第056話 転送

『絶望の中の一筋の光明となる為の旅』


 青く光る扉は金属製で重たそうに見えた。ヴェスが近付いて調べ始めた。鍵穴は見当たらず、トラップが仕掛けられている兆候はなかった。彼女の勘も問題ないとしていた。青い光は扉の奥から放たれていて、扉が光っているように見えたのは隙間から漏れ出た光がそうさせていたようだった。ただそれが扉をまとわりつくようにして光っていたのは不思議であり不気味でもあった。

「何もなさそうだな」

ヴェスは振り向いて調査結果を報告した。

「だから言っただろ⁉︎昔と変わらないはずだって」

ここを使ったことがある魔王レヴィスターが呆れた顔で笑いながら口を開いた。彼はここにトラップはないと主張したが、慎重な性格のヴェスがと言って調べたのだった。

「何もないなら良かったですね」

聖女ヴィクトリアが安心してそう言った。

「じゃあ、早くで先に行こうよ!」

満面の笑みでワクワクを抑えられない少女クウィムが楽しそうな声で話し、そのまま先頭に立って扉に向かって進みそうになった。ティスタは咄嗟に少女クウィムの手を取って止めた。

「1人で行って迷子になったら大変だから、私と一緒に行こうね」

少女クウィムは拗ねた表情になった。


 ヴェスが先頭になり、青く光る扉をゆっくりと押し開けた。扉の先の空間も青く光っていたが、中は霧がかかったように見通しが悪く、内部の様子は分からなかった。温度差で蒸気が発生したように見え、青い光を放つ炎の火事がおきて内部から煙が発生しているようにも見えた。

「扉が開いたよ!入らないの?」

期待値が上がっている少女クウィムが内部に入りたがった。ティスタがそれをなだめて他の3人の反応を待った。

「この間と同じ感じだ。多分問題ない」

ヴェスは以前の経験から聖女ヴィクトリアに視線を向けて、中の空間が大丈夫だと合図した。聖女ヴィクトリアはゆっくりと大きく頷いてから青く光る部屋に向かって入っていった。他の4人もそれに続いた。

 部屋は壁が青く光っているようだったが、もやのような白い煙状の空気が部屋全体をうっすらと覆っていて、壁と床や天井の境界線がはっきりとしなかった。最後に部屋に入ったティスタが扉を閉めて、部屋は密閉された空間となった。

 若干だが壁の光が強くなった気がした。ヴェスが上着のポケットから短剣ダガーを取り出した。それはさやに収められていて、彼女はそこを手にしていた。短剣ダガーつかの部分が壁と同じ色に光っていた。壁とは違って靄のような白い空気がない分だけ、眩しく見えた。

「やっぱり、この石が反応している」

ヴェスは思わず目を大きく見開いて驚きを口にした。密偵とりの彼女としては異常な反応だった。

「では、手を繋ぎましょう」

聖女ヴィクトリアがそう言って両手を差し出した。全員がそれに倣った。魔王レヴィスターが以前に体験した際に手を繋いだらしく、全員が同時に移動するための方法だということだった。


 ティスタは聖女ヴィクトリア少女クウィムと手を繋いでいた。次第に白い空気が身体にまとわりつくような感じになり、少しずつ視界が曖昧になっていった。両手で手を繋いでいる感覚はずっとあったが、それ以外の触覚は鈍くなっていた。床に立っている感覚も段々と分からなくなり、宙に浮いているような気がしていた。時間が流れている感じも少しずつなくなっていた。意識も薄弱となり、眼を開けていることができなくなっていった。ほとんど全ての感覚がなくなっていく中で、両手を繋いでいる事だけが分かっていた。



 どれくらいの時間が経過しただろうか?床に足が付いた感覚があり、宙に浮いた無重力のような感覚から、急激に身体の重量を意識するようになった。自分は立ったままだったと認識して、気を失う手前で自我を取り戻したようだった。両手を繋いでいた感覚もなくなっていて、立ったままだったと認識できたと同時に手の感覚も復活した。右手にも左手にも温かい感覚があった。みんな(正確には隣の2人)が同時に移動できたのだと実感した。

 すぐに周囲を見渡した。先程までと同じ空間にいる気がした。何故ならもやがかかったような白っぽい煙が充満して、周囲の壁が青く光っているように見える空間のままだったからだった。

「みんな、無事かな?」

聖女ヴィクトリアは大きめな声で問い掛けた。するとティスタの声がすぐに帰って来た。

「はい、無事です。ヴィクトリア様」

聖女ヴィクトリアの右側から声が聞こえて、右手を握り返す力を感じた。

「わたしも無事だよ〜」

すぐに左側から少女クウィムの声も聞こえた。彼女も手に力を入れて応えた。

魔王レヴィスターとヴェスもその後に返答した。全員が同じ空間にいることが分かった。

 全員がほぼ同時に手を離した。眼が慣れてきて先程よりも視界がクリアになってきたところでヴェスが壁側に移動した。すぐに扉らしき部分を見つけて

「こっちだ」

と他の4人に声を掛けた。声がする方に全員が固まり、ヴェスの扉の調査を見守った。壁の光に照らされた彼女の顔は青かった。

トラップはない。あとは簡単に開いてくれるかだな」

彼女の言葉に聖女ヴィクトリアは小さく頷き、開けてくれと合図した。魔王レヴィスター聖女ヴィクトリアは戦闘準備態勢をとった。開けた先に敵がいないとも限らなかったからだ。ティスタは少女クウィムを庇うようにして2人の後ろに控えた。ヴェスがゆっくりと扉を引いて部屋は解放された。開いた先には立方体をした部屋に繋がっていた。明らかにフォロティの歪曲門ディストーションゲートの前室とは違っていた。

「やった!!移動できたぞ!!」

ヴェスが両手を握り締めて喜んだ。

「全員がまとまって移動できた!凄いっ!白き神よ、ありがとうございます」

そう言って聖女ヴィクトリアも無事に全員が移動できたことを喜んだ。

「フワフワっとして気持ち良かったのに、もう終わっちゃったの?」

少女クウィム歪曲門ディストーションゲートの独特な感覚が気に入ったようで、移動が完了したことを残念がった。

「ちょっと早くない?」

そう言って少し拗ねた。

「早いかどうかは出てみて日付や時間を確認しないと分からないぞ」

魔王レヴィスターが冷静に状況を言及した。

「ああ、その通りだ。まずは外に出よう」

ヴェスは魔王レヴィスターに同調して扉から四角い空間に足を踏み出した。


 進んだ部屋には扉があってその先に登り階段があった。周りから音が聞こえないから地下室だと思われた。それはフォロティ側の作りと同じようだったが、階段は20段ほどで、部屋の深さが違って地下1階という感じだった。階段を登った先は踊り場となっていて、行き止まりに8段の木製梯子があった。その先の天井に金属製の扉があり、それを押し上げると開く仕組みのようだった。

 ヴェスが率先して先頭を進み、梯子を軽々と登って扉に辿り着いた。あまりに軽快な動きだったので少女クウィムが「すごいっ!」と声を上げた。梯子を登って5段目で止まったヴェスはベルトに付属させていた長めの2本のバンドの先端に付いたフックを最上段の梯子にかけて、フックに体重を預けて両手を自由に使えるようにした。体勢を整えたヴェスはすぐに扉の調査を始めた。準備と手際の良さに他の4人は感心した。魔王レヴィスターは「さすがだな」と呟くほどだった。ヴェスが扉の隅々を見ながら、時に触って、慎重に調べた結果は『仕掛けなし』だった。

「開けるぞ」

ヴェスは踊り場にいる4人にそう伝えた。扉を開けて何が出るか分からないので全員が身構えた。ヴェスは不安定な梯子に踏ん張って扉を押し開けた。砂や埃がバラバラと上から落ちてきて彼女の顔や服を汚したが、それを気にすることはなく力を込めて扉を押した。金属の軋む音を立てながら扉はゆっくりと押し上げられた。

まずは扉が開いた事に幸運を感じた。重たい物が載っていると開かない可能性もあったからだ。少し開いた扉の隙間から先を覗き込むと埃っぽい空間があった。明るさは充分にあってはっきりと見えた。不穏な雰囲気はないと感じてさらに扉を押し上げていった。扉は開戸だったので取手を天井方向に押し上げた後に勢いをつけて反転させた。その風圧で埃が舞い上がり、ドーンという音と振動が周辺に響いた。ヴェスの顔には埃が掛かったが気にせずに地上に上がって周囲を見渡し、安全を確認してから下にいる聖女ヴィクトリア達を引き上げていった。全員が地上に上がるとすぐにヴェスとティスタが協力して扉を元に戻した。

 そこはレンガで作られた壁に囲まれた空間だった。南側には窓がありガラスが嵌め込まれていた。荒れ果てた感じはなく、何者かによって管理されていた跡があり、ヴェスはその事に感謝した。

 警戒しながら窓の外を見たヴェスは時間の経過をあまり感じなかった。フォロティの街で歪曲門ディストーションゲートを使用する為に教会に入った時の太陽の位置と今のそれはあまり変わっていなかったからだ。

「もしかしたらすぐに移動できたかもしれない」

他の4人にそう伝えてすぐに東側にある扉をゆっくりと開ける、外の様子を慎重に確認した。


 扉の先には驚きの光景が広がっていた。

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