【七】
日銭十貫文、扶持米五合。
「左馬助どの、そう気張ることもあるまい。それがしは味方にございますれば」
小五郎の饒舌に、左馬助は沈黙で応じる。小五郎からは害意のかけらも読みとれず、万が一にもこの身が危うくなることはないだろう。
「ときに、小五郎」
次郎が問う。
「そなたは
「さすがは若殿。隠しおおせませぬな......」
小五郎の顔に、驚きと怖れの色が浮かぶ。
「おい、次郎。なぜ、そんなことがわかる?」
「もとより、ただの雑兵に非ず。奇策を弄してわが身を狙ったのも、道悦に手柄をしめさんためであろうよ。雇いいれたときに月玄蕃の息子と知れば、あってみたくなるのは必定」
三郎の問いにこたえたのは、晴影である。次郎が小五郎に寝返りを持ちかけたときの晴影が笑ったのは、次郎の意図を読みとったからであった。次郎はまわりに聞こえぬよう小さく舌打ちしてから、小五郎へ言葉を継ぐ。
「道悦とは、どのような男や?」
「一身に聖賢と大盗賊を兼ねた、一代の傑物にございます。齢五十余。法力を修めて術を弄し、人心を深く掴んでおります。日照りの土地に雨雲を招来したのを、それがしは見ました」
道悦は
「なぜ、いまなんや?」
「と、申されますと?」
「こたびの挙兵、時節を見あやまっておる」
次郎の言うとおりである。乱は北辺四国に波及したが、二万余の追討軍によって押しかえされている。遠征三月で托後と温海、托中の南半分を一揆勢から取りかえしている。一揆の本拠・妙嶽寺まで、あと数十里。ここを陥としてしまえば、一揆の士気は大いに下がる。勝敗は決したようなもの。道悦の命運はまさしく、風前の灯である。
「はて。それがしは、戦のことしかわかりませぬゆえ」
知っていてとぼけるかのような、小五郎の言いようである。
「道悦の信を得ていたわけではございませぬ。こうして若殿の側に寝返っておりますからな。さすが慧眼と、言うべきでございましょうな」
かかかと、小五郎は笑う。
「どうにも解せぬ」
次郎は沈思黙考し、その間に弾正が言葉を発する。
「道悦とて人。誤ちも犯しましょう」
天極宗と陀来宗。宗門はちがえど、弾正も総然という名の学侶であった。聖も俗も知るという一点においては、この場にある誰よりも道悦に近い存在である。
「この上はその過誤を衝き、早急に乱を治めるべきかと」
「弾正。そなたの申すことは、いちいちもっともや」
弾正が言うように、次郎が考えすぎているように私には見える。思慮深きゆえに、かえってその深みに足を取られる......そのようにならぬことを、ねがうばかりである。次郎の失態はそのまま、私たちの危急に繋がる。
「ご注進! 京師より
陣幕を裂くかのような勢いで、
「京師で、なんぞあったんか?」
弾正の問いに、使いは息を整えてようやくこたえる。
「......
一同の表情が一変する。次郎の動揺が伝わる。
「殿は? 殿はどうされた?」
「わかりませぬ......若のもとへ参るよう、それがしにお命じあそばれ......」
「大義であった。退がって休め」
次郎は平静を装っているが、あきらかに狼狽している。
「しくじった!」
使いを退がらせると、次郎は悔しげに叫んだ。
「抜かった、一生の不覚! 京師に間者を置いて、留意すべきであった!」
つねに沈着な次郎がこうも取りみだすのを、私は初めて見た。よろこばしいことは、なにひとつない。私と三郎はそのさまにうろたえ、姫と六郎は怯えている。晴鏡だけがのうのうと、なにも知らずに眠りつづけている。次郎は私たちのまとめ役なのだ。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
何度も何度も、次郎は土を蹴りつける。弾正も左馬助も小五郎も、遠巻きにそのさまを傍観するばかりである。
「次郎、落ちつけ」
私たちの呼びかけに、耳を貸さない。このように乱れていては......。
「くはははは」
晴影が呵々大笑しながら、乱れる次郎を追いやった。追いだされた次郎はそのまま、眠りに就いてしまった。
「忌み子! てめえッ!」
「そう噛みつくな。うぬらには、これをどうこうできぬだろう? まあ、おれにまかせておくのだな」
晴影は独語して、いきりたつ三郎を抑える。弾正と左馬助と小五郎は呆けた顔で、晴影を見つめている。悔しげに踏んでいた地団駄が不意に、訳のわからぬ独語に切りかわったのだから。
「三郎。ここはやつにまかせるほかあるまい。体を取りもどすのは、次郎がめざめてから考えよう」
「それが賢明だ、四郎。おれの手並みを見ておくんだな」
外の三人に聞こえぬよう小声で、晴影は囁いた。姫と六郎に、誇示するように。
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