Ep.22 心の旅路はどこまでも

 反射的にシンデレラ城の方を向くと、先ほどまでのBGMより何倍も大きいボリュームで、別の曲が流れ始めた。


「もう少ししたら、パレードが来るよ」

「うん」


 気がつけば、パレードルートの一帯は人であふれていた。

 今日は平日のはずだが、一体どこから現れたのかと思うくらいの大人数だった。


「平日なのにこんなに人がいると、ちょっと見づらくなるかな?」

「意外と来てるみたいだね。でもフロートはみんな背が高いから、そこまで気にならないと思うよ」

「なるほど。あとさ、今聞こえたおばあさんみたいな声のナレーションって誰なの?」

「『シンデレラ』にでてくる、フェアリーゴッドマザーっていう妖精なの」

「ああ、あの人なんだ」


 童話は多少読んだことがあるので、シンデレラの話は知っている。

 けれど、あのおばあさんの名前は初めて知った。


「ところでさ、パレードって来るまで時間かかったりする?」

「どこかで止まるってことはもうないんだけど、スピード自体はゆっくりだよ。やってくるまでは音楽を楽しみながらっていうのがコツ、ってところかな。ちょっと難しいかもだけど」

「でも、今流れてる曲は明るい感じがして好きかも」

「この曲、すっごく良いよね。聴いてるだけで楽しい気分になれるから」


 パレードが来るまでに残ったアイスを片付けようかと、スプーンを半分欠けたオレンジの雪玉に刺そうとする。

 だがしかし、アイスは突然手元から逃げ出し千春の元へ。

 よく見てみれば、カップを握っていたのは彼女だった。


「はい、とりあえず来るまでさっきの続きね?」

「だからしないって!」




 ******




 おやつタイムを終えると、そろそろビッグサンダー・マウンテンの時間だという事で移動を始めた。

 ただし今はパレード中なので、迂回ルートを通りながらである。


「さっきも説明したと思うけど、パレードの動く方向とは逆になるから、早回しで眺める感じになるんだよね。今日みたいに他でやることがあるときは良いけど、ちょっと落ち着いて見られないのが残念な感じになっちゃうかな?」

「このパレードは見るの自体が初めてだから何とも言えないけど、雰囲気はなんとなく分かるし、別に悪くはない……かも」

「パレードも、また今度になっちゃうかなあ」


 空を見上げながら呟く千春。

 しかしそんな彼女の横顔は、残念そうにも楽しそうにも見えた。


「多分、ウエスタンランドの方はパレードがもう終わっちゃったかな……もしかしたらファストパスが並んじゃってて、乗るまで時間かかるかも。急いでいく? 普通にのんびりでいい?」

「じゃあ、ちょっと急ぎ目でお願いします」

「急ぎ足で行くから、頑張ってついてきて」


 宣言するなり、千春が歩くペースを倍以上に上げた。まるで競歩の練習でもしているかのようだ。

 速度差に釣られて、腕が引っ張られていく。


「は、早くない!?」

「ごめん、もうちょっとゆっくり目に歩くね」


 すぐさま速度を下げてくれたので、なんとかついて行くことができるようになった。

 ただし道は極端に狭くなっているため、うっかりしているとすぐに姿を見失いそうだ。


「大丈夫、ついてこれてるー!?」

「う、うん! なんとか!」


『カントリーベア・シアター』の中を抜け、ようやく鉱山の付近までたどり着く。

 その頃にはもう、パレードが通ってきた道は再び通行人がごった返すようになっていた。


「お疲れさま、ちょっと急がせちゃってゴメンネ?」

「いいよ、大丈夫」


 よそ見でもしたらすぐに千春を見失いそうで、正直パレードの方はあまりちゃんと見れていない。

「今度」観に行けばいいんだから、今慌てる必要も特にない。


「そういえば、ビッグサンダーのファストパスって……あ、私が持ってたか」

「ファストパスはどのへんで回収するの? すぐそこの入り口?」

「ううん、あそこは時間の確認をするだけ。で、あの坂をずっと登って建物に入って、乗り場に行く直前で回収になるの」

「なるほどね」

「じゃあ早速、行っちゃいましょう!」


 ファストパス・エントランスの前にいたお兄さん(見た目が映画のカウボーイだった)に券を見せ、曲がりくねった道を登っていく。

 頂上にある木造の建物は、おそらく鉱山の事務所だろうか、掲示物やら工具やらがところどころにあった。

 そして気づいたことがもう一つ。


「なんか、この建物って結構古そうに見えるけど、ここって廃鉱だったりするの……?」

「うーんとね、半分は当たり、かな? ゴールドラッシュって大昔にあったでしょ? ここはその時に発見された鉱山の1つなの。なんだけど、謎の事故が次々起きたりして、すっかりさびれちゃったんだよね。閉山してからも、鉱山列車が何故か突然動き出したりとか、そんな噂があるんだって」


 ホーンテッドマンションでもないのに、どうしてそんな物騒な話があるんだ。


「こういう危ない場所には、そんな話の1つや2つ、あってもおかしくはないからねえ」


 話を聞いているうちに、とうとう列車の乗り場へ。

 やってきた機関車は、小ぶりな割にかなり長い。

 一番後ろに並んでいたので両数を数えてみたら、なんと先頭の機関車を含めて6両編成。

 見た目もジェットコースターというよりミニ列車と呼んだ方がしっくりくるほどだった。

 乗り込みながら、千春が忠告した。


「結構揺れるから、気を付けてね。うっかり腕とかぶつけると痛いと思うから」

「う、うん。気を付ける。一応クッションもあるみたいだし、大丈夫だとは思うけど」

「怖くなったら、私に掴まってもいいよ」

「そ、そこまでは大丈夫だと思うよ! うん!」


 なぜ語気が強くなってしまったのか自分でも分からないが、まあそういうことだろう。

 しばらくして、機関士のいない鉱山列車が動き出した。




 ******




 無事に鉱山から脱出した僕は、またもフラフラの状態になってしまった。

 目の前を優雅に航行するマークトウェイン号が何だか恨めしい。


「揺れるって言ってたけど、あれ途中から脱線するんじゃないかって本当に怖かったよ……」

「だ、大丈夫……? もしかしてジェットコースター系苦手だったりとか……?」

「ううん、そういうことはないはずなんだけどね、やっぱ慣れてないからかなぁ」


 予想外の横揺れに我慢ができず、途中から千春にしがみつきたくなっていたのはここだけの秘密だ。

 折角の初デート、それもディズニーランドにいるというのに、なんだかとても居心地が悪い。

 彼女にばかり負担をかけているような、そんな気がしてならなかった。


「ゆめくん、もう1回休憩入れようか。そうしよう、疲れたでしょ?」

「大丈夫だよ、そんなことない。次はどこに行こうか?」


 彼女が珍しく、語気を強めた。


「休憩がてら、一緒に行きたいところがあるんだけど。そのあとでショーベースに行くから。いいよね、ゆ・め・く・ん?」


 彼女の鬼気迫るような笑顔に、僕はただ素直に従うしかなかった。

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