現代に転生した魔王は高校で地味な恋愛をしたいのですが
笹谷周平
桜田真奈が現れた――回避できません!
高校の休み時間。
廊下に出てクラスの奴とアニメの話をしていたら、隣の二年B組から出てきた女子生徒が周囲の注目を集めた。
均整のとれたプロポーションに、栗色の流れる長髪。
おまけに顔の均整もとれた美少女だ。
とどめは彼女が昨日転校してきたばかりという話題性である。
こちらに向かって彼女が手のひらを振った。
「見たか? 桜田さん、俺に微笑みかけたぞ?」
周囲の男子がざわめくが、俺は知っている。
あの女は俺に微笑んだのだ。
――獲物を見つめる眼差しで。
***
筆入れやら何やらを通学カバンに突っ込んで帰ろうとしたとき。
案の定、机の中からファンシーな便箋が出てきた。
――プール更衣室の裏手でお待ちしております。
――貴方を想う夜が長すぎて、ため息ばかりの真奈より
この学校で
俺は小さくため息を漏らし、カバンを肩に教室を出た。
俺がこの高校に転校してから、まだ一か月しかたっていない。
安息の日々は一か月しかもたなかったということだ。
彼女が転校してきたということは、遠からずあいつらも転校してくるのだろう。
いつものことだ。
廊下を出てすぐに、その美人転校生とすれ違った。
一瞬だけ、さりげなく俺の襟元に触れる滑らかな指先。
「先に行って待ってるわ」
小声でつぶやかれた。
***
校舎を出てすぐに、大きな樹の陰から小学校高学年くらいの少女が音もなく姿を見せた。
ただし着ているのは同じ高校の制服だ。
小柄なだけで、彼女はれっきとした十六歳である。
彼女が笑えばクラスの男子などイチコロだろうというくらい可愛いはずなのだが、基本的に陰鬱な表情で俺を見つめる。
「――わが
「……おまえも昨日転校してきたのか?」
「はい、一年C組です。そんなことより、わが主。あの女の誘いに乗ってはいけません」
「そうは言っても、無視するとエスカレートするだろ、あいつ」
「私がお守りいたします」
「おまえには荷が重い」
はっきり言ってやると、
それでも、なんとか声を絞り出す。
「ですが主も、転生前の力は失われておりましょう。私は、主もきっと転生していると信じ、幼い頃からこの世界の武術を
「おもにエセ忍術をだろ」
「エセではございません。正統なる裏葉・霧雨流――」
俺が適当に聞き流して去ろうとすると、小雨が慌てて俺を呼び止めた。
「お待ちください、わが主。失礼いたします」
そう言って素早く俺の首元に手を伸ばした――背伸びして。
彼女の小さな手の中で、コメ粒ほどの小さな何かが光を反射していた。
「気づかなかったな。さっき廊下ですれ違ったときか」
「小型のGPSデバイスです。あの女、やはり私が闇にまぎれて――」
「やめとけ。転生前に、なすすべなくあいつの剣に貫かれたのを忘れたのか?」
「くっ――」
強がってはいるが、それは彼女の大きなトラウマになっている。
仕方がないのだ。
前世での小雨は俺の部下で悪魔の一種、
そして間違いなく魔王城で最強の大魔法使いだった。
だが真奈は人族の正統な勇者であり、
この世界では剣も魔法も見かけない。
剣は存在するらしいが、そんなものを振り回せばすぐにお巡りさんに捕まってしまう。
そのことに気づいた元勇者は、幼い頃から電子機器を中心に小道具のエキスパートを目指して腕を磨いたらしい。
昨夜、俺は自室で三個の盗聴器を発見していた。
おそらくその十倍の数の盗聴器がまだ仕掛けられたままだろう。
真奈はそういう女だ。
しょんぼりする小雨を置いて、俺はプールへと向かった。
***
更衣室の裏手。
ブロック塀と木々が周囲の視線を遮る場所で、俺は真奈と対峙していた。
コンクリートの壁を背にした彼女が、にっこりと微笑む。
「前世の続きをしましょう、木瀬くん。単刀直入に言うわ。私に討伐されたくなかったら、私と付き合って」
「……どこへ?」
彼女の背中で、バチバチと派手な音が弾けた。
今日の得物は包丁ではないらしい。
背中に回された右手に握られているのは、おそらく市販の防犯グッズを彼女が改造したものだ。
でなければ更衣室裏のコンクリートの壁に、あそこまで大きな青白い光が反射したりはしないだろう。
怖すぎる。
今日が俺の命日かもしれない。
「どうしてそんなにツンデレなの、木瀬くん。前世から運命的に愛し合う私たちの間に、もうツンは必要ないのよ、ツンは」
どうして、こうなった?
たしかに転生前の俺は、それなりに背が高く美形で、何より圧倒的に強かった。
俺に惚れた勇者が人族と魔族の板挟みになり、無理心中とばかりに俺との相打ちを成功させるくらいには。
転生したのは、そんな勇者を憐れに思った
だがその狙いは、転生した異世界で俺と結ばせるというよりも、勇者に俺を諦めさせるためだったのだろう。
そうでなければ俺をモブ顔にし、俺を慕う部下まで同じ世界に転生させる必要はなかったはずだ。
俺はといえば、特に
せっかく転生したのだ。
魔王城でのきらびやかで堅苦しい生活に飽き飽きしていた俺は、モブとして一般市民の女と地味な恋愛をしたい。
できればアニメ好きがいいな。
BLが趣味でも一向にかまわない。
「私のどこが気に入らないっていうの? あなたのために女を磨いてきたわ。私、あのチビ女よりスタイルいいわよ。そりゃ、あの牛チチ女には胸の大きさでは負けるけど……」
牛チチ……ノエリアのことか。
まさか、あのフランス人まで転校してきたのか?
いや、それならクラスの話題になっているはずだろう。
「明日、転校してくるそうよ」
あ、そう。
もしかして、連絡を取り合っているのか、君たち。
「今度の土曜、私とデートして」
真奈はいつでも単刀直入だ。
さすが元勇者である。
「嫌だと言ったら?」
「ツンはいらないのよ、ツンは」
再びバチバチと大きな音が鳴り、背後の壁が青白く光る。
モブの俺に選択肢はなかった。
「わ、わかりました」
「もっとデレても、私はいっこうにかまわないわよ?」
上機嫌の笑顔を見せた真奈は俺とすれ違い、スキップでもしそうな足取りで去っていった。
まるでお約束のように、すれ違いざまにGPSデバイスを貼り付けていくのはやめてほしい。
***
翌日の学校は、三年に転校してきたフランス人の話題で持ちきりだった。
金髪碧眼、おまけに美人でグラマー。
そして男を引き寄せる色気がノエリアにはある。
転生前はやはり俺の部下で悪魔の一種、
わかりやすすぎる。
「おい、木瀬っつったか? これに懲りて二度と真奈ちゃんに近づくなよ」
脚や背中にアザができるだろうな。
そんな痛みを抱えて、俺はようやく五人の男子たちから解放された。
場所はプールの更衣室裏――結構、メジャーなスポットなのかもしれない。
どうやら昨日ここから出てくるところを見ていた奴がいたらしい。
その噂は瞬く間に広がり、自称「真奈ちゃん親衛隊」という古くさいネーミングの連中に伝わっていた。
「わが主、どうして御身を守る許可をいただけなかったのですか?」
俺がひとりになると、すぐに小雨が駆け寄ってきた。
本当に忍者みたいな奴だ。
俺が囲まれたと思ったら、すぐに連中の背後に現れた。
とっさに俺が帰れのジェスチャーをしなければ、奴らに軽いケガくらいはさせていたかもしれない。
とがった形の金属を手にしていたし。
妙にサマになっていたが、あれが頭や胸に刺さったら、普通に人が死ぬんじゃなかろうか。
いや、まさかね。
「大げさなんだよ、おまえ。あんな雑魚い連中、相手にしてどうする? なんともないぜ、俺は」
「それはそうかもしれませんが……」
嘘である。
脚と背中がズキズキと、吐きそうなほどに痛い。
相手は雑魚かもしれないが、今の俺は非力なモブなのだ。
だが、小雨のようなか弱い女の子を巻き込むわけにはいかない。
モブの俺がそんなことを口にすれば、滑稽でしかないことはわかっている。
それでも、転生前のプライドだけは残っているのだ。
「わが主、せめて保健室で私が手当てを……」
そう言いかけた小雨が、ぱっと振り返った。
「何やつ!」
いや、学校でそのセリフはどうなの?
本当に忍者みたいな奴だ。
「ンフフ、お久しぶりですわ、魔王様♪」
出たよ、牛チチ……じゃない、ノエリア。
彼女の現世での遺伝子は生粋のフランス人だが、日本生まれの日本育ちだ。
「ノエリア、わが主に近づくな。尊いわが主が汚れる」
「あいかわらず、小雨ちゃんは小っちゃくて可愛いわねぇ♪」
「なっ――」
小雨の小さな頭を自分の巨乳に埋めて撫でまわすノエリア。
うらやま……いや、小雨が窒息しないか心配だ。
「何人だ?」
「十五人ですぅ」
「転校初日で十五人て……いいけど」
ノエリアの金髪碧眼は、普通なら一般男子にとって近寄りがたい雰囲気として機能する。
だが彼女の人懐こい笑顔と妙な色香が、モブな男子までをも簡単に引き寄せるのだ。
十五人というのは、今日一日で彼女に告白した男子の数である。
「それで、俺のところに来たのは挨拶だけじゃないんだろ?」
「さっすが、魔王様♪」
「その呼び方はやめろ」
「嫌ですぅ♪」
頭が痛い。
俺が続きを促すと、彼女は「真奈ちゃん親衛隊」メンバーのクラスと氏名が書かれたリストを渡してきた。
手書きの丸文字で、かなり読みにくい。
なんだ、さっきの五人だけか。
前の学校での真奈の人気を思えば少ない気もするが、まだ転校三日目だし、こんなものか。
ノエリアは告白してくる男子を最終的に全員振る。
ただその前に、世間話を装い様々な情報を集めるのだ。
相手の男子は彼女に気に入られようと、たいていのことを話してしまう。
脈アリの態度で話題を誘導する彼女の手管は、十八歳とは思えない。
たぶん彼女は女優に向いている、うん。
「おまかせください、魔王様。もしイジメが続くようなら、私が彼らを社会的に抹殺いたしますわ♪」
「ほどほどにな」
冗談だとは思うが、目が本気のようにも見える。
まさかね。
結局その日は保健室で、小雨とノエリアにふたりがかりで手当てをされた。
頬を染めながら俺のシャツをめくりやがって。
まあ、ありがたいんだけどさ。
ただ、ここにも盗聴器が仕掛けられているんじゃないか?
……明日が怖い。
現代に転生した魔王は高校で地味な恋愛をしたいのですが 笹谷周平 @sasaya
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