【三】
開玉八年(一四八七)。晴鏡は
「荒屋敷左馬助。殿と若のおんため、粉骨砕身して勤める所存」
六尺(一八〇センチ)に届かんとする立派な体躯に、
その
外見の凡庸さと内側の異質さの、甚だしい乖離。私たちが異質であることは、まわりに気どらせない。誰にもわかってもらえない。俯瞰すれば、私たちは孤独である。晴影はともに生きるべき味方なのではないかと、誤解してしまいそうになる。現に姫は、そのような誤解に囚われている節がある。そこを晴影に衝けいられはしないかと、気が気でならない。
晴影が晴鏡に取って代わろうとしているのも、孤独から脱却しようという哀しい試みであるのかもしれない。晴鏡の体に晴影ひとりとなれば、他者と同じになる。忌み子と疎まれて父に殺された怒り哀しみ、私たち五人との争闘......彼は私たちよりも孤独で、惨めであるのかもしれない。だからといって、晴影に体をくれてやるわけにはいかない。私たちとて消えたくはないし、なにも知らずに消滅する晴鏡が哀れだ。私たち五人はそもそも、晴鏡を守るために生まれたのだから。
開玉八年に、動乱は芽吹く。京師より北へ四十里(一六〇キロ)、
陀来宗は
在地郷民との結びつきを強め、門徒を殖やす。金銭を蓄え、雑兵を雇いいれる。法主というよりは、辣腕の頭領であった。一代、雌伏二十年。道悦は朝廷に叛旗を翻した。托中・
陀来宗の教義は、「
陀来門徒は死を怖れない。生とは苦にほかならず、死ぬことでその苦から逃れられる。極楽へ往ける。老いも若きも男も女も手に手に得物を持てば、退くことを知らぬ死兵となった。乱は托中・托後だけでは収まりきらず、南と西へ伝播する。
少将は挫けない。それどころかむしろ、これを好機と捉えているようだ。前管領・澁谷中将は虎視眈々と、権力復帰の機を窺っている。久我家と古巻家、その他の公家や武家の動向にも注意しなければならない。陀来一揆を鎮定し、権力を磐石のものとする。管領としての手腕を示すことで、潜在的な敵を抑える。敵を以て敵を制す。権謀の基本だと、次郎は私たちに教えてくれる。
陀来門徒追討の勅命が下る。晴鏡は総大将に任じられる。勲功は慶滋の
陣触れがなされる。慶滋の
禁軍という名の雑軍を執りまとめるのが、軍奉行である弾正の役目だ。三十半ばの少壮ながら、弾正の戦歴を超越する者は禁軍中にただひとりのみであった。そのひとりはとうに隠居の身の老年で、弾正は禁軍随一の将である。実務は弾正であるが、名は晴鏡に帰す。次郎は弾正の手腕を学びとろうとしている。晴影も同じであろう。武辺者の三郎は、初陣に昂っている。
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