第058話 傀儡

『前進には困難が付きまとう』


 時は弛まなく早めることも緩めることもなく、種族や身分を分かたず平等に止まることなく流れていく。それを早いと感じるのか否かは各個の感覚に委ねられており、その者の心理状態に左右されることがほとんどだ。焦りや余裕によって大きく変わる早さを味方につけることができる者だけがこの殺伐とした世界ガーデンを生き延びることができる。


 の内部は異様な空間だった。外側から見えていた印象では人がひとり通るのがやっとの幅だったが、入ってみるととても大きな空間になっていた。空間は全体的にぼんやりと白くて天井・壁・床の区別がつかず、脚が地に着いていないような錯覚に陥りそうだった。かろうじて立っている感覚はあるが、フワフワとした浮遊感が強く、重力がやや遮断されているような気がした。30歩程先(と思われる)の距離に扉が見えた。先頭でに入った少女クウィムがあと5歩程で辿り着きそうで、ティスタは急いで彼女を追いかけた。動き出すとしっかりと地を掴んでいる感覚があり、の外側と変わらずに走ることができた。聖女ヴィクトリア・ヴェス・魔王レヴィスターの順で追い越して、少女クウィムとほぼ同時に扉の前に辿り着いた。そしてすぐに彼女の左手を握った。

「もうっ!いきなり飛び込んじゃダメじゃない!」

笑顔ながら警戒心のない少女クウィムにやんわりと釘を刺したつもりだったが、彼女には届いていないような気がした。

「えぇ〜!?だって不思議な感じだったじゃん」

屈託のない笑顔で返されて、ティスタの気持ちは和らいだ。

他の3人も扉の前まで辿り着き全員が揃ったところで聖女ヴィクトリアだけが止まらずに扉に触れることができる距離まで近づいた。そして振り向いて4人に正対した。

「ではこれから開扉の祈りを捧げますので、そこで待っていて下さい」

そう言ってから扉へ向き直って、脚を肩幅に開き、一度真上を見上げて深呼吸をした。両腕を胸の高さまで上げて、中指・薬指・小指を曲げて親指と人差し指を使って三角形を作って、その先に扉を見る形を作った。眼を閉じて集中力を高めてそのまま呪文を唱えた。

「親愛なる白き神よ。目の前に佇む尊い聖物なる扉を開き、我に新たなる導きを与え給え。

聖門開放オープン

聖女ヴィクトリアの指の聖環リングが青白く光出した。その光は広がらずに扉の方向へレーザー光線のように1本の筋となって進んだ。光が扉に当たると扉を包み込むようにして全体を覆った。そして扉はゆっくりと開き、時間をかけながら完全に開いた。完全に開くまで聖女ヴィクトリアが動かなかったのでほかの4人もそれに倣った。少女クウィムはすぐに飛び出しそうだったが、ティスタが手を握って捕まえていたので動けなかった。

ヴェスが聖女ヴィクトリアの右横まで歩み寄って行き、真横に並び立った時に聖女ヴィクトリアはそれに気付いた。

「扉の先は光で見えないが、これは聖白教エスナウの聖物だから警戒は不要だよな?」

「ええ、大丈夫です」

聖女ヴィクトリアは左にいるヴェスに微笑みながら回答した。

「じゃあ、行こう」

ヴェスは振り返って魔王レヴィスター達に声を掛けた。

「うん、行こうよ!!」

ワクワクを抑えきれない少女クウィムが大きめの声で返事をして、ティスタを引っ張るようにして進んだ。その動きを見てヴェスは扉に向かって先頭で歩き出した。聖女ヴィクトリアが続き、少女クウィムとティスタがその後を追いかけた。魔王レヴィスターは最後尾だった。

光を放つ扉を潜るとその先には綺麗に整備された地下道に繋がっていた。人が10人程横列して歩けそうな幅があり、軍隊が行進できそうだった。高さは人の2倍あり長槍を立てたまま歩けた。天井・壁・床は濃い茶色の煉瓦で綺麗に整備されていて、ほとんど凹凸が見られなかった。壁には適度な等間隔で小さな灯籠が配置されていて、行動するのに十分な灯りを提供していた。地下道は少しずつ右に湾曲していて、先は見えなくなっていた。

「こんなもん、どうやって作ったんだ!?」

ヴェスは思わず独り言を吐いていた。非常に精巧な作りで、およそ地下道のレベルではなく、街道に匹敵する規模だった。

「これならドワーフの軍隊も移動できる」

ティスタは希望の光が大きくなった気がしていた。


地下道を歩き始めて緩やかな右カーブを曲がり、入って来た扉が見えなくなった付近でドスンという音と共に空間が揺れた。作りが頑丈なようで崩壊する心配はなさそうだったが、かなりの揺れと振動だった。

「もしかして地震?」

聖女ヴィクトリアの冷静な独り言だった。こんな場所で地震が発生して地下道の崩壊に巻き込まれたら全滅は免れない。

しかしこの揺れは地震ではなかった。その原因は彼らの眼の前に突如として現れた。非常に大きな塊が前方に横たわっていた。その周りには土煙が上がっていて、は天井から落ちて来たように思われた。ゆっくりと起き上がった人型のゴーレムは天井高とほぼ変わらず、5人を上から見下ろしていた。

巖穣王グルンドのやつ…とんでもないものを放ってやがるっ!」

魔王レヴィスターがそう言いながらすぐに細身剣レイピアを柄から抜いた。ヴェスもすぐに短剣ダガーを柄から抜いて身構えた。聖女ヴィクトリアとティスタは少女クウィムを守るようにして2人から少し後ろに下がり、それぞれの杖を持って身構えた。

ゴーレムがゆっくりと起き上がった。金属が擦れるような音を立てていて、鉄のゴーレムだと思われた。

「最悪の配置だ…」

魔王レヴィスターは非常に鋭い視線で起き上がるゴーレムを見ていた。その横でヴェスが両手に短剣ダガーを構えたまま話しかけてきた。

「あれって鉄のゴーレムだよな!?あんなの倒す方法はあんのか?」

魔王レヴィスターは視線を変えずに返事を返した。

地下道ここを破壊して良ければ方法はあるが、それはこっちもダメージがでかいし、先に進めなくなる」

ヴェスもゴーレムの方を見ながら渋い表情になった。

「そりゃほぼ絶望だな…」

「お前ならあれの横をすり抜けられるか?」

ヴェスの俊敏性に賭けるような事を魔王レヴィスターが言ったが、自身がその台詞を全く信じていないようだった。

「上手く引きつけてくれたらできるかもしれないが、私1人が抜けたところでどうにもならんだろ?」

「だな」

魔王レヴィスターは覚悟を決めたような表情になった。

「仕方ない。なんとかするしかないな」

ゴーレムに視線を向けたまま大きな声で後方の2人に呼びかけた。

「2人とも!クウィムの保護をやめて加勢してくれ!クウィムはできるだけ後ろに逃げろ!」

魔王レヴィスターの緊迫した雰囲気は後方の3人にも伝わった。聖女ヴィクトリアはすぐに駆け足で前に2人の間の少し後ろに位置した。ティスタは少女クウィムに逃げるように促してから前方の最後方に駆け付けて、4人が揃って戦闘に備えた。

全員が構え終わった時にゴーレムが動いた。金属が擦れる耳障りな音を立てながら右足を上げてそれを着地させると地下道が少し揺れた。ドワーフの地下道は頑丈で精巧な作りで崩れる心配はなさそうだったが、ゴーレムの持つパワーとポテンシャルを垣間見た気がした。右足の動きを見ると傀儡とは思えないほど機敏に動けそうで、魔王レヴィスターの表情は曇ったままだった。ゴーレムは左足を上げて前へ出して下ろした。警戒をしながらも魔王レヴィスター達に近付いて来た。侵入者を排除するように命令をされていると思われた。魔王レヴィスターが急いで魔法を唱えた。

「大気に宿いし冷気の粒よ、我が指先に集いて古の盟約を果たし給え。氷弾バレット

魔王レヴィスターがゴーレムに向かって突き出していた右手の人差し指から氷の弾丸がマシンガンのように連続で発出された。それはゴーレムに向かって正確に飛んで行き確実にゴーレムを捉えていた。無限に続くかのように発出された弾が次第に土煙を上げていき、徐々にゴーレムの姿が見えなくなっていった。土煙が地下道を覆った時に弾丸は放たれなくなった。魔王レヴィスターの少し後方で聖女ヴィクトリアが神に祈りを捧げてから魔法を完成させた。

「絶大な御力のうちの僅かな恩恵を敬虔な申し子にもたらし給え。聖域形成セイクレド

この魔法は術者以外を強力に防御するもので術者は加護の恩恵を受けることができない。

「ヴィクトリア様!これではあなたが!?」

ティスタはこの魔法の持つ特性を知っていたので気が動転していた。本来であれば王族の一員である聖女ヴィクトリアを守るべき立場の自分が守られているのは、自らに課せられた役割を果たせていないことを意味した。しかしティスタはそこで気持ちを切り替えた。王族でさえ戦っているのだから、自分にできることをやるべきだと。強大な敵に打ち勝つために自分にできるのは魔王レヴィスターを援護することだ。そして精神を集中して呪文の詠唱に入った。

「力の源たる万物マナよ、強固な障壁となりて我らを守り給え。魔力障壁ウォール

薄い紫色の光が地下道の壁と壁の間を一直線に結んで伸びた後に天井に向かって上がった。魔王レヴィスターとゴーレムの間に配置され、聖女ヴィクトリアの魔法と合わせて最高レベルの守りが完成した。この魔法は物理的な衝撃を吸収し、魔法的なそれは通過させる性質を持ち、この場面で最適な選択だった。

「へぇ〜。さすがは冒険王ジョージ配下の王宮魔法使いだなぁ」

ベスは彼女のに感心した。


しかし、この最高レベルの防御はさほど意味を持たなかったのだった。

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