第37話:第2アクアライン検討会発足と東日本大震災
2010年9月15日、山下専務に呼ばれて、専務室で面会すると第2
アクアライン(千葉県富津岬から横須賀の走水の岬)について、水面下で検討
会議が始まったと告げられた。第一回総会が20010年10月12日に、
我が社の大会議室で行われる事になったと教えられた。関連する企業38社で
、以前アクアライン建設工事に携わったゼネコン6社から3人ずつ、他は、
責任者1名の50人が出席する事になったそうだ。国の建設省の役人と、
大臣も出席する様だ。その会議に伊藤君も出席してもらいたいと言われ、
喜んでと答えた。我が社から、その他、営業部の谷川部長も参加する予定だ
と聞かされた。
本来は2013年に東京オリンピックの開催をもくろんでいたのだがブラジル
・リオデジャネイロに持って行かれた。次回の2020年、オリンピック開催
に再挑戦する予定であるが開催できるか未定だ。第二アクアライン、千葉の
富津岬と横須賀の走水の間、約7kmに橋を架けて、今のアクアラインの特に
土日の激しい混雑緩和と、東京に住む団塊の世代が、全員75歳を越えるために
、その人口を分散させるために、関東でも人口密度の少ない地域への分散させる
目的で作ろうという訳だった。千葉のゴルフ場の跡地に老人が多く住む、
病院、行政、商店などを使いやすくしたコンパクトタウンを20以上つくり、
東京の高齢者を移住させようと計画した。
その場合、埼玉の郊外、茨城、千葉県・房総半島から、第2アクアラインの
橋を渡り、横須賀に入り、関東の郊外を一周する大きな環状道路ができ郊外と
都心を短時間で結べるようになる。完成予定は2018年と考えている。
その10年前に第2アクアライン建設準備委員会を立ち上げたと言う訳だ。
第1回では、総工費と工事予想期間が話題の中心で有り、総工費は、
アクアラインの1/3、工期は5年・アクアラインの半分と見積もられた。
3つのゼネコンでは4年で完成できると話していた。工事着工開始を
2011年7月1日と決定した。
ところが2011年3月11日午後2時47分、東日本大震災が起きて
工事着工開始の2011年7月1日が当分延期となった。東京の中心街の
震度は5弱で、交通網がマヒして、徒歩で帰宅する人の長蛇の列が各幹線道路
におきた。そこで、わが社では、帰宅困難者のために、大震災の日の晩に、
東京の本社を開放して、会議室で寝たり、備蓄していた食料品と水を分け
与えたりした。
20011年の夏から、余震の続く、東北へ、ボランティア活動へ若い社員
が出かけた。2011年から我が社でも東北復興のための建物設計、マンション
、工場の免震化工事を始めた。
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