第47話 落ちてます
「ただいま。具合はどうだ?」
箱庭にノアールでおじいちゃんの様子を見に来た。
顔色もだいぶ良くなって、ベッドの上に半身を起こしていた。たぶん俺が部屋に入る前まで、ストレッチでもしてたのかな?
スマホも本もないんじゃ暇だよな。
暇つぶしにと頼まれた、籠を編むための柳の枝や麦藁はトローア周辺にはなかった。でも、代わりのものを持ってきた。
「トローアで籠編みに使うものだそうだ。2、3日水につけて柔らかくして、表面を剥いたやつで編む。こっちはすぐ編めるように加工が済んでる」
そう伝えて肩にかけていた茶色いものがぐるぐると丸く巻かれた束と、白いものが巻かれた束を下す。
正体は木の根っこ。根っこにしてはまっすぐで長くてよくしなる、特に白い加工済みのほうは柳の枝に似てるかもしれない。
加工が済んでいる方は、一月ほどでまた固くなるそうで、その前に編んでしまわないといけない。茶色い方は加工の手間はあるけど、1年くらい放置しておいても大丈夫とのことなので、こっちは多めに買ってきた。
「ありがとう。しかし、トローアの町か。……もう少し距離を稼いでいると思ったのだが」
おじいちゃんがため息を一つ。
「そういえば、逃げてたんだったな」
トローアの町の手前の森の中、満身創痍な感じで倒れていたおじいちゃんを思い出す。
「一応、靴と服はおじいちゃんの倒れていたあたりにおいてきたが」
血塗れの靴はきっと魔物や獣の気を引く。革靴だからちょっと齧ってみたりもするかもしれない。服の方は力任せにちょっと裂いといた。
あ、おじいちゃんは今、麻のシャツとズボンを着ています。マッパじゃないから安心してください。
「感謝する。魔物に喰われたと思われれば
「追っ手とやらが見つけてくれればな」
広い森の中だし、見つからない確率のほうが高い。
ただ、見つけてくれれば地面に普通は助からないだろう血溜まりの跡がある。傷は治しちゃったけど、今もおじいちゃんが不調なのは血が足りないからだし。
「追っ手の中に一人、そういうことにかけてかなり優秀なのがいる。おそらくすでに見つけてくれているであろうよ」
そう言って笑うおじいちゃん。
「それは良かったんだか悪かったんだか」
その優秀なのがいなければ、そもそもあんな満身創痍になってなかった気がする。
「と、いかん。外のことは考えんことにしたのだった」
顔を顰めて言う。
「考えたところで、この箱庭からは出られないしな」
出たいなら開拓頑張ってください。
「そういえば、塩と砂糖の精製を頼んでもいいか? ゴミだらけで」
町で買った塩と砂糖は不純物というとまだ良さそうに聞こえるが、小石や小さなゴミだらけ。綺麗なのも売ってるが、バカ高い。ゴミ入りを買って、大抵ご家庭でもう少しマシにしてから使うんだそうだ。
「ああ。うちもよく母が鍋でやっておった、籠を編みながら気長にやろう」
懐かしそうに目を細めるおじいちゃん。
「頼む。台所に塩と砂糖のほか、小麦やら豆やらも補充しとく。それも自由に使って食べてくれ。とりあえずこれは今晩と明日の朝分だ」
体調不良に料理をさせるのもなんなので、出来合いを買ってきた。
で、台所で自分の飯ですよ。
まず台所に町で買ってきた、小麦粉や砂糖や塩をしまう。根菜類や豆の袋、お茶の袋。塩漬けの肉、ひと樽。
おじいちゃん、動物の解体もしそうだな? 猪一頭とかの方が良かったか? 今度聞いてみよう。
薪を勝手口から運び込み、鶏の卵を探す。――所定の場所に生んでくれてるのが大半だが、その辺の木の枝がかかった草むらに生んでるのもある。食べきれないし、いいんだが。
キャベツ畑の様子を覗き、順調に育っているのを確認。早く食いたい。
この箱庭産の卵で卵焼き、トローアの町で買った鶏肉で唐揚げ、存在ポイントを消費して出したおにぎり、味噌汁。
迷宮で頑張ったし!
こっちの世界の料理も我慢できないほど不味いわけじゃない。塩だけで煮込んだ野菜だって、悪くない。どうしても保存効果優先で塩辛かったり硬かったりが多いけど、それもまあ酒と一緒に食えば。
でもな、続くときつい! 普通でいいんだよ、普通で! でもその普通がこっちでは普通じゃない。食べるには存在ポイントを消費して、実体化させるか、この箱庭で育てて収穫しないといけない。
ふわっと握られたおにぎり、巻かれた海苔。味噌の味も、出汁の味もとてもいい。卵焼きは砂糖と塩、ニンニクをがっつりきかせた熱々の唐揚げ。
お手軽だが、満足。風呂に浸かってのんびりしてから、ミナとファレルの待つ宿に戻る。
ロゼになってミナの隣に潜り込みますよ! だって、この宿、この町ではロゼで行動してますからね! 仕方のないことなのですよ。お胸の誘惑も魅力的ですしね。
のんびりしたレベル上げ生活。おじいちゃんの体調も戻り、キャベツ畑と鶏の世話は完璧。ついでに家のあちこちに手を入れて、棚を作ったり、窓に枠を新しくつけて隙間風防止したりとおじいちゃん優秀。家は手を入れて良くしてくものなんだそうだ。
そんなおじいちゃんに箱庭を任せて、今日も今日とて迷宮へ。
カディやハティの行った王都の方に行く話も出てたんだけど、目的が牛豚だったからとりあえず延期しましたよ。世話する人を見つけてからじゃないとダメダメでした。鶏さんが限界ですね!
カバラの迷宮の修繕が終わる頃まで、ここに滞在です。迷宮に人が少ないのがいいですね! 狩り放題ですよ!
「なんかおちてます」
迷宮の草刈りの人が来ない層、降りている階段の下に黒いもの。
「人、でしょうか?」
「こっから投げ落としたみたいな位置だね」
眉間に皺がよるミナ。
「ギリギリ階段……いえ、自力で少し移動したようですね」
ファレルの言う通り、推定人のそばに這った跡、具体的には草が倒れてる。
「どうしましょうね?」
進行方向にいますけど、踏んでいくのはあんまりですよね? 僕はミナに抱っこされてるので、踏むのはミナですけれども。
「格好からしてあんまり関わらないほうがいい人種だ。黒く染めた短剣なんて、用途が限られる」
ミナが見てるのは、黒い物体の伸ばした手の側に落ちてる短剣。
持つとこどころか刀のとこも真っ黒ですよ! 墨でも塗ってるんですかね?
「夜のお仕事ですか?」
「言い方があれですが――そうなのでしょうね」
僕が聞くと、ファレルが肯定してきましたよ。
ここで水商売ってボケてもいいんですけど、暗殺者さんですね。なんでこんなところに落ちてるんですか?
異世界で箱庭を。 じゃがバター @takikotarou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界で箱庭を。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます