Ep.24 夢の世界へ

 ショーが終わってから、千春の様子がだいぶおかしいことになっている。

 主にミッキーがどうとか、僕より好きだとか。

 別に怒っているとか、嫉妬しているといった類ではない。

 ただただ、「わけがわからない」のだ。

 とりあえず場所を移り、『トゥモローランド・テラス』で話を続ける。


「えっと、千春、さん? とりあえず、落ち着きましたか?」

「あ、ちょっと待って……まだちょっと……」

「深呼吸しようか。はい息吸ってー、吐いてー」


 吸って吐いてを繰り返し、何故か途中から吐くのをやめた千春。

 空気を入れ過ぎて顔が熟しきったりんごのようだった。


「もうそろそろ息吐いて、そこまで吸わなくて大丈夫だから」

「あ、うん、そうだよね」


 肩で息をしながらも、なぜかその表情は満足げだった。

 本当にわからない。


「えっと、それで。さっきのアレはどういうこと、なの?」

「まあ、割とそのままの意味だけど?」


 どストレート。

 圧倒的、ストレートだった。

 にもかかわらず、彼女はけろっとした表情。

 腹が立つとまでは行かないものの、正直に言って何だか納得がいかない気分だった。


「じゃあなんで、わざわざ僕をこんな所にまで連れてきた訳?」

「それは」


 初めて、彼女が言い淀んだ。


「何でも言っていいよ、ここまで来たら逆に嘘つかれるのもいやだから、さ」

「本当に、いいの?」

「いいよ」

「じゃあ、言うね」


 彼女はゆっくりと、そして静かに息を吐く。


「隠し事するの、下手だからさ、私。どこかでぎくしゃくして別れるくらいなら、最初に見せておいた方がいいかなって」

「ミッキーマウスが、好きだってこと? そのくらい、別に何とも」

「じゃあ、恋人よりも好きだって言っても?」


 少し、言葉に詰まる。


「それは」

「ゆめくんだって嫌なんでしょ、そんな女子と付き合うのは」


 何もかもを投げ出したように、僕の言葉を遮る。

 でもこのまま、彼女を放っておく訳には絶対にいかない。


「ねえ、


 続きの言葉が自然に出てくるまで、少し待つ。


「僕は、キミが今までどんな経験をしてきたのかは分からないし、さっきの言葉も正直言って意味がよく分からない。でも」


 脳裏に浮かぶのは、この前のイクスピアリと、そして今日のデート。

 いつだって、千春の表情は変わらなかった。


「この前と、今日で。キミが見せてくれた笑顔は本当に素敵だったし、心から楽しんでいるんだなっていうのがすごく伝わってきたよ。僕はそんなちーちゃんの笑顔が、1番近くで見られて、本当に良かったなって、思ってるよ」


 ちょっと流石にストレート過ぎたかもしれない、と思い直す。

 でも、後悔はしていなかった。


「だからさ、そんな暗い顔しないで? せっかく来たんだし、もっといろいろなところを、見せて欲しいなって思ってる」


 僕らの間に流れる沈黙。

 先に破ったのは、弾けるような吹き出し笑いをした千春だった。



「えっ、何!? 僕そんなおかしなこと言った!?」

「うん、言った。でもそんなゆめくんが好きだよ」

「ど、どうも?」


 こんなときはどんな顔をしたら良いんだろう。

 笑えばいいのかな。


「でも、本当にいいの? 自分で言うのも何だけど、結構めんどくさいよ?」

「恋人よりもミッキーマウスが好き、なんて公言しちゃうような女の子なんてちーちゃんが初めてだよ。多分他にいないと思うけどね」


 さしずめ、僕の彼女はミッキーマウスに恋をしていると、そういうことだろうか。


「でも正直、ちーちゃんの気持ちはよく分からないかな。流石に」

「ま、そうだよね。でも今は、それで私も十分だから」


 言いたいことを全部言い切ってスッキリしたのか、千春の笑顔は昼間と変わらないくらいの輝きを取り戻していた。


「ゆめくん、ちょっと早いけどついでだし、ここで食べてく? ハンバーガーなんだけど、他のメニューが良かったら移動してもいいし」

「ちーちゃんがいいなら、どこでもいいよ。ちなみにこのお店のメニューは」

「ここはハンバーガーのお店でーす。照り焼きチキンとチーズと、あとエビカツのバーガー。サラダとポテトもあるよ」


 メニューをサラサラ言えてしまう能力は最早当然のようにスルーしておこうと思う。


「ところで、場所取りはしておいたままでも大丈夫かな?」

「うん、大丈夫だよ」

「じゃあ、一緒に行こう? ちーちゃんにやってもらってばかりじゃ申しわけないし」

「そんなに気を使わなくても大丈夫だよー。まあ、でも一緒にいこっか」


 手を繋ぐのに自分が何の抵抗も緊張もしなくなっていたことに気が付いたのは、レジに並んでいる時だった。

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