第二話

無理が祟ったのかアリシアはここ数日間、風邪を拗らせて自室で寝込んでいた。熱が体を蝕み、自分の意志とは関係なく咳き込むせいで肺の負担もかなりかかっていた。

しばらくアリシアの部屋に出入りするのは看病に来るメイドのみとなった。


「(…ここ最近梟さん見てないな。)」


枕元に置いてある時計を見てぼんやりとした意識の中、アリシアはそんなことを思っていた。今日もまた先生からの返事が届く日だった。先生と呼ばれる相手との交流が始まってから二週間ほど経っていた。最初は半信半疑だったが今ではすっかり楽しみにしている。


「(今日はどんなことを教えてくれるのかしら。)」


先生とアリシアがそう呼ぶ者と彼女が文通をするきっかけとなったのがアリシアの部屋に迷い込んできた一匹の梟がきっかけであった。

生まれてからこの方、外の世界を知らないアリシアはこの部屋と本だけが全てだった。しかし日々を退屈そうに一人で過ごすアリシアはいつしか世界そのものがきっとつまらないものと感じるようになった。

部屋を訪れるメイドとの会話はいつも簡略的なものであり、たまに部屋に訪れる父や母との会話もアリシアにとっては嬉しいようなそうでないようなものであった。

両親にとって娘であるアリシアを心配して部屋を訪れることは当たり前のことであったのだが当人であるアリシアはどこか気づいていた。


父から発せられる労いの言葉。しかしどこかでその瞳は優しそうに見えて奥では何か冷たいものがある。

母から受ける愛も何故そんなに悲しそうな顔をするのだろうかといつも疑問に思っていた。否、そう思いたかったのだがどこか本能的に彼女は感じ取っていた。きっと母はこんな体で生まれてしまった娘を申し訳ないと思いつつもそれのせいで負い目を感じているのだろうと。


幼いながらもアリシアは家族という存在に対してある種の距離を感じていた。それは彼女以外の全員が同じ考えを持っていたとしても誰も口に出さない。この家族はどこか仮初のようだった。


そんなある日のこと、部屋の窓から庭を見下ろしていた時のことだった。庭師によって整えられた庭園。いつもと変わらない風景にアリシアがぼんやりと眺めていたときだった。視界の隅で何か白いものが掠めたような気がした。視線をそちらに向けると部屋の隅にいつの間にか鳥がそこに鎮座していた。

アリシアの部屋にいるのは基本的に世話係のメイドのみだったが、まさかこんな珍客が来るとは彼女は思ってもいなかった。


「あなた、確か梟…よね。」


本で得た知識を引っ張り上げながらアリシアは梟と一定の距離を保ったままじっと見つめた。羽を畳んだ状態で大人しくしているその様子はまさに本で見た通りの生き物だった。

真っ白な羽に包まれたその姿はどこか神々しい。その美しさに見惚れているうちにアリシアはふとあることに気づいた。


「怪我をしているじゃない!」


よく見ると右の翼の先端部分に血痕のようなものがついている。おそらく先程まで飛んでいた時に枝か葉っぱで傷つけたのだろう。


「大変!すぐに手当しないと。」


性格が温厚なのか、こちらが害を与えるものではないと理解しているのか、アリシアが彼に近づいても威嚇することなくただ彼女の瞳を見つめていた。


「お嬢様、お食事の準備が整いました。」

「サラ!丁度いい所に。あのね、」

「お嬢様?!」


久しく床に伏せていたアリシアがいつの間にか入り込んだ梟に近づいていたりとメイド、サラの考えをとうに超える出来事が沢山起きたりとその日は少し騒がしかった。


その後日。

怪我が回復した梟がアリシアの部屋から無事飛び立って数日立った頃。再び梟が彼女の元へとやってきたのだ。足元に手紙を携え。



親愛なるアリシア嬢

突然の手紙によるご無礼をどうかお許しください。

先日は、私の使いもの梟を助けていただき誠に感謝いたします。

つきましては、貴女様の望むものをお一つお送りさせていただきたく思い、綴らせていただきました。

使いに再び貴女様の望むものを書いた手紙を持たせてください。

突然のことで不安がることでしょう。どうぞ信じられない場合はこのことも、彼のことも忘れお過ごしください。



送り主の名前を書かれていない怪しい手紙ではあったがアリシアはどこかこの手紙に惹かれたのだ。少し変わった匂いが染み付いた手紙を何度も何度も読み返しどこか心の奥底で湧き上がる気持ちを抑えられないでいた。


だっていつも見ていた景色でさえ、こんなにも輝かしいと思うものに見えるようになったというのだ。

彼女はもちろん、


「きちんと届けてちょうだいね。」


梟に再び持たせた手紙には


親愛なる名前も知らぬ方へ

私の先生となってください


「私、もっと外のことを知りたいの。」


彼女の眠っていた好奇心を呼び起こすのには造作もなかった。



そこからアリシアと彼女が先生と呼ぶ者の文通が始まった。

寝ているばかりでは迎えられないと彼女がベッドから身を起こすと窓が少し風で揺れる音がした。

彼が来たのだとアリシアは急いで窓へと向かい勢いよく開ける。


「いらっしゃい!」


来てくれた梟を部屋へと招くがアリシアは彼の姿を見て驚いた。いつも足に結ばれている手紙がないのだ。

「あら。どこかでお手紙落としてきてしまったの?」

アリシアはそう尋ねるも梟は何も答えられない。しかしいつもの手紙の代わりに梟が赤い実が実った木の枝を咥えていた。部屋に入り込んだ梟はアリシアの手のひらの上に木の枝を落とす。まるでこれを食べなさいと言っているかのようだった。


「これはなあに?」


食べたらいいの?の尋ねるアリシアに梟は一鳴きし、再びその羽根を広げて飛びだってしまった。アリシアが静止する声も聞かずに。

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先生、これは? 叶望 @kanon52514

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