Ep.21 輝く昼下がり
「どうだった、スタージェットは?」
「そうだねぇ。グランドサーキットもだけど、また行ってみたいね。今度は逆で、僕がドライバーやって、千春がパイロットで」
「いいよ」
時刻はもうすぐ午後3時。
「そろそろ、パレードの時間だよね。どうする? まだ先だけどファストパスの時間もあったよね?」
「大丈夫だよ、時間はパレードの後でも全然あるし、こっちの方までパレードが来るのはしばらく後なんだよね。ちょっとトゥデイの方出してもらっても良い?」
「うん」
タイムスケジュール表の下に載っていた、小さな地図。
ファンタジーランドとシンデレラ城を囲むように引かれた、1本の赤い線を示しながら花時を続ける。
「この線がパレードの通る道になってるの。ファンタジーランドから出てきて、ウエスタンランドの方からプラザに入って、オムニバスとは逆の方向に回って、それからこの辺りまでやって来るんだよね。だから実際は10分くらい差があるかな?」
「なるほど。そういえば、パレードの終点になってる『トゥーンタウン』は、まだ行ってないよね」
「そうだったね。どうしようかなぁとは思ってたんだけど、あんまり忙し過ぎちゃうと疲れちゃうでしょ? だから今回は控えめな感じで考えてたんだよね。それに休止してるアトラクションもあるから、また今度にしない?」
「そっか……それなら仕方ないかな。またにしよう」
1度で無理矢理予定を入れない方が、「今度」の楽しみが増えていいかもしれない。
「結局なんだけど、この後はどうするの?」
「ビッグサンダーのファストパスはパレードの時間と重なってるから、行けばすぐに乗れると思うんだよね。ただパレードの後だと、ちょっと混んじゃうからそこが悩みどころかなぁ。ゆめくんはパレードに興味ある?」
「うーん……そんなガッツリ見てみたいか、って言われると微妙かな。でも、眺めるくらいなら多少は興味あるかも」
「なるほどね。この辺りでパレードも見られるレストランってあるの?」
「すぐそこにある『トゥモローランド・テラス』だね。ハンバーガーがメインのお店だから、ポテトとかナゲットも売ってるよ」
トゥモローランドのレストランにしては、なんだかどこかのファストフードみたいなところだ。
「お店を出たらすぐパレードルートだし、テイクアウトして見ながら食べるっていう人もいるんだよね」
「テイクアウトできるんだ」
「うん。ハンバーガーは紙に入ってるし、サイドメニューもカップに入ってるから持ち運びもすごくしやすいってわけ」
「ごみの片づけはどうするの?」
「どこかしら目のつくところにゴミ箱はあるし、パレードが来る直前になったらキャストさんが回収しに来てくれるよ。その辺にほっとかれたら大変だもん」
「その辺はバッチリ対策してあるんだ」
なるほどな、とちょっと感心した。
おっとまずい、話がそれてしまった。
本題に戻ろう。
「で、今日のおやつだっけ? どっちかって言うと、温かいのより冷たいのが良いかな。今日は暑いからさ、できればアイスとか」
「だったらそこのお店とか、ちょっと歩けばアイスを売ってるワゴンもあるし、ワールドバザールまで戻ればコーンアイスも食べられるよ」
「結構、種類とか多いのかな?」
「もちろん。そこのサンデーはイチゴだけど、オレンジ、アップル、クッキーバニラ、その他色々」
「ずいぶん多いなあ……」
思わず苦笑いがこぼれる。
これは早く決めないと、時間が無くなってしまいそうだ。
結局、ワールドバザールのお店でコーンアイスを食すことになった。
******
目的地の「アイスクリーム・コーン」は、ワールドバザールのパビリオンをお城側から見て左側にあった。
メニューはアイスクリームとサンデーが中心で、座席は全てパラソル付きのテラス席というお洒落なカフェスタイルのお店だった。
「今は新しいアトラクションが出来たから、記念のスペシャルメニューもあるんだよね」
ショーケースの中、色とりどりのフレーバーと一緒に並んだ緑色のサンデー。
板チョコのデザインは恐らくメガネのたぐいだろうか。
「千春はどれにするの? あ、ここは僕が出すよ」
「良いよ別に、むしろ私が出そうか?」
「午前中のお礼だから、はいはい財布はしまっちゃって」
彼女がバッグの中を探ろうとする手を制し、列に並ぶ。
「で、千春は何がいい?」
「ロズサンデーは多分これ抹茶だよね、メガネのデコレーションはホワイトチョコかな。でもアイスもいいかも」
「じゃあ、僕はダブル買うからさ、分けて食べる?」
「いいの?」
「全然いいよ」
アイスだけなのもつまらないので、ついでにクッキーも注文することにした。
出てきたダブルサイズのカップを手にすると、そのままテラス席へ。
パレード前だったが、運よくプラザ側のテーブルに座ることができた。
「じゃあ、早速食べますか」
ダブルアイスの内訳は、オレンジシャーベットとストロベリー。
クッキーは半分にして分け合う。
手はじめにシャーベットを口に含むと、冷たさと同時にアイスクリーム頭痛が僕を襲う。
だがしかし、その痛みさえも爽快で気持ちがいい。
続けてクッキーを1口齧ると、キャラメルの風味とチョコレートのほんのりとした苦みが、冷えた舌の感覚を取り戻してくれる。
反対側の千春も同じように、アイスとクッキーを交互に味わっていた。
「ねえゆめくん、そっちのも1口貰っていい?」
「うん、いいよ」
カップをくるりと回し、千春の方へ差し出す。
しかし彼女は、自分のスプーンを突き刺すこともなく、それどころかこちらを真っ直ぐ見据えて動かなくなった。
「食べさせて?」
軽く口を開け、エサを待つひな鳥のようなポーズになる。
予想外の遥か上をいく彼女を見て、僕は完全に硬直した。
「え、はぁ、えっ?」
「あーん」
いやあーんじゃなくて。
というか無理ですこんなところで。
とは思いつつも、相手は待ちの体勢に入ってしまっている。
ここは覚悟を決めて、やるしかないかと深く息をつく。
早鐘を打つ心臓と、震えそうになるスプーンを持った右手。
両者を何とかコントロールしつつ、左手でカップをもう一度回す。
ジェラートをすくい、彼女の口元へ運ぶ。
恥ずかしさの余り、掌に浮かぶ汗の量が若干増えたような気がする。
「は、はい、あーん」
「あーん」
「お味は、如何ですか……?」
「オレンジも良いよねー。1人でこのお店来ちゃうと、結構悩むんだよねぇ。やっぱり美味しいから」
「そうだよね」
緊張がほぐれると、僕は一気に溜息を放出した。
しかしそこで終わってくれなかったのが千春である。
「じゃあ、ゆめくんにも。はい、あーん」
「えっ!?」
激震、第2波到来。
何でもないようにアイスを載せたスプーンを寄せてくる。
「いやいやいやいやいいよ別に、というか流石に恥ずかしすぎて無理!!」
「えー、一瞬だからー。私も『あーん』ってやりたーい。ゆめくんだけずるーい」
「そういう問題じゃないと思うんだけどね? あとやりたいって言ったの千春さんですよね?」
全力でかぶりを振るが、彼女はにこりとしたまま「はい、あーんして」などとグイグイ寄ってくる。
どうしようかと本気で悩んだ、そのとき。
ふいに周囲で流れていた音楽が、ぱたりと止んだ。
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