切り札はフクロウ

PeaXe

なかま

 鴉の天敵は梟だ。


 主に日中活動する鴉は、夜行性で肉食である梟が大の苦手だ。

 黒い羽がどれだけ闇夜に紛れても、梟はその姿を見つけるだろう。


 小さな頃に翼が折れ、飛べなくなってしまった鴉は、地べたでじっと空を見上げる。

 他の鴉がいない所を選んで、ちょこちょこ歩いて移動する。

 夜は夜で、極力誰もいない所で寝る。


 それは鳥としてみじめな生活だが、他の鴉には味わえない世界にいると思えば、少しは気が紛れた。


 とりあえず、その鴉は、ポジティブシンキングが取り柄だった。


 空腹をしのぐため、今日も他の鴉がいないゴミ捨て場を探す。

 そうしなければ、飛べない鴉は同じ姿をしたモノに苛められるからだ。

 それに人間も恐ろしい。

 彼等の前でゴミを漁れば、まず間違いなく叩かれる。

 飛べない鴉では、逃げ切れないだろう。


 そんなわけで、鴉は今日も今日とて餌探しの旅に出た。

 旅と言ってもすぐ近くだ。住んでいる場所から近くなければ、歩いていく事などできないのだから。

 穴場でも何でも無く、ただ、他の鴉がいない時間を見越してちょんちょん歩いていく。車がめったに通らないそこは、歩いて移動するのにちょうど良かった。


 しかしその日は少し、様子が違う。


 他の鴉がいないのはいつもの事だが、やけに人通りが多いのだ。

 遠くから何かを叩く音や、人の声がたくさん聞こえた。


 今日はどうやら祭りらしい。

 鴉は空から見る事が出来ず気付かなかったが、その日はなるべく会場の近くに停まろうとする車も、人通りが無い場所にこそ多くやってきた。

 人の目も盗もうと慎重に行動するが、いかんせん目当ての物が見つからない。


 最近生ゴミを探すのにはとても苦労する。黄色い袋は、鴉の目には不透明に見えるからだ。

 逆に言えば、中身の見えない袋にこそ生ゴミが詰まっているとも言える。


 散々苦労したが、今日は生ゴミの日ではなかった。


 今日は草や昆虫だけでしのぐしか無いらしい……。

 そう、諦めた時だった。


 ―― クラクションが、鳴り響く。


 鴉が見ると、やけに大きな車が、狭い路地を通ろうとしていた。

 タイヤも大きく、幅が広い。


 普通の鴉であれば飛んで逃げただろう。

 あるいは、こんな事態に慣れていて、上手く車の下に滑り込んだかもしれない。


 しかし何度も言うが、この鴉は他の鴉も、人も、車だって避けてきた。

 それを避ける術など、持ち合わせてはいなかったのである。


 鴉は、ぎゅっと目を瞑った。


「よいしょっ」


 途端、感じた事の無い風を感じる。

 足がアスファルトから離れ、身体が上下に大きく揺れた。


「な、何?!」

「何って、飛んだに決まっているだろう?」


 風の正体は、飛んでいる時にしか感じられない浮遊感だった。

 持ち上げるために掴まれた羽は痛いが、それでも、鴉はその時初めて知った。


「飛んで、る?」

「何で疑問系なのさ。いやぁ、さっきは危なかったね!」


 バサバサと音を立て、翼を力強く羽ばたかせる、真っ白な鳥。

 少し頭が大きく、まん丸の大きな目をした鳥が、鴉を見つめていた。


「やぁ、俺は梟。君は?」

「か、鴉。って、梟?! 何で?!」


 梟は夜行性だ。時刻は昼を回った程度で、普通に考えれば梟がこんな、力強く羽ばたく時間ではない。


 加えて、鴉は梟が苦手だった。

 夜になれば鴉は目が利かなくなるのに、彼等はとても夜目が利く。

 更に言えば、この鴉は飛べない。

 夜には絶対会いたくない相手だった。


 どうして助けてくれたのか。

 鴉は思わず尋ねてみた。

 するとどうだろう、梟はあっさりと、その理由を語る。


「そりゃ、俺等は友達だからね」


 梟は首をぐるりと回して、澱みなく、堂々と、そう言った。


 友達。

 聞き慣れないその単語は、やけに鴉の耳に残る。


「え、い、いつから友達に?」

「今」

「……僕達、鴉と梟だよ?」

「同じ鳥だろ?」


 そりゃあそうだが。


 色も。

 起きている時間帯も。

 鳴き声も。

 飛び方も。

 ついでに言えば人間から好かれる度合いだって。


 何もかもが違う種族を、同じ鳥だからという理由で助けるのか?


 ……助けるのだろう。


 何故ならこの梟は変わり者なのだから。


「酷いよね。人間だって1人1人違うのに、俺達は全員同じだって決め付ける奴、俺は、物凄く、焼き鳥にしたいくらい嫌いだ」

「はは、は。焼き鳥かぁ」

「笑い事じゃないって! それにしても飛べない鴉なんているんだね。あいつら、寝ている俺の上をびゅんびゅん飛び回っているばかりだと思ったよ」

「それこそ、人間みたいに1人1人違うってだけさ。僕は生まれつき、飛べないし」


 時たま、この鴉を見かけても笑わない鴉だっていた。

 この鴉が飛べないと気付いていなかっただけかもしれないが。


「ともかく、また会えたら一緒に飛んであげるよ。鳥なのに空を知らないなんて、もったいないからね!」

「……本当に、変わっているね」

「それはお互い様だろう?」


 その日、鴉は初めて友達が出来た。





 *◆*





 鴉と梟が友達になって、どれくらいが経っただろう。

 寒い日も暑い日も、いつの間にか毎日会うようになっていた。


 時に一緒にご飯を探して、時に一緒に空を飛ぶ。とりあえずとても仲が良い部類に入る程度には入るはずだ。


 そしてある日の事。

 鴉は、随分と弱っていた。


 そもそも飛べないあの鴉が、大きくなるまで生きられたのが奇跡である。

 幼い頃から粗食だった鴉は、飛ばないことでそのエネルギーを最小限に出来たからだろうか。


 しかし、梟と出会ってからそれなりの食事が出来ていた鴉も、もう限界だった。


「ごめんね、梟」

「いいや。変わり者と呼ばれた俺と、ずっと一緒にいてくれたんだ。こちらが感謝こそすれ、謝られる謂れなんて無いさ」

「それでも。君を独りにしてしまう。ごめんね、梟」


 梟がせっせと作った草のベッドに、鴉は力無く横たわっている。

 喋るのも辛いだろうに、鴉は梟を赤い目で梟をじっと見つめ、微笑んだ。


 その声は震え、弱々しい。

 そしてその頬に、一筋の涙が伝った。


「ねぇ梟。最期の頼みを聞いてくれるだろうか?」

「聞くさ。最後に何か食べるかい? それとも君がいなくなるまで一緒にいる?」

「ふふっ、そのどちらでもないよ。ただ。


 ―― 僕を、食べてくれないか?」


 弱々しくも、その言葉だけは震えていなかった。

 それは冗談でも何でも無い。

 真剣で、残酷な、それでいて……思いやりに溢れる提案。

 だからこそ、余計に性質が悪い。


 言葉に詰まる梟に、鴉は再び笑う。


「このまま1人で朽ちるより、これから先もずっと生きる君の血肉になりたい。友達として、君の傍にいたいから」

「っ」


 その言葉を最期に、鴉は目を閉じた。

 もう二度と、その目が開かれる事はないだろう。


 鴉は、あっと言う間に冷たくなった。

 まるで石か氷のように、冷たく、硬くなってしまった。


 梟は、しばらく鴉の亡骸を見つめていた。もうそこに、あの鴉はいないと分かっていても、離れる事はできない。

 断る前に、彼は逝ってしまった。

 ならば。


 ―― 約束を、果たさねばならない。





 *◆*





 鴉の天敵は梟だ。


 主に日中活動する鴉は、夜行性で肉食である梟が大の苦手だ。

 黒い羽がどれだけ闇夜に紛れても、梟はその姿を見つけるだろう。


 闇夜でなければ目立つだろうが、あの鴉だけは少し違った。

 初めから違っていたのだ。


 真っ白な羽を持つそれは、自分が黒い羽だと思い込み、夜にこそ目立つ事を知らなかった。


 梟は、知っていた。

 その鴉が幼い頃、羽の色が違うだけで、親に巣から落とされた事を。

 ずっと、見ていた。

 だからこそ、知っている。


 あるカテゴライズにおいて、やはり彼等は同じなのだ。

 『仲間』だったのだ。


 同じ姿をしている者はめったにいない。

 同じ形を持っている者からは迫害される。


 ならば、どうするか?


 あの鴉と同じ、真っ赤な瞳を輝かせ、梟は今日も闇夜を飛び回る。


「やあ、少年!」


 獰猛な笑みを浮かべて、闇夜を歩く人間の子供に語りかける。


 いつからこんな事をし始めただろう?


「家出かい?」

「……」


 少年はこくり、頷いた。


「なら、俺等のアジトに来なよ! 君と同じ奴等が集まっているもの」


 梟は、少年へ、手を差し伸べる。


「同じ……?」

「俺等は同じだろう? 白い頭に赤い瞳。これで違うだなんて言わせない!」


 今度は無邪気な笑みを浮かべて、更に前のめりになる。

 少年は目をパチパチと瞬かせ、首を傾げて尋ねてきた。


「君は―― 天使?」

「残念。俺は梟。鴉でも孔雀でもない。ただの梟さ」

「梟なら『人の姿をしてい』ないよ?」

「……色々あったのさ。それで、君は俺と一緒に来る? それとも来ない?」

「――……」


 梟は今日も飛び回る。

 自らの血肉となったあの鴉。

 そして自分と同じ「変わったモノ」を探すために。


 そうして見つけた『仲間』を誘うのだ。


「ようこそ。ここでは君も、普通だよ」

「普通? 僕が?」

「自分で見てごらんよ。どこもかしこも仲間だらけさ!」


 扉を開く。そうすれば、そこには『仲間』がいる。

 形は違っても、そこにいる全員が共通点を持っていた。


 中には、本当なら人間を襲うような奴もいる。けど、それはやってきた少年を柔らかく見つめるだけだ。


 そうして、少年も――


 ―― 『フクロウ』の『なかま』になるのだ。



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