終章 立月と陽鞠と美礼の関係、立月たちのこれから。

 メイド喫茶のドタバタが片づいてから約一週間。いつも通りの学校生活。眠たい眼をこする朝。

「兄ぃ? 行くよー」

「悪いちょっと待ってくれ……お待たせ」

 今日も今日とて兄妹揃って家を出る。よく仲いいとか言われるけど、当人たちからすれば、そんな次元じゃないんだよな。だって家族なんだから。

「兄ぃ? どうしたの?」

「いやなんでも」

 そう言って笑ってみせると、星羅せいらは気持ち悪っ、といった様子で顔を歪めた。ひどくないです?

 行ってきます。いつも通りに家を出ると、外は気持ちのいい晴天。夏もそろそろ近いな。

「そういえば最近、お姉に会ってない気がするんだけど」

「いや実は今喧嘩中で……」

「はぁ? 兄ぃよくわかんない」

「ですよねー」

 あのメイド喫茶で貫守ぬくもりと話した時に、自ら陽鞠ひまりのことを否定してしまったことを、個人的にちょっと申し訳なく思っているのだ。

「……もう、会えないの?」

「えっ?」

 言われることはないと思っていた言葉に、俺は思わず思考が一瞬途切れた。それに星羅せいらが少しだけ見せた寂しそうな顔が、俺の胸を痛めた。

「今までは兄ぃの中だけだったかもしれないけど、今は沢山の人たちがお姉のことを大事にしていると思うし、くだらない事考えてないで連れてきてよ」

「くだらないって星羅せいらなぁ……」

 落胆する俺に星羅せいらは、両手の平を上に向けやれやれと、

「まぁあたし的に言うなら、そんな風に悩むのってめんどくさいし」

「それは確かに星羅せいららしいな」

「だめなの?」

「いーや、そんな星羅せいらが俺は好きだよ」

「うっわ兄ぃ実の妹に告白とかほんと終わってる。外なんだからそんなこと言うのやめてよねーほんとにさー困るんだよねー」

 言いつつも、まんざらでもない様子の星羅せいら。素直じゃないくせにわかりやすい妹で助かるな。

「はいはい、気をつけますよ」

「ほんとにわかってんのかなーこのシスコン兄ぃは」

「あはは……実の妹にシスコン扱いは手厳しいな」

「まったく、困った兄ぃを持ったもんだね、あたしも」

 星羅せいらはまたもやれやれといった様子で首を振った。だけどその表情は、どこか嬉しそうに見えた。

 ほんと、素直じゃない妹を持つと、兄も大変だな。




「そういや立月たつき

 俺が次の授業の準備をしていると、後ろから悠大の声が。

「どうしたんだ?」

「あれから貫守ぬくもりはどうなんだ?」

 悠大も少し貫守ぬくもりのことを心配してくれてるんだな。少し意外なことに驚きつつ、

「バイトを続けながら、地道に克服中。ついこの前は、目を合わせても焦らなかったって、めっちゃ嬉しそうに報告してきたぞ。結局接客は出来なかったみたいだけど」

「わぁっ、順調そうでよかったね貫守ぬくもりさんっ!」

 悠大とそんな話をしていると、聞こえていたらしい瑞穂が前からやってきて、俺の机をバンバンと喜びを露わに。えめっちゃ可愛いんですけど?

「いや小さい一歩すぎるだろ……」

「とはいえ悠大、前には進んでいるんだからいいんじゃないか?」

「まぁ、それもそうだけどよ」

 ちゅーとパックのジュースを一口飲み同意した悠大。すると今度は瑞穂が、丸いおててをぐっと握り、

「ボクも漢になれるように頑張らないとねっ! この前貫守ぬくもりさんのために体張ったし、だいぶ漢らしくなれたんじゃないかな?」

 そう言って立ち上がると、その場でくるりと一周。スカートはいていたらさぞ映えただろうに。

「ええ、とっても男の娘らしかったですよ、瑞穂くん」

 すると今度はなぜか別クラスの安南あんな先輩が。この人以外と暇なのか? 天敵の到来に、瑞穂はぴょんと飛び退き、

「わわっ、天明てんめいさんっ!?」

「私から助言するなら、これからもあのお店で働けば、もっと男の娘に近づけると思いますよ?」

「そ、そうなの?」

 そりゃ近づけるだろうな男の娘には。俺が心の中で深く頷いていると、悠大は優しく諭した。

「瑞穂その女の話は真に受けすぎない方がいいぞ」

「あっ、そうだよね。陽鞠ひまりさんを好き合うもの同士の、いわばライバルだもんねっ!」

「……」

 悠大にどういう状況なんだよこれ、という目で滅茶苦茶睨まれてしまった。そういやこの前のことを説明していなかったな……。後でしておこう。ついでに助けてと泣きついてみようかな。俺が遠い目をしていると、安南あんな先輩は実に楽しそうな笑みを浮かべて、

「うふふ、ダメですよ。瑞穂さん。私と陽鞠ひまりさんはすでに恋仲なんですから」

「そうかもしれなけど諦めないよっ! 真なる漢は最後まで諦めないもんねっ!」

「……頼むから二人ともそれくらいにしてくれ」

 こんな遠隔的に俺の取り合いとか勘弁してくれよ。いや片方はわかっててわざとやっているんでしょうけどね?

「あっ……立月たつき

 急にかかる声に、出所を探しきょろきょろ。廊下から杜和とわが俺を呼んだらしい。俺は席を立って、

杜和とわ、どうしたんだ? また金がないのか?」

 聞くと杜和とわは、いやいやと手を振りむくれっ面。もう、と声を漏らすと、

「あたしをお金ない人みたいにしないでよ。ちょっと別の用事。今いーい?」

「大丈夫だけど、いったい何の話だ?」

「んー出来れば二人っきりで話したいんだけど……」

 ちらりと視線を向けると、悠大に行け行けと手を振られ、瑞穂達もうんと頷いたのを見て、杜和とわのあとをついて行く。すると、よく杜和とわが演技の自主練をしている場所へとたどり着いた。

「なんか言いにくい用事なのか?」

「んーまね。ちょっと二人きりで話したかった」

 そう言う杜和とわは少し緊張した様子。まさかと思いつつ、俺も少し襟を正す。だけど杜和とわから出てきた言葉は、予想とは違っていた。

「えっとね、ずっと謝りたかったの。ごめんね」

「は? な、なんのことで?」

 急な謝罪に、俺杜和とわに何かされったっけと思考をめぐらすが、その答えは見つからない。改めて杜和とわを見ると、恥ずかしそうに頭をかきながら、

「いやーここ最近あたしってさ、立月たつきのこと少し避けちゃってたじゃない? だから立月たつきに悪いことしたなーって」

「ああそういうことね」

 それなら理由も知ってるから特に気にしていない。というかそれを言うなら、俺だって少し避けていたかもしれないし。

「えっと、それだけか?」

「ちょっとそれだけって! あたしけっこー悩んでたんだよ?」

「あっ、ご、ごめん」

「まったく……立月たつきは、昔から変わらないね」

 呆れたような、でもどこか幸せそうに嘆息。そして杜和とわはウインクするように片目をつむり、

「ねね、もう一つ用事、あるよ」

 何の用事? と俺が首をかしげると、杜和とわはふふんと鼻を鳴らし誇らしげに胸を張った。

「演劇のこと。えっとね、この前の劇で私が演じた女の子役が、結構評価されてね。だからまた女の子役をやってみることになったんだ」

「そっか! いい演技できたんだな!」

 ここ最近ギクシャク気味でそのことを聞けずじまいだったけど、その報告に思わずテンションが上がってしまった。すると杜和とわは少し恥ずかしそうに身をよじり、

「そ、そんなに喜ばなくても」

「いやだって杜和とわの演技が評価されるなんて、幼馴染としてこれ以上に嬉しい事はないよ」

「……ふふっ。そもそもいい演技ができたのは立月たつきのおかげなんだよ? まぁその本人が結局見てくれてないんですけどね」

 さっきまでの照れ笑いはどこへやら、恨めしそうに俺を見つめると、つーんとそっぽを向いてしまった。俺はあっ……っと声を漏らし、

「申し訳ない。というか俺は結局、杜和とわに何もしてあげられなかった気がするんだけど」

「いーや立月たつきのおかげ。でも、それだけじゃあたしの劇をすっぽかしたの、許さないんだから」

「えー、行けって言ったの杜和とわだったじゃん」

 俺が駄々をこねると杜和とわはにひひっといたずらっぽく笑って、

「知りませーん。この借りは何で返してもらおうかなー」

「じゃあこの前の昼食代でチャラに」

「あたしの心の傷は五百円じゃチャラになりません! あーあ、やっぱり立月たつきなんかに謝るんじゃなかった」

「えー……」

「えーじゃない。とにかく覚悟しててよ? あたしの劇をすっぽかしたこと、絶対後悔させてやるんだから」

 そう言って見せる杜和とわの笑顔は、いつぶりだったっけかと一つため息。まぁでも杜和とわのお願いなら、断る理由なんてないんだけどな。

 ……それが協力できるものかどうかは、検討するけど。




「「あっ」」

 放課後帰り道。貫守ぬくもりとばったり会って思わずお互いに声が漏れた。一応仲直りはしたものの、一週間前のメイド貫守ぬくもりがお互いに焼き付いているのか、微妙な空気のまま過ごしていた。俺はゴホンと一つ咳払いをして、

「えーっと、これからバイトか?」

 すると貫守ぬくもりは前髪をちょんちょんと弄ってから、

「え、ええそうよ。今日こそはちゃんと一人で接客して見せるんだから」

 そのセリフ何回目ーと言いかけたけど、怒られるのは目に見えているからやめておいた。そんなことが分かるあたり、俺も少しは貫守ぬくもりのことを理解できているのかな、なんて思った。

「それじゃ、バイト先まで送っていくよ」

「いっ、いらないわよそんなの」

「道中でまた絡まれたらどうするんだ?」

 俺のその言葉にうっと声を詰まらす。思い当たる節がありまくりなんだろうな。貫守ぬくもりはしばらくう~っと唸ると、ぺこりと軽く頭を下げた。

「じゃあ……お願いするわ」

「任された」

 二人で校門を抜けて、メイド喫茶へと向かう。そして俺の横を、当たり前のようについてくる貫守ぬくもり。その状況に、俺はかねてからの疑問を聞いてみようと思った。

「……なぁ貫守ぬくもり

 呼ぶと貫守ぬくもりはなによ? と風に弄ばれる髪を抑えながら首を傾げた。

「いやその、ずっと気になってたんだけど、どうして俺とは話せるんだ?」

 ほかの男の前では話せないレベルまで委縮する貫守ぬくもり。なのにどうしてか俺だけは、最初から貫守ぬくもりと話すことが出来た。それがずっとずっと疑問だった。

「えっ……?」

「いやその反応……もしかして考えたことなかったのか? 俺だって男なんだぞ? それとも俺って瑞穂みたいに女の子判定?」

「あなたみたいな男がそんな判定されるわけないでしょ! でも……本当に考えたことなかったわね……」

「えー……そんなに自然に受け入れられてたのかよ」

「うん、なんでだったのかしら……」

 そう言うと貫守ぬくもりは、うんうん唸りながら俯いてしまった。しばらく貫守ぬくもりを眺める沈黙を過ごしていると、ふと何か思い当たったのか、ゆっくりと顔を上げた。

「……でも思い返してみると、出会ったあの日からあなたのことは、不思議と怖くなかったのよね」

「どうしてだよ?」

「……陽鞠ひまり様に似ているから、かしら」

 貫守ぬくもりが何気なく放ったその言葉に、俺の心臓がはねた。

「あなたなんかと陽鞠ひまり様は似ても似つかないはずなのに、あなたと一緒にいると陽鞠ひまり様みたいに安心するのよ」

 ……貫守ぬくもり美礼みれいは。

 もしかしたら無意識下で、俺と陽鞠ひまりが同一人物だということを、分かっているのかもしれない。でも普通はそんなはずはない。だから分からない。

 なんてもちろん、そんなのは俺の憶測でしかないけれど。

「……そっか、それは嬉しいな」

「何が嬉しいのよ」

「さぁな、俺もよく分からん」

 怪訝な表情の貫守ぬくもりに問われるも、俺自身この気持ちが何なのかわからなかった。でも、悪くない。

「何よそれ。それより最近陽鞠ひまり様を見かけないけど……どうしてるのかしら?」

「元気にしてるよ。きっとそのうち会える」

 朝倉あさくら陽鞠ひまり。俺にとって大切なもう一人の自分。陽鞠ひまりのことを好きだと言ってもらえるのは、必要としてくれるのは嬉しい。みんなの前で別人として振る舞って、騙すのは良くないことかもしれない。

 それでもみんなが必要としてくれているうちは、陽鞠ひまりと付き合っていきたいと願う。

「なにぼーっと突っ立ってるのよ。先行くわよ」

「ああ、悪い。今行く」

 そして貫守ぬくもりの横に並び立ち、

「ありがとうな」

 このお礼は立月たつきとして。そして陽鞠ひまりとしてのもの。

「なによ急に。気持ち悪いわよ?」

「そんなこと言わないでくれよ……」

 がっくりと肩を落とす俺に、貫守ぬくもりは少しだけ笑みを浮かべた気がした。そんな姿を見て俺は、きっといつか貫守ぬくもりが男と普通に話すことが出来るだろうと思った。


 女の子のことを理解できるかは分からない。それでも、貫守ぬくもりが男を理解できるようになるまでは、陽鞠ひまりと一緒に手伝ってあげたい。

 俺と彼女の関係で。私と彼女の関係で。

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俺と私とあの子の関係。 遥原春 @harubaruharu703

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