第057話 透過

『見えるものと見えぬものと見えたもの』


 太陽は朝から昼に変わっていく過程の高さに移動していた。これから光が最も強くなっていき、世界ガーデンを照らしながら空気を温めていくだろう。

 ヴェスは太陽の高さから移動の時間は一瞬だったと考えていた。5人が一瞬で移動できる歪曲門ディストーションゲートに得体の知れない恐ろしさを感じていたが、現在の国の状況とこれからの目的を考えると非常に便利な施設だった。

 ゆっくりと扉を開けて警戒しながら周囲を確認して少し身を乗り出した。小さな集落と言った規模だったが、綺麗に整備された道があり、それに沿うようにして木造の建物が4棟ほど並んでいた。厩舎・倉庫・宿舎があり、半身だけ身を乗り出している自分がいる建物を含めて、それがこの集落の全ての建物だった。何者かによって明らかに維持整備をされた跡のあるこの集落は不自然で、ヴェスは住人がいるのではないかと思った。耳を澄まして精神を集中して周りの様子を伺ったが、誰かの気配を感じることはなかった。

 そこでヴェスは列の最後尾にいたティスタに声を掛けた。

「ティスタは索敵サーチの魔法を使えるかい?」

少女クウィムの手を握っていた彼女は小さく頷いた後に口を開いた。

「使えますが、どの範囲を希望されますか?」

「この集落全体だ」

「それならギリギリですができると思います」

ヴェスは彼女の返答に少し驚いていた。索敵サーチのエリアとしては割りと広いもので、手練でなければ難しかった。この範囲をカバーできるのであればティスタはかなりの魔法の使い手となる。

「じゃあ頼むよ」

ヴェスの依頼にティスタは応えた。少女クウィムの手を離して魔法の為に両手を自由にした。少女クウィムの手は聖女ヴィクトリアが代わって握った。

両手を伸ばして床と水平に上げて左右の人差し指と中指を伸ばして先端を重ね、眼を閉じて集中していった。その体勢を続けて集中力を高めてから魔法を発動させる為に呪文を詠唱した。

「眼に見えぬ偉大なる万物マナよ。我が意志に賛同し万能の視点を我に与えよ。索敵サーチ

両手の形を維持したまま頭上に掲げた後に、左右の肩の高さまで両手を下ろして、肘を曲げながら伸ばしていた左右の2本の指をこめかみに当てて、魔法は完成した。

 ティスタの脳内に集落の全体像が映像として流れ込んできた。その映像は壁や屋根などが透明で向こう側も認識できた。4つの建屋は密接して横に並んでいるが、最も遠い厩舎の内部まで把握できた。各建屋内の死角やその周りの物陰などもいて、警戒すべき存在は確認できなかった。

「おそらく警戒する存在はいない」

そう説明しながらゆっくりと眼を開いた。彼女の言葉に少女クウィム以外は無言で頷いた。

「凄〜い!なんで分かるの?」

少女クウィムはほんわかとした雰囲気と笑顔でティスタに質問した。魔法を駆使して集中力が途切れていたティスタはうまく反応できなかったが、何とか平静を装って少女クウィムに応えた。

「凄いでしょ。これでも魔法を使えるんだよ」

と言って微笑んで見せた。

「じゃあ、行くか」

ヴェスが立ち上がりながら口を開いた。国家の存亡と市民の生命の危機を考えると時間的な猶予はなかった。

「ええ、そうしましょう。ティスタには申し訳ないけど」

聖女ヴィクトリア魔術師ルーンマスターを気遣いながら立ち上がった。

「ええ、勿論です」

気遣いに気付いたティスタは気合を入れ直すようにして返事をした。魔王レヴィスター少女クウィムがそれに続いた。小屋を出てヴェスと聖女ヴィクトリアが前衛を並んで歩き、少女クウィムを挟んでティスタと魔王レヴィスターが後衛で続いた。

 厩舎の先は道があり、北に向かって伸びていた。ヴェスが振り返って魔王レヴィスターに視線を送ると彼は小さく頷いた。

「この先に人間の背丈より大きな岩がある。そこに地下道の入り口が隠されている」

その案内にヴェスは「分かった」と返事をした。編隊パーティーは周囲に警戒しながら進んだので普通に歩く速度の半分程度だったから、魔王レヴィスターの話した目印の岩に辿り着くまでに時間を要した。

 次第に岩が見える距離まで辿り着くとそれはかなりの大岩であることが分かった。「人間の背丈より大きい」岩であることは間違いないが、聖女ヴィクトリア魔王レヴィスターの台詞から自分よりやや大きい程度を想像していたので、その大きさに少し落胆した。何故ならこの大岩の下にがあり、それを開くのが聖白教エスナウの神官である自分の役目だと自覚していたからだった。大岩はほとんど崖で、岩に辿り着いて下から見上げると岩の中段が膨らんでいて、そこから上は見えなかった。

「本当にこの巨大な岩の下に扉があるの?」

それは聖女ヴィクトリアの正直な感想だった。とても人が動かせるような代物には見えなかったからだ。

「この巨岩は白き神が置いたものだ。白き神の信徒でないと扉は開けない」

魔王レヴィスターは岩を見上げるようにして淡々と語った。白き神が置いたという話は神話として残っているが、扉を開けるのはその信徒でないと無理だというのは正しかった。そしてそれを実行できる地位にいるのは聖女ヴィクトリアをはじめとした限られた聖職者だけだった。

「レヴィスター様は昔にここを通られたのですよね?」

聖女ヴィクトリアは落ち着きを取り戻すようにしながら魔王レヴィスターに話しかけた。

「ああ、通った事はある」

「では、どうやって扉が開くのかはご存知ですね?」

「ああ、見た事がある」

聖女ヴィクトリアから一瞬だけ大岩に視線を移して、また視線を戻した。

「初めて見た時はさすがに驚いたよ」

そう言ってほんの少しだけ微笑した。

「あれは敬虔けいけんな信徒にしかなせないワザだな」

聖女ヴィクトリアはゆっくりと小さく頷いた。その表情には明らかに緊張の色があった。

「エリス様程の大神官ハイプリーストだからなせるワザ…」

少し震えた声で独り言を呟いたが、それは魔王レヴィスターに届いていた。緊張している聖女ヴィクトリアを上目遣いで見つめながら、冷静な表情で語りかけた。

「あの頃のアイツは少し冒険の経験がある一神官だった。大神官ハイプリーストになったのはもっと後だ。だからは関係ないよ」

それは聖女ヴィクトリアの緊張を和らげる効果があった。

聖環リングを授与されている者なんだから、信仰と資質は十分だろ!?」

魔王レヴィスターの台詞で聖女ヴィクトリアの覚悟がこれまでの緊張を超えた。ゆっくりと大岩の側まで歩き呪文の詠唱のために精神集中に入った。下げた両手を円を描くようにしてゆっくりと頭上まで運び、そこから腕を伸ばしたまま地面と平行になるまで下ろして胸の前で止めた。眼を閉じて大きめの深呼吸を繰り返してから少し顎を引き、眼を開きながら呪文を唱えた。

「敬愛する偉大なる白亜の神に申し上げる。敬虔なる信者である我が想いに応え、大いなる扉を開かれん事を願う。透過ヴァーチャル

聖女ヴィクトリアの魔法が完成すると、手の先にある大岩が指先の延長線の部分から少しずつ色を失っていき、次第にうっすらと透明になっていった。その透明な部分は次第に広がっていき、拡大は上下左右と奥行きにも広がり、人間が1人通れるほどになった。完全に透明ではないため岩がなくなっていないことは分かった。奥の方には扉らしき物が見え、おそらくそれが地下道への入口だと思われた。

「これって…!?どっ、どうなってんの?」

ティスタが大きく眼を見開いて両手を口に当てて冷や汗をかきながら小さく震えていた。崖に近い大きな岩の一部が透明に透けていくのを見て驚かずにはいられなかった。これまで周りにいた神官達がこの奇跡のような状況を発生させた事はなく、あまりの衝撃で気分が悪いくらいだった。

両手を降ろした聖女ヴィクトリアは小さく肩で息をしてからゆっくりと振り向いた。そこには安堵と満足の色を映し出した微笑みがあった。冷静な大神官ハイプリーストではなく喜びを帯びた淑女という印象の笑顔だった。

「無事に祈りは通じました。さぁ、効果が消えてしまう前に進みましょう」

彼女の表情は大神官ハイプリーストに戻っていた。それは自分の責務を感じながら任務を遂行している清々しい姿だった。

「えっ!?岩は無くなったのですか?」

ティスタは思わず質問していた。それは無理もない。大岩はしっかりと存在していて、眼の前のごく一部が透明化しているだけで、岩はと思われた。この光景に目を疑いたくなるのも無理はなかった。

「すご〜い!岩の向こうが透けて見えてる〜」

驚きの声を大きめに上げて少女クウィムが透明になった部分に吸い寄せられるようにして近付いた。見た事のない摩訶不思議な光景に興味津々だった。

「扉があるから行こうよ」

少女クウィムはそう言って笑顔で振り向いてから、何の警戒感もなく岩の中へ飛び込んで行った。ティスタは咄嗟に少女クウィムの手首を掴もうとしたが間に合わなかった。岩の中は3歩程進んでから笑顔のままで後ろを振り向いた。

「みんな何してんの?早く行くよっ!」

ティスタ達の緊張感とは真逆ので他の4人を岩の中へ呼び込んだ。過去に経験のある魔王レヴィスターが次に続いた。その後に聖女ヴィクトリアとヴェスが続き、ティスタは気味が悪いままだが仕方なく最後にの中に入った。


中の空間はティスタの経験した事のない異様なものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dサーガ free style @kugyoh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ