第1章 はちみつ色の福音

1-1. 響く歌声

 忘れもしない、838年10月31日の朝。私は真っ白な壱地区の石畳を、馬車で進んでいた。

 いくら壱地区の住民とは言え、私のような一介の新聞記者が、馬車に乗る機会なんて滅多にない。

 だから酷く緊張して、車窓から見える馴染みのある街の景色さえ、まるで知らない土地のように思えた。


 こんな風に、仕事の前に不安を覚えることはある。

 しかし、今回の仕事は今までとは全く違う。第四十一代司教アオイの就任一周年を祝う、記録本の担当記者の仕事なのだから。


 十六歳で働き始めて二年。タイプライターの使い方は下手くそだし、壱地区以外で単独取材をしたこともない。瞳に浮かぶ扉の紋は、頼りなく見えるかもしれない。それでも、私の企画が司教直々に選ばれたことは、この上ない感動と興奮を覚えた。


 その時、耳元を撫でるような讃美歌が聞こえてきた。教会のスピーカーからだ。



『正方形のクアドラートよ、この街の美しいことよ

 神に選ばれし正方形よ、神の作りしこの街よ

 私たちは神の御許に生まれ、光に満ちる世界を見た

 瞳に浮かぶ紋が輝く時、クアドラートもまた輝くだろう

 今私がここにあるのは、顔の見えない神の導き

 今私がここにあるのは、瞳に浮かぶ紋の導き』



 私が一番好きな讃美歌。それが聞こえてようやく、少しだけ息が出来たような気がした。車窓から見えた郵便配達員たちが、こちらに手を振る。


「エミリア! 頑張って来いよ!」

「エミリア、司教様にサインもらってきてくれよ!」

「司教様がどんな顔してるのか、教えてくれよな!」


 彼らの瞳には、便箋の紋が浮かんでいる。壱地区には様々な紋のファミリアがある。しかし紋を問わず、彼らが皆、教会へ出向く私を祝福してくれる。こんな幸せなことはない。馬車の揺れと一緒に、私は思いを噛みしめながら便箋を開いた。


 はちみつ色の封筒には、元々、蝋で封がしてあった。あれから何度も開いては出してを繰り返したけれど、上質な紙は皺を作ることもなく張りがあり、美しい。もう、最初に感じた薬用の葉巻の香りは、消えてしまったけれど。



『第四十一代司教記録本企画選考結果のご連絡

 エミリア=テューア・ヴェーバー様


 この度は、第四十一代司教に係る司教記録本の企画ご提出、まことにありがとうございました。教会ならびに司教による選考の結果、貴殿の企画を採用することに決定いたしましたので、ご連絡いたします。つきましては、以下の文書を郵送しますので、内容のご確認ならびにご準備をお願いいたします。


 ・司教記録本に係る取り決め

 ・司教記録本作成に係る教会への滞在及び取材の概要


 ご不明点がございましたら、当日、司教記録本作成支援担当カミーユまでお問い合わせください。

 教会一同、貴殿を迎えられることを、大変嬉しく思います。貴殿に正方形のご加護があらんことを。


 クアドラート零地区 教会 司教記録本作成支援担当 カミーユ』



 この手紙を新聞社のオフィスで見た時、私は驚きのあまり、瞳の紋が零れ落ちるかと思ってしまった。

 隣の席のシンイーに思わず抱き着いてみれば、状況を察した周りの人たちから大きな拍手が沸いた。その直後、一気に全身の血が沸騰したように熱くなり、周りの面々の歓声が聞こえてようやく、私はすべてを実感した。


 これは神様からの福音だ。


 二年前の私に教えてあげたい。新聞記者になると決めたあの頃には、こんな名誉な仕事を任せてもらえるなんて思ってもいなかった。瞳に浮かぶ紋の導くままに歩んでよかった。


 私は、自分の瞳に浮かんだ紋が扉であることを誇りに思った。

 だって、紋が扉でなかったら。このファミリアに生まれなければ。私は、新聞記者になれなかった。つまりは、司教記録本の担当にもなれなかったのだ。


 


 馬車が教会への長い坂道を登り切ると、眼鏡をかけた若い聖職者が私を迎えてくれた。

 前ボタンをぴっちり閉めた黒のロングコートに白の立襟シャツ。胸元には正方形をぶら下げている。全身を覆う黒とは対照的に、彼の顔は白く、ぼんやりと浮びあがるような色合いだった。

 手入れの行きとどいた服装、そして短い黒髪をきっちり整えた様子から、彼の気真面目さが十分伺える。

 その均衡を壊すのは唯一、頬に走る大きな傷跡だった。目頭から、頬を縦断するように顎のあたりまで伸びる傷。


「はじめまして、エミリアさん。お手紙を差し上げたカミーユです」


 私を見て微笑む彼を見て、私の口から出たのは随分間抜けな話題だった。


「あ、あの! カミーユさんって男の人だったんですね」

「ええ。そうですね」

「お名前だけだと、どちらかわからなかったので……。それにあの、確か何代目かの司教様に、同じお名前の」

「三十一代目ですね。同じ名前をいただいたのは恐れ多いです。あちらのカミーユさんは女性ですが」

「あ! だからカミーユさんも、女の人だと勘違いしてしまって」

「そうでしたか。驚かせて失礼いたしました」


 カミーユの雰囲気は落ち着いているものの、よく見れば重心が高い。私と同じくらいの年齢なのかもしれない。


「僕は普段、司教様の秘書のようなことをしています。だから今回も、あなたの支援役を仰せつかったのですよ。五日間、どうぞよろしくお願いします」

「あ……、こちらこそ! お忙しいところ、ご協力ありがとうございます」

「お気になさらず。僕も、司教本作成に関われることがとても嬉しいのです。滅多に出来る仕事ではありませんから」


 そんな当たり障りのない話をしながら、私たちは教会の中を進んだ。教会には何度も来たことがあるけれど、こんな風に客人として案内を受け、応接室に通されるなんて生まれて初めてのことだ。私の胸は高鳴った。


 教会は、まるで大きな刀で誰かが岩山を掘って作ったような、岩と一体になった造形だ。

 教会の外見で一番特徴的なのは、大きな鐘のついた時計台。この鐘が、クアドラートの街に時を告げる大切な役割を担っている。そうして、街に唯一残されたスピーカーからは、毎朝讃美歌が流れる。


 私たちが歩いているのは、時計台よりも低く横長に広がる建物だ。白と黒の大理石が格子状に敷き詰められた廊下。

 当然ながら、私が知っているのは、礼拝堂までの道のりだけ。でも、カミーユの話では、その奥には零地区の住民の住まいや、クアドラートの子ども全員が生まれる分娩室、食堂や書庫や執務室など、かなり色々な施設があるらしい。


「司教様との面会用に、応接室をご用意しています。取材でお越しになったことはありますか?」

「いえ……ありません。教会への取材は、もっと上の役職にならないと出来ないんです。だから私、司教様の顔も知らなくて」


 するとカミーユは、目を丸くして口をすぼめた。


「そうでしたか。僕とは違って、司教様の顔には特徴がないですからね」


 カミーユはあっさりと微笑んで、なれた手つきで自分の頬に触れた。


「この傷、生まれた時からあるそうです。司教様、よくおっしゃるんですよ。『カミーユはその傷のおかげで、みんなに顔を覚えてもらえるんだね。傷に感謝しなくちゃあいけない』って」


 そんな風に言われて、私は考えを飲みこんだ。

 誰も覚えていない、司教の顔。

 まるで、司教がカミーユに羨望の眼差しを向けているようにも聞こえた。


 私の考えを取り去るように、カミーユは続ける。


「そうだ。確か、資料の閲覧も出来るのですよね? 後程、書庫にご案内いたします。他にご覧になりたいところはありますか? 例えば、分娩室あたりはあなたにもゆかりがありますよ」

「あ……言われてみればそうですけど……」

「教会は、クアドラートの住民全員にとっての生まれ故郷ですから」

「でも、覚えていないので」


 緊張のあまり、私は訳の分からない返事をした。それでもカミーユは嫌な顔一つせず、私の隣を歩き続けた。



 礼拝堂の前を通り過ぎた時、突然カミーユは立ち止まった。こちらをくるりと振り返ると、少しだけ眉を下げて困ったような顔をする。


「肝心なことを忘れていました。こちらで少々お待ちいただけますか? 礼拝堂にいらしたことはありますよね」

「もちろん」

「すぐに戻ってまいりますので、どうぞ」


 カミーユが開いたドアの向こうに、がらんとした礼拝堂が無防備に姿を現した。

 誰もいない礼拝堂を見たのは、生まれて初めてのことだ。私は改めて、この街が神様によって作られた街なのだと確信せざるを得なかった。


 よん地区の濃紺の大理石で出来た床の上には、訪れた人たちのための長椅子が置かれている。

 真ん中に空いた通路は、牧師だけが歩くことを許された道。だから、ここを訪れた住民たちは、左右の通路からそれぞれ席につく。

 椅子は弐地区で採れた木材を原料にしており、椅子に塗られた深い赤色の塗料は参地区の赤土を原料にしたものだ。


 アーチ形の天井に描かれた正方形の数々は、平たいはずなのにどこか奥行きがあり、星のように降り注ぎ、木の実のようにたわわに実る。それはやがて、壁にまで広がり伸びていく。

 自分が立つ濃紺の床が、本当に地べたなのか。もしくは天井なのかと混乱しそうなくらい、どこまでも続いている。


 正面の壁に描かれた大きな絵は、クアドラートの街そのもの。何よりも美しい正方形。これが、私たちが暮らすクアドラートの街だ。色鮮やかに塗り分けられた五つの地区が、まるでクアドラートを縮めて壁の中に閉じ込めたかのように鮮明に描かれている。


 絵にはところどころ、壱地区で採れる白い大理石で装飾がされていて、絵が自ら光を放つように立体的に見える。


 教会が、そして住民が崇めるのは他でもないこの街。そして、この街を作った顔の見えない神様。

 ステンドグラスから日の光が差し込むと、まるで神様が窓から顔を出してこちらを見ているかのように、柔らかな光が一筋部屋の中に伸びる。


 光が落ちたあたりの壁に、大きなパイプオルガンが備え付けられていた。年月をかけてややくすんだ金色の菅が、まっすぐ空に向かって伸びている。パイプオルガン自体にはあまり装飾はないのだが、無数の菅や彫り物が施された木枠のおかげで、それは静かな重厚感を保つ。


 独り占めするのが惜しいほどの光景だった。もしかしたら、神様の顔が見られるかもしれないとさえ思えた。


 一番後ろの席に腰をかけると、私は目を凝らしてただ沈黙の中に息をひそめた。

 何の音もしない世界。神様に近い世界。

 クアドラートの中で神様に一番近い場所で、ただの私がぽつんと座っている。無音に吸い込まれそうだ。



 しかし、それは引き裂かれた。後ろの扉が勢いよく開いて、足音が舞ったからだ。

 その音は歓喜に満ち溢れて礼拝堂に響き渡ると、何のためらいもなく私の顔を覗き込んだ。

 青年は、整った顔立ちに愛嬌のある笑顔を浮かべている。


「ああ、君がいいな。ちょっと一緒に来てくれるかい?」


 有無も言わさず、彼は私の手を引いた。黒いコートの前を全部開けているから、裾が踊るように揺れている。

 オルガンに向かって歩いていく背中を見て、私は聖職者のコートがなぜ黒いのかを理解した。

 クアドラートの街は、この教会のように色鮮やかで美しい。

 階級に含まれない彼らはきっと、美しい色合いのクアドラートに敬意を称して、何物でもない黒を羽織るのだろう。


「オルガンの練習がしたくってね。指がうずうずしてたんだ。君、歌ってくれるね?」

「ここで? 私が?」

「もちろん! 君しかいないよ」


 彼は愉快そうに明るい声を出すと、長いコートの裾を後ろに弾いてオルガンの席に腰を下ろした。指先を鍵盤の上に置く。


 音楽は、福音のように舞い降りた。誰もいない礼拝堂いっぱいに広がる音色が、あの細い指先から奏でられているなんて。

 ここは神への捧げもの。まさにその通りなのだと、私はぼんやりと彼の様子を眺めていた。

 そこで、思い出す。


「私、カミーユさんを待ってるんです」

「大丈夫。君が歌えばそのうち来るよ。さんはい」


 彼に促されて、私は慌てて息を吸い込んだ。顔に熱が浮かんで、口が上手く開かない。

 おかげで初めの何文字かは掠れてしまったけれど、オルガンの音に合わせて賛美歌を歌った。


 彼は最後まで音色を奏で終えると、満面の笑みを浮かべて私に拍手を送った。


「上手上手。カミーユに歌を教えてあげて欲しいなあ」

「え、いえ、そんな! あ、そうだカミーユさん……」

「そんなにカミーユが心配? あ、もしかして君、カミーユと恋仲だった?」


 からかうような声に、私の声は上ずってしまう。


「そ! そんな恐れ多い! 私は新聞記者で、司教記録本の担当になったものです! 名前は」

「エミリア=テューア・ヴェーバー」

「え?」


 私が戸惑う様子を面白がるように、彼はこちらをしげしげと眺めながら足を組んだ。ロングコートの長さにも耐えうる、長い足を揺らしている。

 結局、私の疑問符には答えないで彼は続ける。


「君の企画、とっても面白かったよ。特にあれが好きだな。『教会の教えに基づく司教の思想は、歴代の就任演説を読み解けば理解が出来る。だが、司教本人の考え方、物の見方、性格といったことは、残念ながら過去の司教記録本から読み取れなかった。私はそれをもどかしく感じた。それはきっと、未来の住民も感じるもどかしさだろう』この部分だけでも、君の視野の広さがとてもよくわかるよ。世の中のほとんどの人が資料を目の前にした時、考えるのは『ここから何が読み取れるのか』だ。でもさ、君は『ここから何が読み取れないのか』を考えてる。ないはずのものを見つけ出すのって、実はとっても難しい。だって、他の誰にも見えやしないんだから」


 彼はまるで指揮でもするように、宙にくるりと円を描いた。透明な円は、彼の指から離れて消えてしまう。

 名残惜しそうに笑う彼とは対照的に、私は呆気にとられていた。何事もないかのように、彼が私の企画書の一部を諳んじたせいだ。

 教会の誰があの企画書を読んでいてもおかしくはない。しかし、どうしてこんなことが出来るのだろう。覚えていられるほど読み込んだのだろうか。


 黙ったままの私に、彼は円を投げるように明るい声で言った。


「まあとにかく、こんな面白い企画を出したんだ。新聞社の人たちも褒めてくれたんじゃあないかな?」

「あ、ありがとうございます! 実はあの企画、最後まで出そうか悩んでいたんです。私はまだまだ駆け出しの新聞記者ですし、先輩たちにも、突飛な企画だなあって言われてましたし……。でも、選ばれなくても司教様に読んでいただきたいと思ったんです。そしたら、私の企画が通って! すごく嬉しかったです。みんなびっくりしてました。『若い司教様とエミリアの感覚が合ってたんだろう』とか『若者の柔軟な発想を、教会が歓迎したんだ』とか。今朝も、大勢の人が見送ってくれて……。司教様にお会いしたら、お礼をお伝えしたいです」


 私の話をまるで自分のことのように聞いていた彼が、ほんの少しだけ目尻に力を入れた。妙に輪郭のはっきりした声で言う。


「君の企画が通った理由を、みんなが若さだと言うのはどうしてだと思う?」

「え……。そうですね……、司教様がクアドラート史上異例な若さで就任したのと、若い私が選ばれたというのが、よく似合っていたからでしょうか」

「それも突き詰めて考えれば、一つの結論につながる。簡単なことさ。そう言っておいたほうが、それらしく聞こえるからだ。頭を使わなくたって言える、実にそれらしい言葉だね」


 あっけらかんとした口調に似合わず、彼は随分と冷笑的なことを言った。

 私は、口にするべき言葉を探した。けれど、そんなものはどこにも見当たらなかった。


 その時。礼拝堂に声が響いた。カミーユの声だ。


「応接室にお戻りください、司教様!」


 息を飲む私に、彼は笑った。

 まるで子どものように無邪気に。それでいて、すべてを見透かしたような、当たり前の自信をにじませて。


「ほら、ちゃあんと来ただろう?」


 第四十一代司教アオイが、私の目の前で笑っている。



 痩せぎすで長身、やけに手足が長く顔が小さい。顔の彫りは深くないが、左右対称の眉や幾分細い目つき、さらりと通った鼻筋と薄い唇のおかげか、彼の印象は荘厳よりもしなやかと言った方がしっくりくる。

 雑踏の中に紛れてしまったら、すぐに見失ってしまいそうなごく普通な青年の気配。そんな彼が司教だなんて。


 信じられない光景に、私は何から話せばいいのかわからず、口を開いたり閉じたりしていた。ただ彼の顔を見上げておろおろと視線を動かしていれば、司教が笑った。


「君の口から、名前を聞いても?」

「失礼しました! エミリア=テューア・ヴェーバーと申します」

「綺麗な扉の紋だね」

「お褒めいただき光栄です!」


 瞳を覗きこまれた驚きで、私は声を上ずらせた。


 司教のこげ茶色の瞳には、鐘の紋が浮かんでいる。その瞳に映った自分の顔を見て、私は思わずのけぞった。

 幾ら若く見えても、語り口が人懐っこくても、目の前にいるのは教会の司教。私のような単なる新聞記者が、こんな近くで軽々しく見てはいけないはずの紋だ。


 私の声は、上ずり続ける。


「こ! この度は、記録本作成おめでとうございます! 担当記者にお選びいただき、とても光栄です!」

「ははは。そんなに硬くならないでおくれよ。君はしばらくここで暮らすんだろう? せっかく友達になれるんだから、気楽に行こうよ」

「友達だなんて! そんな恐れ多いこと……」

「五日間じゃあ、友達にはなれないかい?」

「えっ! そ、そういう意味ではなくて……」


 私が慌てて返事をすれば、彼は心底残念でならないといった顔つきをした。眉が下がって、唇をわずかに尖らせている。落ち込みながら拗ねてしまった子どものようで、私は思わず口をつぐむ。

 しかし彼は、次の瞬間にはもう表情を明るくしていた。


「あ! でも、途中で気が変わったらいつでも友達になろうじゃあないか。そしたら一緒にアイスでも食べよう」

「はい、喜んでお供します」

「お供じゃあなくって、一緒に行きたいだけなんだけどなあ」


 困ったように笑うと、彼は礼拝堂の入り口に視線を送った。カミーユが扉を開いて、こちらに手招きをしている。


「さあて、とりあえずは応接室で面会とやらをしなくちゃあね。まだ正式には、わたしたちは会っていないわけだし」

「そうですね。長くお引き止めしてしまい、申し訳ございませんでした」

「君が謝ることじゃあないと思うけどね? ま、いっか。カミーユに叱られる前に行こう」


 彼は私の手を取って駆け出すと、赤い唇の両端を上げて司教らしからぬ顔で笑った。


「楽しくなりそうだね! エミリア」


 子どものような笑顔、と言った方が正しいのかもしれない。

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