第3章 無音の告白

3-1. 水と火の記憶

 はちみつ色の回廊に、絵の具の香りが漂う。


 中庭に背中を向け、メレディスは壁に絵を描いていた。肩幅が広く大きな彼が、背中を丸めて筆先を動かしている。

 彼の筆先が描くのは、私の故郷。壱地区の真っ白な街、まぶしいほどに光を放つ懐かしい景色が壁に広がっていた。


 まるでクアドラートの景色をそのまま映しこんだような繊細な絵に、私は目を奪われてしまった。


「黙って見ててもいいが、ここの作業が終わったら、もうお前に話すつもりはねえぞ」

「あっ、すみません!」


 私は回廊の床に座り込むと、メレディスの横顔を眺めた。メレディスの表情は、ほんの少しだけ柔らかく見える。

 そうは言っても、それは髪の毛一本分ほどのわずかな譲歩だ。気づけたことが奇跡と言ってもおかしくない。


「ジョスリンさんの話を伺いたいんです。司教様とテイラー牧師の保護者だったと伺っています」

「なんだ。アオイから聞いたんじゃあねえのか?」


 メレディスは、司教であるアオイを、何の抵抗もなく『アオイ』と呼ぶ。彼にとってのアオイ像が、昔から変わっていない証拠だろう。


「司教様は、今はもう、ずっと一緒に居られるような、いられないような人だと」

「はっ、随分と気取った言い方しやがるな」


 鼻で笑いながらも、メレディスの視線は優しい。彼にとって、アオイとテイラー、そしてジョスリンがいた時代は、心穏やかで楽しい時間だったのだろう。彼らのことを語るメレディスの口ぶりから、それが伺えた。


「アオイとテイラーが生まれた年は、俺たちにとって愉快な年だった。俺たちが十歳で、ジョスリンが保護者に指名されてなあ。ガキがガキの面倒見るなんざ、自作自演の喜劇みたいでなんとも滑稽でな。俺はジョスリンと同室で、アオイとテイラーが部屋に遊びに来て騒ぐから、怒鳴ったりからかったりしてたもんだ」

「司教様とテイラー牧師は、ジョスリンさんに懐いていたんですね。どんなかただったんですか?」

「のんびり屋で口は達者じゃなかったが、ガキの頃から頭の中は賢くて、何かと考え込む奴だった」


 それは、アオイの証言と一致した。誰から見ても、ジョスリンの人物像は相違がないようだ。


「メレディスさんもジョスリンさんも、司教様とテイラー牧師が生まれた時からご存じなんですね」

「アオイに関してはそうだ。だがな、テイラーは少し事情が違った。あいつ、生まれた時に病弱すぎて死にかけたらしい。しばらくは司教様……パルヴィーンが、つきっきりであいつの面倒見てた。肆地区の病院と司教室を行ったり来たりだ」

「どういった病気で、テイラー牧師は病院通いをされていたんでしょう?」

「さあなあ。結局、あいつが何の病気だったのかは誰も知らねえな」

「主治医のかたのお名前は、ご存じですか?」

「肆地区のガブリエルだ。もう死んじまった」


 アオイの人生には、どうしてこうも死がまとわりつくのだろう。


 メレディスは、大きくため息をついてから続けた。


「ジョスリンはのんびり屋のクセに面倒見がいい奴でな。テイラーが教会で暮らし始めてからは、かなり気にかけてた。テイラーは瞳の色がやけに薄かったから、視力のための薬だって、毎日水パイプで薬呑んでてな。あいつ、自分で薬呑むんだ。ジョスリンが言わなくてもな。だからジョスリンがいつも感心してな。アオイなんか、今でも時々呑み忘れてるんじゃないか」

「司教様も、持病があるんですか?」

「どうだろうな。だた、あいつが呑んでんのは薬じゃねえ。思い出だ」


 ぶっきらぼうな口調に反して、メレディスの筆運びは繊細だ。見る見るうちに壁に橋が現れて、立体的になっていく。


「あ……確か。テイラー牧師も、賢いかただったんですよね?」

「まあなあ。ジョスリンがよく、『アオイの保護者は私じゃなくテイラーでいいと思う』って言ってやがったからな。ジョスリンも大概よく出来た野郎だったが、本当にアオイは、周りの奴らに恵まれてらあな」


 そう言うとメレディスは立ち上がって、腕組みをして絵から遠ざかった。絵を眺めながら、メレディスは続ける。


「まあ、アオイ自体も意味の分かんねえ奴だがな。俺たちが考えたこともないことを言い出したと思えば、いつの間にやら実現しちまう。だから周りを惹きつける。優秀な奴ほど、アオイのことが好きになるってことだろう。俺は、ジョスリンやテイラーほど、あいつのことを気に入ってるわけじゃない」

「ご冗談を」

「半分は冗談だ。でも、半分は本気だ。今でも俺は時々、アオイのことをジョスリンって呼びそうになることがある」

「え? どうしてですか?」


 私が聞き返せば、メレディスは一度こちらをぎろりと睨んだ。しかし、それは悪意がある仕草ではないらしい。そのままの口調で、彼は続ける。


「どうせ聞くなら、全部書けよ」


 ここから、彼が知る826年の話が始まる。



「お前、司教襲撃未遂事件のことはどこまで知ってる?」

「……あんまり詳しい事は記録がありませんでしたが、この時馬車に乗っていたのが司教様ですよね?」

「じゃあ、死んだもう一人のことは?」

「え? もう一人?」


 私は思わず聞き返した。もしかしたら。固唾を飲んで、私はメレディスからの答えを待った。彼は、一度息をついてから言った。


「死んだのが、ジョスリンだ。覚えておけ」


 メレディスの言葉が、上手くつながらなかった。

 今でもアオイのことをジョスリンと呼びそうになること。

 そうして、あの事件の際にアオイと共に被害に合い死んでしまったのがジョスリンであること。


「お前、パレードは見たか?」

「見たとは思うのですが、あまり覚えてません。見ていても壱地区にいたでしょうし、小さかったので」

「ああ、そうか。お前、カミーユと同じ年なんだよな。そりゃあそうだな」

「すみません」

「謝っても仕方ねえことで謝るんじゃねえよ」


 その言葉は、彼なりの優しさだったのだろう。手についた絵の具を拭いながら、メレディスは続けた。


「俺は空から行列の誘導、ジョスリンは地上で行列の先導っていう役割だったんだが、出発の直前にその布陣に変更が出た。パルヴィーンが、階段でスッ転んで怪我しちまったとかで、馬車に乗れなくなったとな。馬鹿みてえな話だと思ったが、無人の馬車を走らせるわけにもいかねえだろ? いくら馬車の中は見えねえっても、住民にゃあ、司教が乗ってるって話でパレードやるんだからよ。

 そこで、ジョスリンに白羽の矢が立った。パルヴィーンと体格が似てるってんで、とりあえず馬車に乗せようってことになっちまってな。ただ、あいつはどうも馬車の揺れが苦手でなあ。弱ってた所にアオイが来て、『一緒に乗ってお喋りしてれば、あっという間に教会に戻って来ちゃうんじゃないの』って、二人で馬車に乗ることになった。アオイもあの頃は小さかったからな、あれっくらいのデカさなら、乗せてもいいだろうってことで話が落ち着いた」

「今ではあんなに背が高いのに」


 私の何の気なしの相槌に、メレディスの雰囲気が一瞬固くなったような気がした。

 しかし、私はそれを気のせいだろうと決め込んで、メレディスの話の続きを待った。


「地上の連中には、布陣の変更が伝わった。先頭が変わったからな。ただ、俺の空中からの誘導班には、特に伝える必要はないって話になった。まあ単純に、空中の奴らはそれぞれの配置に着いちまってたし、誘導の方針が変わる訳でもねぇから、わざわざ言わなくてもいいだろうっていう単純な理由だった。だから、テイラーはアオイとジョスリンがあの中にいるって知らないまんま、空の上にいたわけだ」

「……連絡をしていたら、歴史は変わってたかもしれませんね」

「かもしれねえな。テイラーが紋なき騎士団の親玉だったってことは、あの時馬車に乗ってるのがパルヴィーンじゃなかったら、計画を中止してただろうしなあ」

「それが伝わらないまま、肆地区の橋で襲撃されたと言うことですね?」

「そうだ。空から見てて、何が起きたんだかさっぱりわからなかった。聞いたこともねえ雷みてえな音が鳴って、辺り一面、煙で見えなくなってな。後から聞いたら、橋に死ぬほど爆弾が仕掛けられてたらしい。……まあ当然か。あいつら、司教様をぶっ殺そうと思ってたんだからな」


 メレディスの言葉で、私はしばらく黙り込んだ。まだら模様を残したコンクリートの橋。昔から感じていた違和感。

 硬い魚の骨が、喉に引っかかって外れないのによく似た感覚のせいだ。


「……どうして私たち、そうやって思うんでしょうね?」

「は?」

「どうして私たち、あの爆発が当時の司教様を狙ったものだって、思ったんでしょう」

「さっきお前が言ってたことか? そりゃあ、『司教襲撃未遂事件』だからだろうが」

「その名前が付いたのは、事件が起きた直後ですよね。でも、当時まだ私たちは、紋なき騎士団のことも、テイラー牧師が首謀者だったことも、知らなかったはずです」


 今でさえ、どうしてテイラーが最後にパルヴィーンに向かって銃を向けたのかは公式な発表がない。

 テイラーが紋なき騎士団の首謀者であることを突き止めたのは教会だが、実のところ、具体的な話を記録した文書は一切手に入らなかった。


 メレディスは、わかりやすいため息と一緒に、わずかに口元に笑みを漂わせた。


「……お前、アオイとテイラーを足したような奴だな、本当に」

「え?」


 しかし彼はそれっきり何も言わなくなってしまったので、私は話の続きを聞くことにした。


「爆発が起きた時、メレディスさんは比較的近くにいたんですね」

「ああ。空の上から見てた。あんなの見たことねえし、正直、人が死ぬとか危ないとか、頭の中がぐちゃぐちゃのまんまで、俺は反射的に橋に向かって高度を下げた。ただ、何かが吹っ飛んだから、咄嗟に川の方を見た。吹っ飛んだのは、ジョスリンだった。爆発の衝撃で、馬車がぶっ倒れたんだろうな。

 あいつだけが吹っ飛んだのが見えたから、俺は川からあいつの体を引きずり出そうとした。幸い、川の流れは静かだったから、力を入れりゃああいつの体はなんとかバイクに乗せられた。……でも、抱き上げてすぐにわかった。どこにも傷なんてないくせになあ、ジョスリンの体から、魂だけが抜けてなくなってやがった」


 メレディスはまた絵の前に座り込むと、一度汗を拭った。それが汗なのか涙なのかは、私には理解出来なかったし、する必要はないと思った。

 ただ、冷え切った友人の体を抱きしめた若きメレディスの悲痛な心の叫びだけが、声の向こう側で聞こえたような気がした。


「すぐ後に、頭の上からテイラーの喚き声が聞こえた。俺は、ジョスリンを負ぶって橋の上にバイクを浮かべた。ひでえ光景だった。火の中の馬車から、テイラーが真っ黒な塊を引っ張り出そうとしてたんだ。だから俺も急いでそっちに向かった。ジョスリンの体をバイクの隣に横たえてな。さっきまで川の水でびしょ濡れになってなけりゃあ、近づけないくらい熱い火の中で、テイラーは泣きながら黒い塊を抱きしめてんだけどな。ちっとも持ち上がらねえんだよ。だから俺が加勢してやった。引きずり出したのはアオイの体だった。こっちまで燃えちまいそうなくらいに熱くて、腰のあたりから下が無くなってた。でも、まだ生きてたんだよ。だからテイラーに、俺は、アオイをガブリエルん所に連れていくように言った。ガブリエルは、俺たちが知る中では一番腕が立つ医者だったからな。

 ……お前に言うのもなんだが、名医だって言われる壱や弐地区の医者は、ああいう荒事の治療はちっとも出来ねえ。体が悪くなったら魂を引っ越せばいいって考えだから、治療の腕が全然上がらねえんだ。その点、ガブリエルなら多少足が取れてても動じねえ。それに、昔からの馴染みだ。何とかしてもらえるんじゃねえかって思いは、俺にもあった。俺も、テイラーの後を追ってジョスリンの体を運んだ。さっきまで散々熱い火の中にいたから、ジョスリンが冷え切ってたのは正直ありがたかった。もしかしたら、あいつなりの気遣いだったんじゃねえのかとさえ思った。……あの時の俺には、それくらいしか希望がなくてな」


 そこまで言うと、メレディスは筆を握ったまま少しだけ黙りこんだ。

 冷たい水の記憶、燃え盛る火の記憶。

 二つの温度が彼の中でまじりあって、いまだに手のひらに残っているのかもしれない。


「……結局、アオイの体はガブリエルでも治療しきれなかった。消えちまったジョスリンの魂は、神様にだってどうすることも出来ないことだった。テイラーは泣いてた。俺は黙ってた。そこで、テイラーが泣き崩れながら『せめてアオイだけでもいい、助けてほしい、どうやったっていいから』って言った。それには俺も同意した。消えちまった魂を嘆くよりも、見込みのある魂を救いてえと思った。……その結果、アオイは魂の引っ越しをすることになった。行先は、目の前だ」

「目の前?」


「ジョスリンの体だ」


 耳の奥の空気が、細い糸のように張り詰める。そこでようやく、私はアオイの言葉を理解した。


『いつも一緒にいるようなものだし、もう一緒にはいられないんだ。先代とはね』


 つまり、アオイが使っている体は、アオイ本来の姿ではない。彼が今も敬愛する先代、ジョスリンそのものだ。


「手術が終わって、初めてジョスリンの体が目を開けた時に、テイラーは大泣きした。あいつはジョスリンの顔に向かって『本当にアオイなの?』って言ったし、俺は俺で『本当にジョスリンじゃねえのか』って聞いた。そしたら、ジョスリンの顔がゆっくりと動いた。片方の口角が上がって、ガキみてえにな。その動きだけで、俺たちには中に誰がいるのか嫌んなるほどわかった。あいつ、開口一番に言ったんだ。『何言ってんの、わたしはわたしさ』本当に、相変わらずだなと思った。当の本人は、自分の声がジョスリンに変わったことに大混乱してたけどな。

 体を起こすのに一週間、元通りの生活に戻るのに、確か一年かかった。アオイのリハビリ中に、ジョスリンの葬式も終わっちまった。遺体もねえのに柩を作ってな。空っぽの柩に、俺の花壇から引っこ抜いてきた花を俺たちで入れた。本当にジョスリンが死んだのかなんて、誰にもわからなかった。……少なくとも、死んだあいつに触った俺以外はな。

 だから、アオイがリハビリ中にジョスリンの墓に行きてえって言った時にゃあ、酷く憂鬱な気分だった。車椅子にジョスリンの体を乗せて、アオイをジョスリンの墓まで運んでやった。アオイは泣きもしないで『本当なら、この体は土の中に埋まってたはずだ』って小声で言いやがった。あいつはちっとも泣かなかった。大した奴だと思ったな」


「……リハビリは、大変ですよね? 実年齢が十歳も離れた体を使うとなると、魂の定着に時間がかかりそうです」

「まああいつは、それなりに楽しく肆地区で暮らしてたみたいだぞ? 近所に友達が出来たんだって、見舞いに行くたび自慢してきたからな。よくスッ転んでそこらじゅうにかすり傷付けてたけど、友達が運んでくれるから大丈夫だって嬉しそうでな。それが虚勢でも強がりでもいいから、アオイとジョスリンが笑ってるなら、俺は大丈夫だと思ってた。ジョスリンも良く言ってたからな、最後に生き残るのは笑ってる奴なんだとよ。

 ……それでも、俺はいまだにぼんやりと、アオイにジョスリンの影を追っちまうことがある。音楽家が司教になるわけねえが、もしジョスリンが司教だったら、どうやって説法するんだろうとか、就任挨拶でなんて言ったんだろうとかな。ジョスリンはああは言わねえだろうと思った時にやっと、あん中にいるのがアオイで、あいつじゃねえってことを思い出すんだ。

 詳しい事は知らんが、魂の年齢に合わせて体の見た目は変わるらしい。今のアオイは、死んだ時のジョスリンと大体同じ見た目だ。俺ばっかりが年取っちまったな」


 そこまで言うと、メレディスは自分を鼻で笑うように息をつき、立ち上がって天を仰いだ。


「あいつら、俺ばっか置いてけぼりにしやがってな。……たまったもんじゃねえ」


 一人取り残された男が、何も言わずにたたずむ姿。彼もまた、心のどこかに孤独を抱えたまま、今を生きているようだ。



 彼らの人生を振り返って、私は気が付いた。


「……年表、書き間違えていました」

「あ? 合ってたんじゃねえの? 826年って言ってただろ」

「『826年、パレード中に紋なき騎士団による襲撃で重傷。奇跡的に生還』」

「そうだ、何にも間違ってねえ」

「……司教様は、奇跡的に生還したわけではなかったんですね。メレディスさんやテイラー牧師、ガブリエルさん……それに、ジョスリンさんの尽力で、一命を取り留めた。奇跡なんかじゃない。全部、みなさんの力です」


 私の言葉に、メレディスは何も言わなかった。ただ、照れたような苦笑いを浮かべると、

「そん中じゃあ、俺だけがなんにも変らねえで、今もずるずる生きてるがな」

 とだけ言って、また絵に筆を置き始めた。


 アオイの顔を思い浮かべる。

 手足ばかりが長い体に、整った顔。中にいるのがアオイだから、あの顔はあんな風に笑うんだろう。


「では、魂の引っ越しをする前の司教様は、どんな子どもだったんですか? 性格からするに、きっとやんちゃなお子さんだったんだと思いますが」


 少しでもメレディスが明るい顔をしてくれることを、私は願った。案の定、メレディスは笑った。けれど、その表情はどこか私の意図とは違っていた。


「コーヒーみたいな綺麗な色の肌で、目がくりくりしたガキだった。髪の毛も瞳も真っ黒だから、コート被って廊下で誰か待ち伏せして驚かせたりな。ほんと、馬鹿な奴だった」

「男の子ってだいたいそういうものですよ。……じゃあ、生まれた時に特段おかしな様子があったわけじゃないんですね?」

「おかしな様子?」

「司教様、出生名簿に名前がなかったんです」

「あ? そんな訳ねえだろ」

「ちゃんと見たんです。司教様の生まれた年を、隅から隅まで。何かご存じのことはありませんか?」


 私の言葉に、メレディスは眉をひそめた。私の瞳の紋を射抜くような目つきだ。


「お前、どうしてジョスリンが日記を書いてると思った?」

「え?」

「さっき言ってただろ。俺が話さないならジョスリンの日記を寄越せって」

「それはー……」


 私は、自分の頭の中をぐるりと見渡した。


「口数が少ないのに、頭が良くてあれこれ考える人ならば、きっとたくさんの言葉が浮かんでいるはずです。もし私がそんな人だったら、頭の中が言葉で埋め尽くされる前に、日記でも書かないと頭が破裂してしまうかと思って」


 私の言葉に、メレディスの眉が一度動いた。強面の顔に一度歪みが生じて、そのまま私を見つめている。

 それからただ一度だけ、諦めと一緒に苦虫を噛むような顔をした。


「中身を知ったアオイがどんな顔しても、俺は知らねえからな」

「それは私もわかりません。だけど、きっと司教様は自分で判断してくださいます」

「だろうな。……後で、お前の部屋に資料を届けさせる。判断はお前とアオイに任せる。見誤るなよ」

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