閉ざされた)。一方、ストーンズはリーダーが麻薬容疑で入国を拒否された為に公演も中止となった。ストーンズはその後も見事に『転がり』続けたが、根性のない私は青春時代が終わると同時にロックから離れ、彼らのコンサートは「いつか叶えたい憧憬の一つ」として心の中で生き続けた。

 『転がる石に苔は生えない』という諺がある。一般には「職業や恋の相手をコロコロ変えていると、お金は貯まらないし本当の愛も得られない」と、あまり良い意味には取られていないが、最近では「常に行動している人には苔など生えず新鮮でいられる」と解釈されつつあるのは、正に転がり続けてロックの世界を変革する彼らが諺にまで影響を及ぼした結果、と私はほくそ笑んでいる。

 ビートルズの曲は優美なメロディーと歌詞で誰もが口ずさめるという点で名曲が多いと思うけど(もちろん誰の「カバー」もJ・Pを超えることはできないが)、ストーンズの曲は何度聞いても『ミック』の声質と声量に圧倒されて口真似すらしようという気を起こさせない点で異色の傑作揃いと断言しよう(彼はクラシック以外の音楽界で一番パワフルな男性ボーカリストだ!)。

 親友には二つの種類がある。親友とは友の中でも特に大切な存在を意味するが、一つは自己の能力を更に引き上げるライバルとして必要なJ・P型と、もう一つは作品を完璧に仕上げる為のパートナーとして絶対に不可欠な『ミック&キース』型である。

 四十年もの間、友情を信じて結束を守った彼らに最大の敬意を表しつつ、私は彼らのステージに感動の涙を流して「私も転がり続けなければ・・」と、認識を新たにしていることだろう。

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