Ep.23 夢と魔法の世界
「休憩って言うけど、どこにいくの?」
「うーんとね、いいところ」
何たるアバウトな。
「まあ、行ってからのお楽しみだよ」
「同じようなセリフを何度か聞いたような気がするんだけど」
「多分気のせいだよ、気のせい」
ややぶっきらぼうな口調ではあったが、これ以上何を言っても心変わりしそうにないので黙ってついて行く。
ウエスタンランドを出て、まっすぐシンデレラ城の方へ——と思いきや、パレードルート側に出る。
そしてプラザを反時計回りに移動して、たどり着いたのは。
「どうしてここに?」
「私にとって、いや、違うかな」
被りを振りつつ、一瞬ためを作って言葉を紡いだ。
「この世界で、きっと一番大切な場所だから」
シンデレラ城を背景にたたずむ、1匹のネズミと、彼と一緒に手を繋ぎ、エントランスの方角を指す背広を着込んだ男性。
2人(1匹と1人というよりも、こっちの方がしっくりくる気がした)の名前は、ここへは滅多に来ない僕でさえも知っている。
西日のせいで表情は微妙に見えづらいが、きっと笑顔でやって来る人々を迎えているに違いなかった。
「この像は、『パートナーズ像』っていうの」
「パートナー」
「うん。まあ、ミッキーマウスを創ったのはこの人だから、ある意味そうなんだけどね」
銅像を見上げながら、千春は独り言のようにつぶやく。
「ディズニーランドは、永遠に完成しない」
「それ、誰の言葉?」
「この世界を創った人」
その「夢と魔法の世界」を創造した本人は、僕らの目の前で、静かに笑顔のままたたずんでいる。
「前に、思ったことがあるの。『どうして私は、こんなにディズニーランドが好きなんだろう』って。小さいころからの刷り込みじゃないの、って言われちゃうとそこまでなんだけど」
そして千春は、銅像と——その向こうに建つ、純白と群青をまとった魔法のお城を眺めながら、静かに息を吐いた。
「まだ理由は、分からないんだよね。でも、確かに思うことがあって。……私がここで過ごしてきた時間や思い出は、いつまでもここに在り続けるし、絶対に色褪せない。たくさんの時が流れて、どれだけこの場所が変わり続けても、決して変わらないんだって」
「……それじゃあ、今日のことも?」
「もちろん。当たり前でしょ?」
僕の方を振り向いて、明るく微笑む。
そんな彼女の可愛さに、胸の鼓動が早くなる。
こうやって、僕の中にも「思い出」が刻まれていくのだろう。
「そろそろ、ショーベースに行ってもいいかな? 早めに並んでおかないと、席無くなっちゃうからさ」
うん、いいよ」
******
トゥモローランドへ来るのは、これで3回目くらいのような気がする。
だがしかし、『ショーベース』の前の人だかりは、今まで見たことが無かった。
「うわ、もうこんなに」
「でも多分、それなりにいい席は座れるかな。今日は人が多いってわけでもなさそうだし」
「こ、この人数で?」
ため息が止まらない。
少なくとも目算で100人単位の人が、決して広いとは言えないスペースに並んでいる。
「ショーベースって小さく見えるけど、中は結構広いんだよ? 確か1000人くらい入るって聞いた気がする」
「せ、1000人」
す、すごい……。
「そういえば、ショーの話全然してなかったね」
「名前くらいしか聞いてなかったね。どんなショーなの?」
「ちょっと説明が難しいんだよねぇ。まずはタイトルをもう1回見てみて?」
ショーベースの入り口にあった看板のタイトルは、”One Man’s DreamⅡ”。
直訳すれば、「1人の男の夢」。
誰のことかは、さっきしゃべっていたからすぐに察した。
「ウォルト・ディズニーの遺した言葉に、こういうのがあるの。——“It was all started by a mouse”」
とても滑らかで、自然な発音の英語だった。
意味は——。
「全ては1匹のネズミから始まった」
「大正解。ミッキーマウスから今に至るまで、色々なディズニー作品を融合させてミュージカルにしたのが、このショーなの」
「なんか、すごいのはよく分かったんだけど……あんまりディズニー映画とか観たことないからさ、大丈夫かなって」
「大丈夫だよ、きっと。音楽もすごく素敵だし、中身もすっごく面白いから! 衣装もすごく可愛かったりかっこよかったりしてて、眺めるだけでも楽しいよ!」
突然ショーに対する熱い語りを始めた千春に、思わず心の中で1歩後ずさりする。
イヤな予感がする、というわけではないが、彼女の瞳に妖しい煌めきをなんとなく感じたせいだ。
「あー、でもキャラクターとかいっぱい出てくるんだよねぇ。その辺が少し不安と言えば不安かな。ショーだから時間長いし、つまんなかったら嫌でしょ?」
「でも、興味があるかどうかでいうとある方、かな」
「そう? なら、いいんだけど。今までずっと歩き通しだったし、途中で飽きたら寝ちゃってもいいよ」
「流石にしないよ、そんなことは!?」
そんなやりとりをしながら列に並ぶこと約30分。
幸運なことに、座席はステージを見渡せる真ん中のブロックで座ることができた。
舞台のカーテンは、ややデフォルメされたキラキラと輝くお城の1枚絵が施されたシンプルながらも華やかさのあるデザイン。
喧騒に混じって小さく聞こえるBGMはディズニーソングのオルゴールアレンジで、集中して聴いているとなんだか眠気を催してきそうだった。
「ゆめくん、大丈夫? なんかぼーっとしてない?」
「えっ、いやそんなことは」
ないよ、と言おうとする前に欠伸が先に出てきてしまった。
これはよろしくないな。
「やっぱり眠いんでしょ? 休憩してていいよ、私のワガママだし。ショーもまだ始まらないから、少し寝たら? 肩なら貸すよ?」
「いいや、そこまでは大丈夫です」
本音としてはお言葉に、という気持ちも少しはあるが。
「ちょっと、お手洗い行ってきてもいいかな?」
「いいよ。左側のブロックの後ろに再入場口があって、キャストさんがいるはずだからそこから出てね。お手洗いはスター・ツアーズの反対側のあたりにあるのが1番近いよ。分かんなくなったらマップ確認してね」
恐ろしいくらいの詳細なナビゲーションが返ってきた。流石だ。
トイレに行って帰っているうちに眠気もすっかり消え、ちょっと早いが夕食のことを考え始めた。
このショーが終わるのが大体6時前のようなので、近くで食べてみるのも良いかもしれない。
まあ、千春のことだからもうスケジュールは決まっているかもしれないが。
とりあえずマップを開いて、レストランを探してみる。
さっき通りがかった、スター・ツアーズの向かいにあるのが『パン・ギャラクティック・ピザ・ポート』。
スタージェットの方へ行けば、『トゥモローランド・テラス』。
「晩ごはんのこと、考えてる?」
そんな折に横から顔をのぞかせて、ぴたりと当ててくるのが千春だ。
「うん。もしかしてもう決めてあったりする?」
「ううん。最後くらい決めないでいた方がいいかなあって。ちなみに和洋中カレーならどれがいい?」
うーん、選択肢が広すぎる。
しばらく悩んでいると、開演5分前のアナウンスが聞こえてきた。
「終わってからでも、いい?」
「いいよ」
とまあ、この場は一旦おしまいになったのだが。
彼女の「正体」を深く知らなかった僕にとっては、その後がとにかく大変だった。
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