第二章 杜和と演劇の関係、美礼のメイドデビュー戦。
気分の上がらない雨の日は、女装をして出かけたくなるもので。裾が濡れるので今日はスカート短め。準備のできた私は、銀河柄の傘を片手に玄関から外へ。
傘にぽつぽつと雨。いつもの道が、どこか落ち着いているように見える。そんな道を歩き、目的の書店へと向かう。
「そこのお姉さん、ステキなドレス着てみたくない?」
呼ばれてすぐにげんなりした。完全にキャッチのお呼ばれだこれ。
「す、すみません急いでいるので」
「いやいや、すっごく可愛いんだなーこれが」
うっわしつこいタイプだ……、どうしたものかな。そう悩んでいると、
「ごめん、待たせてしまったかな」
透き通った声と共に、私の手を取る人が現れた。
「え、えっと……いえ、そんなことは」
とっさに助け船を出してくれたのだと理解し、話を合わせた。
「なんだ、待ち合わせしてたのかい」
「ふふ、すまないね。彼女は今日一日僕のものなのさ。それでは行こうか」
「は、はい……」
少し芝居がかった助け船に困惑するも、対応自体はイケメンのそれだなぁと思わず感心。そうしてそのキャッチから離れて、
「あ、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて一礼。
「そんなそんな、大したことじゃないって。ほらほら顔を上げて?」
な、なんか急にキャラも声音も変わったな……と思いつつ顔を上げると、
「とっ、
そこにはなんと見知った顔。
「ありゃ、私の事知ってるの?」
しまった今は
「え、えとっ! そのっ!
と気づけばとんでもないことを口走っていた。というか、
「あっ、そうなんだー。一応改めて自己紹介するね。あたしは
ニッコリ笑顔で自己紹介をしてくれる
「わ、私は
我ながらちぐはぐすぎる! 背中を流れる嫌な汗がとどまるところを知らない。私の紹介を聞いた
「
うわーっまったくもってその通り鋭い終わった!
「まぁでもそんなことはどうでもいっか。よろしくね
馬鹿で助かったー。いや申し訳ない
「そいえば、あたしのことは
というありがたい申し出。
「あっ、今更だけど、さっきの驚いたよね? ごめんね、咄嗟にあれ以外の方法が思いつかなくってさ」
「
「いやーそれほどでも」
嬉しそうに頬を緩める
「それにしても
「あ、あはは……どうも」
可愛いと言われるのは嬉しいものの、状況だけに素直には喜べない。と、ここで
「
「えっ、ど、どうしてそんなことを?」
「えっ? うーん……なんとなく?」
自分でも深く考えずに聞いたことなのか、質問したほうが疑問を浮かべていた。いやというか、
「おっ、お互いにいなくてはならない関係です!」
「……へっ?」
きょとん顔の
「そ、そう、なんだ?」
「で、でも付き合ってるとかそんなんじゃないの本当に!」
必死の補足説明。幼馴染に恋人がいることがこんな風に知られるとかなんか嫌だぞ!? というかそもそも恋人どころか同一人物なんだぞ!?
「なんだそうなんだ。びっくりしたー」
うわーっ
びっくりびっくりーと胸をなでおろす
「
「そ、そうなの、かな……」
正直その報告をするつもりは全然なかった。いや聞かれたら正直に答えたと思うけど。そしてそもそも、恋人どころか好きな人もいないんですけどね?
「いやいや
「おっと、あたし今日は衣装に使う布を買いに来たんだった。悪いけどあたしはこれで。
「う、うん、わかった。それじゃあまた」
「あっ、そうそう……」
くるりと踵を返し、
「また困ったことがあったら、すぐに駆け付けるからね」
耳元で囁きウインク。そしてさらりと去っていく。演技交じりとはいえ、そんなセリフと行動をいとも容易くやってのける
いや落ち着け俺。
翌日の学校。教室で悠大と瑞穂の会話を聞きながら、雨で湿った校庭を見下ろしていると、
「兄貴」
廊下から気だるそうな声。聞き間違えるはずもない、
「どうした?」
「今日のお昼はどうするつもり?」
「いや
「正解。よく気づいたじゃん」
そういえば今日は朝掃除の当番で、
「まったく、妹の愛妻弁当を忘れるなんて、どういう了見なの」
妹の愛妻弁当って響きがすごいな。それにしても
「兄貴なにニヤニヤしてんの? さすがに気持ち悪いよ」
「悪い悪い。それよりせっかくだし、昼休みに一緒に食べるか?」
「いやいやいくらなんでも兄貴と一緒にお昼とか。周りになんて言われることやら。まぁどうしても兄貴がそう言うなら、考えてあげなくもないけどさー」
相変わらず満更でもなさそうな
「ま、今日は
「残念だったわね」
その声とともに
「うおっ、いたのか」
「なによその反応。いちゃ悪いわけ?」
「そんなこと言ってないだろ。それで、バイトの件はどうなってるんだ?」
「まだよ」
「なんだよ。店決まってるのに、まだ電話してなかったのか」
「いいえ、まだ女性が出てくれないの」
「は? もしかして男が出るたびに切ってんのか」
「しっ、失敬な! 少しは喋る努力しているわよ! ただしばらくすると切られちゃうの」
いたずら電話だと思われているんだろうな……。ああいう裏方のスタッフって大体男がやってるイメージあるけど、女性が出る日は来るのかしら……。そう心配になった俺は、
「やっぱり俺が電話しようか?」
「それには及ばないわ。必ずやり遂げて見せるんだから」
その自信はどこからくるんだよ。意外と
「あんまりお店に迷惑かけるなよ」
「ふん、そう言っていられるのも今のうちなんだから」
ツンとそっぽを向いてしまう
「なかなか順調に進んでるみたいだね。あたしのおかげかな」
「あなた何もやってないでしょうよ……」
というかこれのどこが順調に見えるのよ。肩を落とす俺とは対照的に、
「じゃあ用事はこれだけだから。またね兄貴」
「おう、ありがとな」
そうして去っていく二人を見つめていると、
「
不意に俺を、私を呼ぶ声。咄嗟に反応しかけたけど、ぎりぎり踏みとどまった。そしてゆっくりと振り返ると、
「あら、人違いでした」
不敵な笑みを浮かべた女の子。彼女がごめんなさいね、と言いつつ頭を下げると、ぴょこんと後ろで結われたポニーテールが揺れる。どうやら学年は同じようだけど、こんな女の子は見たことがない。ほかのクラスの人か?
「人違いも何も、俺男ですけど」
なぜ
「そうですよね、私もどうかしてたみたいです」
意地の悪い笑みを浮かべてその女の子は、
「あっと、私用事があるんでした。それじゃあ私は行きますね。
終始笑顔のまま、後ろ手を組み愉快そうに去っていく女の子。いったい何だったんだ? 俺が
「んっ?」
昼食後、早めに教室移動をしてしまおうと、渡り廊下を歩いているときだった。
「あれって
少し浮かない様子で校舎の陰へと消えていく
「……すんっ……すっ……」
そこには花壇の淵に座り込み、涙を流す
「
急な俺の登場に驚いたのか、
「えっ、た、
「いやそれよりもどうしたんだよ。なにかあったのか?」
「あっえ、ごめん。ちょっと泣く練習してただけといいますか……」
「……? 本当に?」
疑いつつも、流れていた涙がぴたりと止まっていることに気づき、思わずあーという声が漏れた。そして
「あ、あははー……うん、心配かけてごめん」
「なんだ、よかったよ。何かあったのかと思った」
安堵の息を漏らす俺を見て、
「ごめんごめん、そんなに心配してくれると思わなくて。あんがと」
「ったく……演技なら演技してるって言ってくれよ」
「
「そういうんじゃないだろ……」
あっけらかんとした様子に、体の力が抜けそのまま
……っとそういえば、
「それでどうして泣く芝居を?」
「うーん……実はさ、あんま今の役に入り込めてなくてね。それで、たとえ演技でも泣けばちょっとはすっきりするかなって」
「そういえば、この前そんなこと言ってたな。そんなに難しいのか?」
「あたしって、今まで男の役をやることが多かったでしょ? でも最近、女の子の役もやってみないかって言われてね。それがどうにも難しくて」
「まぁ
「ちょっと、それどーゆー意味? あたしに女の魅力がないってか!」
うりうり言ってみ言ってみ、と俺にヘッドロックをかます
「別に女の魅力がないまで言ってないだろ。さっさと解放してくれ」
「ん? 確かにそだね。ごめんごめん」
やっとこさ解放された俺は、若干ぼさついた髪を直しつつ、
「何か力になれることはないのか?」
と申し出ると、
「
「ぶふっ!?」
とんでもない提案をかましてきた。
「いやいやいやいやどうして急にそうなるんだよ!?」
焦る俺に対して、
「女の子の役をやる中でも、恋する気持ち? が一番わっかんないんだよねー。だからさだからさ、それさえ掴めちゃえば、女の子になれるんじゃないかと思いまして!」
「
「そういう意味じゃないよ!」
「わかってて言ってる。いやどっちにしても惚れさせるってそんな……」
否定的な俺の姿勢に、
「えー頼ってくれって言ったくせに―……」
「頼られ方の次元が違うだろそれは」
「むぅ……あっ、そういえば、
「ひゃい!? あっ、ああもちろん知ってるけど」
急な話題転換に思わず変な声が出てしまった。
「わー本当に知り合いだったんだ。
「あ、あはは……悪いな」
「そうだ! 今度三人で遊びに行こーよ!
「それは出来ない!」
「なんで!?」
絶対に実現しない状況に思わず強めの否定が出てしまった。まるで雷でも落ちたかのようなショックを受けている
「いやその……それは難しいと思うというか」
「なんでよー」
いやある意味すでに実現しているんですけどね? ぶーぶーとわかりやすく不満をしめす
「えっとあれだ、ちょっと複雑な事情があってだな……」
「どんな事情?」
ですよねそうなりますよねー。どうすればいいんだこれ。
「わ、わかった。
いや我ながら強引すぎるだろこれ。
「ほんとに!? ほんとに手伝ってくれるの!? やったぁ!」
うわー
「
それも出来ないんだなー!
「わ、悪いけど
「えっ、それじゃあ
「どうしてそんなに会いたいんだよ」
聞くと
「なんでだろ、
……そりゃそうだよ。こんなに長いこと一緒にいるんだから。もういっそのこと正直に言ってしまおうか。そんなことが頭をよぎったけど、
「えっと……会いたいときは俺に言ってくれ。
「そんなんで会えるの?」
「
こんな適当なことを言ってて大丈夫なのか俺……。とはいえ、
「本当に?
嬉しそうにほほ笑む
「はぁ……」
思わず漏れ出たため息。学校も終わって家に帰るだけだというのに、気分は憂鬱だった。
「俺と帰るのがそんなに嫌なのかよ」
俺のため息に悠大が不満の声を上げた。瑞穂とは、さっきの丁字路で別れたから今は悠大と二人だった。
「いやそういうわけじゃなくてだな……」
「なんだよ、
「まぁそれもあるけど、
すでに悠大は、俺が
「お前まだそんなことしてたのかよ……。ま、他人の趣味に口出さねーけど」
「いや俺のは趣味というか」
「はいはいわかってるよ。女のことが知りたいんだろ? 無駄だと思うけどな」
またこれだ……。悠大はこのことを知ってから、ずっと否定しかしてこない。まぁ俺も反論できる材料が多いわけじゃないから、聞き流すことしかできないんだけど。
「で、
「正直バレるよりも、かなり面倒なことになってきてる」
「まさかお前と
「……」
「お前マジか」
俺の無言を肯定と受け取り、戦慄する悠大。いやそもそもなんでこの男は、いつもこんなに鋭いんだよ。
「ったく……面倒に感じるくらいなら、言えばいいたろ」
「確かに、騙してるみたいで悪いし言っちゃった方がいいんだろうけど……、
「わがままだな……」
悠大の放つ正論に、俺は言葉を失う。沈黙が流れると、吹く風が木々を大きく揺らす音が聞こえる。今日は風が強いことに気づかされた。
「ま、どうしても知られたくない人間がいるってんなら、あんまり言いふらしたくない気持ちもわかるけどな」
「……。とにかく、俺の今の状況はさっき悠大の言ったとおりだよ。
「なるほどな。つってもそれ、俺は頑張れとしか言いようがねぇな」
「まったくもってその通りなんだけど、なんか冷たい……」
俺がそう言うと悠大はうわ……と軽蔑の眼差しでめんどくさ、とこぼした。そんなこと言わないでくれよ……。
「はぁ、隠蔽の手伝いはしねぇけど、愚痴くらいは聞いてやるよ」
がっかりする俺に思うところがあったのか、悠大はそんなことを言ってくれた。
「悠大……見た目に反して本当にいいやつだな」
「一言余計だぞ」
じろりと迫力満点の睨みを頂戴してしまった。
せっかくの休日だというのに、
角を曲がると、俺を待っているであろう、腕を組んだ
「やっとバイトに応募できたわ!」
俺の姿を見るなり、満面も笑みで
「えっあ、女の人が電話に出てくれたのか?」
「いいえ、いつも通り何も切り出せずにいたら急に『今度の土曜日、面接するから来るといい』って言われたのよ」
嘘だろ電話口の人間何者だよ……。
「つーか結局自分で何もできてないじゃんか」
「うっうるさいわね! それをできるようにするために、メイド喫茶で働くんでしょっ!」
「それはそうだけど……」
こんな調子で大丈夫なのか? そんな疑問を抱えつつ、ついてきなさいと意気揚々の
「あら、
呼ぶ声。だがそれは聞きなじんだものではない。
「あ、あんたは……」
この前教室で俺のことをと
「あ、
「えっ知り合い?」
「知り合いも何も、同じ裁縫部なんだから知ってて当然でしょ」
「……あっ」
そういえば
「それよりあなたこそ、
「いや全く……」
と弁明しかけたところで、
「それとも……
「いやそうなんだよ知り合いなんだよ実はさ」
まさかの脅し。この子がいったい何を考えているのがさっぱりわからん。だけど逆らうのはまずい。
「なんだそうだったのね。それで
「ちょっと気になる洋服があったんです。それを見に来たら二人を見つけて、それで声を。お邪魔しちゃってごめんなさい」
「気にしないでくださいよ
「これっておい」
そんなやり取りを
「それでは私は失礼しますね。あっ
少し鋭い視線。それはお誘いというよりは、必ず来るよね? というような自信の瞳だった。思わず背筋が伸びた俺は、あはは……と適当な笑いを浮かべて
「まさか
「いや俺もびっくりですよ……」
何を考えているのかさっぱりわからないけど、下手に相手の要求を蹴るわけにはいかない。今度行ってみるしかなさそうだ。
「なに? 深刻そうな顔して」
「いやなんでもない。それより早くいこうぜ」
「わかってるわよ。いちいち仕切らないで」
ぷんすか怒る
「ぱっと見メイド喫茶っぽくないな。看板とかはそんな感じだけど」
「ここが初めて来たメイド喫茶なのよ」
「いい店だな」
「ふふん、当たり前でしょ」
なぜか得意気な
「まだ営業時間前みたいだけど、入っていいのか?」
「今日はお店に来たわけじゃないもの。正面から入ってきていいって、電話で一方的に告げられたわ」
そりゃ会話が成立してないもんな。
「さ、さっそく入るわよ」
自信満々だった割に
「あ、まだお店やってないんですよ~」
猫なで声のメイドさんが笑顔で来た。俺は思わず、これがメイドさんかーと感心していると、
「きょ、今日は面接で来ました」
「あぁ~あなたがそうなんですね~。
そのメイドさんの呼びかけに、掃除をしていたメイドさんの一人がこちらへ。落ち着いた雰囲気、他のメイドさんよりもベテランなのかもしれないと直感した。
「あなたが店長の言っていた特殊な子ね」
「特殊……っ」
俺がくすくす笑っていると、見事に
「えーっとその、俺は付き添いみたいなものです。ついていったらまずいですかね?」
「いいえ、邪魔をしないなら歓迎いたします。それでは店長と面接するから、こっちに来ていただけますか」
案内されるままにスタッフオンリーの扉をくぐり、奥へと進む。どこかぎこちない歩き方で、緊張した様子の
「さ、入って」
どうぞ、と促され
「入り給え」
「失礼します」
そういえば俺はどうしよう、外で待ってるべきかな。
「合格、うちで働くといい」
「いや面接どうした!?」
あまりに突飛な出来事に、結局俺も入ってしまった。
「む、なんだ君は?」
「えっ、ああすみません……彼女の付き添いです。ってそれよりも、合格基準どうなってるんですか!?」
「可愛いかどうか」
「わっかりやすい!」
あまりに屈託のない笑顔の、中年ぐらいの清潔な男性。だがどこか怪しげな雰囲気を持っている。これが店長なのか?
「えっと……それはいいけど、彼女一個問題があるんですよ」
目で
「わたし……男の人が苦手なんです……」
と絞り出すように、自分の欠点を伝えた。結局俺が言うことになると思っていたのに。
店長はといえば、
「うん、大丈夫」
「まじかよ」
この店大丈夫なのか? そんな俺の心が
「心配しなくても大丈夫よ、店長はこれでも人を見る目はあるから」
「恐れ入ったか!」
お世辞にもそうは見えないなー。褒められたくらいでがっはっはっ高笑いしている大人を、そんな風には見れないなー。
「実際のところ、それを克服するためにここに来たんだろう? ならば何も問題はないはずだろう」
「うっ……そうなんです……申し訳ない」
「何を謝っているんだ。俺が彼女を育てたいから雇うんだ。善亜、彼女の育成任されてくれるだろう?」
善亜? ああ、
「もちろんです。私に任せてください。と、いうわけで。私になら普通に話せるのよね? 店長がほったらかした部分は私がフォローするから、勤務日とか決めましょうか」
優しく語りかける
「それじゃ、俺は外で待ってるな」
「ええ、わかったわ」
「外でなんて言わずに、店内で待っていていいですよ。あまり汚さなければ大丈夫ですので」
「あっ、なんだかすみません」
「いいえ、どうぞごゆっくりなさいませ、ご主人様」
前から気になってはいたけど、メイド喫茶はよいところだな!
「さて、と」
週明けの学校。帰りのホームルームが終わるなり、俺は席を立ちとある場所へと向かう。いつもなら
「果たしてどうなることやら……」
それはもちろん、懸念事項である
部室棟の三階一番奥。そこが裁縫部の部室だと
「お邪魔しまー……」
中の光景。俺は声を失った。
「な……な……」
それは中にいた、恐らく着替え中だったであろう下着姿の女の子、
「なに急に入って来てんのっ!?」
「ほんとごめんっ!」
顔を真っ赤にした
「……入っていいよ」
ご機嫌斜めな声。俺は小さくなりながら改めて裁縫部へ。さっきは周りを見る余裕がなかったけど、改めて部室内を見渡すとミシンやらマネキンやらが目に映り、本格的にやっているんだと驚いた。
「お邪魔します……。すまん
「本当だよもー……それで、
俺の謝罪に
「ちょっと
「先輩?」
俺の発言に
「それより
「衣装合わせだよ。演劇部の衣装、
えへへーと嬉しそうに
「こ、これを作ってるの? 本当に?」
「そうですよ。すごいでしょう」
「すごいなんてレベルじゃ……」
衣装を眺めつつ感嘆の息を漏らしていると、
「
「お安い御用ですよ。それに材料とかは揃えてもらってますし。ただ今回は、とんでもない衣装合わせになってしまいましたけれど」
俺のほうを見てくすりと笑う
「もいいって気にしなくて。あたしと
「いやそれとこれとは別だろ……幼馴染でも俺たちは男女なんだから」
「……そっか。確かに
そっかそっかーと繰り返しながら、どこか嬉しそうに口をとがらせる
「それじゃあたしは、部のみんな待たせているしそろそろ行くね。
「ええ、またどうぞよろしく」
笑顔で
「いらっしゃい。それで、何の用ですか?」
「いやいや
「あら、私としてはそんなつもり、なかったんですけど」
くすくすと意地の悪い笑み。なんだろうな……一見害のない女の子に見えるんだけど、まとう雰囲気がどこか恐ろしいような。普段優しい人が怒ると怖い、みたいな感じに近いか?
「というか俺、ちゃんと自己紹介すらしてないんだけど」
「あらあら、そうでしたね。それでは私から。私は
怪しげな動作でぺこりと一礼。自分で無害って言ったぞこの人。続いて俺が紹介しようと口を開くと遮るように、
「
「……。
「あらあら、さっきまで
「いやだって同学年でしょ俺たち」
「そうですけど……先輩ってつけてもらった方が、
どんな理屈じゃい。俺が反論しようとするとそれを察知したかのように、
「
「なんですか
くっ……その事実を知っている人間には逆らえぬ……。うっとりと妖しく笑む
「それで一体、何が目的なんだ」
「うーんそうですね……なにしてもらっちゃいましょうか?」
底の見えないその表情。俺は静かに息をのみ、目を閉じたーー
「お待たせしました
後日、なぜか俺は、いや私は
「私の顔を見つめてどうしました?」
当の
「い、いや別に、なんでもないよ」
「それよりどうですかこの服? 可愛いと思いませんか」
「うん、すっごく可愛い。デザイン自体はシンプルなんだけど、裾に付いたフリルが良いアクセントになっていて……」
思わず熱の入った感想を述べていた。すると
「あの……どうかしました?」
「い、いえなんでもないですよ。ほら、行きましょう?」
少し焦ったようにはぐらかし、さっさと歩き始めてしまった。急いで私も横に並び、
「行くって言っても、場所を知らないんだけど……」
「私に付いてくれば大丈夫ですよ。決して悪いようにはしませんから、ええ決して……」
含みのある笑顔に悪寒が走りつつも、頭をふって気を取り直す。が、
「えっ」
ふにゅん、と柔らかい感触が二の腕を包んだ。一体全体何が起きたのか、その正体を確かめようと右腕を見やると、
「どうかしたんですか?」
くすくすと楽しそうな笑みを浮かべる
「女の子同士なんですから、別に問題有りませんよね?」
にこにこ笑顔で聞いてきた。くっ……
「っそ、そうだね! 全然普通だね!」
ほ、本当に一体何を考えているんだ
思わず自分のアイデンティティを否定するレベルで錯乱。嫌な汗をだらだら流しつつ、腕を引っ張る
「目的地に着きましたよ」
穏やかに語りかける声にしっかりと前を向くと、女の子だらけのお洒落なカフェが目の前に。
「こ、ここでなにを?」
「
うわわ入りたくない……だけど私のヒミツを知っている以上、断る選択肢はない。意を決して足を踏み入れた。店員さんに案内されテラス席に座ると、
「さて、やっとゆっくりお話しできますね」
「ついに本題ね……それで、何が目的なの?」
私が慎重な声音で尋ねると、
「それは私の台詞です。そんな格好までして
「……?」
私に近づいた理由を話した。けど、何を言ってるんだ? 意味が理解できずに目をぱちくりしていると、
「なにをとぼけた顔を! そんなことをしても私は誤魔化せませんよ!」
「えー……っと何、その、
「当たり前です! 大事な大事な後輩なんですから。さぁ白状してください。私の
ばんばん、と取り調べでもするかのように机を叩いて威嚇する
「黙っているということは、やっぱり言えないようなことを企んでいるんですね」
「いやそういうことじゃなくてね」
やっとこさ意味を理解し始めて、どう説明したものか頭を捻る。まぁ根本的なところからだよね。
「
「もちろんです。だから私が守ってあげなくちゃならないんですから」
「それじゃあ、それを克服しようとしていることは?」
「えっ……」
今度は
「うーん……当事者じゃない私が詳しく説明するのも……。えっと、要点だけ伝えると、彼女は将来の夢のために治そうとしているの。私と
「そ、そんな……知らなかったです……」
魂が抜けたように放心する
「それで、勘違いしているみたいだから言っておくけど、私がこういう格好をしているのは、
「そうだったんですか……。じゃあ、
「全然ないよ。どちらかと言えば
それを聞いた
「ならよかったです。では、なんでそんなことをしているんですか?」
「それは……女の子のこと、知りたいと思ったから」
「どうして知りたいなんて?」
そこまで聞かれると思ってなかった私は、少しだけ息を詰まらせた。言うか言うまいか迷ったけど、
「……幼稚園ぐらいのころ、好きな男の子に告白した女の子が、振られたって泣いててね。慰めようとしたんだけど、全部失敗しちゃって……そしたらその子に「君に女の子のあたしの気持ちなんてわからないでしょ!」って怒られちゃって。男だから分からないって言われたのが、すごく寂しかったんだ。それが、一番はじめのきっかけ、かな」
俺の昔話に
「まぁそれから色々あって、中学生ぐらいから始めたの」
「そんな経緯があったんですね……。理解できるといいですね、私たちのこと」
「……
てっきりそう否定されると思ってた私は、
「とても難しいことだと思いますけど、出来るはずです。……と言うよりは、出来ると信じたいだけかもしれませんけどね」
そう答えてくれた
「まぁとりあえず私、というか
これで恐らく誤解は解けたわけだし、私はもう許されていいはず。っと思ったけど、
「でも
「まぁ恋愛の対象はそうだけど」
「じゃあ
「襲うって、そんなことするわけないでしょ」
「
「何でそんな話に……そうは言ってないって」
「ほら、やっぱりそうなんじゃないですか」
「私はどうすりゃいいのさ……」
「一つだけ、納得してあげてもいい条件があります」
「お待たせしました。ご注文いただきました、ラブラブカップルジュースでーす」
意気揚々と店員さんが持ってきたのは、一つのカップに二つのストロー(ハート型)。
「これを一緒に飲めたら、お咎めなしにしてあげます」
「……」
「出来ないんですか? 女の子同士なんだから、これくらい恥ずかしくないですよね?」
こっ、この女……私が男だって知ってるくせに……。ここで引いてたまるか!
「ももちろん。これくらい、余裕、の、はず……」
「よかったです。それでは早くそちら側を咥えてください」
ええい、ままよ! 意を決してストローをくわえる。が、しかし。いくら待っても
「ふぁの」
「どうしました?」
「早くくわえてくださいよ?」
「あらあらごめんなさい。恥ずかしそうにしている
こ、こいつめ……。俺の恨めしい視線に
そしてゆっくりと飲み始める
「……? ふふっ」
と、余裕たっぷりに余裕のない俺を笑って見せた。唐突に無邪気な笑顔、そしてこの状況、俺は耐え切れずストローをはなした。
「あらあら、どうしちゃったんですか?」
くすくすと意地の悪い笑みを浮かべながら、
「女の子同士なのに恥ずかしがっちゃって、変な人ですね」
「お、おのれ……」
ふと視線を感じて周りを見ると、他の女性客が熱っぽい視線を私たちに向けていた。さらに通行人の男たちも同じような視線。いや違うんですよこれ。百合じゃないんですよ。現実的には、普通に男女がいちゃついているだけなんですよリア充爆発しろって言う場面なんですよこれ。
そして視線を前に戻せば、満足そうにつやつやしている
「随分と楽しそうですね……」
「もちろん、とっても楽しいですよ」
これはまた、随分と厄介な人に目を付けられたようだ。
「それにしてもよく
「私、記憶力はいい方ですから。たまたま
「そっか……で、いい加減離れてくれないかな」
相も変わらず、なぜか
「どうしてです? 女の子同士なのに」
「いや私のこと知ってるでしょあなた……」
「何のことですか?」
知らなーいと楽しそうにそっぽを向く
「お姉?」
その私を呼ぶ声に、ぴたりと足を止め
「せ、
なんとも珍しいことに、そこには
「それはこっちの台詞だよお姉。というかさぁ……」
「……?」
「その女誰?」
「彼女はえっと……
「
「
私の紹介にに二人はふうんと頷き、お互いそこを探るように視線を交わす。
「……ああ、そういえば
「そっか、裁縫部の部長さん……。で、それはそれとして、この女はお姉の秘密知ってるの?」
「まぁ色々ありまして……」
「じゃあ聞くけど、なんでお姉にそんな密着しているわけ?」
「これくらい普通ですよ? 今は女の子同士なんですから」
「いやいや、そんなことしたらお姉がいつ発情してもおかしくないから危ないって」
私って妹からそんな認識受けていたのか……。
「大丈夫ですよ、
言いつつさらに身を寄せる
「なに鼻の下伸ばしてんの兄ぃ!」
その怒声とともにぺちーんと頭をはたかれた。そして
「あらあら、
「
ご丁寧に私と
「……そんなの知ってるっての」
ぽつりと小さな声で、少し照れたように口をとがらせる
「うぅ…ありがとう」
と思わず感謝を伝えると、
「勝手に独り言聞かないでよ! 兄ぃのバカ!」
そう怒鳴りつけて、ぷりぷりと歩き出してしまう。慌てて追いかけて、
「ま、待ってよ! 帰るなら私も一緒に」
「ついてこないでよ!」
いや帰る場所同じなんだからそれは難しいでしょうよ……。
それから三日後の事。あくびを抑えつつ自分の教室に向かっていると、肩を落としている
「どうしたんだ
「いえ、まだ接客対応の仕方とかを教えてもらっただけよ。ただ一度だけ接客の実践をしたのだけど……」
暗くなっていく表情を見て、俺はだいたい察した。まぁやっぱりというか。流石に荒療治が過ぎたか。
「一応今日が本デビューの日なのだけど……。あなた、今日お店に来なさい」
「何で上から目線なんだよ……まぁ行かせてもらうけどさ」
「当然よ。最後まで付き合ってくれるって、約束したでしょ」
そんな風に殊勝な笑みを浮かべる
「きゃっ」
不意に後ろから歩いてきた男子生徒がぶつかり、よろけてしまう。とっさに支えようと手を伸ばしたが、
「大丈夫ですか、お嬢さん」
颯爽と現れたイケメン、いや演技中の
「え、ええありがとう……」
「ってあれ、
「ああ、おはよう」
演技を終えた素の声で
「幼馴染の
「よろしくね! あなたは?」
「わ、わたしは一年の
「そっかーよろしく!
「はっはい、それはもちろんかまわないわ。……
えっへへーとゆるく笑う
「
「こんなってなによー。それより
駄々をこねるようにぶーぶー文句を垂れる
「い、いや今日の放課後はすでに予定が……」
「えー、あたしをほったらかしてどこ行くのさぁ」
「……メイド喫茶に」
「えっ……
「いっ色々事情があるんだよ」
「へぇへぇふーん……」
なんですか
「あの……それはわたしのためなんです」
「えっ?」
小さく手を挙げて進言する
「言っちゃっていいのか?」
「こっ、これくらい問題ないわよ。それにあなたの幼馴染なら、悪い人じゃないんでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど……」
言った
「そっかぁ大変だね……ねぇねぇ、じゃあ今日の放課後、あたしも行っていーかな」
「えっ……あっ、もちろんかまわないわ」
「ふふっ、これで
その発言に
「話は聞かせてもらったよっ!」
背後から元気な声。驚き振り返ると、すぐそばに瑞穂の顔が迫っていた。
まったくもー瑞穂はー、そうやって無防備に男に接近するのよくない癖だぞ☆ もっと自覚をもって……。はっ! 俺は今いったい何を!?
無邪気な瑞穂の愛らしさに、脳の思考回路がショートしかけた。落ち着け彼女は男なんだぞ……いや待てよ。そういえば別にそれって、ちゃんと確認したことないしもしかしたら……、
「
「あっ、ああどうした?」
いやどうかしてたのは俺だな。心配そうに見つめる瑞穂に大丈夫と伝え、
「それで、急にどうしたんだ?」
「瑞穂も行ってみたいんだってさ、メイド喫茶」
横から説明を入れてくれるは悠大。
「そうなんだっ。ねぇ
ぼそっと、俺も入ってるのか……と悠大のぼやきが聞こえた。ただなんだかんだ言いつつも、悠大は大体付き合ってくれるんだよな。
「えっ、と、う、うん、大丈夫ですよ」
「やったっ! それじゃあ今日の放課後はみんなでお邪魔しようっ!」
「おー!」
それに続くは
「準備もあるからわたしは先に行くわね。ちゃんとみんなを連れてきなさいよ?」
そう仰せつかった俺は先頭を歩きみんなをメイド喫茶へと導く。到着するなり
「意外と見た目は普通だねー。看板はそれっぽいけど」
ちらりとドア横の看板を見つつ、俺と同じような感想を言っていた。瑞穂も興味深そうに続いている。
「そういえば俺も営業中に入るのは初めてなんだよな……」
「早く入ろうよっ」
わくわく瑞穂に後押しされ中に入ると、
「おかえりなさいませご主人様、お嬢様」
こ、これがメイド喫茶……っ!
何度言われてもなぜか感動を覚えるなこのセリフ。席に案内され四人で着席。瑞穂と
店内には俺ら意外にも数人の男性客。そして、
「あっ、来たのね。遅かったじゃない」
とやってきた
「ちょっと、なんで無視するのよ」
「あっ、ああ、よく似合ってるなって思って」
「とっ当然でしょ」
そう言いつつも、少し恥ずかしいのかそっぽを向いてしまった。続いて
「うんうん、でも本当によく似合ってるよ
「そんなことないだろ。
「あたしにこんな女の子っぽい格好なんて……」
「
ニコッとエンジェルスマイルで保証してくれる瑞穂の姿に、
「なんでだろう……瑞穂ちゃんに言われるとものすごい説得力」
「おい、俺も保証してるんですけど? と言いたいところだけど、相手が瑞穂じゃしょうがない」
「えっ、ボクってそんなに説得力有るのっ!? 漢らしいからかなっ? ふふっ嬉しいなぁ」
いやそうじゃないんだ瑞穂……男らしさ故じゃなくて、その可愛さ故なんだ……。
「おかえりなさいませご主人様」
「あっ、えっと……
俺たちに声をかけてくれたのはバイトの時にお世話になった、確か
「覚えていただいており、光栄にございます。今日はお友達連れなのですね」
あふれ出るメイドオブメイドなオーラを瑞穂も感じ取ったのか、若干わたわた(可愛い)しながら、
「
「ここのメイド喫茶のナンバー1、
「ナンバー1……すごそうだもんね……」
「ふふ、お褒めに預かり光栄です。それでミレイ、早速だけど向こうのご主人様のご注文を承りますよ。私も付いているから、とにかくやってみて」
「なぁ
「いやまぁ俺も正直そう思うけど……とりあえず見守ろう」
メイド喫茶に来て一人のメイドを見守るという謎の集団。他のお客の迷惑になってないかこれ? 少し遠いけど、耳をすませばぎりぎり声が拾える。
「あ、の、ご……」
「えっ……」
「ご、ごちゅ……も……」
うわわわ地獄ぞこれ。正直見ているだけでハラハラ、
見かねた
「現状、こんな感じです……」
「さすがに荒療治がすぎたか」
「うーんそうか……悪いな」
「いや悠大のせいじゃない、最終的には俺が勧めたんだし」
「私も少し古典的なジャガイモだと思って、とか進めているのですが、あまり効果もなく……」
ベテランメイドの
「つかぬ事を聞くけれど、君たち
「えっ?」
一番大きい声で驚いたのは俺。そして次に
「ん? ボクは知らないなぁ」
「ミレイがいたく憧れているようなので、彼女に応援してもらえればあるいは、と考えたのですが」
「ねぇ
「う、うん、そうだと思うけど……」
言って、今ここに
「痛っ」
パシっ、と軽く背中を叩かれた。誰かと見やるとその正体は悠大だった。悠大はそっぽを向いたまま何も言わなかったけど、それは俺を叱咤するものだったのだろう。
「……俺、
そうだ。最後まで
「あっじゃああたしも」
「いや俺の方が
「それでも二人で探した方が早いでしょ」
うっ、これ言い始めたら聞かないときの目だ……。探すも何もここにいるんだけど。
「……わかった、それじゃあ
あんまり無駄足をさせるのも悪いし、周辺を探してもらって
「わかった! それじゃ、ちょっとだけ待っててね
「あっ……」
「ただいま!」
俺は帰るなり自分の部屋にこもると、颯爽と化粧を始める。その様子に驚いた
「兄ぃどうしたの?」
ドアにもたれかかり、いつもの気だるげな声。俺は化粧の手を止めることなく、
「いやちょっと急用があって」
「今から女装すんの?」
「
「いやいやそんな汗だくで化粧なんて出来ないでしょ、ちょっと待ってて。濡らしたタオル持ってくるから」
「あっ……ありがとう」
パタパタと降りていく
「別に後ろ向かなくてもいいぞ? 上半身ぐらいなら見られてもなんとも思わないし」
「いやいや、そういうつもりじゃないし。兄ぃがあたしに裸見られると恥ずかしーいとか、アホみたいなことを言う前の対策」
「
「本当に言うつもりだったの? 兄ぃほんとあたしのこと好きすぎ。外では絶対そういうのやめてよね」
「じゃあ
「嫌い嫌い、シスコンの兄とかあり得ない」
「愛はいつでも一方通行だな……っと、こんなことしてる場合じゃなかったな」
「ありがとう、これ終わったらまた出かけるから」
「あっ、うん……」
汗はかかないように、だけどなるだけ急いで。そしてお店の周辺まで来ると、さっそく
「あっ、
「
我ながら演劇やってる人間の前で演技なんて、なかなか肝が座ってるなと嘆息。だが
「ちょっと応援に来て欲しーんだけど、今だいじょぶ?」
「よく分からないけど、私の力が必要なら」
「ありがとっ、こっちこっち」
先導する
「あっ……」
まさかの手を握られた。流石に骨格までは変えられないから体に触れられるのは、流石にまずい。とはいえ無理やり振りほどくのも……、
「どうしたの?」
こちらの足取りが重いことに気づき、立ち止まる
「ああ、もしかして嫌だった?」
するりと手を解いてしまった。少し悲しげな
「いやそう言うわけじゃないんだけど……」
「ごめんね、反射的に握っちゃって。でも
そんなことを言う
「握ってる間すっごく安心したというかなんというか……あはは、あたしにもよくわっかんないや」
そして
「
「……ごめん」
とっさに出たその言葉は、自分でもどういう意図なのかわからなかった。どうして謝るの? と私の瞳を覗き込む
「さぁ、早く行きましょう?」
「ああうん」
今度は私から手を繋ぎ、メイド喫茶へと急いだ。
「おまたせ、
メイド喫茶に現れた私を見て
「っ!?」
灯野くんは弾かれた様に席を立った。小山田くんはその様子に驚いて、
「急にどうした瑞穂?」
「えっ? あ、驚かせちゃってごめん。ああえっと、
なんでもないなんでもない、と手を振りつつ笑顔と自己紹介をくれる灯野くんに、私もよろしくねと返した。
……いやーついに瑞穂とも知り合ってしまった。というか瑞穂に会った途端、自分の女装が大丈夫か心配になってきたぞ? なんでだろうね?
っとと、本来の目的を忘れるわけにはいかないね。
「久しぶり
「おっ、お久しぶりです
上手くやれてないことが後ろめたいのか、どんどん尻すぼみになる言葉。と、同時に私は焦っていた。ここに来るのに急ぐばかりで、どうするかなんてまるで考えてなかったから。
「……ねぇ
「そうです……」
「確かに全く理解できないものって怖いけど、
「えっ?」
「
「……」
ふっと考え込むように俯く
「……お、おっ、小山田、先輩……」
小山田くんに声をかけた。小山田くんは目だけでその声に応える。そして
「あの……一回、練習台に、なってもらっても……」
「……いいぞ」
まだ接客が出来たわけじゃないのに、その会話だけで歓声が巻き起こった。なぜか他のご主人様方も、一緒に喜ばれていらっしゃる。メイド喫茶すごい。
「それじゃあ小山田くん、悪いけど
「はぁ……しゃあねぇな」
「あっ、ごめんなさい……」
「ああ別に気にすんな、今のはあいつに対してだ」
そう言って小山田くんは私を指さすけど、
「私達は離れた席で見守っていましょうか。じゃあ
「えっ? ああ、わかりました。お嬢様の頼みとあらば」
少し不思議そうな様子で私を眺めた後、ぺこりと頭を下げる
小山田くん相手にあたふたしている
「あっ、そういえば
「!?」
待って待って今自分の携帯もとい
「じ、じゃあ私はちょっとお手洗いに……」
と、席を立ちお手洗いを前にしたところで、
「……しまった」
今女装してるしどっちのトイレ入ろう? 知り合いが近くにいない時は、普通に男子トイレだけど今回は事情が違う。
いや幸いみんなの位置からここは見えない。それにそもそも心は男子の私が、女子トイレに入る選択肢などない。様子を伺いつつ、こそこそっと男子トイレに侵入。そして素早く個室へ、携帯確認、すでに着信が来ていた。どうやらちゃんとマナーモードになってたらしい。んっんっと咳ばらいをし、コールを押した。
「もしもし
「うん、見つかったよ。だから
「あ、ああそれはわかったんだけど……えーっと……ちょっと遠くまで来すぎてな。今日中に戻れるかわからない」
「えっ? そんなに遠くまで?」
「ああそうなんだよ。だからとりあえずあとは頼む、よろしく」
「う、うん、気をつけてね」
ガチャリ。大きくため息。アホみたいな理由だな我ながら……まぁ相手が
そして周りを確認しつつ、男子トイレから出ようとしたところで、
「!?」
磨りガラス越しに人影。私はとっさに元いた個室へ。何とか事なきを得たけど、心臓がとてつもなくうるさい。とにかく出て行くまで待たねば……。
「はぁ……どうしようかな……」
不意の独り言。その声は聞き覚えがあった。どうやら灯野くんが入ってきたらしい。そっか、灯野くんは男子トイレを使うんだ……。と思っていると、灯野くんは隣の個室に入った様子。
かちゃかちゃとベルトを外す音が聞こえ、私はとっさに耳を塞いだ。いや男同士なんで、なにも問題ないはずなんですけどね? でも何でだろうねそうしなきゃいけないと思ったよ?
しばらくすると、個室が開く振動が。……今の長さ、大きいほうじゃないよね? えっどうして個室に? ということはまだ瑞穂の性別は確定してない? ……いやそれを知ったところでどうするんじゃい。
頭を振って冷静さを取り戻した私は、息をひそめて待機。しばらくすると扉の閉まる音が聞こえ、出て行ったのを確認しコソコソと外へ。どうやらバレずにミッション達成みたいだ。何食わぬ顔で席へと戻り、
「
「なんか遠く行っちゃったらしいよ。今日中には戻れないって」
そっかーとわざとらしく納得。特に問題はなさそうだね。
ふと灯野くんの方を見ると、伏し目がちに肩を落としていた。えやだそんな姿も可愛い。さっきの独り言もあり、少し心配になった私は、
「どうかしたの?」
「えっ、あっ、なんでもないよ。ごめんね心配かけちゃって」
たははと笑って見せる灯野くんだけど、やはりどこか気が抜けているような印象を受けた。まあそもそも、悩んでいたとしても初対面の私には話さないわね普通。
灯野くんの力になれず、私が肩を落としていると
「にしてもさぁ、
急な
「そ、そうね。こんなに近くにいたのに」
「ほんとね、空回りしちゃって」
むぅ……言い返したいとこだけど、残念ながら今は
「そ、そーかなー……
うっわ自分で自分褒めるのすごく恥ずかしい! 言うんじゃなかったうわぁ!
「うん、あたしもそう思うよ」
恥ずかしさに身悶える私に、
「
当時の俺を思い出しているのか、
「それであたしが下手で相手にならないって文句言ったら、じゃあ上手くなるなんて言って、本当に練習して上手くなるんだもん。
俺が直接聞いたことのなかった、
「おい、練習終わったから本番に行くってよ」
小山田くんの声。そして
「
不安そうな
「練習はどんな感じだったんだ?」
「微妙。はっきり言って対応できるかは五分五分」
返ってきた無難な回答に少しげんなりした。まぁでも、どんな時も最後は本人次第よね。
接客予定のご主人様は、この異様な空気を察しているのか戦々恐々とした様子だった。
「あ、あの……その、あ、う……」
小山田くんで練習したとは言えやっぱりまだ、全く知らない男性はダメか……、いや。
私が諦めてどうする!
「
不思議そうに呼ぶ小山田くん。だけど私の目を見て何かを感じ取ったのか、ほんの少し表情を崩した。そして私はゆっくりと
「っ!?
急に手を握られ驚いたのか、目を白黒させる
「大丈夫。普段の
「今のあなたは何でもこなせるスーパーメイドなんだから、自信をもって。ね?」
服は、その人を映す鏡のようなものだ。
私はさらに力を込めて手を優しく握る。
「……」
「……おかえりなさいませ、ご主人様。ご注文はいかがなさいますか?」
「えっと……『マゾ豚のためのポークソテー、女王様のお仕置きじたて』を一つ」
「はい、かしこまりました。ご用意いたしますのでお待ちください」
そのやり取りの後、メイド喫茶に沈黙。
それから彼女に惜しみない歓声が贈られた。
「おめでとう
「いえ、
恥ずかしそうに身をよじりつつ、謙遜する
「でも本当にすごかったよ
自分のことのようにはしゃぐ灯野くんを微笑ましく見つめていると、
「……あいつにも一応伝えてやらないとね」
ふとそんなことを呟く
というか先輩捕まえてあいつて……まぁいいか。
「それじゃ、あたし達はそろそろお暇しよっか」
「そうね。あんまり長居しても、お店に迷惑だし」
「あら、そんなことありませんよ? 私達メイド一同としては、皆様方にごゆっくり過ごして頂けることが、至上の喜びですから」
「お気持ちは嬉しいけど、どのみちいいお時間ですから」
「そうですか。では是非ともまたいらして下さい」
「うんうん、また来るね
「今日限りの克服にならないように、これからも頑張ってね」
「みんな……本当に今日はありがとうございました!」
頭を下げる
「あっ、ごめんなさい。私別の用事があるからこの辺で」
「そっか。無理矢理つれてきちゃってごめんねー」
「気にしないで。
またな、またねと別れて角を曲がる。さて、適当に歩いて時間つぶしますか……、
「あの!」
急に声をかけられ、取り出しかけた携帯をしまう。そしてゆっくり振り返ると、
「灯野……くん?」
息を切らせた灯野くんが立っていた。どうしたのかと私が戸惑っていると、
「あの……言い忘れたことがあって……ううん、言えなかっただけなんだけど……聞いて、くれる?」
「も、もちろん……」
一体何を……と困惑する私だったが、灯野くんのその言葉は度肝を抜いた。
「好き……です。
「…………えっ」
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