Ep.20 未来に夢を結ぶ場所(後編)
『スタージェット』の見た目を一言で表すなら、「大きなロケットと、周囲を回る小さなジェット」だろう。
実際、赤字で大きく”USA”と書かれたタワーのようなそれは、遠くからでもはっきりと分かるくらいに目立つ。
真っ白なロケットをその足元から眺めていると、本当に宇宙まで飛んでいきそうな、そんな気がしてくる。
ただしアトラクションの方はというと、待ち時間が30分とそこそこな時間のうえ、今までのアトラクションと違ってほとんど外で並ぶ必要があるというのが少し退屈だった。
延々黙っているのも雰囲気が良くないので、適当な話題を振ってみる。
「さっき気がついたんだけどさ、ロケットの下にもお店があるんだね」
「そうだよ。あそこで売ってるのはサンデーとか、片手で食べられるおやつ類って感じかな。後で寄ってみる?」
「どうしようかな……これ乗ったらパレードがあるんだっけ? なんか、ここじゃなくってもいいかなあって思うんだけど、千春さんはいかがですか?」
「私はどっちでもいいよー。ほかに行きたいところとか見つかったら言って」
「はーい」
ロケットを支えているのは巨大でこれまた真っ白なテーブル。
ちょうど「脚」の隙間を埋めるようにお店が入っている形だ。
さて、このアトラクションは当然テーブルの上、つまり上空にある。
「ねえ、千春。これさ、どうやって上までいくの?」
「赤い発射台みたいなのがあるでしょ? あれ実はエレベーターなんだよね。エレベーターはAとBの2台に分かれてるけど、上のデッキで一緒になるから順番とかは特にないよ」
「なるほどね」
「ガラス張りだから、じっと見てると動くのが見えると思うよ」
大きなアンテナがついているせいだろうか、遠目からでも近くからでも発射台のそれにしか全く見えなかった。
20数分後、ようやくエレベーター前へ案内される。
しばらくして降りてきたかごは、外壁と同じく内部までもが赤色で統一され、必要最低限の装置以外は何もないというシンプルさ。
そして乗り込んだときに気がついたのが、普通のエレベーターではしないような、機械油らしきにおいだった。
「ねえ、何か変なにおいがしない?」
「実はこのエレベーターって、油圧式なんだよね。ロープを使って動かすんじゃなくて、中に太いパイプを通してあって、それを伸ばしたり縮めたりして動かしてるんだよ。外からばっちり見えるから、降りたときに確かめてみたら?」
別にそこまでエレベーターに対して強い興味があったわけではないが、なるほどと思った。
扉が閉まり、エレベーターが上昇する。
ゆっくりとした動きだが、そこまで揺れは感じない。
10数秒ほどで上部のフライトデッキへ到着し、前のパイロットたちが操縦している様子を見上げる。
「操縦なんだけどさ、今回はゆめくんにお願いしてもいい?」
「いいけど、なんで?」
「いつも1人で操縦してるからさ、後ろから見る景色っていうのも味わってみたいなあって」
「オッケー。でも、僕あまり上手じゃないよ?」
「大丈夫、簡単だから」
ほどなくして、順番を待つ僕らの目の前に、キャストのお兄さんがやってきた。
灰色をベースに、右肩の部分に赤色のアクセントを施したツナギ。
ロケットの整備士のような服装だった。
お兄さんによる
ジェット機は前後2人乗りなので、まずは操縦担当の僕が着席する。
その後ろに千春が乗り込む。
「もうちょっと前行きたいんだけど、いい?」
「いいよ」
ちょうど彼女の両脚に挟まれる体勢なので、今までよりも密着度が段違いだ。
彼女の体温も匂いも、はっきりと感じられる。
そのせいだろうか、足元の操縦桿を握る手がじんわりと汗をかく。
千春の身体は僕の背中にすっぽりと収まっているようなので、ズボンで拭っても気づかれることは恐らくないだろうが、挙動不審になっていると思われるのも何だかという気もしていた。
「ゆめくん、腰につかまっても大丈夫?」
「えっ!?」
手以外からも汗が噴き出るような、そんな感覚があった。
「なんていうのかな、ちょっと姿勢が上手くとれないというかそんな感じなんだけど……いい?」
「え、あ、いや、良いけど」
ちょっと自分もあせり過ぎてしまい、軽く舌がもつれた。
「じゃあ、失礼します」
「あ、ごめん。わきの下はちょっとくすぐったいからさ、ベルトのあたりにしてもらってもいい?」
「うん」
かすかに伝わる、彼女の指の感触。
さっきまでずっと手を繋いでいたというのに、部位が違うだけでここまで変わるものなのだろうか。
それからしばらくして、ようやくジェットが動き出す。
最初はゆっくりとだが、徐々に速度と高度が上がっていく。
視界が一気に広がり、下でパレードを待つ人々どころか、ずっと遠くの景色まで見渡せるようになった。
それに、上半身で受ける風がこの上なく心地いい。
「どう、景色はー!?」
「最高!」
やや強い風のせいか、会話の声が大きくなる。
いやむしろ、僕らが盛り上がっているからだろう。
「すごいね、下まで見えるよ!」
「すごいでしょ!?」
「そっちはどう、後ろの景色は?」
「こっちも最高だよ!」
真後ろに座っているので、彼女の笑顔が見られないのが残念だ。
「そろそろ高度上げてもいい?」
「いいよ!」
「どのくらい上げてもいいー?」
「いっちばん上まで!」
「オッケー!」
言われた通り、操縦桿を一番手前に引き寄せる。
それなりに力がいるが、ジェットはぐんぐんと高く飛んでいく。
そしてジェットの傾きも増してきて、左舷から下を見ることはできなくなってしまった。
しかし右からも景色は望めるし、僕の場合は目の前にも大パノラマが広がっているので、むしろ空が近くなった分爽快感の方が強い。
「空って、遠いように見えて意外と近いんだね」
「高く飛んでると、本当にそう感じるよね。それに空を飛ぶのは気持ちいいでしょ?」
「うん、すごく気持ちいいよ」
ずっとこのまま空を飛んでいたいような、そんな気分だった。
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