第三章 立月と美礼の関係、美礼とメイド服の関係。
屋上のフェンスにしなだれかかる
「
どうやら俺を呼んだのは悠大だったらしい。俺は重い体を起こし、悠大に向き直って、
「いや、人生に詰んでしまってな……」
「どんだけだよ。はぁ……ここ三日間ぐらいそんな調子だけど、何があったんだよ」
俺が相当ひどい顔をしているのか、少し優しい声音で悠大。俺は昨日起きた、瑞穂と
「……いやマジか」
悠大は愕然とした様子でそう漏らした。俺は俺で改めて事実を認識して、大業なため息をついた。
「知り合ったばかりだから付き合えないって、もちろん断ったんだけど。いやでも女装してて良かった……
「いやすんなよ。お前も瑞穂も恋愛対象は女だろうが。つーか全然余裕じゃねぇか。心配して損したわ」
「悪い今のはふざけた。全然余裕じゃないです」
「はぁ……で、そしてその後どうしたんだ?」
「それがさ、だったらデートして欲しいって。『それでボクのことを知って欲しい』とのことでして」
「瑞穂って意外とぐいぐい行くのな。そういうところは男らしいとは思うが……で、返事は?」
「とりあえず保留してもらった。
「めんどくさ。もう事実を言っちまえよ」
「そうなんだけど……」
「わかってる
確かに悠大の言う通りだよな。瑞穂とは決して浅い仲じゃないし、そもそも
「そう……だな。じゃあデートの時に伝えるか。現実見てもらった方が、早いしな。はぁ……
「何が完璧なんだよ」
やっぱり余裕じゃねぇかと睨む悠大に再び謝罪し、
「まぁそれはさておき……もう一個瑞穂から、知らない人と二人きりが心配なら、友達連れてきていいって。それこそ
「じゃあ
「何言ってんだよ……」
「いや俺に振られるんじゃないかと怖くなったから。言っとくけど絶対付き合わねぇからな」
「うっ……いやそうだよな悠大は……」
なにかと優しい悠大だが、そこまではしてくれないのが小山田悠大という男なのだ。まぁこんな話に付き合ってくれるだけ、ものすごくありがたい存在なんだけど。
「つうかそもそも、別に付き添いなんていらなくね?」
「いや一人だと心配だな、と」
「自分が蒔いた種だろうに……。つっても他に連れていける人なんていないだろ? だったら一人で頑張れ」
悠大に冷たく突っぱねられてしまったけど、やっぱり一人で頑張るべきなのだろうか……。
「とは言ったものの」
やっぱり誰かしら来てくれるならありがたい。でもそれはつまり、俺と
「何かお困りの様子ですね?」
と意地悪な笑みで俺の前に現れたのはもちろん。
「なんにも困ってないですよ
「やん、そんなつれないこと言わないでくださいよ。面白そうですし」
「面白そうって言う人に、協力仰ぎたくないだろ……」
「意外と役に立つかもしれませんよ?」
えいっと
「そもそも、俺がどうして困ってるかわかるの?」
「いえ全然ですよ?」
この子は……。協力を仰ぐかは別として、とりあえず話してみようか……いやそれ地獄への片道切符じゃね?
「いいじゃないですか。教えてくださいよ陽ま……」
「えーっとですね」
やはりこの人には逆らえなかった。今度からは困った顔をして歩くのは絶対やめよう。観念して事の詳細を伝えると、
「なるほど、そんなことになってたんですね。確かに一人だと心細いかもしれません」
深刻そうに言いつつも、どことなく楽しそうなご様子。俺は一つため息をつき、
「そういうわけで、他の人を当たるから。話聞いてくれてありがとうございました」
「だからそんなつれないこと言わないで、私を選んでくださいよ。絶対に後悔させませんよ?」
さっさと去ろうとする俺の手を、
「……あの、こういう時って普通袖とか掴みません?」
「女の子経験の少ない
くすくすと小馬鹿にしたように
「兄貴なにやってんの?」
なぜかご立腹の
「いやーその、変な人に絡まれて……」
「あらあら、そんなこと言っちゃっていいんですか?
「ちょっと彼女と大事な話があってね!」
楽しそうな
「……あんたは兄貴のなんなの?」
「別にこれといって。強いて言えば、彼の飼い主でしょうか。定期的に遊んであげないと、寂しくて死んじゃういますし」
「飼い主って。兄貴の飼い主はあたしなんだけど。そもそも兄貴にはあたしがいるからそれで十分なの。あんたの出る幕なんてないから、さっさと兄貴から離れてよ」
「あらあら。そうですね、そろそろ離れましょうか。
俺の話のはずなのに、いつの間にやら置いてけぼりになっていた。俺っていつからペットになったの?
「しっしっ、二度と兄貴に近づくな」
「いやん、怖いですね。それでは私はこの辺で……あっそうそう
最後に俺の顔をのぞき込みながら言い残し、
「
「ま、まぁまぁそんなこと言わずに。一応悪い人ではない……と思うので」
「兄ぃも兄ぃだよ! あいつのされるがままになっちゃってさぁ!」
「ご、ごめんなさい……」
ギロリと俺を睨みつけて怒鳴り散らす
「それで? 何の話してたの」
「えっと……」
どうしよう、
「あー……いや大丈夫。気にしないでくれ」
「あっそ。あたし通りがかっただけだから。それじゃ」
「あ、ああうん」
すたすたと自分の教室へと戻っていく
「ちょっと」
放課後になって帰ろうとしていると、小さく自分を呼ぶ声。ドアに隠れるように立っていた
「あなたに伝えておくことがあるの。時間あるでしょ」
言われて俺はこの前のことか、と納得。俺は
「この前メイド喫茶に来た日、
どや! な様子で無い胸を張る
「よかったな。進歩出来たみたいで」
「ええ。ってそれよりも、なんでそんな時にあなたがいないのよ!」
「あ、あははーいやー、ちょっと遠くまで探しに行きすぎちゃってね。俺ってばうっかり」
本当はちゃんといたんですけどねー。俺がお茶らけて見せると、
「まぁ別に、あなたのおかげってわけじゃないし、いてもいなくてもかまわないけれど。あくまで
「俺の貢献度いまだにゼロだったのか……。まぁいいけど。で、接客はそれからもちゃんと出来てるのか?」
「その……まぁ……ほどほど、ね」
「出来てないのか……」
「しっ、失礼ね! 確かにまだ無視したり停止したり震えたりするけど……ちゃんと出来るように頑張ってるんです!」
だいぶまだダメじゃねぇか。いやそれでも昔に比べれば全然いいのか?
「まぁ頑張ってくれ、応援してるよ」
言うと
「
通りがかったのは
「これから部室ですか。わたしも行くところで」
「そうですよ。……っと、もしかして何か大事なお話をしていましたか?」
俺と
「そんな大事な話じゃない、
「そうですかそうですか……。
「あなたわたしをそんな目で……汚らわしい」
「見てねーって。
確かに
「ああそうでした
「先ほどの話?」
「
「そうですか……」
「ああ、
「もちろんですよ。賢明な判断、花丸ですね」
そう言ってクスクス笑う
「今日は化粧のノリが悪いな……」
せっかく瑞穂とのデートだってのに。っていやいや目を覚ませ俺。今日は事実を伝えるために行くんだぞ。
ウィッグを被って……よし、上出来ね。っと、約束の時間にはまだ早いか。でも早めに準備するに越したことはないよね。
リビングに降りると一人。そういえば
「はーい」
と、誰が来たのかろくすっぽ確認もせずに出た私は、極めつけのアホだった。
「やっほーたつ……あり?
私はしばらくのフリーズ。玄関先の
「こ、こんにちは
「いやいやそれよりもなんで
当然の疑問ですねー。いやとにかく落ち着け私。何かうまい事言い訳しないと……。
「えっと……今日は
「そかー。
うぐっ、そういえばそんな話忘れてたな……。まぁ予定までまだ少し時間あったし、
「……せっかく来たんだから、よかったら上がって」
「えっでも……」
「いいよ
「……ふふ、そね。じゃあ上がっちゃおっかな。そもそもあたしが
そんな風に笑う
「そっか……それは大変ね」
「ほんとねー。どうにも恋する女の子? っていうのがわからなくて。いや好きな人なら昔いたけど、幼稚園とかそんなレベルだったし。
「わ、私はそういうのないかな……」
「……あたしって変なのかなー薄情なのかなー」
「少なくとも薄情ではないと思うけど……でも、そういう気持ちって分からなくて当たり前なんじゃないかな」
「ん……そんなもん?」
「だから誰かを無理矢理好きになろうとしても、しょうがないんじゃないかな」
実際好きでもない相手にそんな感情を抱こうだなんて出来ないだろうし、そもそもやるべきじゃない。この流れで
「そっか……そうかもね。
「だから、もっと別の方法で手伝ってもらった方がいいんじゃないかな」
「うんーそうするよ。今思うと
「まぁ彼なら気にしないでしょ」
「そね。にしても
「そんなことないと思うけど?」
思わず強めの否定になってしまったけど、
「わかってるよ。じゃなかったらずっと一緒にいないって」
……また、そんなことを。
「そうそう
楽しそうに
「……
不意に名を呼ばれ、気づくと
「えっ? あっ、どうしたの?」
「いや急にぼーっとし始めたからどうしたのかなって」
「あーなんでもないの、気にしないで。あっ」
時計を見ればいつの間にやらいい時間。そろそろ出発しないと、
「どしたの
「そろそろ私出ないと」
「ああー、そいえばそんなこと言ってたね。じゃああたしは先に帰るね。
「確かにそうかもしれないけど、伝えておくよ」
「うん、ありがと。そんじゃねー」
玄関から出て行く
「んっ?」
自分の部屋が少し開いていることに気づく。閉め忘れたっけかーと扉に近づいたとこで、
「お兄ちゃん……」
不意に
疑問は様々あるものの、ゆっくりと部屋を覗くと……、
「!?」
その先にあったのは、俺のベットに寝転がり布団に抱きつきながら、俺を呼ぶ
思考は一切まとまらないが、ここにいちゃいけないことだけはわかる。足音を殺してそっと降りていき、ささっと玄関から家を出て音を立てぬように施錠。
でえっ? どういうこと? 俺はおふざけ半分で好き好き言ってたけどあっちは本気だったってことこれ? え、えー……。
一番近くにいる人の新たな一面に混乱しながら歩いていると、電信柱にぶつかっていた。
「お、おまたせ」
急ぎ足で来たものの、二分ほど遅れてしまった。休日なこともあり、私たちのほかにも待ち合わせしている人たちは多いようだ。
先に待っていた
「遅かったですね。待ちくたびれてしまいましたよ」
「ごめん、ちょっとゆっくりしすぎちゃった」
「そう、かまいませんよ。女の子の準備は何かと入り用ですからね。さてさて、瑞穂くんを待たせてはいけませんし、早く行きましょうか」
今日の予定は私と
「あっ、こっちだよ!」
待ち合わせ場所に近づいてきたところで元気な声。視線の先にはかわいらしくぴょんぴょん跳ねてここだよーアピールをする瑞穂の姿が。
「瑞穂……今日は男装しているんだな」
「素が出てますよ。それに、瑞穂くんはいつも男装しているでじゃないですか」
そんなやり取りをしつつ灯野くんのもとへ向かうと、私の姿を見た灯野くんはわぁと口を開け、
「今日も素敵だね
くっ……それはこっちのセリフだ……! あまりの可愛さに
「あ、ありがとう灯野くん」
「ボクのことは瑞穂でいいよ。その代わり、ボクも
「え、ええうん、わかったわ瑞穂くん。それよりごめんね。友達連れて来ちゃって」
「いやいやボクが言い出したことだからね。漢ならそんな細かいこと気にしないんだよっ!」
「わあ、とっても男の娘らしいですね瑞穂くん」
絶対そんなこと思ってないだろうな……。
「あらあら私としたことが、自己紹介がまだでしたね。私は瑞穂くんと同じ二年生で裁縫部部長の
「あっ、ボクも自己紹介しなきゃだねっ、灯野瑞穂です。よろしくお願いしますっ」
二人はお互いに頭を下げて挨拶。やっぱり同じ二年生でも、こういう機会がなきゃ知り合わないものなんだな。
「それで今日は、瑞穂くんが案内してくれるんだよね」
「もちろん、ボクに任せてっ! 出来る漢はデートコースもばっちりなんだからっ」
「あらあら、楽しみですね
そう言って先導する瑞穂くん。うきうき気分だけど人混みの中、後ろにいる私たちがちゃんと付いてきているか、視線を欠かさない。こういう姿は素直に良いなって思うんだけど、
「女の子ですよね」
「人の考えを勝手に読まないで」
いやその通りなんだけど。髪長いし今日の服装男らしいかと言われると中性的だし、いっそのことスカート履いてはっきりさせて欲しい。
そんな瑞穂くんに対して失礼なことを考えつつ、到着したショッピングモール。どうやら今日一日ここで過ごす予定らしい。到着してまずは軽食、そして本屋さんに雑貨屋さん。様々なお店を見て回る。
「あっ」
「あら」
つい私と
「服屋さん? 気になるの?」
「ええちょっとね……でも今日は瑞穂くんのプランがあるからね」
「ふっふっふっ、そんなこと気にしなくていいよ。何と言ってもボクは漢だからね。ボクの予定なんてさて置き、楽しんでもらえるのが一番だよ」
「瑞穂くん……」
えっへん胸を張る姿も可愛いなぁ。
「それでは
「そうだね」
三人で店内に入ったものの、基本的に女性ものしか扱ってないブランドということもあり、瑞穂くんには退屈……と思いきや、意外と目を輝かせていた。そういえば可愛いもの好きだもんね。しばらく店内を物色していると、
「あっ、
私が手に取った一着に、
「
「はい。私達はやっぱり気が合うみたいですね。うふふ……」
「まさか合わせに来てないよね?」
「いやですね
「そっか、そうだよね。ごめん」
「いえいえ、謝るほどのことではないですよ。それにしても可愛い服ですね……」
私から服を受け取ると、
「……あの、
「服はこうやって人にあてがって確認するのが一番なんですよ」
困惑する瑞穂くんにそれっぽい事を言ってるけど、明らかに瑞穂くんに合わせたいだけだよねそれ。
「やっぱり可愛いですね。とっても可愛いです、
「ええ、最高」
「あの……ボクが着る場合の話じゃないよね?」
「もちろんですよ?」
今更だけど、瑞穂くんと
「……今度私が作った服も是非着てもらいたいですね……」
ほら小声でとんでもないこと言ってるし。すると瑞穂くんはよからぬ気配を察したのかほっぺたを膨らませて、
「むむぅ……もしかしてボク、外で待ってたほうがいいかな?」
「いえいえ、私としてはこのままいてもらっていろんな服を……」
「じゃ、じゃあ外で待ってるからっ!」
やはり何かを察したらしい瑞穂くんは、逃げるように店外へと走り去ってしまった。すると
「あらあら、嫌われてしまったのでしょうか?」
「うーん……どちらかといえば苦手、じゃない?」
「それは残念です……彼女ほどの逸材はいませんから」
「あんまり瑞穂くんをいじめないでやってくれ……」
いやこれは私にも言えるのでは? いや深い事は考えてはいけない。悪いのは美しい瑞穂なんだ。美しいはいつだって罪。
「それではせっかくですし、他にも見てみましょうか。私あれ見たいんですよ」
「んん、どれどれ……って」
指さしてる方角は下着売り場だと思うんですけど。
「せっかく女同士になったんですし、いいじゃないですか」
「いやあのあなた私のこと……」
「ほらほら行きますよ?」
そうこうしているうちに、腕をがっちりホールドされ強制連行。やっぱり人選を間違えましたねこれ。
下着売り場に到着するなり、
「私ちっぱいのCカップなんですけど……ああ、このあたりですね」
「今さらっとすごい情報出ませんでした?」
「バストのこと? 女の子同士なんですし、問題ないですよね」
あーもう完全に楽しんでる笑顔だよこれ。がっくり肩を落とす私を満足そうに眺めると、
「こういう大人っぽいのと……こういうアダルティなの、どっちがいいですかね」
「いやなぜ両方とも同じ路線……?」
「自分のことを大人っぽいと思っていますので」
「それは間違ってないと思うけども」
「これでも服を作っている人間ですからね。自分に似合うものもちゃんとわかってます。で、どっちがいいと思いますか?」
「いや似合うものがわかるなら、私に聞く必要なくない?」
「そんなことないですよ。女子としては男の子の意見も欲しいんです」
「こんな時だけ男扱いはずるくない?」
急な手のひら返しの男扱いに私が猛抗議しようとすると、
「そうですよ? 女の子はずるいんです。知ってることでも知らないって言いますし、分かりきったことにもわからなーいって言うんですよ」
と、反論するどころか全面同意してきた。本当に……本当にこの女の子は……っ。
「……じゃあ
「あらあら、そんな風に褒められると照れちゃいますね。それはさておき、どっちがいいと思います?
そう迫りつつ
「わぁ、
「どっちも大胆なのでしょうよ…。ほら、決まったならさっさとレジに行きなよ」
「何言ってるんですか。これから試着しますよ」
「わざわざ!?」
「もちろんです。着てみて合わなかったら困りますからね。少々お待ちを」
いやまぁ確かに試着大事だけども……でも全然いい予感がしない……。渋々試着室の前で
「着け終わりましたよ」
「はいはい。ぴったりですかー?」
「せっかくなんですから、見てみてくださいよ」
「えっ?」
思わず振り返ってしまった。そこには試着室を開け放って見せびらかす
「どうですかね?」
「どうですかねじゃなくて!?」
上だけ下着姿の
「他にも人居るよ!? 早くカーテン!」
「大丈夫ですよ。ここお店の奥で男性も居ませんし」
「そういう問題じゃなくて! 早く閉めて閉めて!」
「えー」
「えーじゃなくて!」
もうじれったい! 構わず自分で試着室のカーテンを閉めた。
「……なんで入ってきてるんですか?」
「えっ……なんででしょう?」
「もしかして女の子なのに、私に欲情しちゃいました?」
こ、この人は……。この状況になっても私をおちょくるのか! 確かに
「……黙っちゃってどうしたんですか? 下着姿の女の子を初めて見て、緊張して声も出なくなっちゃいました?」
「……」
「あの……
一歩。俺は
「なにか言ってくださ……きゃっ!」
そしてもう一歩。
「ちょ、ちょっと
そして逃げ場をなくすように、先輩の両脇の壁を抑えた。そしてーー
「ま、まさか本気で……いや……こんなところでダメです……っ!」
「……ぷっ。なんだ、さんざんからかうくせに、逆は慣れてないんだな」
私は思わず吹き出してしまった。いつも余裕の
「なっ……、そんなことありません。今のはずるですノーカンですっ! だいたい私、別に全然動揺してませんしっ!」
「そんなこといいながら顔赤いよ?」
「それは
「……まぁそりゃ」
下着姿の女の子に迫るなんて、やったこと無いですもの……。俺と
「……と、とにかく、早く出てください」
結局そのあと、
「お帰り二人とも……どうしたの? 顔赤い気がするけど?」
「気のせいだよ瑞穂くん」
「ならいいんだけど……」
訝しげな視線の瑞穂くんをなるべく見ないように、次の目的地に向かう。するとたどり着いたのは施設内のフードコート。休日ということもあって家族連れで賑わっていた。
「最後にここでゆっくりお話ししようかなって思ったんだ」
「そっか、それはいいね」
先ほどの熱もだいぶ冷めたけど、何か冷たいものを飲んでもっと冷やしたい気分だ。
「じゃあ私が席を取っておきますから、二人とも注文してきてください」
そう言う
注文を終えた私たちは、
「おまたせ」
「あら、それでは私も注文してきますね」
そう言って席を立つ
「……それでその、今日は楽しんでもらえたかな?」
「うん、もちろん楽しかったよ。色々考えてくれてたっていうのも嬉しいし、瑞穂くんのこといっぱい知れたし」
いやそもそも知ってるんですけどね?
「そっかぁ。よかったぁ……えへへ」
くっ……可愛い……今からこんな子に現実を突きつけなきゃいけないのか……。
瑞穂も頃合いだと思ったのか、咳払いをして背筋を伸ばし、この前の話を切り出した。
「それで、その、どうかな……この前の話」
「えっとそれは……ごめんなさい。それは無理なの」
そっか……と寂しそうに瑞穂。私はこれからどう説明していくべきか、間違えないように思考を巡らせていく。
「実はそれには理由があって……その、隠してて本当に申し訳無かったんだけど」
瑞穂をあまり傷つけないように、
「実は私と付き合ってるんですよ、
「「はっ?」」
「だから申し訳ありませんけど、瑞穂くんは諦めてください」
「……」
あんぐりと口をぱくぱくとさせて、わかりやすく言葉を失った瑞穂くん。横でニコニコしている
「おいぃ! どういうつもりだ!?」
「いえ、真実を伝えるのを躊躇っていたようでしたから……こうすれば諦めてもらえるのではと」
「考えが異次元すぎる!」
言われてみると理にかなってると思うけど! でも俺たち女同士なんですけど!? いや実際のところは問題ないんですけどね!? 冷静を取り戻そうと深呼吸していると、瑞穂くんは魂が抜けたような声で、
「……ほ……ほんと……なの?」
「えっとー……その……」
やばいやばいどうするべきだ!? 私が答えに迷っていると、瑞穂くんは一度口を真一文字に結び、
「……けない」
「えっ?」
ぐっと握り拳、そして立ち上がり、
「負けないっ! ……今は
声高らかに宣言した。人目もはばからず。堂々と。
「瑞穂くん……」
なんて健気で可愛いんだ!
「わーおまさかの展開ですね」
そこ。お黙り。誰のせいだと思ってるんですか。
「待っててね
「あっ! 待って!」
瑞穂くんはぐっとサムズアップしてウインク。そしてそのまま、どこかへと走り去ってしまった。
「行っちゃいましたねー」
「……」
「どうしたんですか?」
「どうしてくれんだよこの状況!?」
「兄ぃ、朝だよ。早く起きて」
「んん……あっ、せ、
いつもの朝。だけどこの前の
「どうしたの兄ぃ?」
ぐいっと顔を寄せてくる
「い、いやなんでもないよ」
「変な兄ぃ。もうご飯出来てるからね」
「あ、ああうん……」
リビングに降りると、腰に手を当てて少し不満げな
「兄ぃ遅いよ。あたし先に行っちゃうよ?」
「あ、ああ、待たせるのも悪いし、先に行っててくれ」
「……そ。わかった」
ぽつりとそう言うと、すたすた玄関から学校へと
ちょっと走らないとまずいかな。そう思って走り出したところで後ろから、
「あれー
「
珍しい事にこんな時間に
「いやいや
「体力づくりのためか? って遅くまで寝ていたいだけだろ単純に……」
「そうとも言う! でもジョギングしたいのはホント。演技も体力いるからねー。と言うわけであたしは走ってるの」
そういって先をいく
「そういえば前はよくジョギングに付き合ってたな」
「あーだったねだったね。
「まあ一生懸命頑張る
俺がそう言うと
「それは嬉しいね。あたしももっと頑張らなきゃだね。……そいえば話変わるけどさー」
走りながら俺の目をじっと見つめる
「
急に腹の底を見透かしたような言葉に、俺は思わず面食らう。すると
「なーんかそんな顔してるし。だてに長年一緒にいないでしょあたしたち」
ふふんと鼻を鳴らす
……
「実はちょっと妹との付き合い方に悩んでおりまして」
「なになに?
「そういうんじゃなくて、なんというか……俺に本気の好意を向けているんじゃないかという疑惑がありまして」
「ほほー。そんなに仲いいんだね二人とも」
ふむふむーと呑気な様子で、どこか探偵気取りの
「いや我ながら荒唐無稽な話だとは思いますけどね? だって実の兄妹ですしありえないはずだし……」
「んー、それってどっちでも良くない?」
思わぬ
「だってさ、例えそうだったとしても、
「あっ……」
そうだ。
「そもそも、
「寂しい? あの
「だって
「言われてみればそうだけど……」
「あははー全然ピンと来てない顔だね。でもどっちにしても、久しぶりに
「まぁそうだな……ありがとう
そうお礼を伝えると、
「いやいや礼には及びませんよー」
と笑顔を見せた。と思いきや今度は口をとがらせてどこか不満顔。忙しいやつだな。
「というか
「どうかした?」
「この前話した、あたしの恋人にーって話、なしでいい?」
「別に良いけど……いいのか?」
おお、そういうえばその話すっかり忘れてた。これについて進言したの自分だけど、こうもあっさり引かれると、それはそれで良いのかってなってしまう。
「いや無理矢理好きになってもなーって思って。
「……そっか。じゃあ他に手伝えることがあったら言ってくれな」
「もちろん、頼らせてもらうよ。自分で充分頑張ったあとだけど」
「相変わらずだな、
「もちろん。あたしはあたしだからね」
いっひひ、と誇らしげに
「そうそう言い忘れてたー。演劇部の公演が決まったんだ。よかったら
「おおマジか。もちろん行かせてもらうよ。いつなんだ?」
「えっとねー今週末だね」
「急だなほんとに。別に行けるけど」
「いやー公演自体は前から決まってたんだけど、
すると
「何言ってんだよ。
何の根拠もない言葉。でも俺は自信満々に言い切ってやった。すると
「あはは、そうだね。きっと大丈夫大丈夫。……ありがとね、
「俺は特に何もしてないけどな」
「うん。でも、ありがとう」
どこか照れ臭そうな様子で
流石にそろそろ走るの疲れたな……と、丁度音を上げたくなったところで、学校に到着した。
「
昼休みに
「んっ?」
だがその道中、ふと窓を覗くと
「おそらく告白されてるっぽいよな……盗み聞きしたいわけじゃないんだけど」
そんな雰囲気を察しつつ、隠れながら近くへ向かうとうっすらと声が聞こえてきた。
「なぁいいだろ? 俺と付き合ってくれよ」
やっぱりそういう話か。
「……い、嫌です……ごめんなさい……」
おお、ちゃんと男子と喋れてる! なんか泣きそう! 成長したなぁ
と感動する俺をよそに、事態はあまりよくない方向へと動き出す。
「別にいいじゃんかよー」
「い、嫌なものは、嫌、です……」
しつこく食い下がる男に、困惑する
「なんだよお高くとまっちゃって」
「そんなつもり、ない……」
「男子を避けてさー」
「避けたくて避けてるわけじゃ、ない、です……」
「なんだよその目……おいっ!」
「ひっ」
「やめろ!」
男の威圧的な態度に、これ以上黙っていられないと思わず飛び出した。
「なんだよ……ちっ」
吐き捨てるようにそう言い残すと、それきり男は去って行った。追いかけて釘刺しておいた方が……いや、俺のよく知る先輩の女の子が追いかけてったから、俺の出番はなさそうな気がする。
俺はいまだ怯える
「大丈夫だったか
そして手を伸ばしたところで、
「触らないで!」
パチンっ!
と、思い切り弾かれた。その行動は俺以上に、
「今のは悪手だったな……」
俺は弾かれた手を見つめながら大きくため息。
はあともう一度大きくため息をついたところで、
「兄ぃ? なにしてんの?」
いつものけだるげな声。その主はもちろん、探していた
「
「なにー? あたしに用があったの?」
「一緒にお昼食べようと思ったんだけど……別のことを頼まれてくれないか?」
「
「理由は……聞かない方がい?」
「まぁとりあえず行ってあげてくれ。それで、明日は一緒に昼飯食べようぜ」
俺がそう誘うと、
「実の妹と一緒にお昼食べたいとか、兄ぃどんだけシスコンなの? ほーんとやめてよね。仕方ないから付き合ってあげるけどさー。ま、じゃまあたしは
「ありがとうな」
まぁこれで
「あらあら、
放課後に廊下で瑞穂たちと話していると、背後から
「
「はい、そうなんです。瑞穂さんも悠大さんもこんにちは」
「ぐるるる……」
軽く頭を下げる悠大に、明らかに敵意むき出しの瑞穂。瑞穂、それ可愛いだけだゾ。
「……お二人とも、少しだけ
「ど、どうぞ」
二人が軽く頷いたのを見て、
「何の話かはわかりますよね」
「その言い方だと俺が怒られるっぽく聞こえるけど……わかってるよ。
「私がきちんと、優しく、わからせてあげましたよ」
「それで
「やはり元気がなさそうです。無理もありませんが。ちなみにあの後、
「あー、それが……」
先ほどの出来事を詳細に話していくと、深刻な表情で
「そんな事があったんですね。確かに
「そうだよな……申し訳ない」
「いえいえ、
「やっぱりそうだよな……。
俺の問いに
「言われなくてもそうしますよ。でもあなただって、
「えっ?」
「というわけで、
そうだった。すっかり忘れていたけど、俺には
「あたしが
「つまりはそういうこと。頼めないかな」
「いやだよ面倒くさい」
くっ……想像通りの言葉を返してきやがる……。兄へのリスペクトが足りない! 俺が恨みがましい視線を向けていると、
「というかそれよりもさぁ、なんでそんなに
「そりゃ、まぁそうだけど……なんというか、俺と同じだったから」
同じ?
「異性を理解したいっていう想い。
「ふーん……。それでなんだ」
今ので納得してくれたのか……と少々驚いた。だけど納得してくれるなら話は早いはず。
「そうそう。で協力してくれない?」
「それとこれとは話が別」
あっさり切り捨てられる兄。こうなったらもう惨めったらしく頼み続けるしかない。兄の尊厳など知るか。
「なぁ頼むよ。
「……」
「俺はこんなにも
ってしまった。ついいつもの調子で愛してるなんて……。そう思ったのも束の間。
「ほんと、兄ぃさぁ、あたしのこと好きすぎでしょ。実の妹に愛してるとかホントあり得ない。あたしは困るって言ってるのにさぁ」
「あ、ああごめん……」
「しょうがないから手伝ってあげるよ」
お、おお……なぜかわからないけど急な心変わり! 助かった! と思ったものの、
「その代わり、この前行列で断念したお店に、もう一回付き合ってもらうからね?」
とんでもない提案をかましてきた。混んでない日あるのかなーあそこ。とそんなことを考えていると、
「先に兄ぃを並ばせておくから、順番がちょうどいいとこまで来たら呼んで」
「こっ、こいつは……」
「どしたの兄ぃ? 愛しい可愛い妹からのお願いだよ?」
「自分で可愛いって言いよった……。間違ってないけど」
俺がぼそりと呟くと、
「だったらお願いね、兄ぃ?」
ったく、うちの妹は兄のこと何だと思ってるんだか。いやそもそもお願いしてるのはこっちなんだけどさ……はぁ。
とは思いつつも、俺はどこか嬉しい気持ちだった。やはり
「フライドチキン屋の近くにいるって言ってたけど……」
颯爽と化粧を終えた私は、駅前の方へと来ていた。先程メールでこの辺りをぶらついていると聞いたけど、姿が見えない。少し歩いてみるか……。と少し進んだ先に、
「
道端にうずくまる
「ひっ、
隣にいた
「あ、ああ
聞くと
「人多過ぎー」
と、駄々をこねる
しばらくすると
「お姉、あたしあそこで休んでるから、
回収て。もの扱いでいいのか。
「わかったよ。ベンチまで一人で行ける?」
聞くと
「それじゃあ
私が駅の通りを出口に向かって歩き始めると、
「最近はどう? 克服は順調?」
「……その、あんまり」
アスファルトを眺める
「うん、なんとなくそんな気がしてた。
「やっぱり……」
「何があったのかは聞いてないけど、きっと
「そんなことない! わたしが、わたしが悪いの……」
顔を上げ強く言い放つ
「わたし、バイト辞めようと思うの」
ぽつりと呟いた
「きっと頑張っても無駄なの。バイトも始めて、だいぶ慣れてきたと思ってた。でも違った……わたしの気持ちは何も変わってなかったの」
「そっ、そんなこと言わずにもう少し」
「もう無理なの! 怖いものはそんな簡単に克服できることじゃないし、きっとこの先もこのままなの!」
「
目に涙を浮かべ、諦める
「……ごめんなさい。今まで手伝ってもらったのに。わたしは
「きっと伝わってると思うよ」
「そう……じゃあ」
「お姉おそーいもっと早く歩いてよ」
「いやおぶられておいてそれなの」
迎えに来ると開口一番、歩くのめんどいからおぶって帰って、と言い放つ妹である。全くマイペースな奴だ。
……というか、背中越しに伝わる柔らかい感覚がすさまじいんですけど。いや実の妹だぞ俺落ち着け。そんなアホな葛藤していると、
「で、
「それが……バイト辞めるって」
「……そっか。お姉……ううん、兄ぃはそれでいいの?」
「よくない。けど……どうすればいいかのかもわからない」
「ふーん……ま、頑張ってね」
吐き捨てるようにそう言うと、
「それだけなの?」
「だって、今あたしに出来ることは多分ないもん。兄ぃのお尻叩くくらいしか。あっ、物理的な意味でね?」
「……そうならないように頑張るよ。ほら、着いたよ。早く降りて」
ありがとー、とお礼を言いながら、ぴょいんと飛び降りる
「
「おっ、
「あ、ああうん、
「これから買い物だよ。夜ご飯の準備」
「そっか、気をつけてね」
そう
「いや買い物付き合う場面でしょこれ」
「そうかもしれないけど……」
「どうしたの二人とも?」
こそこそする私たちを不審に思ったのか、ひょっこりと
「お姉が一緒に行くってさ。荷物持ってあげるって」
「ちょ……」
「本当に? でも悪いよー」
「お姉のことなんてそんな気にしなくていいよ」
何が何でも私を行かせたいのか
「でもそれなら、
「……いや、
そう私が前に出ると、
「そっか、じゃあお願いしちゃおうかな。ありがとね」
「お安い御用だよ」
「んじゃお姉、あたしは家を守ってるから」
「はいはい。しっかり頼むよ。それじゃあ
「はいよー」
家から十分ほどのスーパーマーケット。品揃えも豊富でかなり重宝している。
「これと……これと……ああ、あとこれも」
買い物かごを腕にかけ、じっと吟味するように商品を見つめては、かごに入れる
「どしたのじっと見つめて」
不意に
「いや、なんか手慣れてるなって思って」
そういえば
「まー何度も来てるからね。お父さん料理はからっきしだから。あたしが頑張んないとね」
「そっか。大変なんだね」
「これくらいどってことないよ。あっそうそう、料理と言えばさ、
ぺしぺしと私を叩きながら、けたけた思い出し笑いする
「
「あれはちょっと具材の選択をミスっただけよ!」
しまった! つい
「ん?
「あ、あーいや、前に
我ながら苦しい言い訳か? と、思ったものの。
「そっかそっかそういうことか」
わー
私が悶々としていると、
「でも、
「まぁね……」
あの時の
そんな風に過去の感傷に浸っていると、
「話変わるんだけど、
図星を突かれ、うっと声が漏れそうになった。私は誤魔化すようにゴホゴホ咳払いをしてから、
「まぁ少しは聞いてるけど」
「ほんと!? 何があったの? よかったら教えて! お願い! ああでも口止めされてるならしょうがないからいいや」
驚いたり懇願したり諦めたり、ほんとに忙しいな
「口止めなんてされてないから。えーっと、それが……」
毎度のことながら、当事者なのにあたかも聞いた風に話すのって難しいな……。私が話している間、
「そっかーそんなことがあったかー。
「うん、あの目は本気だった。……って
「むむぅ、で、
「それは……」
どうするんだろう?
「……多分、諦めたんじゃないかな。男の
「いやいや、
ちっちっちっ、と芝居がかったように否定する
「
「あたしいまだに覚えてるんだけどさー、小四の時に友達からもらった大事なハンカチ失くしちゃったんだよね。で頑張って探したんだけど全っ然見つからなくて」
「ああ……」
そういえばそんなこともあったな。どうしよう、一緒に探して! って泣きつかれたっけ。そんなことを思い出していると、
「それで友達ももういいよって言うから、あたしも諦めちゃったんだけど……
「あはは……」
そりゃ半年も外で野ざらしにされればそうなるわな。あの時の私も洗って渡せばいいものを。
「それであたしが、なんでまだ探してたのって聞いたら、なんて答えたと思う?」
さすがにそんなに昔のこと、覚えてないな……。しばらくすると、シンキングタイムが終わったようで、
「探し続ければ見つかると思った、って言ったんだよね。あたし思わず馬鹿じゃないのって言いそうになっちゃった」
そんな言い方……と反論しかけたところで
「それ以上に嬉しかったんだ。それに、尊敬もした」
珍しくしおらしい様子の
「だから
そう、だったけか? ……ダメだ、全然思い出せない。私は誤魔化すように頬をかいて、
「……そっか。応援してる」
「ふふ、あんがと。それにさ
さっきのエピソードに重ねる話じゃないでしょ……。
内心がっかりする私をよそに、
「そそ、女優といえば今度の日曜日、あたし舞台出るんだけどよかったら
そういえば
「もちろん行かせてもらうね」
「ほんとに!? やったーあんがと、ここでやるからぜひ来てね」
懐からチラシを取り出す
「
両の拳を握り、わかりやすくがくがく震える
「さっきから
不意に、そんなことを聞いてしまった。
「そりゃそーだよー。だってあたし
「どうしたの?」
衝撃を受けたようにぽかんと口を開け、その場で制止する
「あーーっ!?」
「なになにっ!?」
はじかれたように叫びながら、私の肩をつかむ
私が理解できずにいると、
「どうしようっ!? あたし、
「……えっ!?」
その日私は。
スーパーマーケットで告白されるという、稀有な体験をした。
もちろん
「どうした
訝しげな悠大の声に、俺はいやいやと首を振り、
「何でもない。気にしないでくれ。それで瑞穂は?」
「ごめん、遅くなっちゃった」
噂をすればなんとやら、小走りで謝りながらこちらに向かう瑞穂の姿が。俺の前まで来ると、膝に手をつき肩で小さく息をする瑞穂に、
「大丈夫だ。俺も今来たところ」
「遅ぇよ瑞穂」
「おい悠大、待ち合わせの時は今来たって答えるのが定石だろ」
「それはデートの定石だろうが……」
「二人とも何の話?」
俺たちのくだらない会話に、瑞穂はほえっと首を傾げてみせる。俺は手を振りながら、
「い、いや気にすんな。それよりこれで全員そろったな。
「それなら会いに行ってみようよ。衣装を間近で見るチャンスじゃない?」
きらきらと目を輝かせる瑞穂……可愛い! っといかんいかん。俺は一つ咳払いをして、
「それじゃあ行ってみるか」
市民ホールの見取り図とにらめっこしてから、
「ここだな……って
「あっ兄貴だ。来るの遅いよ」
「来ないんじゃなかったのか?」
来るかって聞いたら、外出るのめんどいとか言ってたくせに。なんだかんだ言いつつ、
「んーや、あたしもそのつもりだったんだけど……もしかしたらあの女も来るんじゃないかと思って」
キッと睨みつけるような目になり、周囲を警戒する
「あの女って……
俺のその言葉に瑞穂もピクリと反応を示した。あの人この短期間に敵作りすぎじゃないですかね。いや敵ってほどでもないかもだけど。
「まぁそれで来たってわけ。というかほら、早く
すっかりいつもの調子の
「……あっ、みんな来てくれたんだ。それに……
みんなの姿を順繰り確認して、最後に俺と視線が合うと恥ずかしそうに俯いてしまった。俺もどうしたものか困って、目をそらしながらもちろんだよ、と答えた。
「それにしても
瑞穂に褒められた
「いやでもやっぱり……あんまりあたしの柄じゃないと思うんだよね……」
「
「もちろん。俺もそう思う。それに
「
「あたし……ちょっとだけだけど、気持ちが分かったから……、きっと
瞬間、何を指しているのかがわかり、足先から頬まで沸騰したように上気し、なんとなく口を手の甲で拭う。
「そ、そっか。期待してる」
「うん、絶対答える」
どこか嬉しそうにほほ笑む
「
瞬間、
「どうしたの
「もちろんだよ。この衣装だって
さすが手芸部恐るべし。
「来てくれてうれしいよ
嬉しそうな
「そうだったんですけど……ちょっとまずいことになりまして。
「俺? 何があったんだ?」
聞くと
「
「ど、どういうことだ?」
「
「ま、まじか……そんなことあるんだな。でもそれなら店を今日の営業はやめればいいんじゃ」
「私もそう言ったんですけど……どうやら今日は、その
「ふーん……で、兄貴にどうして欲しいわけ?」
友達のピンチに、
「
「お願いします。一緒に
「助けるって言っても、ボクたちはどうすればいいの?」
「さっき電話したんですけど、ヘルプで入って欲しいそうです。人手さえあれば、
確かに
「いいよ
俺の視線の意図を察したのか、
「
「あたしたちの演技は別のところでやるかもだけど……
にひひっと
俺が唇を噛んでいると、瑞穂が急にん~っと唸りだしたかと思うと、
「……ううっ、
無理矢理微笑む
「わかった。俺は助けに行くよ。えっと、みんなもそれで構わない?」
「ごめん
「当たり前に決まってんでしょ。すっごいのお願いするから、覚悟しててよね」
「お手柔らかにな……」
何を頼まれるのやら……、嫌な予感に体をさする。そして俺たちはメイド喫茶に向かって走り出した。
「あーあ、何送り出してんだかあたしってば……」
不意に後ろから、そんな声が聞こえた気がした。
急いで来た甲斐もあってか、まだ開店はしていないようだった。それでも、さすがはナンバーワンメイド
「あ、
視線の先、俺がいることに明らかに戸惑っていた。俺も少し怯みそうになるも、今はそんな場合じゃないと首を振った。
「ご主人様方……来てくださったのですね」
「
俺は早速本題を切り出す。すると
「最低でも厨房とホールの人員は不可欠ですね。それさえいれば、あとは私が何とか出来るかと」
「それなら……料理のできる
俺が二人に視線を向けると、しょうがないといった様子でため息を一つ。
「めんどいけど、
「レシピさえあれば出来る」
この二人がいれば料理は安泰だな。あとはホールの担当……つまりメイドだよな。となると残りの人員の……、
「メイドは
「私も着るんですか……でも
「……ぼ、ボクも着るの? メイド服?」
あっ……しまった。つい人員が足りないから、残りをそのまま割いてしまった。決して瑞穂のメイド姿が見たいなんて邪念が働いたわけじゃないんです決して。
「ご、ごめん瑞穂。つい流れで……」
どのみちこんなこと瑞穂に頼めないし、別の方法を……と思いきや、
「……女の子のために体を張るのって、漢らしいこと、だよね?」
俯いて、決めあぐねるように手をにぎにぎ瑞穂。えっ、なに、もしかしてがあるのえっ? ……俺がここで頷けば、瑞穂のメイド姿を拝めるの? いやでもこんな、いや、いや……。
「……あ、ああ、男らしい、ものすごく」
残念なことに、俺は悪魔には勝てなかった。瑞穂の決断を、固唾をのんで見守る。
「……わかったよ。ボク、
やった! 瑞穂がメイド服を着てくれる! こんなに嬉しいことはない! 人類の英知! 瑞穂ごめん神様懺悔します。ごめんなさい。
「
あまりの罪の意識に耐えられず、
「兄ぃ心配ないよ……あたしも同じ選択する絶対」
っと落ち着け俺。
「それじゃあ俺は料理も出来ないし、清掃とか会計の雑務担当として動きます。開店まで時間もないし、動き方確認しないと」
「では厨房班には私が指南します。
「わ、わかりました」
「それから後程店長も来るので、開店後に何かあれば私か店長に相談してください」
「えっと……」
だが
「早く瑞穂達のところに行ってやってくれ。話なら後で聞くからさ。今はここを乗り切ることだけを考えようぜ」
すると
「おかえりなさいませご主人様!」
開店してからしばらく。客の入りはすさまじかった。メインである
「はーい、から揚げできたから持ってってー」
気だるげに料理を作っていく
「
「だって長いんだもーん。こっちは三番テーブルだからよろしく」
「わかりました、そちらは私が持って行きます。うふふ、瑞穂ちゃん、さっきの『ラブラブきゅん』はものすごくよかったですよ」
「だから瑞穂ちゃんはやめてって言ってるのに……」
俺もしっかりと空いたテーブルの清掃、お帰りのお客様の会計を着々とこなしていた。とはいうものの、実際のところは
「ありがとうございましたー」
とりあえず会計も捌ききったし、空いてる机の清掃をしよう、と思った時だった。
「きゃっ!」
「冷た!」
その声に振り向くと、
「
走ってスタッフルームまで逃げてしまった。俺はとっさにそのお客様に駆け寄り、
「も、申し訳ありませんっ! 今すぐ拭くものを……」
「
焦る俺に対して、
「
「
そして従業員控室に入ると、肩を震わせてうずくまる
「えっと……」
何か言わなきゃと声を漏らすも、かけるべき言葉が見つからず当てのない声は、ぽとりと地面に落ちてしまった。
そしてただその場に立ち尽くし、時間だけが過ぎていく。
「……
このままじゃだめだ。そう思って提案するも、相変わらず
「えっと……さすがにあのまま逃げるのは、よくないだろ?」
「……怖いの」
するとようやく、
「まだ、話すだけでも怖いのに、わたしのミスでご主人様に……」
嗚咽混じりの声。表情こそ見えないが、どんな顔をしているのか想像は容易だった。的確な言葉を見つけられないもどかしさに、俺は唇を噛んだ。でも、立ち止まるわけにはいかない。
「気持ちはわかるけど、このままじゃダメだろ? そういうしっかりしてないのって、
「わかってる! わかってるけど……」
涙を浮かべながら俺に向かうも、その先に言葉はなくて、悲痛な面持ちで口をつぐみ、俯いてしまった。
「……
「えっ……?」
おもむろにこぼれ落ちた言葉に、俺自身も驚いた。あれだけ
「実は俺も、女の子のことを理解したいと思ってたんだ。そのためにいろんなことをやってみた。だけどどんなに頑張っても、分からなかったんだよ」
「どうしてそんなこと言うの……」
俺に希望を潰され、そのまま涙をこぼす
「で、でも今はそれでもいいと思ってる。俺は女の子を理解することよりも、個人を、
「だってさ同じ男でも、俺も瑞穂も悠大も、みんな違うだろ? それをひとまとめにして理解するなんて……きっと出来ない」
「でも! 個人を理解するなんてもっと……」
「ああ、きっと出来ないだろうな」
「なら!」
「だからといって、俺はそれを諦めたくない。もっとみんなのことを理解したい。男が苦手な
今度は驚かせないように。ゆっくりと
「俺は
また払われるんじゃないか。不安に震える俺の手。でも声だけは、しっかりと。
「だから俺はこれかも頑張るよ。だからさ、
「……うん」
払うのではなく、そっと、優しく、握ってくれた。
「それじゃ、みんなに迷惑かけちゃってるし、早く戻ろうか」
「……ふん、言われなくてもそうするに決まってるでしょ」
すっかりいつもの調子の
「「ごめんなさい」」
緊張の面もちの
「大丈夫ですよ」
たったの一言。それでも俺と
「次はもっと気をつけるんだぞ」
「いっ、言われなくてもわかってるわよ!」
俺と
「ありがとうねお兄ちゃん」
先ほどの客が不意にそんなことを言った。俺が驚いていると、
「彼女の成長は君のおかげなんだろ? これからも彼女のことをよろしく頼むよ」
「は、はぁ……?」
笑顔のお客様に、俺は気のない返事をしつつ仕事に戻ろうとすると、
「
「
「ご心配なく。優しいご主人様方ですから、少しくらいはお許しになってくれます」
「さすがは
「あちらのご主人様は
「そ、そういうものなの?」
「ありがたいことに、私たちメイドの成長を楽しみにしてくださるご主人様もいらっしゃるのです。まだまだ私がダメなメイドだった時も、そういったご主人様に支えられたものです」
「
推しのアイドルがセンターに選ばれて嬉しい、みたいな感覚なのか? それならまぁ分かる気がするけど。
俺が頭を捻っていると、
「お忙しいところ、お邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「いやそれは俺の方ですし。あっ」
「どうかなさいましたか?」
「誕生日おめでとうございます、
「おやこれは、ありがとうございます。ご主人様」
そしてにっこりと微笑むと、仕事に戻っていった。さすがはナンバーワンメイド。ご主人様の破壊力が他とは違う気がする。
「とと、俺も仕事に戻りますか」
見ればお帰りのお客様、政争の終わっていない机。。俺は小走りで仕事へと戻った。
「皆様、今日はありがとうございました」
最後のお客様を見送り、
「本当にみんな今日はありがとう。急に声をかけたのに……、それにみんなを連れてきてくれた
「いえいえ、私は声をかけただけですから。それにみんなが来てくれたのは、みんなが
「
感極まった様子で
「そういえば
不意にいつもクールな
「……いえ、続けさせて、ううん、続けたいです。わがまま言って申し訳ありませんが……」
「ふふ、いいんですよ。その言葉が聞けて、私も嬉しいですから」
それを聞いてみんなもどこか安堵の表情。そして瑞穂は緊張が切れたように伸びをし、
「慣れないことして結構疲れちゃった。でも普段出来ない体験が出来て、ちょっと楽しかったかも」
「瑞穂先輩なら、このままここで働けると思いますよ」
「
「二人ともそれどういう意味っ!?」
「瑞穂いじめるのも大概にしとけよ」
アホ兄妹を諭す悠大の発言に、俺たちは顔を見合わせ笑い出す。そんなやりとりをしていると、ちょいちょいと袖を引かれた。
「ね、ねぇ、ちょっといい?」
見ると袖を引いたのは、意外なことに
「どうしたんだ
「いいから来なさいよ」
少し恥ずかしそうに目をそらす
「ああ、もしかして掃除? どっからやればいい?」
「そ、そうじゃないわよ! その、えっと……」
もじもじと何かを決めあぐねるように、俯いたり見上げたり。不意にスカートをいじいじ。まったくどうしたんだ? 暫くそんな姿を眺めていると、
「ごめん、なさい」
急な謝罪になんのことやらと頭をひねっていると、
「その、この前手を……」
あっ……今日一日いろんなことがあったし、普通に忘れてた。俺はどうリアクションしたものか迷って頬を指でかきながら、
「いや気にしてないからいいよ別に」
そんな俺に対して
「あなたが良くてもわたしがダメなの! 気にせず謝られておきなさい!」
謝られておくという謎の単語に、眉間にしわを寄せつつうんと頷いておいた。すると
「それから、その……
「……初めて
「わっ、わたしだってお礼くらい言うわよ!」
確かにお礼を言われたことにも驚いたけど、それ以上に驚いたのは俺の名前を呼んだことだ。なんだかんだ、
そして
「……っ、これでも感謝してるのよ。あなたのおかげでここで働けたし、続けたいって意志も確かめられた。もちろん
実質それ俺一人の力じゃねぇか。もちろん言わないけど。俺はよくわからない笑みを隠すように、頭を軽くかいて、
「いや気にしないでくれ。俺だって、異性を理解したい気持ちは分かるからさ」
「そう……えっと、その……」
「これからも、わたしに協力してくれる?」
控えめに、しおらしくそんなお願いをした。そんな
「
「わっ! わたしのこと本当になんだと思ってるのよ!」
「そんな怒るなって冗談だから! 言われなくても手伝うよ。これからも
「それも、そうだけど……わたしは、もっとあなたのことを知りたい。理解したい」
予想もしなかった
「ちょ、ちょっと! あなたが言ったんじゃない! 個人を理解する努力って」
「あ、ああ……もちろん。かまわないよ」
「そう……よかったわ」
言うと
そして
「これからも、どうぞよろしくお願いいたします。ご主人様っ!」
にっこり、そしてお辞儀。
全く見たことがなかった
「……
ふと視線を戻すと、頭を下げっぱなしでぷるぷると震える
「……は」
「……は?」
「恥ずかしいいいいぃぃぃぃっ!」
急に悶絶。唐突な出来事に理解が追いつかずおろおろしていると、
「この格好だったからついご主人様なんて……ご主人様なんてっ!」
「い、いや気にするなって。可愛かったし」
あっ。
何言ってんだ俺。
「~~~~っ!」
……今日は本当に、いろんな
服はその人の心を映す鏡のような鎧だ。そしてその逆もまた然り。特別な服だからこそ、いい方向に調子が狂うこともあるんだろう。
「そのうちメイド服着ているときだけは男が大丈夫になる……なんて面倒なことになったりして」
そんな冗談を言って、自分で吹き出す。ただメイド服の可能性はやっぱり素晴らしいな。俺は幸せのため息を一つ。さてと、後片づけを手伝わなきゃな。
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