シンユウサガシ。
大津ヒロ
I「彼のいない世界。」
親友が死んだ。
交通事故だとか、不治の病
特に苦しむこともなく、静かに息を引き取っていったらしい。
その知らせを電話越しに受けた時は、意外と瞳から
土曜日の夕済み間近という時間帯ではあったが、部屋には一切の灯りが灯されてはいなかった。気づけば、僕はただ彼との最後の会話を思い出すことに勤しんでいた。
「また連絡するからね」
彼は最後に僕にそう言った。
ちょうど1週間前の話だ。
もう一度会える自信があったのだろうか。それとも、ただ僕を心配させないようにするための気配りだったのか。もう彼はいないからそんなこと分からない。
ただ、分かっていることがあるとすれば、彼は最後に会った日から僕に一つの連絡もよこしてないということだった。
別に連絡をしてこなかったから、どうとかいうことではない。気になっていたんだ。
僕は彼にとってはそれほど親しき仲ではなかったのかと。
なぜ、そんなことを彼が居なくなった後に考えるんだろう。
その日から"親友"というものが分からなくなった。
僕は親友だったのかな?
*
一ヶ月が経った。
学校には普段通りに通っている。
今はいない彼とは高校進学を機に、別々の進路へと歩んだ。僕は、県内では中堅並の公立高校に入学し、彼は県内トップレベルの進学校である私立高校へ入学した。
それでも月に一度程度は、お互いに顔を合わせてはいた。だから進学と同時に疎遠になったというわけではない。
「よぉ、
登校中、校門間近というところで、威勢のいい声と共に、少し硬い腕が首に巻きついてくる。クラスメイトの
「今日も相変わらず、シケた
「もともとこういう顔だよ」
慎吾は、待ってましたとばかりに気持ち良さそうな笑い声をあげる。こんなやりとりも、今まで30回はやった気がする。
「そういえば、信也ってなんで部活入んないの?」
唐突だった。
慎吾は立ち上がっている髪を手で整えつつ、俺より高いところにある目で覗くように聞いてきた。
特に部活には入れない理由などは無い。ただ興味をそそられる部活動が無いというだけの理由だ。
「別に入りたい部活なんてないからさ」
慎吾はふーんというような反応をとったかと思うと、面長の顔にシニカルな笑みを浮かべる。
「へー。でも部活に入れば、さらに女子とも接点待てるのになぁ」
「バスケ部の君が言うんなら、そうなのかもしれないけど」
確かにそうかもしれないが、それは慎吾だからなのかもしれない。僕は君ほどコミュニュケーション力や協調生といったものを持ち合わせていないから、そうとは限らないんだ。
「僕はそんなの持とうなんて考えたこともないよ」
女子という生き物とは、今までこれといった縁や関係すらなかった。というよりは、そもそも僕自身が女子と交際の仲になることに対して、さほどの興味も持ち合わせていなかった。無頓着なんであろう。
「やっぱりブレねーな、お前は」
逆になぜ皆んながそこまでして、男女の仲を追い求めるのかが分からない。
そう考えを巡らせていると、人並み以上に周囲からの視線を集める人間が僕等を横切った。
その風貌は、ただの美少女というわけではなく、背景としての風景をも取り込み、青春映画のワンシーンとして捉えさせててしまうほどであった。
「さすが、
そう。彼女は
「さすがのお前もとっくに惚れちゃってるだろ?」
「それはないよ。僕はそもそも、女子と付き合いたいなんて
慎吾は無理すんなよなどと言い、首に絡めた腕にさらに力を込め、微笑を浮かべる。
「てか、早く教室いこーぜ」
慎吾がそう急かす。
そして、二人で共に昇降口に向かって走った。
6月の気温を実感しながら。
*
教室には、既に20人ほどの生徒が到着していた。嘸かし賑やかで、あちらこちらから楽しそうな笑い声と、活力に満ちた声音が飛び交う。正直こういう活気じみたところはあまり好まない。それ故なのか、俺は基本的に学校のどこであっても単独での行動に重きを置いていた。
とりあえず自分の席に座るやいなや、読みかけだった小説を開け、読み
「綾乃、彼氏とかつくらないの?」
「それそれ!綾ちゃんだったら選び放題だよ!」
「いやぁ、でも綾乃に釣り合う男なんてこのクラスはおろか、学校内にいるのかしら」
読書に集中したいというのに、女子達の声にそれが阻まれてしまう。
彼女たちは一様に盛り上がっていたが、鈴城は呆れたように微笑んでいた。
「私は、今は誰とも高裁する気がないの」
「えー、あやのん
鈴城はこういうやつだ。
べつに、僕が彼女のことを知り尽くしているわけではないが、鈴城が男女交際に興味を示していないことは、その態度から安易にわかることである。
再び本の文章体に目を向けようとしたが、それと同時に予鈴が鳴る。
ああ、今日も教室の隅の冴えない男の一日が始まる。
俺のモノトーン一色の一日が始まる。
朝のSHR《ショートホームルーム》が終わり、一限目の現代文の授業へと入った。
「相手の乱暴な言葉に対抗して、同じように応酬するという意味です」
教師に、ある慣用句の意味を問われた鈴城が動揺するそぶりや困惑する表情を一切顔に表さず、そう淡々と答えた。
すると教室から複数の感心の声が上がった。
あの見た目にこの優秀さ。鈴城は絵に描いたような優等生だろう。まあ、僕とはちがうところにいる人間なんだろうな。
そして本日七度目の予鈴が三時間目の授業の終わりを告げた。昼休みだ。
とはいっても、部活に所属せず、学校内での人間関係も薄い僕に昼食をとる以外の予定や待ち合わせがあるわけでもない。
「信也、メシ食おうぜ」
慎吾が微笑む表情を浮かばせながら、僕の席に弁当を置く。
「いいけど」
僕の態度は素っ気ないようにとられてしまったかもしれない。しかし、内心では嬉しみを感じていた。といういうよりは、毎日昼食を共にしてくれる慎吾への感謝の気持ちの方が強かった。
「にしても、お前そんな量で足りるのか?」
箸先で僕の弁当箱を指しながら慎吾が尋ねた。
「僕は慎吾とは違って部活にも入ってないから、あまり食べなくてももつんだよ」
「いやー、でもそんなんじゃいつまでたってもいい体つきにはなれねぇーぞ」
「べつにいいよ、そんなのなりたくないし」
「そんなこと言わずにさ、もっと食えよ。俺の分も分けてやるから」
「いや、いいって」
慎吾が強引に僕の口に箸で掴んだ大きめのコロッケを押し込もうとする。
僕は対抗していたが、正直まんざらでもなかった。こういうひと時だけが僕を冴えない高校生から平凡な高校生へと変えてくれるから。
「ほら、観念して食いやがれ」
「いいってば」
気づけばお互いの顔には笑みが浮かんでいた。そして、二人で笑い合う。
僕の、殆どモノトーン一色だった世界に少しだけ色彩が宿る瞬間がそこにはあった。
瞬間的に自身の学園生活にこんな日々があるだけ、まだ悪くないかと思った。
それと同時にある疑問が頭に
彼は。慎吾は。"親友"なのか?彼から見た僕は親友なのか。
親友だと思っていた彼がいなくなってから、そう考えることが多くなったと思う。
そう感じていた、その時。
ふと自然的で甘いシャンプーの香りが嗅覚を満たした。
「ねぇ」
俺たちは取っくみ合った状態で横を見る。
急にびくつく。そこにいたのがなんてったってアイドルではなく、鈴城綾乃だったから。
「え?」
「ごめんなさい、お楽しみ中に」
心なしか、教室が静まった気がする。
また、教室で僕らと同じように昼食をとっていた十数人がこちらに視線を向けていた。こんな状況は初めてかもしれない。
「どうしたの、鈴城さん。もしかして俺たち騒がしかった?」
慎吾は少し動揺しているようだったが、鈴城が声をかけてきた真相を求めるべく口を開き、そう尋ねた。
「いえ、その、
「え?」
不意にそう口から漏らしてしまった。
「信也になんの用だ?」
言葉を出さない僕の代わりに慎吾が問う。
「ええと、その・・・」
鈴城は少し
え?あの校内一の美少女優等生の鈴城綾乃が僕に何の用だ?
僕はその真意に対してなんの検討もつきはしなかった。
「お話したいことがあるの・・・。だから、その・・・。放課後ちょっと時間をつくれない?」
教室が少し
珍しく僕の心も同様に。
シンユウサガシ。 大津ヒロ @1916hiroiku
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