サヨウナラ

 僕が死のうと思ったのは。

 彼女に振られたから。

 でも何故振られたのかは、未だに分からない。

 分からないついでにもう1つ。

 何故僕は、こいつとここで……




 ---------------




『すぐにここまで来るように』

 志乃から来たメールにはその一言と、位置情報が添付されていた。

 一昨日会ったばかりなのに、元カノともこんな頻度で会ってたかどうかだなと思いながら呼び出された場所を確認する。

 確認して、愕然とした。何故ここに。


 呼び出された場所に行くと、既に志乃はそこにいた。1人でそこに立っている志乃は、あまり見たことの無い服装をしていた。

「どうしたの?」

「いや、あんまり見ない格好だなと思って。ていうか、どうしたはこっちのセリフなんだけど。いきなり呼び出して何?」

「今日は元々女の子と会う予定だったからね。まあ、外で立ち話ってのもなんだしさ。中、入ろうよ」

「いや、中って言っても……」

 そう、中と言われても少し躊躇してしまう。だってここは……




 ---------------




 文句を言いつつも結局着いてきてしまった。扉をくぐったところで立ち止まってしまった僕をどけて、志乃が扉を通る。しばらくそこでじっとしていたと思ったら、やがて合点がいったように扉を閉め、腰を下ろした。

「またここで2人か」

「2人……そうだね、まただね」

 そうだ、また来てしまった。志乃と2人で。

 あの時のあのホテル、あの部屋に。


 冷蔵庫からエナジードリンクの缶を取り出す。黒地に黄緑の入ったパッケージは薄暗い部屋でよりコントラストが強くなる。

「私の分も取ってよ」

 ついでだと思ってレモンの炭酸ジュースを冷蔵庫から出して差し出す。

「あと、サイダーも」

「ん?レモンじゃないの?」

「違う違う、レモンと、サイダー」

 2本も飲むつもりなのか。まあいいけど。

 きっと料金は僕持ちなんだろうな。

「で?なんで呼び出したんだよ」

 僕としては呼び出しの目的はとても気になる所。なんでわざわざこんな所に。

「さあ、なんででしょー」

「おい……」

「良いじゃん、ちょっとくらい付き合ってよ。こっちだって心の準備ってもんがさ」

 ……なんだかこれ以上突っ込めない感じにされてしまった。それにしても心の準備ってのは一体なんだろう。告白でもするんだろうか。

 ……いや、まさかな。そんな訳が無い。有り得ない。だってこいつは……


 ……顔を見るんじゃなかった。やめろ、そんな艶っぽい目で俺を見るな。本当にそんな気がしてきた。

 いつものゴリラの面影はどこかに吹き飛んでしまったように、志乃は1人の女性としてそこに座っていた。

 ずっと気付かないフリをしていた事、意識しないように目を逸らしていた事をふと意識しそうになった途端、ゾクリと、背中に謎の悪寒が走った。僕はもう1つ、何かから目を逸らしていたような。そんな気がした。



 ---------------



 志乃とは高校からの付き合いだった。最初に同じクラスになったのは二年の時だったと思う。当時彼女はまだゴリラでもビッチでもなかったから、僕もある程度好感が持ててよくつるんでいた。まあ、その好感が恋に変わることはなかったんだけれど。

 当時から男ウケの良さそうな顔と、あと体をしていたけど、僕は決して揺らがなかった。だってこいつは……


 そんな志乃に変化が訪れたのが三年の時。

「私、彼氏出来た」

 今まで何度も告白されていたのは知っていたけれど、承諾をしたのは多分初めてだったと思う。

 志乃がまるで告白をするかのように意を決した顔で報告してきたから、僕は少し驚いて、淡泊を装いながら

「そうか」

 とだけ返事をした。志乃は少し拍子抜けしたような顔をした後、

「でもその人の事別に好きじゃないし、束縛されるようならすぐ別れるから今まで通り遊べるよ!」

 と言われた。なら何で付き合ったんだろう。

 聞いても何も教えてくれなかったけど、2週間後、その質問に答えるかのように、志乃は彼氏と別れた。

 その後も何度か彼氏が出来て、報告されて、すぐに別れて、という事が続いたが、高校にいる間はずっとつるんでいた。

 そんな僕らの関係が変わったのは、大学に上がってから僕が奈央と付き合い出した時。

 僕の報告を聞いて、彼女は少し寂しそうに笑って、おめでとうと言ってくれた。

 それから相談に乗ってもらったりはしたけれど、一緒にいることは大分少なくなった。

 でも少し、それに安心している自分が居た。

 だってそうだろう。僕は、ずっと志乃を利用し続けていたんだから。


 僕は全て知っている。志乃の気持ちも、僕の気を引くために色々な男と付き合っていた事も。

 そして、自分の事を好きな男に興味が無い事も。

 だから僕はずっと彼女を、そして自分を欺き続けてきた。

 志乃を女として見ないこと。好きにならないこと。それが僕を愛する人間を常に傍に引き止めておくために必要な事だった。それだけが、心の安定を保つ手段だった。

 それは、酷く寂しい事だったけれど。

 だから僕は奈央を好きになったのかもしれない。彼女に逃げたのかもしれない。だから……




 ---------------




「ねえ、聞いてもらいたい事があるんだけど」

 背中越しにかけられた志乃の声で、思考を中断。なんだか前にもこんな事があった気がする。

「なんだ?」

 もし、もしもだ。ここで告白なんてされてしまったら、僕は彼女を抱きしめてしまうだろう。そして、これまで溜め込んできた想いをぶちまけてしまうだろう。それだけはいけない。今、ここで志乃まで失う訳には……


「私、あんたのこと好きだったんだよ。高校の頃からずっと」





















 ……思考が途切れる。

 今、何を言った?何を言った?何を言った?何を言った?何を言った?何を言った?何を言った?何を言った?何を言った?何を何を何を何を何を何をナニをナニをナニをナニをナニヲナニヲナニヲイッタ?ナニヲイッタ?ナニヲイッタ?ナニヲイッタ?ナニヲイッタ?ナニヲイッタ?


 こいつは何を言ったんだ?



「私が好きになったのは……」





 思考が追いつかない。

 ただ考えるよりも先に体が動いていた。

 条件は整っている。場所も丁度良い。

 良くないのはタイミングだけだ。



 僕は志乃を……




 ---------------



「良かったじゃない、上手くいって」

 そうは言われても、私はあまり上手くいったとは思っていない。

 だってこの結果は、当初の私の願いとは真逆のものだったのだから。

「まあ確かに、結果オーライかもだけど」

 その言葉を聞くと彼女は……奈央は、その可愛らしい顔で悪戯っぽく笑ってみせた。



「お願い、志乃ちゃん。お願い……」

 奈央にそう言われたのは昨日の夜の事。

 やっぱり気になって、直接話を聞くことにした。そして集合場所に現れた彼女は、とても怖い顔で私にお願いした。

「お願いだから彼を慰めてあげて?志乃ちゃんが彼を愛してくれたらそれだけでいいの」

 笑いながらそういう彼女の目は笑っておらず、今にも首を絞められそうな謎の構えをしていたところから見るにそれはお願いではなかったのだけれど、奈央に言われるまでもなく、私は彼を、まあ愛していた。

「なんで別れた奴の事そんなに気にするの?ていうか、それならなんでフッたの!?」

「だって仕方ないじゃん。他に好きな人が出来ちゃったんだし」

「……は?」

 ……呆れた。それで嘘の理由をでっち上げて別れるなんて、なんて自分勝手なんだろう。でもそれで納得のいくアレコレもあった。

「それに酷いんだよ?彼ね、私の事好きだけど、愛してはくれないんだ。」

「どういうこと?」

「彼ね、自分を愛してくれる人を傍に置いて安心したいだけなんだよ。だからね、彼を愛している私が好きだし、そういう私しか見えてないの」

 ああ、だからか。だから奈央が見えなくなったんだ。彼にとっての奈央は、彼を愛していた奈央は、もう居なくなってしまったから。

 もう、彼にとって奈央はいないも同然なんだ。

「見えなくなった?ふーん……」

 なんだろう。この面白い悪戯を考えた子供のような顔は。

「ねえ、志乃ちゃん。それならさ……」

 ああ、やめて欲しい、聞きたくない。

「彼を呼び出してよ。ここに……」

 携帯端末の画面を見せながら、彼女が指定したのは、あのホテル、あの部屋だった。



 それから奈央は集合場所で彼には見えていない事を確認すると、あろう事か部屋の中まで入ってきた。そして、私と彼の一部始終をずっと傍で見ていたという訳だ。

「どう?彼に愛されて、冷めちゃった?」

 奈央が意地悪な顔をして聞いてくる。

 しかし、答えはNOだった。

「いや。だって彼が愛しているのは、彼を愛している私だから。私を愛している訳じゃないもの」

 そう答えると、奈央は満足そうに笑った。

「でも、なんで私に彼を慰めようとさせたの?もう別れたのに」

「だって彼、きっとショック受けそうじゃない?別れる理由で嘘をついたのもその為だし。実際落ち込んでたみたいだし、傷付けちゃうのってなんか後味悪くない?」

「そんなに気にするんなら最初からフラ無きゃいいのに」

 私が言うと、彼女はまた、口元だけで笑った。

「嫌よ、今の彼好きだし。

 それに、私には幸せを求める権利があるもの」











[完]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カロリメト 甘木 銭 @chicken_rabbit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ