Ep.25 光の魔法
こんなところでお目にかかるとは思ってもいなかったハンバーガーにかぶりつき、ひとしきり談笑も終えてお店を出ると、外はすっかり夜の帳が下りていた。
そして軒先から少し離れたところに、ずらりと横並びの人だかりができている。
「あれ? 夜のパレードって、まだ時間あったよね?」
「うん。でも1時間切ってるし。長い人はお昼のパレードも2時間くらい座って待ってるよ」
「えっ」
お昼のときはテラス席越しの遠目でしか見なかったし、ファストパスの時間もあったので周りのことはそこまで見ていなかったのだが、なるほどあの人混みが出来上がるわけだ、と思った。
「ちなみにちーちゃんは」
「イベントのパレードは割と座って待つよ。あとは新しいパレード! ってときは1日ずっといたこともあったかな」
待って。
1日って。
「1人のときは流石に無理だから、友達同士で行って、ご飯調達とかお手洗いのローテーションとか組んだりしてたよ」
ディズニーランドでパレードを見るのはチームスポーツか何かなのだろうか。
「流石に同じ場所を1日中座り込みってことはしないけどねー。アトラクションもいくつか回りたいし」
「体力もつの……?」
「うん、平気平気」
つよい。
つよすぎる。
「でも今回、というかゆめくんにそんな苦行をさせたくはないので、多少見にくくはなっちゃうかもしれないけど、少しでもパークを楽しんでもらえるように予定を組んでみました」
「そっか。ありがとうね、ちーちゃん」
「いえいえ」
彼女の横顔は、なんだか少しだけ誇らしげというか、自慢げというか、そんな風に見えた。
「で、本題。ゆったり座って見たいなら、そろそろ場所取っておいた方が良い感じなんだよね。待ち時間長いけど」
「そうなんだ。ちなみにスタートは何時?」
「7時半。ただし、スタート地点はファンタジーランドだから、ここに来るまで20分くらいかかるかな? パレードも全部通るのに同じくらいかかるよ」
「随分大がかりなんだね」
「『エレクトリカルパレード』は、装飾だけじゃなくて、パレード自体の長さもすごいから」
いっぱい光がキラキラしているのはおぼろげながら記憶にはあるものの、かなりぼんやりとしたものなので実態は知らないに等しい。
「どうする?」
そして選択権は僕の手元に。
ここまでくるともはやデートというよりプライベートツアーのような感じがしてくるが、それはそれでご愛嬌かもしれない。
「ゆっくり、座って待ってみようかな。おすすめの場所、あったら教えてよ」
「もちろん。じゃあ、こっち」
連れられてたどり着いたのはトゥーンタウン。
彼女が陣取ったのは、入ってすぐにある街路樹の近く。
ワールドバザールのアーケードを小さくしたような屋根がとても目立つところだった。
先客はそれなりにいたものの、それでも前方の視界はそれなりに良好。
「ここはまさにパレードの終点だから、ぎりぎりまで埋まらないんだよね。それに見ての通り反対側が茂みになってるから、ミッキー達の背中しか見えなかった……なんてこともないんだよね。デメリットは待ち時間が長くなって、パレードも先頭がくるのは8時くらいになるんだよね。そんな感じなので、待つの嫌になったらいつでも言ってね」
「大丈夫。ちーちゃんと一緒にいたいし、1人にはしたくないからさ」
「そっか。ありがとね」
彼女が広げてくれたレジャーシートに並んで座り、静かに物思いにふける。
1日という時間が、長くなったり短くなったりしたような、そんな気がする。
そう感じてしまうほどに、色々なことがあった。
けど、今日という日が楽しくなかった、つまらなかったかと聞かれればそれは否だ。
夢の国のパワーなのか、それとも恋心のせいだろうか。
そうしていると、隣の彼女が尋ねてきた。
「ねぇ、ゆめくん。今日はどうだった?」
「そうだねぇ」
夜空を見上げながら、もう一度今日のことを思い出す。
朝のやりとり。
最初に乗った、オムニバスのこと。
蒸気船から眺めた景色や、2人で歩いたパークの景色。
ランチタイムのブッフェ。
……あのテラス席でやった「あーん」のことは、ちょっと恥ずかしい。
それから、夕方のショーと、その後のこと。
普通の人なら1日でこんなにたくさんのことを体験するなんて、きっとないだろう。
多分ミッキーマウスへの愛情を滔々と説かれるなんてこともまずない。
でも。
自分が抱いているのは、とても不思議な高揚感。
気のせいかもしれないと思いつつも、僕はその夢のような心地に浸っていた。
*****
5分前のアナウンスが鳴り響いた頃、少しだけ空腹を覚えた。
ちょっとだけおやつが食べたいような、そんな気分。
『ねぇ』
僕の発した声と、彼女の発した声がぴったりと重なる。
『いいよ』
2回目。
これには思わず吹き出してしまった。
お互いの顔を見合わせながらひとしきり笑うと、彼女が先を促してくる。
「ゆめくんからでいいよ」
「ちーちゃんが先で」
まあ、こうなるとは思っていた。
そこで提案をしてきたのは彼女の方だった。
「じゃあさ、いっそのこと一緒に言うのはどう?」
台詞の端々から、思い出し笑いをこらえようとしているのが伝わる。
「いいよ」
同じような気分になりながら返事をする。
音頭はちーちゃんが取ってくれた。
「じゃあ、いくよ。せーの」
『ポップコーン、食べない?』
言い終えた瞬間、再び僕らはお互いの顔を見ながら笑っていた。
それはもうお腹がよじれるほどで、うっかりしていると隣の人にぶつかってしまいそうだった。
ただパレードの時間も近かったせいか、後ろの方にも人だかりが作られてしまい、ワゴンまで行って帰ってくるのはなかなか難しくなっていた。
後で何か食べようか、と決めたところで音楽が止まり、周囲が暗闇に包まれた。
僕の彼女はミッキーマウスに恋してる 並木坂奈菜海 @0013
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