先生、これは?
叶望
第一話
生まれて間もない私ことアリシアはそれはそれは奇跡のような現状でこの世に産み落とされた。
生きるか死ぬか、小さな赤子にはとてもとても辛い試練を神様はお与えになったとお婆様はよく私にお話していた。だからこそ、こうやって今を生きている事を誇りに思いなさいとも。
後、一週間でこの世に生を与えられてから15年目になる。
ベッドの上でぼんやりと外を眺め、月を観察するのは何度目の事だろうか。
奇跡のような誕生をした子供はその後、すくすく育ち健やかに過ごしている。
なんてお伽噺のようにそううまくはいく事なく、すぐに息が上がってしまい胸を締め付けられるような痛みに悩まされ続けながら生きてきた。
お父様やお母様、皆々、もう少しの辛抱と声をかけ続けてはや何年。
大丈夫よと優しく頭を撫でる手は一見優しいのだけれど、それをも覆すような腫れ物のようなあの眼差しは一体いつまで受け続けなければいけないのだろうか。
きゅっと襟元に添えていた手に力を込める。
いけないわ。これから先生をお迎えするのに暗い気持ちになってしまった。
そっと目を閉じて考えないように、いっそのこと忘れてしまおうと試みたその時、閉められた窓がガタガタと揺れた。
「!」
来た。
今日は立ち上がるのは辛くない。早く窓を開けて先生をお迎えしないと。急かす気持ちを押さえてゆっくりと窓へと歩く。ちょっと走っただけでも私の心臓は驚いてしまうのだから慎重に慎重に。
ゆっくりと窓へ近づき、大きく開ける。目の前の木々をじっくり見つめること数秒、
「こんばんは、先生のお使いさん。」
「ホー。」
闇夜に隠れながらも、ゆっくりと木々を伝って窓へと近づく私の小さなお友達。
「出迎えが遅くなってごめんなさい。でも、貴方なら平気だもね。梟は寒いところはへっちゃらって本に書いてあったもの。」
「ホー。」
そうだよ。よく知っているねと言っているようだ。あくまで私の推測でしかないのだけど。
「今日も質問の答えを持ってきてくれたのね。」
私がこの世に退屈と嘆かないでいられる大切な存在。
「ありがとう。いつも助かるわ。さぁ、中に入ってちょうだい。寒かったでしょう?」
羽ばたいて部屋の中に入るよう促すと、バサバサと音を立てて部屋の中に入ってきた。
机の上に着地し、こちらを見据える梟に私も腰をかける。机の傍らには上質な紙とインクが用意されているが、お友達はそれを飛ばすことはなくいつも静かに机の上で羽を休めるのだ。
彼の足元には紙が結ばれており、彼に断りを入れてから紙をほどき広げる。
「おはようございます。今日はとてもいい天気です。」
まず目に飛び込んでくるのは、この一文だった。
先生からのお返事は決まって挨拶と書いた日の天気の様子を伝えてくれる。
名前も知らない。会ったこともない。そんな私の先生。いつからだっただろう。こうして先生と梟を通じて手紙のやり取りをするようになったのは。初めは、窓から入ってきた梟を助けたことから始まったんだっけ?
「はじめは窓から君が飛び込んできたときとてもびっくりしたのよ。だってあなた、羽を怪我していたんだもの。」
指先で羽の根元をくしくしとくすぐるとぶるぶるとその身を震わせた梟に私は小さく笑った。
「でも、こうして先生ともお手紙のやり取りができるようになって私とっても嬉しいの。ありがとうね。」
そう言うと嬉しそうに目を細めた彼はそのままパタパタとその翼を動かして部屋を一周するとまた机の上で休み始めた。
さぁ、彼が次に目を覚ますまでにお手紙のお返事を書かないと。
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