Ep.19 未来に夢を結ぶ場所(前編)

 地図のイラストと説明書きを見ると、スタージェットは空中をロケットでグルグルと回って、グランドサーキット・レースウェイはゴーカートのアトラクションのようだ。


「もう1つ、聞いてもいい?」

「なあに?」

「スタージェットも、自分で操縦したりするの?」

「うん。一番上まで上がると、すっごく景色も良いし気持ちいいよ」


 どうしようかな。

 両方とも自分で操縦するのはきっと楽しそうだし、全部彼女に任せてみるのも面白いかもしれないが……。


「両方乗ったら、結構時間かかっちゃいそうだけど行けるかな?」

「その辺は大丈夫だよ。むしろこの後パレードがあるから、多分待ち時間減るかもね」


 差し出されたのは、ガイドマップと同じサイズながら「Today」と題名がついた、緑色の薄いブックレット。

 最初の見開きには、ショーやパレードの時間が事細かに載っていた。


「そうそう、夕方にはこれ観に行きたいなって思ってるんだけど、いい?」


 そのショーは、スケジュール表の1番下に書かれていた。

 場所は今まさに僕らがいるトゥモローランド。

「ショーベース」は、スター・ツアーズへ行くときにちらっと見かけたような気がする。

 ショーの説明を見ると、ミュージカルとあった。

 正直ディズニー映画はほとんど知らないのだが、まあいいか。

 うっかり寝てしまうと後が怖いかもだけど。


「いいよ、いつの回にしようか?」

「5時からかなー。最後の回にしちゃうと夕食とか色々大変だし。ディズニーランドの夜は結構大変なんだよね、レストランみんな混んじゃうから」

「でも平日なら大丈夫じゃない?」

「それがそうでもないんだよね。席はあってもレジが混んでることとか、よくあるから」

「なるほど」


 流石は人気ナンバーワンのテーマパークである。


「さて、ちょっと話がそれちゃったけど。どっちから行く?」

「近い方から行こうか」

「じゃあ、グランドサーキットで決まりだね。レッツゴー!」


 道はほとんどまっすぐ、というよりもう最初から見えていた。

 物差しで測ったようにまっすぐ整えられた植栽の手前に並ぶ、トリコロールのパラソル。

 その左隣に、黄色と赤で彩られた建物があった。

 屋根にはいくつもの旗がたなびき、近づくごとに車のエンジン音も小さく聞こえてくる。

 本物のサーキット場に行ったことは一度もないが、雰囲気は間違いなくそれだった。

 かなり人気があるのか、平日にもかかわらずやや長めの列ができていた。


「結構、並んでるね」

「まあでも意外と早く進むし、中に面白いものが色々とあるからそんなに退屈はしないよ」

「何があるのかは……見てのお楽しみ、だよね?」

「段々私のいう事がわかるようになってきちゃったかー。でもそんなところも好きだよ」


 言いながら、腕を絡ませてくる

 その仕草と言葉に、僕の心臓は今日最大の緊張を記録した。


「ち、千春? 流石にそんな寄られると、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「さっきまでずーっと隣同士で座ってたんだし、そんなに顔まで赤くしなくってもいいのに」

「いやそれとこれとは訳が……」

「えー?」


 ややむすっとした顔をしながらも、絡むのはやめてくれた。

 ただし、手は繋いだままだった。

 列に並ぶと、いくつもの車が唸り声を上げて走り出す様子が耳に届いた。

 屋根の下まで進み、段々とサーキット場の様子がはっきりしてくる。

 まず僕が目にしたのは、つり上げられたタイヤのない車体と、雑多に見えるようできちんと整理された工具類。

 確か、「ピット」って呼ぶんだっけ。

 千春の方もこのときだけはしゃべるよりも眺める方に夢中だったようで、しばらく無言の時間が続いた。

 更に列が動き、整備場の端っこまでたどり着くと、あるものが目に入った。

 透明なプラスチックの大きな仕切りに、道の曲がりくねった地図が描かれている。


「ねえ、千春。これって、サーキット場の地図だよね?」

「そうだよ。いま私たちがいるのがこの辺りで、レースはここからスタートして、ぐるっと1周するわけ」


 地図を簡単になぞりながら説明してくれる。

 スタート地点の車のレーンは、全部で4つあるようだ。

 列の進みがゆっくりと鳴ったので、じっくりと観察してみる。


「ねえ、このピットの隣の10番とか、色々振ってある番号ってなに?」


 地図上のコースには、場所ごとにいくつか番号が書かれていた。

 スタート直後のカーブから始まり、ピットは9番になっている。


「ああ、そこは観客席。グランドスタンドって言って、ここの出口から直接入れるよ」

「そうなの!?」

「だって、サーキット場だよ?」


 よくよく考えてみれば当たり前の話だ。


「それと、カーブの名前とかは地図の左に全部名前があるから、チェックしてみて」

「あ、こんなところにあったんだ……」


 全く気がつかなかった。

 灯台下暗しである。

 そしてようやく、スタート地点が見えてきた。

 黄色と赤の作業服を着たピットクルーたちが、レースから帰ってきた車を次々と誘導していく。

 そして新たなレーサーを迎え入れ、合図とともに送り出す。

 そんなせわしない光景が広がっていた。


「外の列以上に賑やかだね」

「単純に人が多いっていうのもあるけど、車の音がするからじゃないかな?」

「ああ、それはあるかも」


 使っているのは本物のガソリン車らしく、わずかに排気ガスのにおいも感じられる。

 視線をピット側に向けてみると、観客席にぽつぽつと座っている親子連れがいた。

 もうすぐ乗り場というところで、千春が振り向いた。


「あ、そうだ。レースカーは2人乗りなんだけど、別々に乗る?」

「そうだね……ドライバーは任せるからさ、一緒に乗ってもいい?」

「えっ、いいの?」

「全然構わないよ。むしろ、千春のテクニックに興味があるというか」

「いやでも、テクニックとかないし、ゆめくんだってずっと乗ってるだけじゃつまらないでしょ?」

「そんなことないよ。一緒にいるだけでも楽しいし、千春が運転してるところ見てみたいし、それに何より、『自分で運転したい!』って目をしてるよ」

「えっ!? そ、そんなわけないでしょ!?」


 珍しく千春が動揺している。やはり図星だったようだ。

 彼女があたふたしている間にも、列は進んでいく。


「おーい、行くよ」

「ちょ、ちょっと待って! 待ってってば!」

「なあに?」

「なあに、じゃなく!」


 僕の腕を強く引くと、高らかに宣言した。


「先に乗るのはドライバーだからね!」




 ******




「ゆめくん、どうだった……?」

「風が気持ちよかったよ、すっごく。それに千春もすごい慣れてる運転だったし」


 一応はゴーカートという事で、レールのようなものはついていたのだが、千春は安定したドライビングテクニックを見せてくれた。

 1度も当たらないどころか、走行する位置は常にレールのど真ん中。

 本当に、どこで身につけたのだろう。

 ドライバー本人に自覚は無く、自信もなさげなのが不思議なくらいだ。


「まあずっと昔から乗ってるし、本物の車の免許も持ってるし、ね?」


 とは彼女の弁だが、それにしても底知れぬポテンシャルの持ち主だった。


「さて、次はスタージェットだっけ?」

「そうだね。結構並んだりしたけど、疲れてない?」

「その辺は大丈夫だよ。お昼食べてからそんなに経ってないし。あ、もしかしてもう……?」

「流石に大食いじゃないから、私は!」


 ちょっとからかいすぎたかな。

 次の目的地へ目を向けると、小さなジェット機が大空へ舞い上がるところだった。

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